71 / 242
第五章 誰が宰相を殺したの?
3
しおりを挟む
広間にいた全員が、ルチアーノを見つめる。ルチアーノは、明瞭な声で語った。
「今は、でございます。症状が回復したとはいっても、私はまだ、完全な健康体とは言えません。ですので、すぐに立太子というのは、よろしくないでしょう。第一、今宮廷は、それどころではないかと。しかしながら、クラウディオ兄上が亡くなり、国王陛下もご体調が優れないこの現状で、私も何らかのお役に立ちたく存じます。そこで」
ルチアーノは微笑んだ。
「私のこの症状が完全治癒するまで、暫定という形で、王太子権限をお与えいただけませんでしょうか。あくまで、仮ということでございます。そして、私が健康を取り戻した時に改めて、パッソーニ殿に占っていただくのはいかがでございましょう? 新王太子として、私とファビオ殿下、どちらがふさわしいのかを」
王族たちは、頷き始めた。
「確かに、今は大変な状況。ルチアーノ殿下にご助力いただけるのは、助かる」
「せっかく、国王陛下が王太子にと言ってくださっているのに、仮とは謙虚なことよ」
彼らのルチアーノに向ける目は好意的で、真純はほっと胸を撫で下ろした。ルチアーノが、さらに続ける。
「もちろん暫定期間中、この二人の魔術師殿には、ご活躍いただきたい。例えば、先般の疫病は、川の水質汚濁や整備不良が原因だったとか。水と土を操るお二人なら、すぐさま解決なさることかと」
皆は、期待に満ちた眼差しで、ルチアーノと真純、フィリッポを見つめ始めた。中には、今にも拍手せんばかりの者もいる。それでも、国王は不安げにパッソーニの顔色を覗っている。そんな彼に焦れたのか、咳払いをする者がいた。エリザベッタ王妃だった。
「国王陛下。ルチアーノ殿下のご意見は、もっともだと思うのですけれど。皆様も賛同なさっているご様子ですし、ひとまずそちらで話を進められてはいかがでしょう?」
一見疑問形だが、反論を許さぬ強い語調だった。王妃の勢いに気圧されたのか、ミケーレ二世はようやく決断したようだった。
「で、では、そうするとしよう。最終決定は、また後ほどということで!」
早口でそう告げた後、ミケーレ二世はほっとした様子で、解散の合図をしたのだった。
その夜、ルチアーノとボネーラ、真純、ジュダ、フィリッポの五人は、王宮内の一室に集合した。すでに用意されていた、ルチアーノの部屋である。
「皆、今日はありがとう」
ルチアーノは、四人の顔を順繰りに見回した。皆が返礼し終えると、ボネーラが真っ先に喋りだした。何やら、不満げな様子だ。
「ルチアーノ殿下。なぜ、暫定などと言い出されたのです? こう言っては何ですが、私が国王陛下を説得するのに、どれほど苦労したことか。ファビオ殿下が後継者に選ばれれば、パッソーニが後見人気取りで権力を振りかざすのは、目に見えていました。だからルチアーノ殿下をと主張し、ようやくその気になっていただきましたのに……」
フィリッポも頷いている。ボネーラと彼は、まだベゲットの手紙について知らないのだ。するとルチアーノは、深くため息をついた後、懐から便せんを取り出した。
「ボネーラ殿、フィリッポ殿。聞いて欲しい。実は、ベゲット殿が生前フィリッポ殿に宛てて書いた手紙が見つかったのだ。フィリッポ殿は、当初手紙の一枚目しか持っていなかったのだが、ジュダがニトリラへ行って続きを入手してくれた」
「見つかったのですか!?」
フィリッポが、目を輝かせる。ルチアーノは、複雑そうな表情で頷いた。
「ああ。読んでくれ。ただし、冷静に。ボネーラ殿は、一枚目も読まれるとよい」
ルチアーノの態度から、何やらただごとでは無いと察したのだろう。ボネーラとフィリッポは、怪訝そうにしながらも、手紙を読み始めた。彼らの顔色は、すぐに真っ青になった。
「こ、これは……」
かすれた声で、ボネーラが呟く。ルチアーノは、神妙に答えた。
「暫定と願い出たのは、これが理由だ。時間稼ぎをして、この手紙が真実かどうか確かめる。だから、パッソーニを持ち上げて油断させた。もちろん、ファビオ殿下と比較させる占いなど、させるつもりは無い」
「確かめる、ですと? ベゲット様が、嘘を書き遺されたと仰りたいのですか!? 」
フィリッポは気色ばんだが、ルチアーノはかぶりを振った。
