人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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五章 -触れ合う関係-

口下手な彼

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 少しだけ森に入っていくと、とても澄んだ川が穏やかに流れていた。 
 穢れなんか一切ない、神聖さすら感じさせるような雰囲気だ。


「すごく、綺麗だな」


 木々の隙間から差し込む光を反射して水面が煌めいている。
 それに、水の音を聞いているだけでも、涼しさを感じられるような気がした。 


「暑いし、早速入っちゃおっか」

「そうだな」


 服の下に水着を着てきているので、特に着替える必要もない。
 というか海の家でも使っていたTシャツタイプのラッシュガードのまま歩いてきたのですぐ入れる状態だった。


「俺はこのまま入れるけど、透はどうする?」


 バイトの時は、繁盛し過ぎたこともあり、あまり休憩時間も取れずほとんど海には入っていない。
 それに、透はもともと泳ぐつもりはなかったようで、ずっとパーカーを着ていたので正直どんな水着を持っているのかすら知らなかった。


「ちょっとだけ準備してくるから先入ってていいよ」

「わかった」


 透が岩陰の方に歩いていくのを見届けながら、昼食の入った保冷バッグを日陰に置いて少し準備体操をする。
 そして、ゆっくりと川に足先を入れるとひんやりとしていてとても気持ち良かった。


「気持ちいいな」

 
 俺は、体を馴染ますように水に浸かっていき、やがて全身がその冷たさに慣れた頃のんびりと泳ぎ始める。


「やっぱり、ここも誰もいないのか」

  
 開けた河川敷もあり、バーベキューをするには良さそうなところに思えるが、近くには誰もいない。
 もしかしたら、透がそういうところに誘導しているのかもしれないけど。


「ほんと、良い場所だ」

「ずっといたくなった?」

「そうだな」


 後ろからかけられた声に振り返ると、その目に映った姿に一瞬思考が途切れてしまった。
 

「……………………」

「あれ?どうしたの?」
 

 だが、動きを止めた俺を透が不思議そうな顔をして見ていることに気づき、我に返る。
 

「いや、悪い。ちょっと、気が逸れてた」

「ふふっ。綺麗で見惚れちゃったとか?ちょっと、頑張ってみたんだけど」

 
 淡い水色のスカートのような布に、白い水着。
 いつもは肌をあまり見せない透のその姿は見慣れないながらも、とても綺麗だった。

 正直、何と表現すべきなのかは迷う。だが、しっくりとくる表現が思い浮かばずただ思ったことを言うことにした。


「…………ああ、すごく、綺麗だ」

「っ!ほんとに!?」

「本当に綺麗だよ。でも、ごめん。俺じゃ、洒落た褒め方はできないみたいだ」
  
「…………前、駅で待ち合わせた時に妖精みたいって言ってくれたよね?それは?」


 妖精、たしかにそう言われると、暑いぼやけた頭でそんなことを言っていた気がする。
 そんな雰囲気もある。だけど、なんとなくしっくりこない。


「なんか、違うな」

「じゃあ、何?」

「………………あえて言うなら、でもいいか?」

「うん!あっ、でもちょっとだけ待って」


 透は、手を目の前におき俺に待つように伝えると、ゆっくりと深呼吸した。
 そして、今から戦いにでもいくような覚悟の決まった瞳でこちらを見る。


「どうぞ」

「いや、ハードル上がるからやめて欲しいんだが」

「早く」

 
 洒落たことは言えないので、無駄にハードルを上げて貰うのはやめて欲しかったが、どうやら言うしかないらしい。催促するような透の強い視線に抵抗を諦める。


「ほんとに洒落た台詞じゃないぞ?それこそ、ごく普通のありふれたやつだぞ?」

「いいから、早く」

「…………そういうのも、いいな。って、ただそれだけ。なっ、普通だろ?」


 世界で一番綺麗、何よりも美しい、いろいろと相応しい表現があるのかもしれない。
 むしろ、どんな言葉でも似合うような透に、こんな月並みなことしか言えない俺を笑うやつもいるだろう。

 だけど、俺の中ではそうじゃないのだ。
 誰かと比べることはしたくない、何かと比べることもしたくない。
 だって透は一人しかいないから。比べられるものなんてそもそもないから。
 

「ほんと、ごめんな?こんなことしか言えなくて」

「…………ううん。すごく嬉しい、ほんとに、どんな言葉よりも、嬉しい」

「そうか?」

「うん、正直泣きそうなくらい嬉しい。抱き着いちゃってもいい?」

「それは、ダメだ。絶対に」

「えー、なんで?」

 
 若干、顔を赤くさせているところを見ると、さすがに透も恥ずかしいのだろう。 
 だけど、俺としてもこの格好で抱き着かれるのは少々不都合だった。


「今の俺の心は、もしかしたら、透が見たくないものを映してしまうかもしれないから。だから、今だけは、ごめん」


 透に下心を抱いたことは無かった。
 でも今は、自信が無い。

 髪がまとめられたせいで見えるようになったうなじに、若干日焼けした首元とは違う透き通るほどに白い胸元、見てはいけないと思いつつも、自然と目がいってしまう。


「そういう目で見たくないのに、見ちゃいけないのに、つい視線がいってしまうんだ」


 透がそういうことが嫌いなことを知っているのに、俺はそれをしてしまう。
 だから、今だけは彼女のしたいようにはさせてあげられない。とても、情けないことに。


「他の時はいつでもいい、だけど、今だけは心を見ないで欲しいんだ。何よりも、透を傷つけたくないから」


 心を見られること自体は問題ない。バイトの時も、それは伝えたし、透もそれを喜んでいた。
 
 もちろん、変なことをしようと思っているわけでは無いし、そういったことを考えること自体を否定するほど潔癖なわけでも無い。
 
 でも、それを透が見えてしまうのなら、嫌な思いをしてしまうのなら話は別だ。
 
 
「ほんと、ごめんな?」


 こんなことをあえて言う必要は無いのかもしれない。
 当然、頭では損な性格だともわかっている。

 それでも、俺は、彼女の信頼に応えたいのだ。応え続けられる男でいたいのだ。

 この先、ずっと一緒にいるために。
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