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天使と悪魔
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屋敷に到着し、馬車の扉が開く寸前、姉の顔が優し気なものに変わる。
「ありがとう。いつも助かるわ」
「っは!はいっ」
御者にかけられる優し気な言葉。
先ほどまで続いていた人格を否定するかのような暴言が夢だったのかと思えるような素早い切り替えに、最早驚くことは無い。
(内心では、人とも思ってないのだろうけど)
昔は、散々泣かされていた。でも、それが彼女をさらに楽しませることになるだけと知ってからは、出来る限り自分の部屋以外では泣かないようにしている。
(天使と悪魔というのは、元々一つなのかしら)
使用人達に笑顔で出迎えられる姉の後ろを、どうでもいい事を考えながら歩いていると、エントランスホールには心配気な顔のお父様が落ち着かない様子で立っていた。
「「ただいま戻りました。お父様」」
「おお、アリス。ようやく戻ったかっ!遅いから心配していたのだぞ?」
「ふふっ。お父様、まだ遅いと言うには早すぎる時間ですよ」
「そうか?はっはっは」
二つの声に、帰ってくる先は一つ。
別に、嫌われているわけではない。ただ、私に関心が無いだけというのはわかっている。
(元々、名前も息子につけるはずだったものだものね)
アリスとルカ、女性的なお姉様の名前と、どちらかと言えば男性的な私の名前。
本来は、一人目の子が産まれる時に用意された名前だったと後で教えられ、それもおさがりだったのだと泣いた記憶は鮮明に残っている。
「ところで、お母様はどちらに?」
「どうだろう?今日はまだ見ていないが」
「そうですか」
きっと、お姉様の帰る時間に合わせてお父様も帰ってきたのだろう。
両親の仲は以前から既に冷め切っている。知らないのも無理はない。
「ああ、そう言えばお父様。一つご報告がございます」
「なんだい?」
「実は、シュテリッヒ公爵の嫡男様のご厚意で、明日、王宮で開かれる茶会に招かれましたの」
「おおっ!それは素晴らしい。楽しんでくるんだよ」
「はい」
なるほど、これが上機嫌の理由だったのだろう。
公爵家の方が出るような王宮の茶会なら、恐らく王族の方もいらっしゃる。
お姉様にとっては、最大の収穫に違いない。
「しかし、我が伯爵家の娘がそんな高貴なお茶会に呼ばれることになるとは」
「皆さま、とても優しくて、是非にとおっしゃってくださいましたの」
「きっと、お前の素晴らしさが正しく伝わったのだろう。本当に、自慢の子だよ」
「ふふっ。ありがとうございます。それと、ルカも一緒に行きますので」
お父様がこちらに驚いた顔を向けてくるが、私自身、初耳だ。
しかし、どちらにしろ拒否権は無いので曖昧に頷いて同意を示した。
「……くれぐれも粗相のないようにしなさい。出しゃばらず、聞かれたことだけを答えるだけでいい」
「はい」
同じ娘に向けるとは思えないほどの険しい顔。あからさま過ぎるほどの差異に苦笑しかけるも、何とか無表情を保ち続ける。
「では、明日に備えて早めに休みます」
「ああ、そうしなさい」
「ではルカ、行きましょうか」
お父様と別れ、使用人を連れて階段をゆっくりと上がる。
そして、やがて姉の私室の前に着くと、彼女は楽しそうにこちらに振り返った。
「また、後で話しましょう。着替えたら、ね?」
「はい。お姉様」
うやむやになったと思っていたが、どうやら、教育はまだ終わっていなかったらしい。
今日一番の嬉しそうな笑みに、私は静かに頷く他なかった。
「ありがとう。いつも助かるわ」
「っは!はいっ」
御者にかけられる優し気な言葉。
先ほどまで続いていた人格を否定するかのような暴言が夢だったのかと思えるような素早い切り替えに、最早驚くことは無い。
(内心では、人とも思ってないのだろうけど)
昔は、散々泣かされていた。でも、それが彼女をさらに楽しませることになるだけと知ってからは、出来る限り自分の部屋以外では泣かないようにしている。
(天使と悪魔というのは、元々一つなのかしら)
使用人達に笑顔で出迎えられる姉の後ろを、どうでもいい事を考えながら歩いていると、エントランスホールには心配気な顔のお父様が落ち着かない様子で立っていた。
「「ただいま戻りました。お父様」」
「おお、アリス。ようやく戻ったかっ!遅いから心配していたのだぞ?」
「ふふっ。お父様、まだ遅いと言うには早すぎる時間ですよ」
「そうか?はっはっは」
二つの声に、帰ってくる先は一つ。
別に、嫌われているわけではない。ただ、私に関心が無いだけというのはわかっている。
(元々、名前も息子につけるはずだったものだものね)
アリスとルカ、女性的なお姉様の名前と、どちらかと言えば男性的な私の名前。
本来は、一人目の子が産まれる時に用意された名前だったと後で教えられ、それもおさがりだったのだと泣いた記憶は鮮明に残っている。
「ところで、お母様はどちらに?」
「どうだろう?今日はまだ見ていないが」
「そうですか」
きっと、お姉様の帰る時間に合わせてお父様も帰ってきたのだろう。
両親の仲は以前から既に冷め切っている。知らないのも無理はない。
「ああ、そう言えばお父様。一つご報告がございます」
「なんだい?」
「実は、シュテリッヒ公爵の嫡男様のご厚意で、明日、王宮で開かれる茶会に招かれましたの」
「おおっ!それは素晴らしい。楽しんでくるんだよ」
「はい」
なるほど、これが上機嫌の理由だったのだろう。
公爵家の方が出るような王宮の茶会なら、恐らく王族の方もいらっしゃる。
お姉様にとっては、最大の収穫に違いない。
「しかし、我が伯爵家の娘がそんな高貴なお茶会に呼ばれることになるとは」
「皆さま、とても優しくて、是非にとおっしゃってくださいましたの」
「きっと、お前の素晴らしさが正しく伝わったのだろう。本当に、自慢の子だよ」
「ふふっ。ありがとうございます。それと、ルカも一緒に行きますので」
お父様がこちらに驚いた顔を向けてくるが、私自身、初耳だ。
しかし、どちらにしろ拒否権は無いので曖昧に頷いて同意を示した。
「……くれぐれも粗相のないようにしなさい。出しゃばらず、聞かれたことだけを答えるだけでいい」
「はい」
同じ娘に向けるとは思えないほどの険しい顔。あからさま過ぎるほどの差異に苦笑しかけるも、何とか無表情を保ち続ける。
「では、明日に備えて早めに休みます」
「ああ、そうしなさい」
「ではルカ、行きましょうか」
お父様と別れ、使用人を連れて階段をゆっくりと上がる。
そして、やがて姉の私室の前に着くと、彼女は楽しそうにこちらに振り返った。
「また、後で話しましょう。着替えたら、ね?」
「はい。お姉様」
うやむやになったと思っていたが、どうやら、教育はまだ終わっていなかったらしい。
今日一番の嬉しそうな笑みに、私は静かに頷く他なかった。
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