向かい席

五味千里

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第六話 再会

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 聡太が下車した駅は人も灯りも全くで、夢列車の通った線路が闇夜に紛れて二つの直線を特別暗く描いている。
 ホームと煤けた小屋のみのその駅からは、東と西の二つの街の明かりが遠くに望むことができ、駅の周辺のみがぽかんと洞穴のような闇を映している。

 聡太は先の自らの行いを恥じながら駅小屋の壊れかけたベンチに座り、次の列車を待っていた。時刻表は見当たらず探すのも面倒だったので、小屋の向こうの景色を眺めるのみである。
 耳を澄ますと虫や蛙の声、蛍光の発光音、風と草花のこすれが聴こえ、静かながらも音に溢れている。その中で一つ、小石が転がる音がした。
 音は一度カラカラと鳴っては止まり、少しするとまたカラカラと鳴りながら此方へ近づく。
 誰かが小石を蹴りながら向かっているのだろう。日常にありふれた音の一つではあるが、聡太の耳は釘付けになった。

カラカラ……カラカラ……

 どこか聞き慣れた音、少年時代からの懐かしさ。小石を蹴る癖、その音が晶によるものだと確信するのに数分と要らなかった。

「晶!」

 聡太は小屋から飛び出し、見渡した。晶がここにいるとして、そのことへの疑問は微塵も浮かばない。それどころか、聡太にはここで晶に会うことが自然であるかのように感じていた。
 晶に謝ることだけが聡太の罪の意識を拭い去る方法だ。その一心で聡太は晶を探す。しかし、晶はいない。この暗闇で如何に目を凝らしてもそのシルエットを目にすることはなかった。

「———当然か。僕には謝る資格すらないのかもしれない。親友を見捨てた男に謝られても、言い訳じみてるもんな……
さっきさ、明子と田崎先生に会ったんだ。二人とも変わってなかった。明子は凛としてて真面目で、田崎先生は相変わらず人を見透かしたような人だった……」

 聡太は無人のホームの真ん中で淡々と呟く。晶が何処かにいて、聞いてくれていると思い込みたかった。しかし、やはり晶の姿はなく、小石の音さえ聞こえない。
 後悔かそれとも再会の懇願か聡太の頬は熱く濡れていた。

「相変わらずの泣き虫だな」

 晶の声だった。聡太は見渡す。しかしそこに人の姿はない。ただただ深い闇が広がるのみである。

「晶!晶なのか!」

「そうだよ。君の旧友の晶だ。電話のとき以来だな」

「ああ……晶、あの時はすまなかった。辛い時に何も言えず、お前の苦しみから目を逸らした……ごめん……ごめん」

 聡太の涙はより一層頬を濡らし、声は鼻水で掠れている。しかし、どれほど聡太が泣き喚こうが晶は姿を見せない。

「明子と田崎先生とはどんな話したんだ」

 晶は話を逸らす。それが聡太にはどうしようもなく心苦しく、胸の奥を締め付けた。

「……色んなことを話した。僕が都落ちして帰郷したこと……お前のことも含め、僕が人を見捨てたこと……今思えばあの会話でも僕は二人を傷つけた」

 聡太は心の中で晶の顔を思い浮かべる。その顔はきっと失望と哀しみに満ちているに違いない。しかし、思いの外、晶の声は優しかった。

「傷つけたって、いいんじゃないかな。傷つけて傷つけられて人と人はその営みを豊かにさせるんだ。俺も明子も先生も、きっと、人を傷つけない救世主と付き合っている訳じゃない。プライドと正義感ばかり強くて、人のためを思い続けている泣き虫な聡太が好きなんだ」

 晶は続ける。

「……だから、自分を傷つけるな。全部自分の責任にして、苦しめて、独りよがりになって……。
 あの電話の時、確かに君は何も言わなかったけど、受話器越しに聴こえるすすり泣く声が、俺の苦しみを和らげてくれた」

 晶の声が聡太の心に染み渡る。肌のような温もりが聡太の荒んだ心を包み込んだ。
 すると、遠い暗闇の中から列車の滑走音が聞こえて来る。晶は言った。

「そら、もう行く時間だ。次は途中下車なんてするなよ。前を向いて次に行くんだ」

「……晶は乗らないのか?」

「俺は、いいや。しばらく星でも眺めてるよ。今日はよく見える日だから……
 なあ、聡太。俺のこと、忘れないでくれよ。こういう奴がいたって、頭のどっかで覚えててくれないか」

 夢列車が聡太の前に止まる。聡太は夢列車に足をかけながら叫んだ。

「当たり前だろ!寂しいこと言うなよ。また会おう、今度は明子とか皆集まって!」

 無慈悲に閉じた扉の向こうはただの暗闇で、晶の顔は見えない。
 しかし、聡太は心の中であの明るく優しさに包まれた晶の笑顔をくっきりと思い浮かべた。
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