向かい席

五味千里

文字の大きさ
7 / 7

最終話 夢列車

しおりを挟む
 街の明かりに近づいてるのか、空の暗さは先のようではない。ちらちらと星屑のような光が地に転がり、無機質に照らされた夜空は沈黙のまま雄弁に語る。
 聡太はゆっくりと目覚めた。窓ガラスにもたれた身体を起こし、記憶を整理する。そして思い起こした、晶の死。
 晶は数日前、狭い自室の中央で首を括り亡くなった。遺書もなく、身辺の整理も行っていない切実な死だった。
 それは聡太にとって硬く封じられた記憶であり、避けたい事実として刻まれていた。出来ることなら矮小な自尊心と軽薄な自虐に溺れていたかった。そしてその報を聞いて以来、聡太は初めて彼の地に戻る。

 晶は夢列車が好きだった。それは、夢列車の凛としたフォルムやそこから見える四季折々の景色ではなく、もっと空想的なものへの好意だった。
 晶曰く、夢列車は夢を運ぶのではなく、夢を見せる列車だという。昔はロマンチストが過ぎると笑っていたが、今は少しばかり頷ける。

 やはりあれは夢だったのだ。聡太の中に確信が生まれる。
 もしかしたらあの夢は、晶が不甲斐ない自分に与えてくれたエールかもしれない。そして晶が最後に言った言葉———聡太が次にすることは決まっている。

「終点、響林駅。終点、響林駅」

 車内アナウンスが流れ、重い荷物と切符を手に、聡太は夢列車を出る。冷気が身体に染み渡り、聡太の気を引き締めた。こうしている間にも先の夢は、聡太の頭から薄れて消えて行く。
 右手首につけた時計を見ると午後七時を回っていた。響林で降りて晶の墓まで向かうのに十分な時間がある。

「忘れないからな」

 聡太はぽつりと呟き、早歩きで駅を出た。彼の目には前のような光はない。しかし、その奥には微かな覚悟の灯火が静かに燃えている。

 聡太は急ぐ。あの夢を忘れぬために、晶という存在を心に刻むために。罪を赦さぬために、罪と向き合うために。

 ふと背後を振り向くと、折り返しの夢列車が再び夢咲へと向かっていた。夜を切り裂き、あの白銀の列車はただ煌々と進む。
———また誰かに夢を見せているのかもしれない。

しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

降っても晴れても

凛子
恋愛
もう、限界なんです……

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

君の名を

凛子
恋愛
隙間風は嵐となる予感がした――

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

行き場を失った恋の終わらせ方

当麻月菜
恋愛
「君との婚約を白紙に戻してほしい」  自分の全てだったアイザックから別れを切り出されたエステルは、どうしてもこの恋を終わらすことができなかった。  避け続ける彼を求めて、復縁を願って、あの日聞けなかった答えを得るために、エステルは王城の夜会に出席する。    しかしやっと再会できた、そこには見たくない現実が待っていて……  恋の終わりを見届ける貴族青年と、行き場を失った恋の中をさ迷う令嬢の終わりと始まりの物語。 ※他のサイトにも重複投稿しています。

《完結》僕が天使になるまで

MITARASI_
BL
命が尽きると知った遥は、恋人・翔太には秘密を抱えたまま「別れ」を選ぶ。 それは翔太の未来を守るため――。 料理のレシピ、小さなメモ、親友に託した願い。 遥が残した“天使の贈り物”の数々は、翔太の心を深く揺さぶり、やがて彼を未来へと導いていく。 涙と希望が交差する、切なくも温かい愛の物語。

処理中です...