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第十章 異世界召喚された僕、牢獄に入りました

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 三十分後、皆は再び大広間に集結した。空席の玉座の隣席には、王妃がぐったりした様子で腰かけている。傷がそれほど深くなかったのと、聖女の処置が早かったおかげで、大事には至らなかったのだ。そして末席には、フィリッポ、ジュダも控えている。
 
  そこへ、拘束されたダニエラが連れて来られた。ルチアーノは立ち上がると、彼女に話しかけた。

「では、話を伺おうか。なぜ、王妃陛下を狙った?」
「はい。一つは、ファビオ殿下の件です」

 ダニエラは、しっかりした口調で語り始めた。

「発端は、私の父・ドナーティ侯爵でした。孫であるファビオ殿下を通じて、宮廷の実権を握ろうと期待していた父は、ルチアーノ殿下の出現に焦ったのです。そこへ、王妃陛下がこう持ちかけられました。ルチアーノ殿下がファビオ殿下に危害を加えようとしたように、見せかければいい。そうすれば、王位はファビオ殿下のものになるだろうと……。浅はかにも、父はその計画に乗りました」

「そなたも、だな? ダニエラ嬢」

 ルチアーノが念を押す。ダニエラは、恥じ入ったようにうつむいた。

「はい……。ですが、少々釈明させてくださいませ。王妃陛下は、こう仰ったのです。ルチアーノ殿下は、実は残虐な方だ。もし彼が王太子になられたら、ご自身の立場を脅かす可能性のあるファビオ殿下の、お命を狙うかもしれない。彼の後ろ盾になるだろうドナーティ家も、徹底的に叩き潰すだろうと……。家と、可愛い甥のことを考え、私は一役買うと申し出たのでございます」

 王妃は黙り込んだまま、弁明する気配は無い。全て真実なのだろう、と真純は思った。

「それに。毒を盛るだなんて、聞いていなかったのです。ファビオ殿下には、体調を崩したような演技をしていただくだけだと、王妃陛下は仰っていました」

 ダニエラは、王妃をキッとにらみつけた。

「ファビオ殿下を、あんな危険な目に遭わせるなんて! 許せませんわ!」
「量はちゃんと考えていたわ。実際助かったんだから、いいじゃないの」

 王妃は、けだるげに答えた。驚いたような皆の視線に気づいたのか、フンと鼻を鳴らす。

「わたくしが素直に自白したら、奇妙かしら? こうなったら、全てお話しするわ。パッソーニが言った通り、宰相殺しも、ベゲット父子を殺してニトリラに火を放つよう示唆したのも、わたくしでしてよ」

 それを聞いた真純は、思わずジュダの方を見たが、彼の表情は変わらなかった。王妃が、淡々と続ける。

「国王陛下も瀕死であられる今、もうどうでもよろしいのよ。陛下は、愛しいテレザ夫人に、あの世で早く会いたいのでしょう。そうはさせるものですか。さっさと極刑にしていただいて、後を追うのよ。二人の再会を、妨害してやるわ……。だからもう、どなたが王位を継ごうが、この国がどうなろうが、わたくしの知ったことではありません」

 皆が、ざわめき始める。ルチアーノは、それを制した。

「静粛に。本題に戻ろう。ダニエラ嬢、先ほど姉のかたきと言っていたが、その意味は?」
「はい。ご説明申し上げます。その前に、拘束を解いていただいても? 皆様に、お示ししたい物があるのです」
 
  ダニエラが、懇願するような眼差しでルチアーノを見つめる。ルチアーノは頷いた。

「よかろう。だが、彼女がおかしな真似をせぬよう、皆きちんと見張れ」

 はっと返事をして、衛兵たちがダニエラの拘束を解く。すると彼女は、懐から小さなノートを取り出した。

「これは、姉・マヌエラの遺した日記ですわ」

 微かに、王妃の表情が強張った気がした。ダニエラが、そんな王妃をじろりと見る。

「なぜ私が持っているか、不思議に思われたのでしょう? でしょうね。この日記は、侍女のパオラに命じて、あなたが姉の遺品の中から盗ませたものですもの。あんな盗癖のある娘をなぜ雇うのか不思議に思っていたけれど、その性癖を利用するためでしたのね」

 ダニエラが、皮肉っぽく言う。パオラはマヌエラ王太子妃の侍女だったが、王妃に新しく雇われたのだったな、と真純は思い出した。

「けれど、パオラはあなたを見限りましたわ。マスミ様を毒殺未遂の犯人に仕立て上げるため、危ない橋を渡ったというのに、いざ糾弾された時、全く庇っていただけなかったと。それでパオラは、この日記を再び盗み出し、私に見せてくれたのです」

