わがまま令息のお仕置きな日々

水都(みなと)

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4-1.歪んだお仕置き

 おむつのお仕置きは、程なくしてライナスに外してもらえた。

 羞恥のお仕置きに懲りたのか、少しの間ルシアーノは大人しくしていた。しかし、それも長くは続かずまた癇癪が始まり、ライナスからお仕置きを受ける日々だった。

 そんなある日、ルシアーノは朝から様子が変だった。ルシアーノが勉強に集中しないのはいつものことだったが、落ち着かない様子でそわそわとしている。

 キリの良いところで、ライナスは教科書を閉じた。

「では、今日のお勉強はここまでにしましょうか」
「え! 早くないか? 俺もっとやれるぞ」

 意外なルシアーノの反応に、ライナスは一瞬言葉を失った。

「……いえ、予定していた範囲は終わりましたので」
「じゃあ明日の分もやろう! 明後日の分も! 俺、今日すっごい勉強したい気分なんだよ」

 怪訝な顔をしたライナスが、ルシアーノの額に手を当てる。

「どうしましたか? ルシアーノ様が勉強をしたいだなんて……熱でもあるのではないですか?」
「ないよ! 勉強したいのは悪いことじゃないだろ。ほら、今日を逃すとまた俺のやる気がいつ出るかわからないぞ。教育係として絶好のチャンスだろ! な!」
「そうしたいのは山々なのですが……」

 コンコン、と扉がノックされた。メイドの声が聞こえてくる。

「失礼いたします。ルシアーノ様、リハルト様がお見えになりました」

 ルシアーノは椅子から飛び上がると、大声を返す。

「今俺勉強中だから! 今日は1日勉強するから会えないって言って!」
「つれないなぁ、ルーシャ。せっかくお兄ちゃんが帰ってきたっていうのに」

 扉が開き、立っていたのは1人の青年だった。柔らかな金髪の髪に透き通るような碧眼、色白で目鼻立ちは整っている。

「やあ、ルーシャ。元気にしてたかい?」
「リハルト兄さん……」

 リハルトはルシアーノの2番目の兄だ。家からは既に独立し、たまにルシアーノの顔を見に帰ってくる。
 
 今日は久々にリハルトが帰省するからと、早めに勉強を切り上げてほしいとライナスはメイドから頼まれていた。

「少しは大きくなったかな? いや、ルーシャは昔から小さいから、大きくなったと言ってもまだまだ小さいね」

 ポンポンとリハルトはルシアーノの頭に触れた。ルシアーノは苦い顔をして頭を振る。

「帰ってこなくていいって言ったのに」
「寂しいこと言うなぁ。仕事で多忙の中、可愛い弟の顔を見に帰ってきてやったっていうのに」
「兄さんが忙しいのは仕事じゃなくて、女の子と遊び歩いてるからだろ」
「な~に? 嫉妬してるの? 大丈夫、僕の1番はお前だから。愛してるよ、ルーシャ」
「気持ち悪いこと言うな」
「本当にツンデレだねぇ、ルーシャは。本当はお兄ちゃんが帰って来て嬉しいくせに」

 2人の様子を、ライナスは静かに見つめていた。アイザックのような兄かと想像していたが、どうやらまったくタイプが違うようだ。

 そんな様子に気づいたリハルトが、ライナスに口元だけで笑いかける。

「キミが教育係のライナス副神官だね。僕はリハルト。この子の次兄だ」
「お目に掛かれて光栄です、リハルト様」
「キミのことはいろいろと聞いているよ。ルーシャのことを厳しく躾けてくれているそうだね。手のかかる弟で申し訳ない」

 話しながら、リハルトは再びルシアーノに目を向けた。

「長兄がどうもこの子に甘くてね。僕が少しは厳しくするべきだと言っても、聞き入れてくれなくて。僕も兄には逆らえないから、結果的にルーシャはご覧の有様さ。イチから教育するのは大変だろう?」
「……それが私の仕事ですので」
「ライナス! そこは『そんなことありません』って言うとこだろ!」
「ははっ、素直でいいねぇ」

