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150 アメリア 前編

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『ああ、今日もお美しい…。
今日の夜会は来て正解だったな。』

『あの美しさ。この世に二人といるもんか!』

『同じ女として羨ましいわ…。』

『神様って不公平よ。家柄にあの美貌…とてもじゃないけれど…あの方と並んで歩くなんて出来ないもの。』

生まれてから称賛ばかり浴びてきた。
殿方からは好意の眼差しが。
令嬢たちからは羨望の眼差しが。
他人からすれば羨ましいことこの上ない恵まれた人生でしょう。
地位もある。権力もある。身分もある。
才能や容姿も。
けれど、わたくしは自分が恵まれていると思った事は一度もない。
何てつまらない人生かしら、とは何度も思ったけれど。

「女王陛下が…そうでしたの…。」

「そうなんだ。それで…その、忙しくなってしまってな。中々会えず申し訳ない。」

「いいえ。お忙しいのはサシャ殿下のお立場故、仕方ありませんもの。
わたくしは大丈夫です。」

「お、怒ってはいないか!?」

「怒ってはいません。寂しくはありますが。…どうかご無理だけはなさらないで。
殿下はドライト王国にとって大切な方なのですから。勿論わたくしにとっても。」

「…そうか…、はは、そうだな…!」

心にもない言葉で浮かれて、男とは何て単純な生き物なのでしょう。
いえ、男も女も大差はない。嘘の言葉でも、こうして喜ぶのだから扱いは容易い。

「アメリア、二月後なんだが…一緒にマティアス陛下を迎えて欲しい。」

「…確か…サイカ王妃殿下とご一緒に来られるのでしたね。
承知しました。殿下の妻として恥じない働きをお約束しますわ。」

「君は俺の自慢の妻だ!サイカ王妃殿下はとんでもなく美しいが、お、俺はアメリア、君が一番だからな!だから気を張らなくてもいいさ!…っと、もっとゆっくり話をしたい所なんだが…」

「どうかわたくしの事はお気になさらずに。殿下の事を考えながら図書室で本でも読んでおりますから。」

「あ、ああ、その、…また時間を調整して図書室へ向かう。絶対に!」

「ええ、お待ちしております。
ですが無理はなさらないで下さいませ。
わたくしはサシャ殿下の妻。殿下が望めば…いつでも会いに参りますから。」

眉を下げ優しく微笑めば目の前の夫は顔を赤らめながらわたくしを見る。
名残惜しいという感情を隠さず、何度も此方を振り返り部屋を出る。
王宮の図書室への道のり。すれ違う男も女も皆わたくしを見ていた。
それは何も自意識過剰なことではなく、事実として。

わたくしがドライト王国の王太子、サシャ殿下の婚約者になったのは十一歳の時。
当時二十二歳のサシャ殿下の婚約者選びは様々な事情があって難航していたと聞いている。
ドライト王国はこの世界で三つしかない大国の一つ。
大国の、それも王族に嫁ぐとなると相応の身分がある限られた女性しか候補にもならない。
大国の、大国たる所以は世界共通の常識。
小国の王女など以ての外。
同じ大国であるレスト帝国皇帝、マティアス陛下のような…特別な事情がない限りは例え王女であろうと、国と国同士の水準が同等であるか、若しくは少し落ちるかくらいでないと選ばない。

わたくしはドライト王国で力ある家、ライオット侯爵家の二番目の子として生まれた。
父と母、兄と弟、そしてわたくし。
古くから国を支えてきた名家。高貴な血が流れる家。レスト帝国で言えばクライス侯爵家の立ち位置でしょう。

これまで何人もの身分ある女性がサシャ殿下の婚約者候補に選ばれたけれど、サシャ殿下は誰も選ばなかった。
わたくしを選ぶまで。
わたくしの家はドライト王国を古くから支えてきた家だけあって、ドライト王国の王族と懇意の関係にあって、幼い頃からサシャ殿下、他の王子や王女たちとも面識があった。
そしてわたくしが十一歳になったある日、家柄も申し分ないわたくしが次期国王であるサシャ王太子殿下の婚約者に選ばれた。
どうしてわたくしだったのか、婚約者になって一度殿下に聞いた事がある。
当時二十二歳の殿下が十一歳のわたくしを選んだのは…変な性癖でもあったのでは、と失礼ながら思って。