「いや。ベゲット殿は、正直なところを綴ったのだろう。だが、考えてみよ。王族の出産は、極秘事項だ。宮廷を追われて何年にもなるベゲット殿が、一体どうやって第二夫人の懐妊を知ったというのだ? 不義を働いたと、どこで耳にした?」
フィリッポは、言葉に詰まった。ボネーラも、冷静さを取り戻したようだった。
「確かに、仰る通りです。『君は知らないだろうが』ともありますな。フィリッポ殿、ニトリラの村で、テレザ妃のご懐妊が噂になったことは?」
フィリッポは、ふるふると首を横に振った。ジュダが勢い込む。
「誰かがベゲット殿に嘘を吹き込み、禁呪をかけさせるよう仕向けたのでは!?」
「……あり得ますな」
ボネーラも、力強く頷いた。
「本当に、我が子に王位を継がせるのが目的なら、今日あのように反対するわけがありません」
「……と、考えたいところだが。確証はどこにも無い」
ルチアーノは、冷静に語った。
「それゆえ、暫定と願い出た。早急に、私の出生問題について、真実を明らかにする必要がある。私が、パッソーニの言った通り病だったと公言したのは、そのためだ。馬鹿正直に、禁呪だ、パッソーニの見立て違いだ、などと騒げば、奴を追い出すことはできるかもしれないが、それでは真実がうやむやになってしまう」
一同は、真剣に頷いた。
「私が真に国王陛下の子であると判明した暁には、堂々と王位を継がせていただこう。……そして、偽りをベゲット殿に吹き込んだ者は、容赦せぬ。私だけでなく、母の名誉も汚したのだ」
ルチアーノのエメラルドグリーンの瞳が光る。隻眼とはいえ、その迫力には圧倒されるものがあり、一同は一瞬押し黙った。
「父親がパッソーニであったなら?」
ぼそりと尋ねたのは、フィリッポだった。ジュダが何かを言いかけたが、ルチアーノはそれを制して、フィリッポに語りかけた。
「もちろん、王位継承は辞退する。パッソーニともども、速やかに宮廷を去るつもりだ。実の父親と判明したからといって、奴のこれまでの所業を、許すわけにはいかない」
その口調は、揺るぎない決意に満ちているようだった。フィリッポも、さすがに黙り込む。ルチアーノは、さらに続けた。
「私の父親が誰であるにせよ、やるべきことは同じだ。暫定期間終了まで、アルマンティリア王国のために力を尽くす。これまで王族の一員として、名を連ねていただかせた礼だ。……そしていずれにせよ、パッソーニは宮廷から追放する。次期宮廷魔術師は、フィリッポ殿、そなただ。私が宮廷を去る事態になったとしても、これだけは責任を持って手配する」
フィリッポは、今度は不安げな表情になった。
「しかし……。私は、ようやく詠唱ができるようになったばかりで……」
「案ずるな。教え子宅のかまども、直したのであろう?」
「それは、まあ」
恥じらいながらも、フィリッポは頷いた。モーラントを発つ前、フィリッポはマルコの家のかまどを、見事に修復したのだ。当初の予定の数倍は良い設備になったと、一家は大喜びしていたそうである。
「そなたなら、きっと活躍できる。今日、パッソーニの姿を見たであろう? 本来なら、そなたの師が着続けるはずであった宮廷魔術師のローブを、堂々と身に着けて……。悔しくはなかったか?」
フィリッポの瞳が揺れる。ルチアーノは、さらに畳みかけた。
「パッソーニを追い出し、弟子であったそなたがあのローブをまとうようになったら、ベゲット殿も草葉の陰でさぞ喜ばれることであろう」
真純とジュダは、何となく顔を見合わせて、微笑み合っていた。ルチアーノは本当に人心掌握が上手いと、真純は思う。フィリッポは、しばらく逡巡していたが、とうとう首を縦に振った。
「わかりました」
ルチアーノが、顔をほころばせる。
「ありがたい。期待している……」
「あくまで、ベゲット様の御為です」
フィリッポは、ルチアーノの言葉を遮った。その瞳は、挑戦的な光をたたえていた。
「もしルチアーノ殿下がパッソーニの子であれば、たとえ宮廷から去られたとしても、私は一生許さないでしょう。マスミさんと引き合わせてくださったこと、声を取り戻し、宮廷魔術師にと引き立ててくださったこと、手紙を取り戻してくださったこと……、それらには感謝申し上げておりますが、それでもやはり、私はあなたを許せません!」
