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169 我慢しないヴァレリア 前編

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私がヴァレの奥さんになって数日が経った。
ヴァレがマティアスから与えられた領地は帝都から割りと近くにあって、今日はお義姉さんたちが新居に遊びに来てくれている。

「じゃあ、お城っていう同じ場所にいてもいつでも会えるわけじゃないのね…。」

「ええ。ですけど顔を見られるだけでも嬉しいものです。
以前はそうではなかったし、長い時は一月、ヴァレと会えない時もありましたからね。」

「ふふ。でもヴァレはサイカをとっても愛しているからきっと寂しかったはずだわ!」

「ええ、ええ!“あれ”はその反動でもあると思うの!」

「女性陣は何の話をしているのかな~?」

「ルーカス、あなた少し酔ってるわね?」

「カーライル!ルーカス義兄様がお酒に弱いの知ってるでしょう?どうして止めないの!」

「…いや、止めたんだけどね…。」

「ヴァレリアと話してたらルーカスが泣き出して次から次へと酒を呑み始めちまったんだよ。」

「ルーカスお義兄様、大丈夫ですか?」

「!!ううう、ああああ…!サイカさんっ!ヴァレリアをありがとうねえええ…!!」

「ル、ルーカスお義兄様…!?」

「僕は、僕はっ!僕はぁ~!
ヴァレリアとサイカさんが結婚したのが嬉しくてえええ!ヴァレリアが、あんな、あんなに男らしく、うええええぇぇんっ…!!」

「ちょ…!鼻水!ルーカス、鼻水を拭いて…!!」

お義姉さんたちの旦那さん、それからエミリーとエドガー以外の子供たちと会ったのは結婚式の日が初めて。
結婚式では話が出来なかったけれど、二次会の場で漸く挨拶が出来たのだ。
三人のお義姉さんがそれぞれ嫁いでいるから、ヴァレの親族は大人数。
全員の名前を覚えられるか少し不安になったし緊張もしていたけれど、話してみれば皆気さくで優しい人たち。
…初めましてと挨拶した瞬間にルーカスお義兄様が白目を剥いて後ろに倒れるというハプニングもあったけど、ヴァレの親族たちは美醜に偏見のない所か差別自体を良くは思っていない良心的な人たちばかりだった。

「全く、ルーカスは本当、いつまで経っても子供みたいなんだから…!
早く大人になってちょうだい!」

「まあまあ、クリス姉様。そこがルーカス義兄様のいい所じゃない。
二次会で失神した時も…期待を裏切らない男って思ったわ!」

「そうそう!やっぱりルーカス義兄さんはこうでなくっちゃ!クリス姉さん!」

「…ミア、ラディ、それ褒めてないわよね。」

「カーライルお義兄様、ガイルお義兄様、ヴァレは一緒ではないのですか?」

「ああ、い、いや。来客があったみたいでそちらの対応をしていますよ。」

「お、おう!もうすぐ来ると思うぜ…ます。」

「ぷふ…!カーライルが緊張してる…!」

「も~!ガイルもまだ慣れないの!?」

「…無茶を言わないでくれ…。
サイカ様はヴァレリアと結婚したけれどこの国の尊い方でもあるんだから…。」

「は、はああ?慣れる慣れないの問題じゃねえ!何でラディアーナはそんな平然としてられんだよ…!」

「あら。私たちだって最初はサイカの絶世の美女っぷりにもの凄く驚いたわよ?
ヴァレから“美しい”とは聞いていたけど、まさかこんな、絶世の美女だって思わないじゃない。私の想像以上、いえ、予想を遥かに越えていて正直最初の記憶がないのよね…。」

「というか今でも見惚れるわね。サイカの美しさは何度見ても慣れるものじゃないもの!」

「でもねえ、サイカって絶世の美女なのに威張ってもないし、本当に気さくで優しい、それでいてとっても可愛い人なのよ。
ガイルもカーライル義兄さんもサイカの絶世の美女…には慣れる日は来ないかも知れないけど、身分なんて気にしなくなるわよ!」