『…もしかして、俺を幼女趣味か少女趣味みたいな変態と一緒にしているのか?
…まあ確かに、十一歳のアメリアを選んだ時色々言われたけどな。』

『…申し訳ありません。でも、不思議に思いまして…。』

『うーん、…直感、なんだよな。
それに……元々可愛いと思ってた。実際めちゃくちゃ可愛いし。
妹のように思ってたんだけどな、どうにも違う気もして。でもよく分からなかった。ただ、アメリアを選ばないと絶対に後悔するって何か思って。それで、自分の直感に従った。』

『…はあ、』

婚約者に選ばれる前までのわたくしは、サシャ殿下を礼儀正しく優しい方と思っていたけれど、実は殿下は猫を被っていただけで、婚約者になってから素を出し始めた。
礼儀正しく優しかった殿下は実に面倒な性格をしていた。
我が儘で自己中心的。他人の前では言葉使いも丁寧だけれど、慣れた相手には少し乱暴な口調になる。
殿下の直感の事はよく分からなかったけれど、要は幼い子供が好きとかではないけれど、わたくしに関しては家柄もあるし、容姿で選んだのね、と思った。

当時十歳のわたくしが殿下の婚約者に選ばれたのは国中に衝撃を与え、また批判する者も多かった。
家柄と容姿だけ。殿下は幼い子供を性的に見ている等など…色々噂もされた。
選ばれたからにはやるしかない。
言われっぱなしも好きではなかった。
周りを認めさせよう、そういった日々を過ごし、実際に結婚したのは殿下が三十四歳、わたくしが二十三歳になってから。この頃にはもう、殿下より十一も年下のわたくしを伴侶として相応しくないと言う者はいなくなっていた。
殿下の妻になって六年。二十九歳になったわたくしには子供はまだいないけれど、殿下はわたくしより十一も上。疲れている事も多い。
周りからは色々言われているけれど、殿下もわたくしも余り気にはしていない。

わたくしは身分もあり、権力もある。
わたくしは美しい。
それは生まれてからずっと言われ続けた真実。
称賛、羨望、嫉妬。物心ついてから、ずっと肌身に感じてきた。

「………。」

「あれ…?」

「…サーファス殿下…いえ、今はラグーシャ侯爵でしたね。お久しぶりです。」

「お久しぶりです、姉上。…と言っても姉上の方が俺より八つも年下なんだけどね。
あ…姉上ではなく妃殿下とお呼びした方がいいかな?」

「…姉上で結構ですよ。人前でもあるまいし。
それより…殿下から聞きました。ラグーシャ侯爵のお陰でこの国は危機を免れたと。ドライト王国に住む民の一人として…また次期王妃として、心から感謝申し上げます。」

「別に免れたわけじゃないです。どうなるかはこれからの俺たちの行動次第ですね。」

「…だとしても。ラグーシャ侯爵が動かなければ最悪の事態となっていたでしょうから。」

わたくしの周りにいる人間で、このサーファスという男は一番よく分からない人間。
いえ、訂正すれば少し前までは分かりやすい人間だった。
醜い容姿に生まれた彼は人の視線に過敏で、嫌われたくないという感情が透けて見えていたけれど、最近の彼はそうではない。
にこにこと笑顔でいるのは変わりないけれど、“人に嫌われたくない”という感情は見えなくなった。退屈そうにも。寧ろ生き生きとしている様にさえ見える。

「…貴方に、何があったのでしょうね。」

「何があった…とは?」

「何があって変わったのか…是非とも知りたい所です。」

「簡単ですよ。」

「?」

「“一人ではなくなった”それだけです。」

「…?それは…どういう事でしょう…?
貴方に婚約者が出来たという話を聞いた事はありませんが…。」

「ははは!そういうものじゃないんですって。
こればかりは説明しづらいな…。」

「……。」

「姉上。何もかも恵まれた人。
…人生は退屈ですか?」

「………ええ。退屈です。とても。とても酷く、退屈な人生です。」

「そうですか。でもそれは…貴女が誰かを信じる事が出来ず、未だ一人だからでしょうね。」

知ったような事を、とは言えなかった。彼に対しては。
わたくしは知っている。彼もまた、退屈な人生を歩んでいた方だと。
身分がある。権力がある。誰より優れた能力と才能もある。
けれど彼は、容姿だけ恵まれなかった。
身分がなくとも、権力がなくとも、能力や才能がなくとも。容姿に恵まれていればまだ明るい人生だったでしょう。
容姿に恵まれなかったことこそが、彼の一番の不幸。
そして全てに恵まれたはずのわたくしの人生もまた、不幸そのものだった。

