6 / 7
第六話 再会
しおりを挟む
聡太が下車した駅は人も灯りも全くで、夢列車の通った線路が闇夜に紛れて二つの直線を特別暗く描いている。
ホームと煤けた小屋のみのその駅からは、東と西の二つの街の明かりが遠くに望むことができ、駅の周辺のみがぽかんと洞穴のような闇を映している。
聡太は先の自らの行いを恥じながら駅小屋の壊れかけたベンチに座り、次の列車を待っていた。時刻表は見当たらず探すのも面倒だったので、小屋の向こうの景色を眺めるのみである。
耳を澄ますと虫や蛙の声、蛍光の発光音、風と草花のこすれが聴こえ、静かながらも音に溢れている。その中で一つ、小石が転がる音がした。
音は一度カラカラと鳴っては止まり、少しするとまたカラカラと鳴りながら此方へ近づく。
誰かが小石を蹴りながら向かっているのだろう。日常にありふれた音の一つではあるが、聡太の耳は釘付けになった。
カラカラ……カラカラ……
どこか聞き慣れた音、少年時代からの懐かしさ。小石を蹴る癖、その音が晶によるものだと確信するのに数分と要らなかった。
「晶!」
聡太は小屋から飛び出し、見渡した。晶がここにいるとして、そのことへの疑問は微塵も浮かばない。それどころか、聡太にはここで晶に会うことが自然であるかのように感じていた。
晶に謝ることだけが聡太の罪の意識を拭い去る方法だ。その一心で聡太は晶を探す。しかし、晶はいない。この暗闇で如何に目を凝らしてもそのシルエットを目にすることはなかった。
「———当然か。僕には謝る資格すらないのかもしれない。親友を見捨てた男に謝られても、言い訳じみてるもんな……
さっきさ、明子と田崎先生に会ったんだ。二人とも変わってなかった。明子は凛としてて真面目で、田崎先生は相変わらず人を見透かしたような人だった……」
聡太は無人のホームの真ん中で淡々と呟く。晶が何処かにいて、聞いてくれていると思い込みたかった。しかし、やはり晶の姿はなく、小石の音さえ聞こえない。
後悔かそれとも再会の懇願か聡太の頬は熱く濡れていた。
「相変わらずの泣き虫だな」
晶の声だった。聡太は見渡す。しかしそこに人の姿はない。ただただ深い闇が広がるのみである。
「晶!晶なのか!」
「そうだよ。君の旧友の晶だ。電話のとき以来だな」
「ああ……晶、あの時はすまなかった。辛い時に何も言えず、お前の苦しみから目を逸らした……ごめん……ごめん」
聡太の涙はより一層頬を濡らし、声は鼻水で掠れている。しかし、どれほど聡太が泣き喚こうが晶は姿を見せない。
「明子と田崎先生とはどんな話したんだ」
晶は話を逸らす。それが聡太にはどうしようもなく心苦しく、胸の奥を締め付けた。
「……色んなことを話した。僕が都落ちして帰郷したこと……お前のことも含め、僕が人を見捨てたこと……今思えばあの会話でも僕は二人を傷つけた」
聡太は心の中で晶の顔を思い浮かべる。その顔はきっと失望と哀しみに満ちているに違いない。しかし、思いの外、晶の声は優しかった。
「傷つけたって、いいんじゃないかな。傷つけて傷つけられて人と人はその営みを豊かにさせるんだ。俺も明子も先生も、きっと、人を傷つけない救世主と付き合っている訳じゃない。プライドと正義感ばかり強くて、人のためを思い続けている泣き虫な聡太が好きなんだ」
晶は続ける。
「……だから、自分を傷つけるな。全部自分の責任にして、苦しめて、独りよがりになって……。
あの電話の時、確かに君は何も言わなかったけど、受話器越しに聴こえる啜り泣く声が、俺の苦しみを和らげてくれた」
晶の声が聡太の心に染み渡る。肌のような温もりが聡太の荒んだ心を包み込んだ。
すると、遠い暗闇の中から列車の滑走音が聞こえて来る。晶は言った。
「そら、もう行く時間だ。次は途中下車なんてするなよ。前を向いて次に行くんだ」
「……晶は乗らないのか?」
「俺は、いいや。しばらく星でも眺めてるよ。今日はよく見える日だから……
なあ、聡太。俺のこと、忘れないでくれよ。こういう奴がいたって、頭のどっかで覚えててくれないか」
夢列車が聡太の前に止まる。聡太は夢列車に足をかけながら叫んだ。
「当たり前だろ!寂しいこと言うなよ。また会おう、今度は明子とか皆集まって!」
無慈悲に閉じた扉の向こうはただの暗闇で、晶の顔は見えない。
しかし、聡太は心の中であの明るく優しさに包まれた晶の笑顔をくっきりと思い浮かべた。
ホームと煤けた小屋のみのその駅からは、東と西の二つの街の明かりが遠くに望むことができ、駅の周辺のみがぽかんと洞穴のような闇を映している。
聡太は先の自らの行いを恥じながら駅小屋の壊れかけたベンチに座り、次の列車を待っていた。時刻表は見当たらず探すのも面倒だったので、小屋の向こうの景色を眺めるのみである。
耳を澄ますと虫や蛙の声、蛍光の発光音、風と草花のこすれが聴こえ、静かながらも音に溢れている。その中で一つ、小石が転がる音がした。
音は一度カラカラと鳴っては止まり、少しするとまたカラカラと鳴りながら此方へ近づく。
誰かが小石を蹴りながら向かっているのだろう。日常にありふれた音の一つではあるが、聡太の耳は釘付けになった。
カラカラ……カラカラ……
