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第5話 ハンバーグ
「おはよう、リゼル」
「おはようございます、母上」
翌日から、リゼルは私と対面して食事を取るようになった。最初はぎこちなかったが会話もするようになり、母子としての第一歩を進み始めた気がする。
食事が終わったというのに、リゼルは何か言いたげにもじもじとしていた。
「どうしたの? あら、もしかしたらデザートが食べたかった?」
「あの……」
気恥ずかしそうな、ばつの悪そうな顔をして上目遣いで私を見る。
「母上の……料理が食べたい」
「私の!?」
「もう残したり、捨てたりしないから……」
「ダメ?」と顔を赤らめて言うリゼルのなんと可愛らしいことか!
もう昨日までのリゼルとは違う。嫌がらせではなく、本心で言っているということは見ればわかる。
「もちろんいいわよ。何か食べたいものはある?」
リゼルがパッと顔を輝かせた。紫の瞳が本当に宝石のようだ。
「なんでもいい! あ、でも……お肉がいいかな」
「わかったわ。おいしいお肉料理を作るわね」
厨房では既に昼食の仕込みを始めているだろうから、私は夕食を作らせてもらうことにした。子供が喜ぶお肉料理と言えば、やっぱりハンバーグだろうか。それなら、こっちの世界でも作れるだろう。
使用人に食材を頼み、さっそく作っているとコックたちが興味深げに私の手元を覗いてきた。
「奥様、何をお作りになられているのですか?」
「ハンバーグよ。これならリゼルも喜んでくれると思うの」
ハンバーグ? とコックたちが首を捻った。
そういえば、こちらの世界での自分の幼少期を振り返ってもハンバーグは食べたことがない。それは私が没落貴族だから肉などあまり口に入らなかったのかと思っていたが、どうやら違いそうだ。結婚してからも、肉料理といえばステーキだった。
前世に記憶を巡らすと、そもそもハンバーグは日本特有のものだと聞いたことがあった気がする。異世界で日本食を作って驚かれるラノベはよく読んでいたが、まさか自分がすることになるとは。
プロであるコック長に学校の調理実習仕込みの拙い作り方を熱心に見つめられ続けているというのは居心地が悪かったが、なんとかごく普通のハンバーグできた。上に目玉焼きを乗せれば完成だ。
夕食の時間になり、給仕係に頼んでリゼルの分は私が運ばせてもらった。リゼルも初めて見る料理に不思議そうに顔を近づけている。
「これなに?」
「ハンバーグ、ちゃんとお肉料理よ」
「ステーキが良かったなぁ」
作ってくれた人に対してそれはよくない、と言いかけたが食べ物についてはきつく叱ったばかり。食育はゆっくりやっていけばいい。まずは食事を楽しい時間にしなくては。
「おいしいから食べてみて」
私がそう促すと、リゼルは渋々と言った様子でナイフでハンバーグを割った。中から肉汁が溢れる。小さく切ったそれをリゼルが口に入れた。緊張の一瞬だ。給仕係やメイドたちも固唾を飲んでいる。
リゼルの手からナイフが滑り落ちた。
「……おいしい」
「本当! 良かった!」
「こんなの食べたことない。ステーキよりおいしい!」
やっぱり子供にはハンバーグだ。私は心の中でガッツポーズをした。
「目玉焼きは半熟にしてあるから、それもソースと絡めて食べるともっとおいしいわよ」
そう言うと、リゼルは目玉焼きを割ってとろけ出た黄身と一緒にもう一口。いつも細められていた目が三日月のようになる。
「おいしい!」
それからはもう一瞬だった。ぺろりと平らげ、おかわりが欲しそうだったので私の分をあげることにした。
「いいの? 母上の分は?」
「お母様のことはいいのよ。リゼルにいっぱい食べてほしいの。次はもっとたくさん作るわね」
「うん!」
給仕係に「何かお作りしましょうか」と聞かれたが断った。私はパンとサラダだけで充分。リゼルが黙々と食べている様子を見るだけで、お腹も胸もいっぱいになった。
それから毎日、リゼルが好きそうな料理を作った。からあげ、卵焼き、エビフライ、コロッケ、オムライス、ピザ。
どこの世界でも、子供はやっぱり子供だ。リゼルはどれも「おいしい!」と残さず食べてくれた。
あまり偏ってもいけないが、リゼルは野菜や魚は嫌いなようだった。「残さないから」と言ったのに、野菜や魚が出たときは鼠が齧った程度にしか食べてくれない。おいしく食べてくれる方法を模索中だ。
とはいえ、私が厨房に入り浸りになるのはコックたちも困るだろう。私は夕食担当で、他の食事は今まで通りコックたちに頼むことにした。
コックたちも私の未知の料理が気になるのか、レシピやどこで習ったのかを何度も聞かれた。「自分で考えたの」なんて誤魔化したものだから、殊の外称賛されてしまい「次はどんなお料理を?」と聞かれ続け自分の首を絞めた。
ある日、料理を作っているとリゼルがやって来た。
「俺もやりたい」
ビックリしたが、子供がお手伝いをしたがるのは普通のことだ。でも卵も上手く割れないし、零すし散らかすし、これが子供のお手伝いの大変さかと。
前世の子供時代、忙しそうな母親を手伝おうとしたら追い払われたことを思い出した。今なら邪魔だったのだろうとわかるが、それでも子供心には悲しかった。
リゼルにそんな思いはさせたくない。できたところを褒めると、得意気に笑った顔が可愛い。その姿を見ていると、愛らしさが胸にあふれてくる。
「今日は俺が作ったんだよ!」
なんて使用人たちに言いまわっているリゼルは子供らしくて微笑ましい。
私を母と呼んでくれたときから、前に比べて言動が幼くなった気がするけれど、きっとこれが本来のリゼルなのだ。今までよく気を張って頑張っていたねと、涙が込み上げてくる。
「母上、どうした?」
泣きそうな私の顔をリゼルが覗き込んできた。
「リゼルが作ってくれたご飯がおいしくて、泣いちゃったのよ」
「おいしくて泣くなんて変なの。でも母上が喜ぶならまた作ってあげてもいいぞ」
そう誇らしげに言うリゼルの笑顔に、この子はきっと大丈夫だと思った。
こんなに愛らしくて可愛らしくて、母を思ってくれるこの子が悪役令息になんてなるはずがない。
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