「…今度、マティアス陛下とサイカ王妃殿下をサシャ殿下とご一緒にお迎えすることになりました。」

「ああ、それはそれは…確か姉上はマティアス陛下とサイカ妃殿下の結婚式の時体調を崩していたから…お二人に会うのは初めてになるか。
まあ、兄上一人じゃ荷が重いでしょうから。しっかり者の姉上が支えてくれれば俺も安心だね。」

「最善を尽くすつもりです。
……サイカ王妃殿下はとても美しい方と伺っております。
美しく、お優しく、誰もから好かれる方と。
…そんな方が、実際にいるのですか?」

「サイカ妃殿下に関してはね。優しくて可愛くて美しい人だよ。おまけに頭もいい。一番の才能は…人たらしの才能かな。」

「…よく、ご存じなのですね。」

「そうだね、よく知ってる。
俺の初恋で…とても愛しい人だから。
まだ片想いだけど。」

「!?」

「あはは、驚いてる。」

驚いたのは彼がレスト帝国の王妃殿下を想っているというのもあるけれど、一番驚いたのは彼が“誰かを愛している”という事実に驚いた。

「姉上が驚くのも無理はないか。
だって俺…今まで誰かを好きだと思った事、ないもの。
姉上は俺のそういう所…分かってたんだよね?今の君と、そこは同じだから。」

「……。」

「君も、少し前の俺と同じで誰も好きじゃない。それが知人、友人、家族、夫だとしても。
俺はそういう意味で一人だった。君も一人だ。君は人から線引きされていて、君自身も人を線引きしてる。
つまらないよね。何もかもつまらない。人生って何て退屈なんだろう。」

けれど。貴方はその退屈な人生からそんな生き生きとした表情になるまで変わったのでしょう?
そしてそれは、ラグーシャ侯爵が愛しいというサイカ妃殿下の存在が大きいように感じる。

「…わたくしには分かりません。恋情や友情、愛情は…人生に必要なものでしょうか。」

「必要だよ。断言出来る。一人だからつまらないんだ。」

「……。」

「君は昔から“そう”だったわけじゃない。子供の頃の君は毎日楽しそうにしてた。…といっても、それも僅かな間だったように思うけど。十歳くらいからかな。君が変わったのは。
……うーん、…そうだね…一つ、予言しよう。」

「?」

「これまでの退屈な人生は変わる。
きっといい出会いが君を待ってる。
信じるも信じないも君の勝手だけど。」

「……。」

誰もがわたくしを美しいと言う。
男は熱のこもった視線を。
女は嫉妬と羨望に満ちた視線を。
けれど、わたくしの傍には誰もいない。
誰もがわたくしを恵まれた人間だと言う。
身分も、家柄も、地位もある。
才能もある。容姿も恵まれている。
だから自分たちとは違うと言う。
何を馬鹿な事を。わたくしは神じゃない。わたくしだって一人の人間なのに。知人も、家族も、誰も彼もがわたくしを特別だと言い、わたくしを遠ざける。
もううんざりなの。誰かより優れているとか、劣っているとか。周りと違うとか、同じだとか。いつもわたくしだけ仲間外れ。
子供の頃は分からなかった区別が、成長するにつれ分かってくる。
友人だと思っていた子たちの態度が変わり、話しかけても素っ気なくなった。無視をされるようになった。
男性に言い寄られる代わりに、令嬢たちから遠巻きにされるようになった。
お父様もお母様も使用人たちも、お兄様や弟とは普通に接しているのに、わたくしにはそうじゃない。
このやるせなさ、この憤り。一体わたくしが何をしたというの。

「俺と君は違う。
似てるけれどまた違う。俺はこの容姿で差別されてきた。
君は、区別をされて生きている。区別も度が過ぎれば立派な差別になる。
俺と君は似ているけれど、でも違う。
…だから、俺には恵まれたけどそうでない君の気持ちは分からない。逆も然りだよ。」

「……。」

「姉上。感情は大切なものだよ。悪い感情も、良い感情も、人間には必要なものなんだ。
でもどちらかが偏っているのは駄目で、そのバランスを保つのに誰かが必要なんだ。」

「必要…?」

「そう。それは友人、恋人、夫、家族。
誰でもいいけれど誰でも良くはない、難しい問題なんだけどね。
…でも、君は出会うよ。良き理解者に。生涯の友達と呼べるそんな子に。」

