人の心が読める少女の物語 -貴方が救ってくれたから-

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五章 -触れ合う関係-

旅立ち

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 翌朝、目を開けると眠気がかなり残っていた。
 なんだかんだ、ロウソクが消えてしまうまで話し込んでいたからだろう。


「ふぁあ…………今日で、終わりか」


 今日は昼前にはここを出ることになっている。
 滞在したのは一ヶ月に満たない僅かな期間ではあったが、その時間はとても濃くて、数々の思い出が浮かんでは消えていく。


「とりあえず、起きるか」


 ずっとこうして感慨にふけっているわけにもいかないので、布団を出て顔を洗うと台所へ向かう。
 いつものように美味しそうな匂いも、もう無くなってしまうと、それすらも、また寂しかった。









「おはようございます」

「ああ」 

「おはよー」

 
 透も眠いのか、欠伸をしながらこちらに近づいてくる。
 

「はは、眠そうだな」

「ふふっ、誠君もね」

 
 寝癖の付いた頭、いつもより少しだけ細い目。
 お互い何をしていたか知っていることもあり、相手の思っていることが手に取るように分かって笑えてきてしまう。


「………………透は、すごく眠そうだな」

「………………誠君も、すごーーーく眠そうだね」

「「あははっ」」
 
 
 動かない頭でアホみたいなマウントの取り合いをしていると、おばあさんが見慣れたジト目をこちらに向けていた。


「ほら、料理ができたよ。さっさと持って行きな」

「はい、すいません」


 そう言われ、置いてある皿の内、一番重そうなものに手を伸ばすも、同じくそれを持とうとしていた透と目が合う。


「ふふっ。これも、二人で持ってこっか?」

「勘弁してくれ。朝から、またどやされたくない」


 からかい混じりの透の顔は、もう何度見ただろうか。
 俺の言ったことを俺以上に覚えている彼女は、きっと事あるごとにこのネタで俺をからかってくる気がする。
 

「そう?私は、誠君と一緒ならどんなことでも楽しいんだけどな」

「…………勘弁してくれ」

「あははっ。さすがに冗談だよ」


 透の後ろで、怒りのボルテージを上げていくおばあさんの様子が何となくわかったのだろうか。彼女は、タイミングよく話を切り上げると、違う皿におかずをよそい始めた。


「じゃあ、これ持ってくな」

「うん」

 
 そして、居間に向かう途中、僅かに段になっている敷居を自然と跨げるように歩幅を調整していたことにふと気づき、苦笑する。


「慣れって怖いな」


 人は皆、どんなことにも慣れていく。 
 気づくと、当たり前のように、感じていってしまう。


「感謝しないといけないよな」


 今の幸せを当然のように考えてはいけないと改めて自分を戒める。
 周りの人の、気づけないような優しさで俺の世界は回っているのだ。
  
 だったら、それを忘れてはいけない。そう思ったから。







◆◆◆◆◆







 朝食を食べ終わると、透の用意ができるまでの間、何となく、家の敷地を散歩する。

 
 たくさんの記憶の欠片が残された居間
 毎日美味しそうな香りを漂わせていた台所
 巻き方を覚えたゼンマイ仕掛けの古時計
 とぼけたような顔でゆっくりと泳ぐ鯉達

 
「ほんと、あっという間だ」
  

 そして、家の中を一周した後に、物置の方へと向かった。
 









 立派な玄関をくぐり、土間を抜ける。 
 たくさんあった段ボールは、自分が片付けてしまったのでもうすでにそこに無い。
 

「かき氷、美味しかったな」


 汗をかいて働いた後、おばあさんが持ってきてくれたかき氷は本当に美味しくて、記憶に深くその味が刻まれている。


「ははっ。それにしても、めちゃくちゃ怖かった」


 刃を首元に突き付けられてるんじゃないかと思うような重圧を思い出せば、もう大抵のことでは動じないんじゃないかとすら思う。

 そして、そのまま、記憶を手繰り寄せながら歩いていくと、やがて書庫にたどり着いた。
 外の世界を拒む、冷たく、分厚い扉。しかし、今はなんとなく寂しそうに見えた。


「ごめんな。また、使わせてもらうからさ」


 今年は、主を俺が連れまわしていたので、結局この部屋には、一度も戻って来ていない。
 だけど、本好きの透が楽しんでここを使えるのなら、是非使ってあげて欲しいと思う。
 

「今まで、守ってくれてありがとう。俺も、頑張るよ」

 
 彼女の居場所となってくれていた部屋を労うよう、そっと扉の表面に手を合わせた後、自分自身へ誓うように言葉を伝える。 

 守り切るなんてことは、不甲斐ない俺じゃ約束できない。
 だけど、それでも、覚悟ならもう決まってるから。


「じゃあ、またな」


 そして俺は、微かに聞こえてきた、名を呼ぶ声の方へ足を向けた。
 
 






◆◆◆◆◆









 母屋の玄関を開けると、透が足をぶらつかせながら俺を待っていた。


「どこ行ってたの?」

「ちょっと、散歩してた」

「ふーん。私も誘ってくれればよかったのに」

「そうだな。次は、ちゃんと誘うよ」


 そう言いながら置いておいた荷物を掴むと、奥の方からおばあさんがこちらにやってくる。


「行くのかい」

「はい。お世話になりました」

「ふん。大したことはしちゃいないよ」

「いえ、本当に、お世話になりました」 
 

 その相変わらずの素直でない姿に、不思議な安心感を感じるとともに、別れの切なさがこみ上げてくる。


「………………また、来てもいいですか?次も、透と、二人で」

「はぁ、勝手にしな……………………それが、あんたの約束なんだろ?」

「ありがとう、ございます」


 歯を食いしばるようにゆっくりと言葉を伝えると、おばあさんは呆れを含ませた笑顔をこちらに向けてきた。


「まっ、がんばんな」

「はい」


 本当に、優しい人だと思う。
 意地っ張りで、素直じゃくて、とても伝わりづらいけど、本当に。


「おばあちゃん、体調に気を付けてね?」

「そう簡単にくたばりゃしないよ。透は、自分の……いや、自分達の心配をしてな」

「…………うん」

「ほら、さっさと行きな。布団を早く干したいんだから」

「本当に、ありがとうございました」

「またね、おばあちゃん」

「ああ」


 さっさと戻っていこうと踵(きびす)を返したおばあさんの背中に手を振り、玄関の扉を開ける。
 

「また、おいで」


 一歩踏み出した瞬間、聞き間違えかと思うほど微かな声に嬉しさを感じるも、振り返らずにそのまま足を前に出す。
 きっと、素直じゃない彼女は、その言葉を伝えるつもりで言ったわけじゃないはずだから。

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