 さて、とリハルトはルシアーノの肩を抱いた。

「久々に兄弟水入らずで過ごさせてもらいたいんだ。悪いけど、今日の勉強はここまでにしてもらえるかい?」
「わかりました。では失礼いたし――」
「ライナス! まだ帰るのは早いだろ! 今日は休憩もしてないし、お茶でも飲んでけって!」
「なんだい、ルーシャ。僕と2人きりになるのが恥ずかしいのかな? でも、ライナスは毎日のようにルーシャの相手をしてくれているそうじゃないか。今日くらい早めに休ませてあげるのも大事だと思うけどな」

 返事をする前に、リハルトはさあさあとライナスを扉へ誘導した。

「では、また頼むよ副神官殿。神官殿にもよろしく」
「ええ。ではルシアーノ様、また明日」

 そう言って、追い出されるようにライナスは帰って行った。バタンと閉じる扉の音が、2人きりの部屋に響く。

 ルシアーノはリハルトが苦手だった。アイザックと同じように兄として想ってくれていることはわかる。しかし、その愛情表現はまったく違っていた。

 リハルトとしては弟をいじってからかっているつもりだろうが、ルシアーノにとってはそれが嫌だった。度が過ぎるとアイザックが止めてくれていたので、そこまで酷いことはなかったが、今日は2人きりだ。

 リハルトはくるりと振り返ると、目を細めた。

「メイドたちから聞いたよ。あの教育係に随分お仕置きをされてるそうじゃないか。お尻を叩かれたりとか」
「な……ッ」

 ルシアーノの顔がカッと熱くなったのを、リハルトは小さく笑った。
 
「手を出すのはいけないと散々兄さんから言われてきたけど、あいつにさせてるってことは僕もしていいわけだよね?」
「いいわけないだろ! そもそも、俺は兄さんにお仕置きされるようなことしてない!」
「へえ……」

 リハルトは部屋をぐるりと見まわした。そして、テーブルの上に転がっていた羽ペンを手に取る。

「これ、僕のペンだよね? なに勝手に使ってるの?」
「はあ?」

 ロクに勉強などしてこなかったルシアーノは、自分の筆記用具など持っていなかった。そこで書斎を探し、適当に取ってきて使っていたのがその羽ペンだった。

「それ、兄さんのだったのか? あの書斎は俺ら全員が自由に使っていいってことになってただろ」
「まさかお前が書斎を使うとは思わなかったからね。でもこれは僕のペンだ。名前も刻印されている」

 よく見ると、確かにリハルトの名前が刻まれていた。

「そんなの気づくわけないだろ」
「それは言い訳だよ、ルーシャ。勝手に人のモノを使った上、開き直るような悪い子には……お仕置きが必要だね?」

 リハルトのニヤリとした笑みに、ルシアーノはギョッとした。

「なんで兄さんにお仕置きされなきゃいけないんだよ! 今までそんなことしなかっただろ!」
「アイザック兄さんが、何があってもルーシャに手を上げることは許してくれなかったからね。でも今お前はあの副神官に尻を叩かれてる。だったら、僕がしたって構わないだろう。むしろ僕の方がルーシャを躾ける権利がある。実の兄なんだからね」
「ふざけんなよ! ぜってー、嫌だ!」

 ルシアーノが逃げようとすると強い魔力で捕らえられ、身体が宙に浮いた。
 
「なっ、下ろせ!」

 ジタバタと空中で暴れるルシアーノだったが、リハルトの魔力から逃れることはできない。彼もまた強い魔力を持ち、その上ルシアーノと違い魔法をマスターしているのだから。

「ちゃあんと反省しないとお仕置きが増えるよ。さあ、僕の部屋に行こうね」

 リハルトは悠々と歩き出し、魔力で捕らえたルシアーノを引き連れて行った。

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