「…いや、身分は気にしないといけないよ、ラディアーナ…。」

「公の場じゃないならいいじゃない!
ね、サイカ!」

「はい!折角身内になれたんですから、他人行儀はやっぱり寂しいです。
身内として過ごしている時は、私をヴァレの妻として扱って欲しいと思っています。」

「そ、そうか。…サイカ様…いや、サイカがそう言うのであれば…努力しま…努力しよう。」

「…その…俺も、努力する。
…いや努力して何とかなるもんか?絶世の美女を前にして緊張しない方がおかしいだろ…!?」

「…ねえ、ルーカス義兄さん寝てない…?」

「え、本当…寝てるわ…。」

「…ルーカス…あなたって人は…。」

お義姉さんたちは明るくて笑顔の絶えない人たち。
そして三人のお義兄さんたちも楽しい人たちで何だか漫才を見ている気持ちになる。
そこに子供たちも加わるととても賑やかだ。

「お待たせしました。」

「ヴァレ!」

「サイカ、姉さんたちは良くしてくれますか?」

「ええ!お義姉様たちの話はとても面白くて、時間が経つのが早く感じるの!」

「それは良かった。
…ですが、私といる時が一番ですよね?
私といるより姉さんたちといる方が楽しいと言われたら…少し、いえすごく妬いてしまいます。」

「ヴァ、ヴァレ!?」

スマートな動きで私の隣までやって来たヴァレが、私の頬に口付ける。
ちゅちゅと何度かの口付けを終えると宝石のように美しい紫色の瞳が熱を孕んで私を見つめていて、何だかとても恥ずかしい気持ちになってしまう。

「まだ信じられないわよねぇ、ヴァレにあんな一面があっただなんて…。やっぱり反動かしら?」

「そうじゃない?ヴァレも男ってことよ!サイカといるヴァレは本当、別人みたいだもの…!」

「というか私たちお邪魔みたいよね?」

「邪魔って言や邪魔だろ。ヴァレリアは新婚ほやほやだぞ?
姉より新妻といたいに決まってらぁ!な?ヴァレリア!」

「そうだね。結婚したといっても一年の間ずっと一緒にいられるわけではないんだから。
こうしている内にも新婚の、二人がこの家で一緒に過ごせる短い期間はあっという間に過ぎてしまう。」

「…そうよね…そうだったわね。
ヴァレ、私たちはもう帰るから新婚を楽しんで頂戴ね!」

「ふふ、もう少し話したかったけど邪魔しちゃ悪いものね!」

「ついつい長居しちゃったわ!
サイカ。ヴァレのこと宜しくね!」

「姉さん、義兄さん、ありがとうございます。
来てくれるのは本当に嬉しいので、また話しましょう。」

帰るお義姉さんたちを見送る。
それぞれが乗った馬車が目視で見えなくなったのを確認して屋敷の中へ戻ろうとした瞬間、ヴァレが私に口付けてきた。
それは何度も、何度も繰り返し。使用人たちのいる前で。

「んはっ…!ヴァ、ヴァレ…!だめ、だめだってば…!」

「どうして?」

「ど、どうしてって、周りに、し、使用人たちが…」

「ええ。だけど…私たちは新婚ですから。
新婚夫婦の初々しいやり取りの一つや二つ、使用人たちは気にしませんよ。」

「そ、そうかも、だけど…」

ここでもか!と恥ずかしさの余り叫びそうになった。
誰かに自分たちのいちゃつく姿を見られるのはやっぱり恥ずかしいものだ。

「妻となった貴女を愛して何が悪いのです。
早く慣れましょうね。私も協力は惜しみませんから。」

「…はひ。」

夫がイケメン過ぎてどうしよう。
ヴァレは変わった。出会った頃と比べ…ではない。
結婚する前のヴァレは出会った頃より男らしくなったけれど、それでも中性的だった。
だけど結婚してからは印象がまるで違う。
話し方、仕草、容姿は変わらないはずなのに、夫になったヴァレはとても…そう、一言で言えば“男”になった。
髪を切っただけでこうも変わるのか。否、髪を切っただけでは説明が付かない。
だけどヴァレがヴァレじゃないみたい、だとかは思わない。
私の大好きなヴァレだけど、困ったことに…夫になったヴァレに私は毎日ときめいて、そして緊張もしている…そんな厄介な状況に陥っているのだ。