どこか聞き慣れた音、少年時代からの懐かしさ。小石を蹴る癖、その音が晶によるものだと確信するのに数分と要らなかった。
「晶!」
聡太は小屋から飛び出し、見渡した。晶がここにいるとして、そのことへの疑問は微塵も浮かばない。それどころか、聡太にはここで晶に会うことが自然であるかのように感じていた。
晶に謝ることだけが聡太の罪の意識を拭い去る方法だ。その一心で聡太は晶を探す。しかし、晶はいない。この暗闇で如何に目を凝らしてもそのシルエットを目にすることはなかった。
「———当然か。僕には謝る資格すらないのかもしれない。親友を見捨てた男に謝られても、言い訳じみてるもんな……
さっきさ、明子と田崎先生に会ったんだ。二人とも変わってなかった。明子は凛としてて真面目で、田崎先生は相変わらず人を見透かしたような人だった……」
聡太は無人のホームの真ん中で淡々と呟く。晶が何処かにいて、聞いてくれていると思い込みたかった。しかし、やはり晶の姿はなく、小石の音さえ聞こえない。
後悔かそれとも再会の懇願か聡太の頬は熱く濡れていた。
「相変わらずの泣き虫だな」
晶の声だった。聡太は見渡す。しかしそこに人の姿はない。ただただ深い闇が広がるのみである。
「晶!晶なのか!」
「そうだよ。君の旧友の晶だ。電話のとき以来だな」
「ああ……晶、あの時はすまなかった。辛い時に何も言えず、お前の苦しみから目を逸らした……ごめん……ごめん」
聡太の涙はより一層頬を濡らし、声は鼻水で掠れている。しかし、どれほど聡太が泣き喚こうが晶は姿を見せない。
「明子と田崎先生とはどんな話したんだ」
晶は話を逸らす。それが聡太にはどうしようもなく心苦しく、胸の奥を締め付けた。
「……色んなことを話した。僕が都落ちして帰郷したこと……お前のことも含め、僕が人を見捨てたこと……今思えばあの会話でも僕は二人を傷つけた」
聡太は心の中で晶の顔を思い浮かべる。その顔はきっと失望と哀しみに満ちているに違いない。しかし、思いの外、晶の声は優しかった。
「傷つけたって、いいんじゃないかな。傷つけて傷つけられて人と人はその営みを豊かにさせるんだ。俺も明子も先生も、きっと、人を傷つけない救世主と付き合っている訳じゃない。プライドと正義感ばかり強くて、人のためを思い続けている泣き虫な聡太が好きなんだ」
晶は続ける。
「……だから、自分を傷つけるな。全部自分の責任にして、苦しめて、独りよがりになって……。
あの電話の時、確かに君は何も言わなかったけど、受話器越しに聴こえる啜り泣く声が、俺の苦しみを和らげてくれた」
晶の声が聡太の心に染み渡る。肌のような温もりが聡太の荒んだ心を包み込んだ。
すると、遠い暗闇の中から列車の滑走音が聞こえて来る。晶は言った。
「そら、もう行く時間だ。次は途中下車なんてするなよ。前を向いて次に行くんだ」
「……晶は乗らないのか?」
「俺は、いいや。しばらく星でも眺めてるよ。今日はよく見える日だから……
なあ、聡太。俺のこと、忘れないでくれよ。こういう奴がいたって、頭のどっかで覚えててくれないか」
夢列車が聡太の前に止まる。聡太は夢列車に足をかけながら叫んだ。
「当たり前だろ!寂しいこと言うなよ。また会おう、今度は明子とか皆集まって!」
無慈悲に閉じた扉の向こうはただの暗闇で、晶の顔は見えない。
しかし、聡太は心の中であの明るく優しさに包まれた晶の笑顔をくっきりと思い浮かべた。
0
あなたにおすすめの小説
還暦の性 若い彼との恋愛模様
MisakiNonagase
恋愛
還暦を迎えた和子。保持する資格の更新講習で二十代後半の青年、健太に出会った。何気なくてLINE交換してメッセージをやりとりするうちに、胸が高鳴りはじめ、長年忘れていた恋心に花が咲く。
そんな還暦女性と二十代の青年の恋模様。
その後、結婚、そして永遠の別れまでを描いたストーリーです。
全7話
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
三十年後に届いた白い手紙
RyuChoukan
ファンタジー
三十年前、帝国は一人の少年を裏切り者として処刑した。
彼は最後まで、何も語らなかった。
その罪の真相を知る者は、ただ一人の女性だけだった。
戴冠舞踏会の夜。
公爵令嬢は、一通の白い手紙を手に、皇帝の前に立つ。
それは復讐でも、告発でもない。
三十年間、辺境の郵便局で待ち続けられていた、
「渡されなかった約束」のための手紙だった。
沈黙のまま命を捨てた男と、
三十年、ただ待ち続けた女。
そして、すべてを知った上で扉を開く、次の世代。
これは、
遅れて届いた手紙が、
人生と運命を静かに書き換えていく物語。
壊れていく音を聞きながら
夢窓(ゆめまど)
恋愛
結婚してまだ一か月。
妻の留守中、夫婦の家に突然やってきた母と姉と姪
何気ない日常のひと幕が、
思いもよらない“ひび”を生んでいく。
母と嫁、そしてその狭間で揺れる息子。
誰も気づきがないまま、
家族のかたちが静かに崩れていく――。
壊れていく音を聞きながら、
それでも誰かを思うことはできるのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる