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王都への帰還

王都よ、私は帰ってきた!

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 馬車に近づくとレイアがこちらへと目を向けた。

 エルフの姫様も木の上に座り、幹に体を預けるよう寄りかかりながらこちらを一瞥してくる。



「ただいま。待たせて悪かったな」



「いや、無事で何よりだ」



 あれ?今までだと頷くだけのことが多かったのに。

 なんか当たりが柔らかくなったか?まあ気のせいかもしれんが。



 レイアは俺の後ろの二人に目を向けている。



「ああ。そうだった。賊に捕らえられていた子達がいてな。ついでに保護した」



「そうか」



 どうやら、サクラが馬車から替えの服や食料などを姉妹に渡しているようだ。



 少し待つとこちらへ近づいてくる。



「お待たせいたしました。二人も多少落ち着いてきたようなので出発しましょう。私とレイアの後ろにそれぞれ乗らせます。

 しかし、乗馬経験はないようなので、体力の問題から一日に移動できる距離は落ちるかもしれません。その点はご容赦ください。」



「あれ?馬車に乗ってもらえばいいじゃないか。俺が代わりに外に出て走るよ。正直走る速度でいえば俺のが馬より早そうだし」



「さすがにそれは……それなら三人で馬車にお乗りください」



 でもなー。助けてくれた人とはいえ知らない男と密室で過ごすってのは気が休まらないだろう。

 裸祭りに巻き込まれそうになってたわけだし。今は姉妹だけでそっとしておいてあげたい。



「いや、やっぱり俺が走るよ。昨日たらふく食べたしここらでいっちょ運動するさ」



「しかし……いえ、勇者様はご意志を曲げられる様子はないようですね。わかりました」



「すまんな」



 姉妹に馬車に乗るように伝えると遠慮したように姉のカエデが断るが、無理に押し切ると渋々といったように馬車に乗り込んだ。



 アインが迷うようにこちらを見上げている。俺はその頭を撫でる。



「お前は二人を馬車の中で見守ってあげてくれ。頼んだぞ」



 そう言うと分かったとでもいうように強い足取りで馬車の中に入っていった。



 まあ、気合を入れているとこ悪いが、正直アニマルセラピー効果に期待しただけなんだよな。















 その後は特に問題なく進み、途中休憩や野営、場所によっては街の宿に泊まりながら4日。

 姉妹も俺たちに少し慣れつつある中、ようやく王都が見えてきた。



 サクラが王都の方に先行していく。恐らく勇者の帰還を告げに行ったのだろう。

 それと、エルフの姫様は住処が王都の塀の外にあるようで、仕事はこれで終わりとでもいうようにサクラに一言告げると去っていった。





「これが王都。流石に栄えてるな」



 呟くように言葉が漏れる。ここまでいくつか村や街を見かけてきたが、それとは比較がならないほどに大きい。



 遠めでも、その見上げるような大きさの城壁が存在感を放っている。また、その上には、完全武装の兵士が立っているのが見えた。



 多くの人が行き交っているが、戦時中というのもあるのか検閲はしっかりと行われているようで複数の列が作られ念入りに中が見られている。





 すると、門から多数の兵士が出てきて整列している。どうやら、俺たちの馬車が入れるようにスペースを確保しているようだ。



 人で形作られた通路を進むと指揮官らしき男が前に出て頭を下げている。一言挨拶がした方がいいかなと思い声をかける。



「出迎えありがとう。帰還した」



「無事のお帰り何よりでございます。部下に王宮までの露払いをさせますのでどうかこのままお進みください」



「助かるよ」



「もったいなきお言葉」



 何事かと思ってこちらを見ていた民衆も、勇者の帰還に気づいたのか集まってくる。

 兵士に阻まれて行って以上は近づけないようになっているが、称えるような声がそこかしこからしてやはり勇者は慕われていたんだなと改めて実感する。



 その声にところどころ応えるように手を挙げながら進んでいくと言われた通り旗を持った騎兵が待っており、俺たちの周囲を固めながら王宮への案内を始めた。





 王都を見回しながら歩いているとをまさに白亜の宮殿と呼ぶのが相応しいような立派な建造物が近づいてくる。

 どうやらここが目的地らしい。騎兵が下がり、それに代わるように現れた文官らしき男達とサクラが話すと荷物を下ろし始めた。



「勇者様。あとは城のものが全てやりますのでお部屋にお戻り頂いて大丈夫です。私の方で報告書の作成や姉妹の住居の確保等も処理しておきますので」



「偉い人に口頭での報告とかはいいの?」



「はい。勇者様が以前そういったことをしたくないとおっしゃられていたので重要な謁見以外は全て免除されております」



「そうか。そうだったな」



 正直それを聞いて安心した。さすがに営業でも王族やら貴族なんて会ったことないからマナーなんて知らないしな。



 お言葉に甘えて自室とやらに行こう。荷物持ち兼案内の人も用意してくれてるみたいだし。



 サクラが馬車に声をかけると姉妹と共にアインが下りてくる。

 そして、当然のように俺の横に来ると褒めて欲しそうな顔をしているので頭を撫でると一緒に歩きだす。



