人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

A

文字の大きさ
61 / 106
五章 -触れ合う関係-

口下手な彼

しおりを挟む
 少しだけ森に入っていくと、とても澄んだ川が穏やかに流れていた。 
 穢れなんか一切ない、神聖さすら感じさせるような雰囲気だ。


「すごく、綺麗だな」


 木々の隙間から差し込む光を反射して水面が煌めいている。
 それに、水の音を聞いているだけでも、涼しさを感じられるような気がした。 


「暑いし、早速入っちゃおっか」

「そうだな」


 服の下に水着を着てきているので、特に着替える必要もない。
 というか海の家でも使っていたTシャツタイプのラッシュガードのまま歩いてきたのですぐ入れる状態だった。


「俺はこのまま入れるけど、透はどうする?」


 バイトの時は、繁盛し過ぎたこともあり、あまり休憩時間も取れずほとんど海には入っていない。
 それに、透はもともと泳ぐつもりはなかったようで、ずっとパーカーを着ていたので正直どんな水着を持っているのかすら知らなかった。


「ちょっとだけ準備してくるから先入ってていいよ」

「わかった」


 透が岩陰の方に歩いていくのを見届けながら、昼食の入った保冷バッグを日陰に置いて少し準備体操をする。
 そして、ゆっくりと川に足先を入れるとひんやりとしていてとても気持ち良かった。


「気持ちいいな」

 
 俺は、体を馴染ますように水に浸かっていき、やがて全身がその冷たさに慣れた頃のんびりと泳ぎ始める。


「やっぱり、ここも誰もいないのか」

  
 開けた河川敷もあり、バーベキューをするには良さそうなところに思えるが、近くには誰もいない。
 もしかしたら、透がそういうところに誘導しているのかもしれないけど。


「ほんと、良い場所だ」

「ずっといたくなった?」

「そうだな」


 後ろからかけられた声に振り返ると、その目に映った姿に一瞬思考が途切れてしまった。
 

「……………………」

「あれ?どうしたの?」
 

 だが、動きを止めた俺を透が不思議そうな顔をして見ていることに気づき、我に返る。
 

「いや、悪い。ちょっと、気が逸れてた」

「ふふっ。綺麗で見惚れちゃったとか?ちょっと、頑張ってみたんだけど」

 
 淡い水色のスカートのような布に、白い水着。
 いつもは肌をあまり見せない透のその姿は見慣れないながらも、とても綺麗だった。

 正直、何と表現すべきなのかは迷う。だが、しっくりとくる表現が思い浮かばずただ思ったことを言うことにした。


「…………ああ、すごく、綺麗だ」

「っ!ほんとに!?」

「本当に綺麗だよ。でも、ごめん。俺じゃ、洒落た褒め方はできないみたいだ」
  
「…………前、駅で待ち合わせた時に妖精みたいって言ってくれたよね?それは?」


 妖精、たしかにそう言われると、暑いぼやけた頭でそんなことを言っていた気がする。
 そんな雰囲気もある。だけど、なんとなくしっくりこない。


「なんか、違うな」

「じゃあ、何?」

「………………あえて言うなら、でもいいか?」

「うん!あっ、でもちょっとだけ待って」


 透は、手を目の前におき俺に待つように伝えると、ゆっくりと深呼吸した。
 そして、今から戦いにでもいくような覚悟の決まった瞳でこちらを見る。


「どうぞ」

「いや、ハードル上がるからやめて欲しいんだが」

「早く」

 
 洒落たことは言えないので、無駄にハードルを上げて貰うのはやめて欲しかったが、どうやら言うしかないらしい。催促するような透の強い視線に抵抗を諦める。


「ほんとに洒落た台詞じゃないぞ?それこそ、ごく普通のありふれたやつだぞ?」

「いいから、早く」

「…………そういうのも、いいな。って、ただそれだけ。なっ、普通だろ?」


 世界で一番綺麗、何よりも美しい、いろいろと相応しい表現があるのかもしれない。
 むしろ、どんな言葉でも似合うような透に、こんな月並みなことしか言えない俺を笑うやつもいるだろう。

 だけど、俺の中ではそうじゃないのだ。
 誰かと比べることはしたくない、何かと比べることもしたくない。
 だって透は一人しかいないから。比べられるものなんてそもそもないから。
 