「……まさか。これからだっているはずない、そんな人。」

「いいや、出来るんだよ。これからね。
彼女と出会った君は、止まっていた時間が進み出す。感情や心のなんたるかが育っていくんだ。
そして何れ、恋を知り愛を知る。兄上の想いは本物だ。今は信じる事が出来なくとも、何れ実感する時が来る。
その時君は…初めて、兄上に恋をすると思うんだ。」

世迷い言を。
そう思った。変わるはずがないとそう思った。
婚約者に選ばれ、夫婦になって。
サシャ殿下とはそれなりに長い年月を共に過ごしているけれど…夫を、好きだとも嫌いだとも思った事がない。
鬱陶しいとは思う事があるけれど。

「兄上は姉上に惚れ込んでる。姉上を選んだ時から、無意識にずっと。
気付いてなかった想いを自覚してから酷いけどね。心当たりが沢山あるでしょ?」

「…ええ。」

分かりやすいひとだった。
わたくしが成長するにつれ、わたくしへの好意を自覚したのか、それからの殿下は鬱陶しいくらいわたくしにアプローチを始めた。
妻になるのは決まっているのに、必死になってわたくしに好意を伝えていた。
それでも、わたくしの殿下への気持ちは変わらない。
夫は夫。でもそれだけ。
好きか嫌いか、明確な答えはない。
でも夫だから。わたくしは彼の望む通り、可愛い妻を演じている。

「…余り、兄上を甘く見ない方がいい。」

「?」

「分かる時が来るよ。…その内嫌でも。」

わたくしと同じく、退屈な人生を歩んでいたはずのラグーシャ侯爵さえ、わたくしの気持ちは分からないと言った。
ならばきっと、他の誰にもわたくしの気持ちは分からないでしょう。
誰も分かろうとしない。わたくしの気持ちを、想像すら出来ないでしょう。
恵まれている?それは本当に?そう見えるのならば、きっとその目は節穴なのね。
わたくしは美しさも、王太子の婚約者、妻、王妃という地位も、侯爵令嬢の身分もいらない。
ただ、ただ。普通の女の子として生まれたならば…きっと今よりはずっと幸せだったでしょうと、そう思うの。

わたくしは生まれた時から特別だった。
美しいと称される容姿。家は力のある侯爵家。王太子の婚約者に選ばれ、妻となった。
仲のいい家族。お兄様とも弟とも使用人たちとも良好な関係を築いていた。友人もいて、わたくしは恵まれていると思っていた。幸せだと思っていた。
けれど、全てがまやかし。偽物だった。
ある時ふと感じた違和感。
お父様もお母様も、私にだけ態度が違うように感じる事があった。
それは小さな違和感だったけれど、次第に大きなものへ変わり、そして確信を得た。

『…ねえあなた…。アメリアのことなのだけど…。
今日ね、ダンの勉強を見てくれている先生が言ったの。“アメリア嬢は以前から勉強を?”って。いいえと返事をしたら……“ではお嬢様は天才ですね”って言うのよ。』

『…何があったんだい?』

『アメリアは遊びたかったみたいで…ダンの元へ行ったらしいの。でもダンは勉強中だからって断って…そしたらあの子…ダンのしていた問題をすぐに解いたんですって…。』

『何だって?適当に書いたとかではなく…?』

『全問、正解していたらしいの。
ダンは十二才、アメリアはまだ七才よ。私の知る限り、アメリアは勉強なんてした事はない。でも、あの子がよく本を読んでいるのは知っていたわ。』

『まさか…じゃあ、本を読んだだけで!?』

『恐らく。それしか思い付かないの。
…思えばアメリアが本に興味を持ったのも二つか三つの頃よ。その時はちゃんと内容を理解して読んでいるとは思っていなかったけれど…もしかしたらその時から……。ねえあなた、私…あの子が恐いの。実の娘なのに、恐いのよ。』

『…確かにアメリアは…出来すぎた子だと私も思う。
教えた事は一度で覚えてしまうし、大人のような事を言う時もある。』

『あなた…アメリアは……本当に私たちの子かしら…。容姿だってそうだわ。あの子は私にもあなたにも似ていない。ダンともロイとも似ていないわ。
実は、私たちの本当の子と誰かの子が入れ替わっていたりとか、』

『何て事を言うんだ。止めなさい。
確かにアメリアは他の子に比べたら異常かも知れない。
でもこう考えてみよう。あの子はきっと神様に愛された特別な子なんだ。容姿も才能も、神様から愛されているから特別なんだ。だから…滅多な事は言うものじゃない。』

