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しおりを挟む「何をしている貴様」
兄上が怒りの矛先をノアへ向けた。
縮み上がりそうな剣幕にも、ノアは臆することなく兄上を見据える。
「アズレウス伯爵、ご不在のところ勝手な真似をして申し訳ありませんでした」
「わかっているならば、さっさと出て行け」
一礼して、竪琴のケースを手にノアが出て行こうとする。
「ノア、待っ――ッ!」
兄さんの背中から離れた瞬間、兄上に胸倉を掴まれた。
力任せに引き寄せられ、踵が浮く。
「フレデリック! ロストラータ家の面汚しめ。お前は大人しくしていることもできないのか。河原乞食に施してやっているなど、責務をまっとうせず貴族気取りか。逃げて隠れることしかできないと思っていたお前に、そんな度胸があるとはな」
「あ、兄上……俺は……」
「兄上、落ち着いてください。フレディは、彼のおかげで希望を取り戻したのです。何も恥じることはしていない」
「これが恥ではなくなんだ! お前がこいつを甘やかすからだろう、リュシアン!」
捨てられるように床に投げ飛ばされる。ノーマンたちが駆け寄ろうとしていたが、兄上の形相の前にどうすることもできないようだ。
こうなった兄上は止まらない。とにかく今は黙って従っておくしかないとわかっている。
それでも今は、俺だけの問題じゃない。
飛び起きると、兄上を搔い潜ってノアの後を追いかけた。
兄さんの呼び止める声が聞こえたが、構わず屋敷の外に出る。
「ノア!」
屋敷の門を出たところで、銀色の後ろ姿を見つける。
さらりと髪を揺らし、ノアが振り返った。その顔は何事もなかったかのように、いつも通り涼やかだった。
「ごめん! 兄上があんな……」
「どうかお気になさらず。よくあることです」
こんな扱いが、よくあること。
それでもまさかうちの屋敷に招いて、こんな目に遭わせてしまうなんて。
「兄上は俺のやることなすこと気に食わないんだ。だからノアのことも、ロクに知らないのにあんなこと言って。兄上はノアの歌を聴いたことがないから……」
「フレディ」
ノアがゆっくりと首を振った。
そこに悲しみはなく、窺えたのは諦めだった。
「もう部屋にお戻りください。兄上様がこれ以上お怒りになられたら大変でしょう」
「でも……」
「ああ、そうでした。これを」
取り出した細長い箱を手に握らされた。
「誕生日プレゼントです」
「こんな、俺――」
ノアの指が、俺の唇に当てられた。
憂うような紫の瞳で見つめられ、それ以上言葉が出なくなる。
「今日はお招きいただきありがとうございました。とても楽しかったですよ。おやすみなさい」
去って行くノアの後姿を、ただ見送るしかできなかった。
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