「今は、でございます。症状が回復したとはいっても、私はまだ、完全な健康体とは言えません。ですので、すぐに立太子というのは、よろしくないでしょう。第一、今宮廷は、それどころではないかと。しかしながら、クラウディオ兄上が亡くなり、国王陛下もご体調が優れないこの現状で、私も何らかのお役に立ちたく存じます。そこで」
ルチアーノは微笑んだ。
「私のこの症状が完全治癒するまで、暫定という形で、王太子権限をお与えいただけませんでしょうか。あくまで、仮ということでございます。そして、私が健康を取り戻した時に改めて、パッソーニ殿に占っていただくのはいかがでございましょう? 新王太子として、私とファビオ殿下、どちらがふさわしいのかを」
王族たちは、頷き始めた。
「確かに、今は大変な状況。ルチアーノ殿下にご助力いただけるのは、助かる」
「せっかく、国王陛下が王太子にと言ってくださっているのに、仮とは謙虚なことよ」
彼らのルチアーノに向ける目は好意的で、真純はほっと胸を撫で下ろした。ルチアーノが、さらに続ける。
「もちろん暫定期間中、この二人の魔術師殿には、ご活躍いただきたい。例えば、先般の疫病は、川の水質汚濁や整備不良が原因だったとか。水と土を操るお二人なら、すぐさま解決なさることかと」
皆は、期待に満ちた眼差しで、ルチアーノと真純、フィリッポを見つめ始めた。中には、今にも拍手せんばかりの者もいる。それでも、国王は不安げにパッソーニの顔色を覗っている。そんな彼に焦れたのか、咳払いをする者がいた。エリザベッタ王妃だった。
「国王陛下。ルチアーノ殿下のご意見は、もっともだと思うのですけれど。皆様も賛同なさっているご様子ですし、ひとまずそちらで話を進められてはいかがでしょう?」
一見疑問形だが、反論を許さぬ強い語調だった。王妃の勢いに気圧されたのか、ミケーレ二世はようやく決断したようだった。
「で、では、そうするとしよう。最終決定は、また後ほどということで!」
早口でそう告げた後、ミケーレ二世はほっとした様子で、解散の合図をしたのだった。
その夜、ルチアーノとボネーラ、真純、ジュダ、フィリッポの五人は、王宮内の一室に集合した。すでに用意されていた、ルチアーノの部屋である。
「皆、今日はありがとう」
ルチアーノは、四人の顔を順繰りに見回した。皆が返礼し終えると、ボネーラが真っ先に喋りだした。何やら、不満げな様子だ。
「ルチアーノ殿下。なぜ、暫定などと言い出されたのです? こう言っては何ですが、私が国王陛下を説得するのに、どれほど苦労したことか。ファビオ殿下が後継者に選ばれれば、パッソーニが後見人気取りで権力を振りかざすのは、目に見えていました。だからルチアーノ殿下をと主張し、ようやくその気になっていただきましたのに……」
フィリッポも頷いている。ボネーラと彼は、まだベゲットの手紙について知らないのだ。するとルチアーノは、深くため息をついた後、懐から便せんを取り出した。
「ボネーラ殿、フィリッポ殿。聞いて欲しい。実は、ベゲット殿が生前フィリッポ殿に宛てて書いた手紙が見つかったのだ。フィリッポ殿は、当初手紙の一枚目しか持っていなかったのだが、ジュダがニトリラへ行って続きを入手してくれた」
「見つかったのですか!?」
フィリッポが、目を輝かせる。ルチアーノは、複雑そうな表情で頷いた。
「ああ。読んでくれ。ただし、冷静に。ボネーラ殿は、一枚目も読まれるとよい」
ルチアーノの態度から、何やらただごとでは無いと察したのだろう。ボネーラとフィリッポは、怪訝そうにしながらも、手紙を読み始めた。彼らの顔色は、すぐに真っ青になった。
「こ、これは……」
かすれた声で、ボネーラが呟く。ルチアーノは、神妙に答えた。
「暫定と願い出たのは、これが理由だ。時間稼ぎをして、この手紙が真実かどうか確かめる。だから、パッソーニを持ち上げて油断させた。もちろん、ファビオ殿下と比較させる占いなど、させるつもりは無い」
「確かめる、ですと? ベゲット様が、嘘を書き遺されたと仰りたいのですか!? 」
フィリッポは気色ばんだが、ルチアーノはかぶりを振った。
「いや。ベゲット殿は、正直なところを綴ったのだろう。だが、考えてみよ。王族の出産は、極秘事項だ。宮廷を追われて何年にもなるベゲット殿が、一体どうやって第二夫人の懐妊を知ったというのだ? 不義を働いたと、どこで耳にした?」
