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第八章 『忌み子』がもう一人いた

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 ルチアーノは、二冊の本をそれぞれ広げた。新しい本には、『ホーセンランド王室秘伝の医術』と書かれていた。

「なになに。ホーセンランド王室では、特殊なハーブを浸け込んだ香料を肌に塗ることで、疫病などを予防する習慣があった、と。殺菌効果があるからですか。なるほど」

 素早く目を通して、フィリッポが頷く。現代のアロマテラピーのようなものだろうか、と真純は想像した。

「ええと、このページが、図書館の本には無いのですか。そういえば、切り取られた形跡がありますね」

 目を近付けて、フィリッポが凝視する。真純ものぞき込んだ。フィリッポの言う通り、切ったような跡がある。とはいえ、かなり器用な仕業だし、ページ数の記載も無いので、言われなければわからないだろう。
 
(そういえば、僕たちがクオピボへ出かける前、殿下は図書館の責任者を呼び出していたっけ)
 
 真純は、記憶を辿った。何やら、蔵書の破損について話していたと思い出す

「これが、どうしたというのです?」
「フィリッポ殿。その先も読んでみよ」

 ルチアーノが、静かに命じる。素直に従ったフィリッポだったが、途中でその顔色は変わった。

「なお、この香料は毒性を持つため、大量に服用すると死に至る危険がある……、まさか」

 真純も、ハッとした。ボネーラの父親が殺された時、室内には甘い香りが漂っていた、と聞かなかったか。嗅いだことの無い香りだったという。

(そしてエリザベッタ王妃陛下は、ホーセンランド王室のご出身……)

「刺激性のある味とあるが。強い酒などに混ぜれば、わからぬかもしれぬな。もちろん、証拠となるものは全て持ち帰られたであろうが。ボネーラ殿が発見した際は、香りだけが残っていたのかもしれぬ」

 ルチアーノは、淡々と語った。フィリッポが、思案顔になる。

「確かに、王妃陛下にも動機はありますね。ボネーラ様のお父上は、ご側妃推奨派の急先鋒だったのでしょう? ご自身やクラウディオ殿下の座を脅かす女性が現れれば、それは面白く無いでしょうね……。ああ、なるほど。今パッソーニを処刑してしまえば、ご自身の罪も押し付けられる、という目論見でしょうか」

「恐らくは。この新しい本を取り寄せて、ようやく謎が解けた。証拠を隠蔽する輩さえいなければ、もう少し早く解明できたのだが」

 ルチアーノの声音は険しく、真純は、息を詰めて彼の様子を窺った。ルチアーノの隻眼が、真っ直ぐにボネーラを捉える。

「ボネーラ殿。そなたが、『甘い香り』について言及したのは、私たちが王宮入りしたその日だ。その際そなたは、犯人の見当が付かない様子だった……、むしろ、ベゲット殿を疑っていたな。だが三日後には、急遽パッソーニ犯人説を唱え始めた。私が、図書館を訪れた日だ。三日の間に、どんな心境の変化があったのであろうな?」

「それは……、ベゲット様の婚約者を国王陛下に引き合わせたのが、パッソーニの奥方だという新事実がわかったからではないですか。だから、全てはベゲット様を宮廷魔術師の座から引きずり下ろすパッソーニの策略だった、という推理に至ったのではなかったでしたっけ?」

 フィリッポが、首をひねる。ルチアーノは頷いた。

「そうだ。確かに、自然な流れだった。だがその日、私がこの本を図書館で借りると、このページは無かった。不審に思った私は、三日の間に図書館を利用した者を調べた。ボネーラ殿。その中には、そなたの名前があった」

  ルチアーノは、ボネーラにずいと近付いた。

「ボネーラ殿。そなたは三日の間に、私より一足先に、この本を読んだのではないか。そして、王妃陛下が犯人であることに気が付き、隠蔽を図った。違うか?」 
「……ですが。ページがいつ切り取られたかなど、わからないではありませんか」
 
 ボネーラは、ようやく口を開いた。

「遥か昔だったかもしれませぬぞ?」
「確かにな。では、これは何であろう?」
  
 ルチアーノは、懐から黒色のハンケチを取り出した。開いて提示する。そこには、銀色の髪が載っていた。

「アルマンティリア国民の髪色といえば、限られておる。最も多いのが、国王陛下のような茶系。次に、私のようなブロンド。地域によっては、ジュダのような赤毛もおるな。だが、銀色の髪は極めて珍しい。それも、王宮図書館に出入りできる地位にある者といえば、限られている」

 真純とフィリッポは、思わずボネーラを見やっていた。美しく整えられた、銀髪を。ルチアーノは、静かに告げた。

「この髪は、切り取られたページ部分に、挟まっておった」
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