ノラの女

五味千里

文字の大きさ
12 / 14

十二話 夢II

しおりを挟む
「何であんなこと言ったのさ」

 ユリ姉の部屋の、洒落た花瓶の縁をなぞりながら私は言った。淡い色の花瓶はつうっと音が鳴りそうなほど艶やかだ。
 一方のユリ姉は真剣とも不真面目とも思える表情でシックな壁に顔を向けている。その方向には往年のロックバンドのポスターが貼られてあり、まだ若い頃、東京で再会したユリ姉を思い出す。

「こういうのは、誰かが言わないといけないの」

 冷めた、というより枯れた声色だった。枯れていて、淋しいトーン。満月の裏側を見たような気になる。
 あれからユリ姉は、カズに淡々と正論を並べていった。お金のこと、生活のこと、惨めさや、報われなさ。それは彼女も経験しただけあって、決して荒くはないのにその言葉たちは鈍器の様相だった。偏見でない正論の、真っ直ぐな重みだ。
 カズは終始閉口していた。おそらく、こういうことを言われる覚悟もあったのだろう。口を真一文字に結んで、暴風に耐えていた。
 しかしユリ姉が、劇を観に行った、と一言放つとカズは一変した。真っ青になり、それまでアスファルトに向けた顔を上げて、それでもユリ姉を見ることはなく、ぼんやりと消えたような雰囲気になる。そうしてひとしきりユリ姉がバラバラと言葉を落とした後、もう一度廃校を巡って、最初と似たような言葉を繰り返した。

「言い方ってもんがあるでしょう、あれじゃあ、カズがへこんでしまうよ」

「へこまないと意味ないの。へこんで、苦しくなって、『夢』っていうのが自分のどこあたりにあるのか探らないと。自分の心臓か、脊髄か。でも、頭の上だと駄目なのよ。頭の上だと、その距離を測るので終わってしまう」

「そんなの、カズも考えてるよ、考えた上でああいう事言ったんでしょ」

「自分で考えても意味ないの。夢は甘い香りがするから。甘い香りがして、振り回されて、そして急に香りが消えてしまう。そうなったらもう、目も当てられないのよ。灰色の現実がやってきて、淡白に無臭を押し付けるの。その頃が一番辛い。過去が今を引っ張って、明日が今にやられるの」

 だからその前に、とユリ姉は付け足した。ポスターの四人組は肩を組んではにかんでいる。
 だとしても、私はカズにそれを耐えれるほどの大人を期待していなかった。今のカズは上京を目指した私とよく被る。夢に埋もれたい、そういう眼をしていた。いや、して欲しかったのかもしれない。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢の去った後、残された物は

たぬまる
恋愛
公爵令嬢シルビアが誕生パーティーで断罪され追放される。 シルビアは喜び去って行き 残された者達に不幸が降り注ぐ 気分転換に短編を書いてみました。

妻からの手紙~18年の後悔を添えて~

Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。 妻が死んで18年目の今日。 息子の誕生日。 「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」 息子は…17年前に死んだ。 手紙はもう一通あった。 俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。 ------------------------------

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

本物の夫は愛人に夢中なので、影武者とだけ愛し合います

こじまき
恋愛
幼い頃から許嫁だった王太子ヴァレリアンと結婚した公爵令嬢ディアーヌ。しかしヴァレリアンは身分の低い男爵令嬢に夢中で、初夜をすっぽかしてしまう。代わりに寝室にいたのは、彼そっくりの影武者…生まれたときに存在を消された双子の弟ルイだった。 ※「小説家になろう」にも投稿しています

ちゃんと忠告をしましたよ?

柚木ゆず
ファンタジー
 ある日の、放課後のことでした。王立リザエンドワール学院に籍を置く私フィーナは、生徒会長を務められているジュリアルス侯爵令嬢アゼット様に呼び出されました。 「生徒会の仲間である貴方様に、婚約祝いをお渡したくてこうしておりますの」  アゼット様はそのように仰られていますが、そちらは嘘ですよね? 私は最愛の方に護っていただいているので、貴方様に悪意があると気付けるのですよ。  アゼット様。まだ間に合います。  今なら、引き返せますよ? ※現在体調の影響により、感想欄を一時的に閉じさせていただいております。

悪意のパーティー《完結》

アーエル
ファンタジー
私が目を覚ましたのは王城で行われたパーティーで毒を盛られてから1年になろうかという時期でした。 ある意味でダークな内容です ‪☆他社でも公開

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

婚約破棄された令嬢が記憶を消され、それを望んだ王子は後悔することになりました

kieiku
恋愛
「では、記憶消去の魔法を執行します」 王子に婚約破棄された公爵令嬢は、王子妃教育の知識を消し去るため、10歳以降の記憶を奪われることになった。そして記憶を失い、退行した令嬢の言葉が王子を後悔に突き落とす。

処理中です...