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五章 -触れ合う関係-
よく見えない星
しおりを挟む「そう言えば、旅行はいつなんだ?」
帰りの電車、ゆっくりと動く景色を見ている時、ふと思ったことを尋ねる。
「明後日からだよ」
「明後日?けっこーすぐなんだな」
「うん。夏休みもそんなに残って無いしね」
確かに、もうお盆をすっかり越え、夏休みも折り返し地点は過ぎてしまっている。
最後の方に予定をいれるのも嫌だろうし、自然とそうなってしまったのだろう。
「じゃあ、明日は準備して、ゆっくりしてって感じなのか」
「ううん。明日は、中学時代の友達に久しぶりに会うんだ」
「すごいな。かなり詰め込んだ予定だ」
「ふふっ。元々は、こんなに長く帰省するつもりもなかったしね」
恐らく、それは俺に予定を合わせたからだろう。
バイトを探していた俺と遊びたい透、二人の予定を一緒にしたら、なんだかんだ長く滞在してしまった。
「ありがとうな。すごく楽しかったよ」
「それは、私もだよ。この夏は本当に楽しくて…………戻るのが、ちょっと怖くなった」
抱えている闇は、薄れた。でも、根本の原因が無くなったわけではなく、これからもずっとそこにあり続ける。それが、俺には悲しかった。
「……旅行は、それでも行くんだよな」
「行くよ…………自分でした約束は、ちゃんと守りたいの。少なくとも、守ろうとする意志だけは貫きたいんだ」
「そっか」
「うん」
やっぱり透は、強いやつだと思う。
たとえ、それがどんなことであれやり切ろうとする。その姿は、俺にはとても尊いものであるように感じた。
「俺は、応援するよ。透の意志を」
「ふふっ。ありがとう」
俺ができることは正直、ほとんどない。
当然、そこにいれるわけでもないし、できるとしてもメッセージを送ってあげることだろう。
「…………そんなに、辛そうな顔しないでも大丈夫だよ」
思考の渦に入り、考えても仕方が無いようなことを延々と考え始めていた俺に優し気な声がかけられ、我に返る。
そして、ゆっくりとそちらを見ると、透はとても穏やかな表情で優しくほほ笑んでいた。
「私は大丈夫。大丈夫だから」
「本当か?」
「うん」
そのあまりにも自信満々な姿に少し驚いていると、彼女の笑顔が深まり、そっと体を引っ付けてくる。
「もう私には、戻ってこれるところがあるから。絶対に変わらない、安らげる場所が、ここに」
「…………………………そっか」
「うん。だから、辛い時も、悲しい時も、それこそ、どんな時もちゃんとそこにいてね?隣に座ってなくても、私の心の中にだけは、ずっと」
これからの日々、今日までのように、ずっと一緒にいることは難しい。
だけど、拠り所として心の中にいる。
それで、透が救われるのであれば、そうしてあげたいと思う。
「心の中に、か……それなら、席替えは無さそうだな」
「え?――あっ、あははははっ、確かに、そうだね」
透は、その発言がツボにハマったのか、腹を抱えて楽しそうに笑っている。
周りのお客さんに迷惑にならないよう、なんとか声を押し殺そうとしているが、それも上手くはいっていないようだった。
「そんなに、面白かったか?」
「あはっ、ははっ。うん、すごく面白くて、それに……嬉しかった」
「そっか。なら、よかったよ」
やっぱり、透は笑顔の方がいい。
悲しいことや、辛いことがどうしてもあるとしても、彼女には出来る限り笑っていて欲しい。
「ふふっ。本当に誠君は、私を喜ばせる天才だね」
「俺も、透道にかなり精通してきたからな」
「あははっ。それ、私のやつ取ったでしょ」
「言ったもん勝ちだろ?」
「ズルい!」
祭りの日にされた冗談を彼女に返すと、透は再び楽しそうに笑いながらこちらのわき腹を肘でちょんちょんと突いてきた。
「痛い痛い、降参だ」
「もうっ!そんなに強くしてないでしょ?」
長い帰り道、二人でそんなことを言い合いながら時間を過ごす。
きっと、周りから見たら本当に下らない会話なのだと思う。
それでも俺達には、とても大事で、掛け替えのない時間だった。
◆◆◆◆◆
「じゃあ、またな」
透の家まで送り、しばらく話をした後、別れの言葉を伝える。
「………………うん」
とても寂しそうな顔に胸が痛むが、さすがにずっとこうしてはいられないので話を切り上げる。
「メッセージ来たら、ちゃんと返すからさ」
「…………毎日返事してくれる?」
「ああ。出来る限り毎日返すよ」
「…………なら、我慢する」
あまり、そういったことをする方では無かったが、透がそうしたいのであれば、それもいいかと思ってしまうほどには俺は彼女に甘いらしい。
「明日、楽しんでこいよな」
「…………うん」
「じゃあ、またな」
「…………うん。また、ね」
別れの言葉に、透が控えめに手を振り返してくるのを見ると踵を返して自分の家へと向かう。
暗くなる空と灯り始める街灯に、ずいぶん日が暮れるのが早くなってきたことを感じた。
そして、ふと気になって後ろを見ると、まだ手を振り続けている透の姿が見えて苦笑する。
「ははっ、早めに歩いた方が良さそうだ」
長い時間を一緒にいたからこそ、俺自身寂しいし、何か足りないような感覚さえある。
しかし、それでも一緒にいることだけが、二人にとって幸せでは無いと思う。
「親父と母さんも、ずっと一緒にいるわけでは無いしな」
最後に大きく手を振って見せると、明らかに笑顔になった透が全身で手を振っているのが見えて、再び苦笑してしまう。
俺達の周りには、家族や、友達や、学校、いろいろな世界が取り巻いていて、常に共にいられるわけではない。
でも、そうでなくても幸せにはなれると、思う。
それこそ、一番近くにその証があるんだから。
街の光に隠れ、あまりよく見えない星を見上げながら、俺はなんとなくそんなことを考え続けていた。
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