 確かに、パオラが真純の部屋に侵入したと馬丁が証言した時、王妃は知らぬふりを貫いていた。それでパオラは、カッとなったのだろう。

「これを読んで、私は衝撃を受けました。この部分ですわ」

   ダニエラは、パラパラとページをめくった。

「ちょうど、この国で疫病が流行っていた頃の記述ですわ。読み上げますわね」

  一同は、いっそうダニエラに注目した。

「○月×日。クラウディオ様より、香料は肌に合うかと尋ねられました。何のことだか、さっぱりわかりませんでした。そう申し上げると、クラウディオ様は逆に驚かれました。ホーセンランド王室では、殺菌効果のある香料を肌に塗り、疫病を予防するのだとか。母は、母国から香料を持ち込み、自分とファビオに対策させていると。君にも渡したと言っていたが、と怪訝そうなご様子。そんなお話は、一切伺っていませんでした」

 非難の眼差しが、王妃に集中する。王妃は、息子と孫息子にだけ香料を渡したのか。ダニエラが憤るのも、無理は無い。

「私がお返事に窮していると、クラウディオ様は真実を察せられたのでしょう。黙って香料を分けてくださいました。最初、私は固辞しました。私よりクラウディオ様の方が、ずっとお体が弱くていらっしゃる。貴重な香料をいただくわけにはいかないと思ったのです。ですが、クラウディオ様は……」

 ダニエラは、そこで嗚咽した。涙を拭いながら、続きを読み始める。

「夫として、愛する君を守りたいのだ、と。そこで私は、お言葉に甘え……」

 ダニエラは、ついにわっと泣き出した。涙に濡れた瞳で、王妃をにらみつける。

「なぜ、姉に香料を与えてくださらなかったのですか!? クラウディオ様がご自分のぶんを分けてくださっただけでは、足りなかったのです。時期も、遅すぎたのでしょう。結局姉は、疫病で逝ってしまいました。殺人に使うくらいなら、なぜ……」

 ダニエラが、床に崩れ落ちる。ルチアーノは、そんな彼女のそばに寄り添うと、慰めるように肩を抱いた。一同は、王妃に憎悪の眼差しを向けている。

「ご子息とファビオ殿下だけを守ったのか!」
「マヌエラ妃は、気立ての良い女性だった。なぜそんな嫌がらせを?」

 確かにひどい、と真純も憤った。それでダニエラは、国王の寝室で香料の話題が出た時、王妃をにらんでいたのか。

「嫌がらせ、という次元では無いでしょう」

 ルチアーノの、冷静な声が響く。今度は、彼に視線が集中した。

「ダニエラ嬢の言う通り、殺人に用いるくらいだ、香料は十分お持ちだったはず。それなのにマヌエラ妃に分け与えなかったのは、未必の殺意と見ていいでしょう」

 ダニエラが、ハッとしたようにルチアーノを見上げる。ルチアーノは、淡々と語った。

「クラウディオ兄上は、お体の弱い方だった。香料で予防したとしても、疫病でお命を落とされる可能性は大きかったでしょう。王妃陛下はそれを予想し、ファビオ殿下が王位継承者となった場合を、すでに見すえられていたのではありませんか。年少者が王位継承者となれば、後見を巡る争いが起きることは、目に見えている」

「では……、姉を、後見人候補から排除するために?」

 ダニエラが尋ねる。ルチアーノは頷いた。

「ご名答。現に、先ほどは否定されていたが、王妃陛下はクラウディオ殿下が亡くなった直後、ボネーラ殿に命じて、パッソーニを追放しようとなさった。パッソーニもまた、後見人候補となり得たからでしょう」

「そんな……」

 ダニエラが、再び涙ぐむ。ルチアーノはため息をついた。

「お父上に、しっかりと伝えられることですな。仮に王妃陛下の計画が成功し、ファビオ殿下が無事王太子となられても、ドナーティ家が権勢を振るう可能性などありませぬ。今度は、ドナーティ家を排除しにかかったことでしょう。利用するだけした後でね」

 ふふ、という笑い声が不意に響いた。この場には似つかわしくない言動に、一同が眉をひそめる。王妃だった。皮肉っぽい笑みを浮かべている。

「丁寧なご説明ありがとう、ルチアーノ殿下。その通りでしてよ。唯一の懸念は、ファビオまで亡くなったらということだったけれど、生き残ってくれて助かりましたわ」

 王妃は、淡々と語っている。孫への愛情というよりは、自分の計画が成功したことに安堵しているように感じられた。

「クラウディオも、愚かだこと……。ただでさえ病弱だというのに、妃に香料を与えていただなんて。妃なんて、死ねばいくらでも代わりがいるというのに。そもそも、側妃を迎えてもっと子を作るべきだったのよ。父親のようにね。それなのに、馬鹿みたいにマヌエラ一筋だったものだから、わたくしがファビオを守ろうと苦心する羽目になったわ……。そうね、マヌエラに香料を分け与えなければ、クラウディオは死なずに済んだかもしれないわ。ある意味、マヌエラがクラウディオを殺したとも言えるわね」
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