「ほんと、ごめんな?こんなことしか言えなくて」

「…………ううん。すごく嬉しい、ほんとに、どんな言葉よりも、嬉しい」

「そうか?」

「うん、正直泣きそうなくらい嬉しい。抱き着いちゃってもいい?」

「それは、ダメだ。絶対に」

「えー、なんで?」

 
 若干、顔を赤くさせているところを見ると、さすがに透も恥ずかしいのだろう。 
 だけど、俺としてもこの格好で抱き着かれるのは少々不都合だった。


「今の俺の心は、もしかしたら、透が見たくないものを映してしまうかもしれないから。だから、今だけは、ごめん」


 透に下心を抱いたことは無かった。
 でも今は、自信が無い。

 髪がまとめられたせいで見えるようになったうなじに、若干日焼けした首元とは違う透き通るほどに白い胸元、見てはいけないと思いつつも、自然と目がいってしまう。


「そういう目で見たくないのに、見ちゃいけないのに、つい視線がいってしまうんだ」


 透がそういうことが嫌いなことを知っているのに、俺はそれをしてしまう。
 だから、今だけは彼女のしたいようにはさせてあげられない。とても、情けないことに。


「他の時はいつでもいい、だけど、今だけは心を見ないで欲しいんだ。何よりも、透を傷つけたくないから」


 心を見られること自体は問題ない。バイトの時も、それは伝えたし、透もそれを喜んでいた。
 
 もちろん、変なことをしようと思っているわけでは無いし、そういったことを考えること自体を否定するほど潔癖なわけでも無い。
 
 でも、それを透が見えてしまうのなら、嫌な思いをしてしまうのなら話は別だ。
 
 
「ほんと、ごめんな?」


 こんなことをあえて言う必要は無いのかもしれない。
 当然、頭では損な性格だともわかっている。

 それでも、俺は、彼女の信頼に応えたいのだ。応え続けられる男でいたいのだ。

 この先、ずっと一緒にいるために。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

灰かぶりの姉

吉野 那生
恋愛
父の死後、母が連れてきたのは優しそうな男性と可愛い女の子だった。 「今日からあなたのお父さんと妹だよ」 そう言われたあの日から…。 * * * 『ソツのない彼氏とスキのない彼女』のスピンオフ。 国枝 那月×野口 航平の過去編です。

極上イケメン先生が秘密の溺愛教育に熱心です

朝陽七彩
恋愛
 私は。 「夕鶴、こっちにおいで」  現役の高校生だけど。 「ずっと夕鶴とこうしていたい」  担任の先生と。 「夕鶴を誰にも渡したくない」  付き合っています。  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  神城夕鶴(かみしろ ゆづる)  軽音楽部の絶対的エース  飛鷹隼理(ひだか しゅんり)  アイドル的存在の超イケメン先生  ♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡-♡  彼の名前は飛鷹隼理くん。  隼理くんは。 「夕鶴にこうしていいのは俺だけ」  そう言って……。 「そんなにも可愛い声を出されたら……俺、止められないよ」  そして隼理くんは……。  ……‼  しゅっ……隼理くん……っ。  そんなことをされたら……。  隼理くんと過ごす日々はドキドキとわくわくの連続。  ……だけど……。  え……。  誰……?  誰なの……?  その人はいったい誰なの、隼理くん。  ドキドキとわくわくの連続だった私に突如現れた隼理くんへの疑惑。  その疑惑は次第に大きくなり、私の心の中を不安でいっぱいにさせる。  でも。  でも訊けない。  隼理くんに直接訊くことなんて。  私にはできない。  私は。  私は、これから先、一体どうすればいいの……?