「お待ちください!勇者様……その、大変申し上げづらいのですが……魔物やそれに類する生き物は王宮の中に持ち込めない決まりでして」



 文官らしき男性が額に汗を滲ませながら困った表情でこちらに伝えてくる。



「え?そうなの?」



 サクラの方を見るとどうやら知らなかったようで確認すると言って文官と共に慌てて奥に消えていった。

 そして、しばらくするとサクラが申し訳そうな顔でこちらに戻ってくる。





「申し訳ありません。どうやら過去に王族が愛玩用に持ち込んだ魔獣が暴れて大きな騒動となったようで二代前の王の厳命で王族ですらも持ち込みを禁じられているとのことでして」



「そうなのか…………」



 ちらっとアインを見る。やはりこいつは賢く、雰囲気からある程度の理解ができるようで泣きそうな目でこちらを見つめてくる。

 数秒交差する視線。根負けしたのは俺だった。



 ため息をつくとサクラに話しかける。



「サクラ、こいつと一緒に泊まれるところを手配できないか?なんなら野営でもいい。」



「それは可能だと思いますが……部屋のお付の女性もということでしょうか?」



 お付の女性?専属の待女とかメイドとかがいるのか?



「いや。そうゆうのはいいや。というかこれからは自分のことは自分でやるからそうゆうのは無しでいいよ。面倒くさいし」



 慣れるべきなのかもしれんが、前世で小市民であった俺は周りに人がいると気が休まらない自信がある。



「…………かしこまりました。それならばすぐに宿を手配いたします。格式のある宿を手配したうえで、失礼の無いように前準備をさせますので少しお待ち頂く形とはなってしまいますが……」



 別に安宿でもいいんだが、とは思いつつこれ以上困らせるのも悪いのでそこは黙っておく。全然待つのは苦じゃないしその旨を伝えようと口を開こうとするが、そこにレイアの声が割り込んだ。



「それならば、私の屋敷に来ればいい」



「レイアの屋敷に?いいのか?」



「ああ。使用人を除けば私しかいないからな。

 以前から誰も使わない部屋を掃除するというのも無駄だと思っていたからそちらの方が都合がいい。

 むしろ貴殿がよければずっと使ってくれて構わない」



「ありがとう。それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな」



 無駄を嫌うというところがレイアらしいな、と少しわかってきた仲間の性格に思わず苦笑した

 そして、それと同時に事務的な説明の時が一番饒舌なのはうら若き女性としてどうなんだと内心ツッコミを入れる。



「ああ。それと、お前たちはどうする?」



 前置きも無く姉妹に目が向けられる。姉妹も自分たちのことだと思わなかったのかキョロキョロするが、やがて自分たちに視線が向けられていることが分かって焦っている。





 その様子を見かねたのかサクラが助けを入れるように会話に参加する。



「レイア様、この二人も受け入れて頂いてよろしいのですか?私の方で住居を手配をすることも可能ですが」



「構わない。先ほど言った通り部屋は余っているし、むしろその方がお前の手間も省けて合理的だろう」



 サクラも合理性の塊であるレイアに俺と同じことを思ったのか苦笑いを浮かべている。

 そして、姉妹に向き直ると声をかけた。



「ということです。あなた方がよければ勇者様と一緒にお世話になるのもよいかと思いますが、いかがですか?」



 旅を共にする中で多少距離が近くなったこともあるだろう。最初に会った時の毅然とした表情ではなく若干オドオドとした表情で姉のカエデが答える。



「私たちは住む場所もないので大変ありがたいのですが、本当にお世話になってよろしいのですか?

 その……お金やそれに準じたものは一切手持ちがないのですが」



「ああ。客観的に言って私は大貴族だ。お前たちにかかる費用など全体から見れば些事にすらならん」



「それならば、お言葉に甘えさせて頂きます。何から何まで本当にありがとうございます。

 しかし、負担でないと言ってもどうかお手伝いできることはさせてください。」



「よろしい。では勇者殿、行こうか」



 サクラに別れを告げてレイアの後に続く。



















 少し歩くと王宮とは対照的な無骨な塀と、見るからに分厚さを感じさせる堅牢な門が見えてきた。

 そして、それを守る立派な鎧を身に纏った門番は、レイアに気づくと一礼して門を開ける。



 屋敷というよりまるで要塞だ。

 しかし、かなり広い敷地のようだな。大貴族とやらは伊達じゃない。





 門を通り抜けると立派な庭園、そしてその中央には石畳の広い道があり屋敷まで続いている。



 屋敷の前までくると既に使用人が待機をしており、品の良い執事姿の男性が主を出迎えた。





「お帰りなさいませ。ところで、こちらの方々は?」



「勇者殿と……私の客人だ。これからここに住むことになった。まず、浴室に案内しろ、それと部屋の準備だ」



「かしこまりました。」



 旅の時とはまた違った姿に新鮮さを感じながら、勇者・大貴族・混血の姉妹による不思議な共同生活が幕を開けた。
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