「顔が真っ赤だ…。可愛い。サイカ、緊張しないで。」

「ひょえ…、」

「…ぷっ…はは…!もう、何ですかその可愛い声…!」

途端、ぐんと体が浮いて、私はヴァレに抱えられたまま寝室まで運ばれた。
何をされたかはお察しだろう。新婚夫婦は朝も昼も夜も関係ない。…と、そんな常識があるらしい。
中性的だった頃からヴァレの体力は結構凄い。全然中性的じゃない。
今だってそうだ。私がぜいぜいと肩で息をしていても少し呼吸が乱れているだけ、余裕すらある表情で私の髪を撫でている。
以前までは普段とセックスの時では別人のようだと感じていたけれど、今は何というか…しっくりときている。
これがヴァレの本質なのかも知れない、と。
未だ息の整わないままヴァレを観察していると表情も違うように思う。
男としての自信に満ち溢れたような、そんな表情だ。
私がじっと見ているのに気付いたヴァレがふ、と目尻を緩ませたかと思うと次の瞬間には妖しいまでの雰囲気を纏って私の口内を犯し始める。

「…ン、…ふ……ぁ、」

生理的に出てくる涙。
溜まった涙を流そうと瞬きすれば、ヴァレが真っ直ぐに私を見ていた。
強い何かが込められた視線は逆らう事を許さず、また逆らおうとする意思すらも湧いてこない。
連日続く夫婦の営みに体が悲鳴を上げていようと、私は服従したようにヴァレに身を任せる。

「…姉さんたちを追い帰すような私を、貴女はどう思ったのでしょう。
軽蔑、したでしょうか…。そんな人間だったのだと思わせてしまったでしょうか。」

「…ヴァレ…?」

「私、随分心が狭い男だったみたいです。
…だって、私は貴女を独占していたい。ずっと、いつだって。
貴女が私だけのひとだったらと、そんな事を思ってしまう。」

「……。」

「父も母も、姉さんたちも義兄さんたちも、甥も姪も大切で、大好きです。それは本当で…決して嘘じゃない。
なのに私は…サイカといる時間を邪魔されたような気持ちになってしまった。
その気持ちを自制出来ず、子供みたいな事をしてしまった。」

「…大丈夫。軽蔑なんてしてない。
そんな人だったんだ、なんてことも思ってない。本当だよ?」

「…サイカは私を甘やかし過ぎです。
だから私はどんどん我が儘になってしまう。
…とんでもない我が儘を言ってしまいそうだ。」

「ふふ。…いいよ、言ってみて。
ヴァレのとんでもない我が儘、聞いてみたい。
全部は叶えてあげられないかも知れないけど、私に出来る範囲でなら叶えてあげたいって思ってる。」

私がそう言うとヴァレは少し困ったように眉を下げ笑う。

「本当は、私だけのサイカでいて欲しい。
私以外の誰とも出会っていなければ、貴女は私だけのひとだったのに。
貴女の一番最初の客が、陛下ではなく私だったなら。
…どうしようもない事と理解しているんですけどね。」

「……。」

「ならせめて。私の妻として私と一緒にいる間は…誰よりも一番に私を優先して欲しい。
一年の内の数ヵ月という僅かな間だけでも貴女が私だけの女でいてくれるのなら、それでいい。
どうにもならない過去を受け入れられる気がします。」

「…いいよ。分かった。
ヴァレの奥さんとして一緒にいる間は、一番にヴァレを優先する。」

「約束ですよ?」

「うん、約束。」

安堵したような様子のヴァレは何度も私の名前を呼びながら愛撫を再開させた。
私の表情や反応を見逃さないような、そんなヴァレの視線を受けながら、けれど恥ずかしいのに目を逸らせない。
視線、息遣い、吐息、汗、ヴァレの全て。
そこにそれまでの中性的な色気はなくて、男の、“雄”の暴力的なまでの色気が私を支配していた。
終われば部屋の中は真っ暗でもう指一本すら動かせない。
お腹も空いているし喉もカラカラ。ヴァレが口移しで水を飲ませてくれたけど、コップ一杯では足りず何度もお代わりし、食事するのも手に力が入らないからヴァレに食べさせてもらった。
今はピロートークの甘い時間を過ごしている。