大好きな両親の本音を、この時初めて聞いた。
その日からわたくしは、“差”を感じるようになった。
いつもと変わらない両親。
だけど、気付いてしまえばよく分かる。お兄様や弟とわたくしでは、表情が違う。
お兄様や弟にはとても自然な笑顔を向けるのに、わたくしには作ったような笑顔を向けている。
そしてそんな両親の小さな態度が伝染したのか、お兄様もまた、わたくしを遠ざけるようになった。
会話はする。食事も一緒に取る。一緒に本を読んだりもする。
けれど何故か、線を引かれているように感じる。
それは気のせいではなく、かと言ってあからさまでもなかったけれど。
お兄様がわたくしに線を引いている理由は劣等感もあった。
長子であるお兄様より、わたくしの方が優れているから。
使用人たちなど子供だったお兄様よりも分かりやすかった。どうして今まで気付かなかったのか分からないくらい。
笑顔のその裏で、まるでわたくしを化け物のように。はたまた壊れ物のように扱う彼らの瞳には“恐れ”しかなかった。

ショックで堪らなかった当時のわたくしにとって、心の拠り所は友人たちだけだった。
冗談を言いながらお喋りをして楽しい時間を過ごす。その時間だけが安心出来る時間だった。
家の中で息苦しさを感じていたわたくしにとって、彼女たちの存在は救いだった。
友人たちは家族とは違ってちゃんとわたくしを見て接してくれるとそう思っていた。
今思えば、何て馬鹿な事を。
大きなきっかけなどなかった。
ただ、成長とは時に…いい事だけではないという事。
年を重ねるにつれ、友人たちとそこまで変わらないと思っていた体型が大きく変わり始めた。
ふくよかになっていく友人たちに対して、わたくしの体型は同じようにはならなかった。
友人たちはふくよかになり、瞼に肉もついてより細い目になったけれど、わたくしはふくよかにはならず、瞼に肉も余り付かなかった。そんな些細な事が、きっかけだったのだと思う。

『あ、皆!』

『……行こう。』

『うん、行こう。』

『ねえ、待って!どうして無視するの!?お手紙の返事もないし…!待って、ねえったら…!』

わたくしはまだ、十歳を迎えたばかりの子供だった。
分けも分からず、ある日突然無視をされ、わたくしの声など聞こえないというような態度を取られた。ほんの少し前まで、普通に話していたというのに。
あんなに誘いがあったお茶会も全く招待されなくなった。
心待ちにしていた彼女たちからの招待状が届いてもそこに彼女たちの意思は感じられず、家の者に言われたから送ったかのように…一つも心が伝わってこない文章に愕然とした。
友人と思っていたのはわたくしだけだったのか。
あんなに仲良くしていたじゃない。
わたくしたちはずっと仲良しねと、よく言っていたじゃない。
僅かな“違い”が、わたくしを不幸にした。
物覚えがいいか普通か。
美しい容姿か普通の容姿か。
たったそれだけの事で。わたくしの周りにいる人たちは態度を変えた。わたくしと出会っていく人たちもまた、容姿や家柄、能力でしかわたくしを見なかった。
年頃になるともっと顕著だった。
周りと少しばかり違うわたくしを、彼らは遠巻きに見るようになった。
それは熱のこもった眼差しであったり、男が女に抱く、嫌な視線だったり、嫉妬だったり羨望だったり、僻みだったり。
あけすけな好意を持って近付く男性たち。
近付いては来ないくせに、離れた所から嫌な目で見てくる令嬢たち。
家族も友人だと思っていた彼女たちも、王太子殿下も他の誰かもわたくしの気持ちなんて考えてくれない。
それが、どれだけわたくしを傷付けてきたかも知らずに。

「特別なんて、望んでいないのに。」

何もかもに恵まれているけれど、何もかも恵まれてはいないわたくしの気持ちは、きっと誰にも分からない。
誰もわたくしを一人の人間として見ない。
自分たちとは違う別の何かだと思っている。
周りとは違うと異質な目で見られ、特別な人間だと望んでもいない区別をされ、わたくしは一人ぼっちで生きていく。そう思っていた。





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勝手ながら作品のタイトルを変えました!
旧→ビッチによる異世界不細工(イケメン)救済記
新→平凡な私が絶世の美女らしい ~異世界不細工(イケメン)救済記~
となります。
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