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第十章 異世界召喚された僕、牢獄に入りました

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 真純は体当たりするように、ルチアーノと王妃の間に割り込んでいた。ルチアーノが、焦った声を上げる。

「マスミ!」

 王妃を突き飛ばそうとした真純だったが、次の瞬間、体がよろめくのを感じた。王妃の姿が、こつぜんと消えたのだ。いわば空振り状態に、真純は面食らった。

(どういうことだ……?)
 
 すかさず、がっしりした腕が伸びてくる。ルチアーノだった。彼に抱き留められながら、真純はきょろきょろと辺りを見回した。

 あっけにとられた。何とジュダが、王妃を羽交い締めにしていたのだ。王妃が、もがきながらわめく。

「なぜ邪魔を!? 早く、書類を取り上げなさい。燃やすのよ。火の魔術師なら、できるでしょう!?」
「邪魔するに決まってるでしょう」

 ジュダが、一喝する。王妃は、呆けたような顔で彼の方を振り返った。ジュダが、フンと鼻を鳴らす。

「騙すのはお得意なようですが、俺の演技には気づかれませんでしたね。あんたの嘘なんて、とっくに見抜いてましたよ。その上で、味方を装い続けました……。俺が生涯忠誠を誓っているのは、ルチアーノ殿下お一人です」

 王妃の手から、短剣がぽとりと落ちる。ルチアーノは、おもむろに扇を取り出すと、王妃の面前に突きつけた。

「やはりあなたは、王位に執念をお持ちでしたな。ここに、王位継承権証明書類が隠されているとお思いで?  残念ながら、これはただの扇です。そう見せかけただけでね」

 言いながらルチアーノは、糊の跡を指でたどった。

「わざと糊をこぼして、細工のある扇のように見せかけました。まんまと引っかかってくださいましたな」

 王妃が、床に崩れ落ちる。ルチアーノは、衛兵に命じた。

「見ての通り、王妃陛下には、王太子殺害未遂の罪状も加わった。速やかに投獄するように。大の男を殺そうとなさるくらいお元気なのだ、ご体調に問題は無かろう」

 ルチアーノは、皮肉っぽく付け加えた。


  そのまま、王妃は投獄された。ダニエラも同様に投獄されたが、ルチアーノは情状を酌量し、早期に釈放するつもりだという。虚偽の証言をした者たちも、追い追い処分するそうだ。

 一連の処理が終わると、ルチアーノは自室に、真純、ジュダ、フィリッポ、ボネーラの四人を集めた。皆で、彼を囲むように応接セットに腰かける。ルチアーノは、当然のように真純を自分の隣に座らせた。

「皆、今日は疲れたであろう」

 ルチアーノは、慰労するように四人に声をかけた。

「安心せよ。ミケーレ二世陛下は、ご体調を回復された。今は、大分落ち着かれている」
「それは何よりです。では、ジュダさんにお話を伺っても?」

 おざなりに相づちを打ったのは、フィリッポだ。ボネーラも頷きつつ、ジュダに関心を寄せているのが見て取れる。 

「一時は、どうされたのかと思いましたが?」

 フィリッポが、ジュダをじろりとにらむ。ジュダは、やや気恥ずかしそうな顔をした。

「すみません。一時は混乱して引きこもってしまいましたが、その後考え直し、ルチアーノ殿下にお仕えし続けようと決意していたんです。マスミから励まされましたし、ボネーラ様からも、実父が禁呪を使った理由を伺いましたから。ところが出仕しようとしていた矢先、王妃陛下が、突然ロッシ家に来られたんです」

 皆は、身を乗り出した。

「王妃陛下は、俺にこう仰いました。あなたは、前宮廷魔術師ベゲットの息子・セアンだと。そしてお父上は、パッソーニとテレザ妃に殺められたのだと」

 ルチアーノは、それを聞いて眉をひそめた。

「王妃陛下が語られたお話は、こうです。テレザ妃はたいそう強かな女性で、クラウディオ殿下を差し置いて、ご自身の子を王位に就けようと目論んでいた。そのためにパッソーニと組み、ご自身に都合の良い占いをさせて、国王陛下を操っておられたのだ。私はその事態を憂慮し、ベゲット殿を呼び戻そうとした。だが二人は、私のその動きをいち早く悟り、ベゲット殿を殺害した。ご子息のあなただけは、私がどうにか守り、二人の目に触れぬよう匿ったのだと……」

 王妃の虚言能力に、真純は腹立ちを通り越して感心していた。パッソーニが宦官と判明した以上、ベゲットに告げたのと同じ嘘は通用しないため、脚本を作り替えたのだろう。

「やはり、ジュダを取り込もうと考えておられたのだな。王妃陛下の側近らは、クオピボでそなたと話したがっていた。あの時から、その話を吹き込もうとされていたのだろう」

 ルチアーノは、合点した様子だ。ええ、とジュダが頷く。

「王妃陛下は、我々がフィリッポ宛ての手紙を入手したり、色々調べたりしたことを、ご存じなかったのでしょうね。俺はとっくに自分の出生を知っているってのに、噴き出しそうでしたよ」

 フィリッポは、ため息をついた。

「こちらは、笑い事ではありませんでしたけどね」
「いえ、それは僕が罠に引っかかったのが発端ですし」

 真純は、慌てて言った。ジュダが頷く。

「うん、あれは確かに間抜けだった」
「まあまあ。ルチアーノ殿下のおかげで、逆に王妃陛下を追い込めたのですから、よしとしましょうよ」

 なだめるように、ボネーラが割って入る。ジュダは微笑むと、話を続けた。

「はい。俺はとっさに、王妃陛下に騙されたふりをしました。全て信じた風を装って、逆に彼女を油断させようと考えたんです。ご恩あるあなたに、報いましょうと言ってね。で、宮廷に出て来たとたん、マスミの審議が始まったもので、皆様に事情を説明する暇がありませんでした」

 そういうことだったのか、と真純は納得した。だが、フィリッポは首をかしげた。

「けれど、なぜあの場面まで芝居を続けたのです? 王妃陛下が罪を自白なさった時点で、もう必要無かったのでは?」
「どうせなら、とことん彼女の化けの皮を暴きたかったんですよ。ファビオ殿下が王位を継承することへの執着、そしてルチアーノ殿下への憎しみをね」

 ジュダは、静かに答えた。

「誰よりも大切なルチアーノ殿下に、呪いをかけさせた人間ですから。……それに」

  ジュダは、ちょっと口ごもってから、気恥ずかしそうに告げた。

「俺の実父を騙して、結果的に死に追いやった人間でもあります」
「ジュダさん……」

 フィリッポは、感激の眼差しでジュダを見つめた。手を伸ばし、彼の赤毛をくしゃくしゃと撫でる。

「ようやく、認めてくれたんですね!? では、セアン君と呼んでも?」
「それは止めてください。呼ばれ慣れないんで」

 ぴしゃりと否定され、フィリッポは気の毒なくらいうなだれてしまった。
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