フィリッポは、言葉に詰まった。ボネーラも、冷静さを取り戻したようだった。
「確かに、仰る通りです。『君は知らないだろうが』ともありますな。フィリッポ殿、ニトリラの村で、テレザ妃のご懐妊が噂になったことは?」
フィリッポは、ふるふると首を横に振った。ジュダが勢い込む。
「誰かがベゲット殿に嘘を吹き込み、禁呪をかけさせるよう仕向けたのでは!?」
「……あり得ますな」
ボネーラも、力強く頷いた。
「本当に、我が子に王位を継がせるのが目的なら、今日あのように反対するわけがありません」
「……と、考えたいところだが。確証はどこにも無い」
ルチアーノは、冷静に語った。
「それゆえ、暫定と願い出た。早急に、私の出生問題について、真実を明らかにする必要がある。私が、パッソーニの言った通り病だったと公言したのは、そのためだ。馬鹿正直に、禁呪だ、パッソーニの見立て違いだ、などと騒げば、奴を追い出すことはできるかもしれないが、それでは真実がうやむやになってしまう」
一同は、真剣に頷いた。
「私が真に国王陛下の子であると判明した暁には、堂々と王位を継がせていただこう。……そして、偽りをベゲット殿に吹き込んだ者は、容赦せぬ。私だけでなく、母の名誉も汚したのだ」
ルチアーノのエメラルドグリーンの瞳が光る。隻眼とはいえ、その迫力には圧倒されるものがあり、一同は一瞬押し黙った。
「父親がパッソーニであったなら?」
ぼそりと尋ねたのは、フィリッポだった。ジュダが何かを言いかけたが、ルチアーノはそれを制して、フィリッポに語りかけた。
「もちろん、王位継承は辞退する。パッソーニともども、速やかに宮廷を去るつもりだ。実の父親と判明したからといって、奴のこれまでの所業を、許すわけにはいかない」
その口調は、揺るぎない決意に満ちているようだった。フィリッポも、さすがに黙り込む。ルチアーノは、さらに続けた。
「私の父親が誰であるにせよ、やるべきことは同じだ。暫定期間終了まで、アルマンティリア王国のために力を尽くす。これまで王族の一員として、名を連ねていただかせた礼だ。……そしていずれにせよ、パッソーニは宮廷から追放する。次期宮廷魔術師は、フィリッポ殿、そなただ。私が宮廷を去る事態になったとしても、これだけは責任を持って手配する」
フィリッポは、今度は不安げな表情になった。
「しかし……。私は、ようやく詠唱ができるようになったばかりで……」
「案ずるな。教え子宅のかまども、直したのであろう?」
「それは、まあ」
恥じらいながらも、フィリッポは頷いた。モーラントを発つ前、フィリッポはマルコの家のかまどを、見事に修復したのだ。当初の予定の数倍は良い設備になったと、一家は大喜びしていたそうである。
「そなたなら、きっと活躍できる。今日、パッソーニの姿を見たであろう? 本来なら、そなたの師が着続けるはずであった宮廷魔術師のローブを、堂々と身に着けて……。悔しくはなかったか?」
フィリッポの瞳が揺れる。ルチアーノは、さらに畳みかけた。
「パッソーニを追い出し、弟子であったそなたがあのローブをまとうようになったら、ベゲット殿も草葉の陰でさぞ喜ばれることであろう」
真純とジュダは、何となく顔を見合わせて、微笑み合っていた。ルチアーノは本当に人心掌握が上手いと、真純は思う。フィリッポは、しばらく逡巡していたが、とうとう首を縦に振った。
「わかりました」
ルチアーノが、顔をほころばせる。
「ありがたい。期待している……」
「あくまで、ベゲット様の御為です」
フィリッポは、ルチアーノの言葉を遮った。その瞳は、挑戦的な光をたたえていた。
「もしルチアーノ殿下がパッソーニの子であれば、たとえ宮廷から去られたとしても、私は一生許さないでしょう。マスミさんと引き合わせてくださったこと、声を取り戻し、宮廷魔術師にと引き立ててくださったこと、手紙を取り戻してくださったこと……、それらには感謝申し上げておりますが、それでもやはり、私はあなたを許せません!」
応援ありがとうございます!
8
お気に入りに追加
179
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる