呪われた皇子様は、凡愚な令嬢を手放さない

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相応しき従者

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 颯爽と歩く背中を見つめながら王宮の中を進んでいくと、どこを通っても周りが恭しく礼を取る。

(殿下ではないと言っていた。なら、どんな立場なのだろう)

 もしかしたら、姉なら知っているのだろうか。
 私は、上位貴族とほとんど関りが無いから知らないだけで。

(でも、この方のことを私だけ知らないのは……嫌よね)

 どうしてだろう。主従関係を結んだからだろうか。
 なんとなく、姉よりもこの人のことを知っていたいと思った。



















「少し、ここで待っていろ。馬車の用意と言付けを伝えてくる」

「それなら、私が」

「よい。俺が行った方が話が早いだろうからな」

「……わかりました」


 そして、そのまま入口で手持無沙汰に待っていた時、後ろから聞きなれた女性と、複数の男性の声が微かに聞こえてきて振り返る。


「私、馬で遠乗りは初めて――――あら?」

「…………お姉様」
 
 
 私との再会を喜んだわけではないだろう。
 楽しいおもちゃを見つけたかのように、姉の口元が僅かに動くのが分かった。


「性懲りもなく、また私の前に立つとはな」

「……申し訳ありません」

 
 ついさっきまで優し気な色とともに姉を見ていた皇太子殿下の眼差しが、冷たく鋭いものになっていくのが見える。


「先ほどの言葉では足りなかったか?ならば、もう一度だけ言おう」


 楽しい時間を邪魔されたからだろうか。憎々し気に寄せられた眉間の皴と、歪む口元に体が硬直する。
 まるで蛇に睨まれた蛙のように、恐怖で動けなくなる。


「目障りだ、消えろ。お前は、私に相応しくない」

 
 端的ではっきりとした物言いがどうしようもなく心に突き刺さる。
 絶対的な権力を持つ皇族故のその言葉に逆らってはいけないと思いつつも、言い返したくてたまらなくなる。

(私は、いるだけでもいけないというの?何もしていないのに?)

 でも、泣いてはダメ。
 それは、悪手できっとこの人の気分を余計にいら立たせてしまう。
 
(すぐに、足を動かさないと……。どこならいていいのかは分からなくても)

 
 



 















「相応しくない?まぁ、確かにお前程度には分からぬだろう」


 しかし、緊迫した空気の中、それを塗り替えるような鋭さを帯びた声が響き全員がそちらを向く。


「ジーク、様?」


 仮面越しにもわかる苛立たし気な様子。
 その怒気は、振りむいた私の顔を見て余計に高まったようで近づいてくる足音がさらに強くなる。

 そして、瞬く間に私のそばを通り過ぎると、その広い背中で庇うようにして前に立った。
  


「目に見える物しか理解できぬ、愚かなお前ではな」



 明らかな侮辱の言葉に皇太子殿下を取り囲む者達が動揺する。
 だが、その言葉に反発できるものはいないようで、ルーク様が言いにくそうにしながらも口を開いた。


「大公閣下……その言葉は、あまりにも」

「黙れ。俺は今、そこの愚か者と話しているのだ」


 有無を言わせぬ言葉。
 後ろにいる私でも感じる圧力は、直接ぶつけられた本人にとってはより強く影響を与えたのだろう。
 ただでさえ白い肌が、病的な青さを持つほどに辛そうにしていた。


「…………大公。言葉が過ぎるのではないか?」

「自分に相応しいかどうかは俺が決める。言葉も、従者も全てな」
 

 静かな言葉ながらも、殺気すら含んだ空気の中。
 身動き一つ取れないような時間が過ぎていく。


「…………父上が何故、貴方に気を遣うのかは分からないが、私の代では覚悟しておくことだな」

「何代先でも変わらん。俺は、ただ自分のしたいようにするだけだ」

「ふん、世迷言を。もういい、行くぞっ」

「っ!殿下っ!!お待ちください」


 そのまま、不機嫌そうに皇太子殿下が歩き出すと、置いていかれた者達が慌てて追いかけ始める。
 しかし、姉は何か言いたいことがあるようで、私の横を通り過ぎると、すぐに足を止め振り返った。


「ルカ、戻ったら話があるわ。覚悟していなさい」


 きっと、内心では怒りが燃え滾っているのだろう。いつもは完璧な笑顔の仮面が崩れ、目元が僅かに引き攣っている。

(これは、何をされるかわからないわね。こんなお姉様、見たことないもの)

 嫌だとしても、拒否することはどうせできない。諦めて同意の意を示そうと口を開いた時、何故かそれに被さるようにして声が響いた。


「わかり…………」

「それは、無理だな」

「「え?」」


 姉妹があげた声が重なる。


「この女……ルカは俺が今日から引き取る。今決めた」

「なっ!?大公閣下とはいえ、そんな勝手なことが許されるのですか!?」
 
「既に、皇帝陛下の許可は得ている。元々、いつ連れていくかを決めるだけだったのだ」

「そんな!?貴方、知っていたの!?」


 外見を取り繕えていない姉の鋭い視線が私を射抜くも、そんなことは私自身初耳だったので首を振るほかない。


「私は、許さない。断るのよ」

「………………」

「どうしたの?早くしなさい」


 トラウマすら感じるほどにこびり付いた絶対的な姉の言葉。
 きっと、今までの私なら悩むことなんてなかっただろう。
 
(約束したから。それに、この人なら、私を守ってくれる。そんな気がする)

 仮面の主は腕を組んだまま何も言わない。それが、信頼なのかはわからないけれど。


「私は、自分の言葉を違えません。絶対に」

「…………ふっ。そうか」


 私の言葉を、意志を、ちゃんと聞いてくれる人がいる。
 それが、どうしようもなく嬉しかった。


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