「髪を切って後悔はしていないんですけど…初めて気付いて…少しだけ勿体ない事をしたって思ってるんです。後悔ではないんですけどね。」

「……?」

「特に繋がっている時ですね。
サイカは時折…私の後ろ髪をね、触るんです。
垂れた部分の髪を細い指の間に掬って…その感触が好きなのか気持ちいいのか、本当に一瞬ですけど笑うんですよ。」

「……え、」

「知らなかったでしょう?少し前から違和感を感じていたんですけど…その違和感の正体に私もさっき気付いたばかりです。
貴女はいつものように私の垂れた髪を指で掬おうとしたけれど、切ってしまったから当然垂れる程の髪はないですよね。
…手が宙をさ迷ってました。」

「……。」

「無い髪を掬おうとさ迷って…もう、それが本当に可愛くて。可愛いのに、迷子みたいな手が可哀想で、何だか髪を切って申し訳なく思いました。」

「き、気付かなかった…。
あの、でも、…気にしないでね。前の髪型のヴァレも、今の髪型のヴァレも、私…大好きだから。」

「ええ。分かっています。
見惚れて、緊張して、顔を真っ赤にさせるくらい今の私を格好いいと思って下さっているのですよね?」

「な、えぇ!?」

「サイカは分かりやすいんです。
いえ、私は貴女をとても愛しているから。
私が愛しい貴女をよく見ているからですね、きっと。」

バレていたのが恥ずかしくてシーツを頭まで被るとヴァレはくすくすと笑いながらシーツごと私を抱き締めた。

「可愛いひと
こんな可愛い貴女が私の妻…本当に、何て幸せだ…。
誰かの目を気にする必要もなく、堂々と私の妻だと言う事が出来る。こうして愛し合う事も。」

「……。」

「私が貴女に不釣り合いだとか、運良く婚約者になっても結婚なんて出来るわけがないだとか、貴女が嫌がるに違いないだとか、それはもう…色々な言葉を言われました。
それは私を妬んでだとか、私を嫌っている人たちの言葉で…正直に言うと彼らの言葉に不安を感じなかった訳ではありませんでした。」

「え…!?」

「何故ならこの世に絶対などないのですから。
サイカ。式で貴女と並び、誓いの言葉を交わした時の私の安堵はもう…言葉では言い表せないものでした。
同時に私は一つの夢を叶える事が出来た。」

「…夢?」

「貴女を妻にする。貴女の夫になる。
結婚するまでは大きな夢のように感じて、実際大変な道のりでもありました。
そして私は、貴女の夫に。貴女を妻にすることが出来たんです。
その喜びと感動、達成感、そして安堵は貴女にも分からない私だけのもの。」

シーツ越しに聞こえてくる声は少しだけ震えていた。

「これからは堂々と貴女の側にいられる。
堂々と貴女を愛せる立場に私はいて、その特権もある。
不釣り合いだろうがそんな事はどうだっていい。
今の私は貴女の夫で、貴女は私の妻なのだから。」

だから、思う存分愛させて、愛してとヴァレが言葉を続けた。
私の側にいる為にヴァレは自分に課した目標を一つずつ乗り越え、その度に少しずつ自信が付いて、そして私との結婚という大きな夢が叶う、実現すると実感した時、彼は再び己の殻を破ることが出来たのだと感慨深そうに私に言った。

「だから、ねえ、サイカ。
貴女が今の私に惚れ直してくれていると分かって…とても嬉しいんです。
これからだって、堂々と貴女を愛したい。
触れたい時に貴女に触れて、口付けて、愛を囁きたい。
私の我が儘を叶えて下さいますよね?サイカ。私の愛しい妻。」

いつの間にか被っていたシーツは剥がされ、ヴァレの顔が目の前に迫っていた。
整った美しい顔は変わらないのに以前よりうんと男らしくて格好く見えてドキドキと胸が高鳴る。

「サイカ、返事は?」

「…はぃ、」

無意識に言葉が出るとヴァレは“やっぱり駄目はもう聞きませんからね”と意地悪ないい顔で笑ったの見て、ちょっとだけ嫌な予感がして背筋がぞわぞわとした。
その嫌な予感は的中し、紳士なヴァレは何処へいったのか…激しめなスキンシップが新居でどころか出掛けた先でも行われる事になり、私の心臓は毎日悲鳴を上げている。
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