ハイスぺ幼馴染の執着過剰愛~30までに相手がいなかったら、結婚しようと言ったから~

cheeery
恋愛
パイロットのエリート幼馴染とワケあって同棲することになった私。 同棲はかれこれもう7年目。 お互いにいい人がいたら解消しようと約束しているのだけど……。 合コンは撃沈。連絡さえ来ない始末。 焦るものの、幼なじみ隼人との生活は、なんの不満もなく……っというよりも、至極の生活だった。 何かあったら話も聞いてくれるし、なぐさめてくれる。 美味しい料理に、髪を乾かしてくれたり、買い物に連れ出してくれたり……しかも家賃はいらないと受け取ってもくれない。 私……こんなに甘えっぱなしでいいのかな? そしてわたしの30歳の誕生日。 「美羽、お誕生日おめでとう。結婚しようか」 「なに言ってるの?」 優しかったはずの隼人が豹変。 「30になってお互いに相手がいなかったら、結婚しようって美羽が言ったんだよね?」 彼の秘密を知ったら、もう逃げることは出来ない。 「絶対に逃がさないよ?」

国宝級イケメンとのキスは、最上級に甘いドルチェみたいに私をとろけさせます♡ 〈Dulcisシリーズ〉

はなたろう
恋愛
人気アイドルとの秘密の恋愛♡コウキは俳優やモデルとしても活躍するアイドル。クールで優しいけど、ベッドでは少し意地悪でやきもちやき。彼女の美咲を溺愛し、他の男に取られないかと不安になることも。出会いから交際を経て、甘いキスで溶ける日々の物語。 ★みなさまの心にいる、推しを思いながら読んでください ◆出会い編あらすじ 毎日同じ、変わらない。都会の片隅にある植物園で働く美咲。 そこに毎週やってくる、おしゃれで長身の男性。カメラが趣味らい。この日は初めて会話をしたけど、ちょっと変わった人だなーと思っていた。 まさか、その彼が人気アイドル、dulcis〈ドゥルキス〉のメンバーだとは気づきもしなかった。 毎日同じだと思っていた日常、ついに変わるときがきた。 ◆登場人物 佐倉 美咲(25) 公園の管理運営企業に勤める。植物園のスタッフから本社の企画営業部へ異動 天見 光季(27) 人気アイドルグループ、dulcis(ドゥルキス)のメンバー。俳優業で活躍中、自然の写真を撮るのが趣味 お読みいただきありがとうございます! ★番外編はこちらに集約してます。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/693947517 ★最年少、甘えん坊ケイタとバツイチ×アラサーの恋愛はじめました。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/411579529/408954279

幼馴染の許嫁

山見月 あいまゆ
恋愛
私にとって世界一かっこいい男の子は、同い年で幼馴染の高校1年、朝霧 連(あさぎり れん)だ。 彼は、私の許嫁だ。 ___あの日までは その日、私は連に私の手作りのお弁当を届けに行く時だった 連を見つけたとき、連は私が知らない女の子と一緒だった 連はモテるからいつも、周りに女の子がいるのは慣れいてたがもやもやした気持ちになった 女の子は、薄い緑色の髪、ピンク色の瞳、ピンクのフリルのついたワンピース 誰が見ても、愛らしいと思う子だった。 それに比べて、自分は濃い藍色の髪に、水色の瞳、目には大きな黒色の眼鏡 どうみても、女の子よりも女子力が低そうな黄土色の入ったお洋服 どちらが可愛いかなんて100人中100人が女の子のほうが、かわいいというだろう 「こっちを見ている人がいるよ、知り合い?」 可愛い声で連に私のことを聞いているのが聞こえる 「ああ、あれが例の許嫁、氷瀬 美鈴(こおりせ みすず)だ。」 例のってことは、前から私のことを話していたのか。 それだけでも、ショックだった。 その時、連はよしっと覚悟を決めた顔をした 「美鈴、許嫁をやめてくれないか。」 頭を殴られた感覚だった。 いや、それ以上だったかもしれない。 「結婚や恋愛は、好きな子としたいんだ。」 受け入れたくない。 けど、これが連の本心なんだ。 受け入れるしかない 一つだけ、わかったことがある 私は、連に 「許嫁、やめますっ」 選ばれなかったんだ… 八つ当たりの感覚で連に向かって、そして女の子に向かって言った。

君に恋していいですか?

櫻井音衣
恋愛
卯月 薫、30歳。 仕事の出来すぎる女。 大食いで大酒飲みでヘビースモーカー。 女としての自信、全くなし。 過去の社内恋愛の苦い経験から、 もう二度と恋愛はしないと決めている。 そんな薫に近付く、同期の笠松 志信。 志信に惹かれて行く気持ちを否定して 『同期以上の事は期待しないで』と 志信を突き放す薫の前に、 かつての恋人・浩樹が現れて……。 こんな社内恋愛は、アリですか?

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...