獣人少女は幸せな明日を夢見る

豆茶

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第二章 獣人の子供達

13話

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 ロマンキネス洋裁店はすぐに着いた。その店は多くの人で賑わっていたが、店主である男性は店に入ってきたアルベリヒ達を誰よりも早く見つけるとそばに寄ってきた。
「いらっしゃいませ!ロマンキネス洋裁店へようこそ!今日はどなたの服をお探しで?旦那様ですか?それともそこの男の子ですか?それともそれとも!可愛らしいお嬢さんのですか?」
 テンションが高めで、その勢いにシイナは驚いてアルベリヒの影に隠れる。
「あらあら?お嬢さんは恥ずかしがり屋さんなんですね」
 それに男の身なりなのに口調は女のようだった。それが不思議で少しだけ顔を外に出す。
「すまない。娘はこういったところに馴染みがないんだ。もう少し落ち着いてもらえると助かる」
「あらあら。それはごめんなさいね。……こほん。改めて、ロマンキネス洋裁店へようこそ。驚かしてしまってごめんなさいね、お嬢さん」
 性別はどっちだろうかと的外れなことを思いながら男を見ているとウィンクをされた。陽気で人の良さそうな男だった。
「娘の服を選びたいんだが、静かに試着できる部屋の準備はできそうか?」
「はいはい!それなら2階の一番奥のお部屋をお使いください。お嬢様の好みの服はございますか?もしも特にないようであればこちらである程度選んで持っていきますけど?」
「動きやすい格好がいいな。それと、公式の場で着るようなドレスも見たい」
 シイナが二人のやり取りを空で聞いているとジェイクがちょんちょんと肩を叩いてきた。
「お嬢さま、ちょっと来てください」
 ジェイクに連れられて店の中に進む。離れていいのかと一瞬考えるがジェイクと一緒だから大丈夫だろうと考える。
「これ、お嬢さまにピッタリじゃないですか?」
 ジェイクが指差したのは薄いピンク色のドレスだった。袖がふんわりと広がっており、スカートには幾重にもレースが重なっている。そのレースの重なりが繊細さを出していて、とても美しかった。
 シイナはその美しさに思わず息を漏らす。こんなに綺麗な服を見るのは初めてだった。今着ている服も、今日まで着てきた服も、全部上等で申し分のないくらい美しいものばかりだったが、今目にしているものはそれらとは格別の美しさがあった。
「それは、デビュタントの時にお嬢さん方が着るためのドレスになりますわ」
「!」
 うっとりとそのドレスを見ていると店主の男が屈みながら二人の間から顔を出した。ジェイクはにょきっと生えるように現れた男の顔にのけぞるように驚いていた。
「それが気に入ったのか?」
「え?」
「そちらは一点ものになりますわ。まぁ、デビュタント用の服は基本的に一点ものになって、その中でもこちらは最高級品のものであることを私が保証しますわ」
 シイナは後ろに立ったアルベリヒと店主の顔を交互に見比べる。
「ですが、まぁ、これだけ精巧に造られているとどうしても値が張ると言いますか……」
「金なら気にする必要はない」
 アルベリヒはそういうが実際いくらなのだろうとシイナは考える。値段は一緒に置いてあるが数字の読み方がわからなかった。仕方なくシイナはジェイクの裾を引っ張った。
「これ、とっても高い?」
「えっ……えーと、旦那様が大丈夫とおっしゃるなら大丈夫ですよ!」
 ジェイクは視線を彷徨わせて返答に困った後、苦笑いを浮かべて答えた。一般家庭の娘が着ることは一生叶わず、そこそこいい貴族だってこの額を出すのは渋るだろうという値段だった。
 それを隠して伝えるジェイクの言葉に納得したのかシイナは「そっか」と頷いた。
「シイナはこれが気に入ったのか?」
「あ、う……でも、その」
 自分なんかがこんなに素敵な物を着たところで宝の持ち腐れのような気がして戸惑う。
「わかった。……店主、これを買おう。裾合わせだけしてくれ」
「え!?」
「畏まりましたー!それでは他の服と一緒に二階に運びますのでそちらでお待ちください!」
 シイナが戸惑っている間にアルベリヒはシイナの心の欲を見透かしたように購入を決めてしまう。店主は気前のいいアルベリヒに満面の笑みで奥へと案内する。

 結局洋裁店では三着の普段着と一着のドレスを買って終わった。最初のドレス以外はほとんどアルベリヒの好みで選ばれた感じが否めなかった。それも一応シイナ自身が気に入ったもののなかから、よりシイナを可愛く、美しく着飾る物をアルベリヒが自ら選んだからだ。
 着せ替え人形として次から次へと服を着せ替えられたシイナは疲れたようにげっそりとしていた。
(お買い物がこんなに大変だって知らなかったな)
 シイナは洋裁店を出た後に露店で買ってもらった鳥の形をした飴を舐めながらそう思った。最初は楽しそうにしてたジェイクも途中からナナやニカ、アルベリヒの熱気についていけなくなり隅で傍観者を決め込んでいた。
「次はどこに行こうか」
 ぺろぺろと飴を舐めるシイナをアルベリヒは見つめる。アルベリヒの視線に気がついたシイナは飴を口から離して首を横に倒す。
 どこへと聞かれてもシイナは街を歩くのは初めてで、何があるのか知らなかったから答えることができなかった。
「本屋とかがいいと思います」
 後ろをついて歩いていたジェイクがボソッと呟く。だんだんと飽きてきているのか腕を頭の後ろに回してだらしなく歩いていたジェイクの手をナナが笑顔で下に降ろしていた。
「本屋か……シイナは本が好きだったな?」
「え、あ、はい。絵本が、好き、です。」
「そうか。なら、本屋に行こうか」
 次の行き先を決めた一同は本屋へと向けて足を進めようとした。
 その時、フードを被った三人組とすれ違った。シイナよりも少し背の高い人とジェイクよりも背の高い痩せ細っていそうな人、そして体格のいい大男だった。
 フードを被る人たちは他にもいて、気にすることはなかったが、シイナはシイナと同じようにフードを深く被るその三人組のことを無意識に見ていた。そしてその横を通り過ぎる時、一番前を歩いていた人と目が合ったような気がした。その瞳はシイナと同じ空の色だった。
 瞬間、大きく目を見開いたその人にシイナの手は奪われた。驚いた拍子に手に持っていた飴を地面に落とす。あっと飴の落ちた先を目で追う中、その人はシイナに向かって手を伸ばした。
「シイナ様!」
 その人の狙いがシイナのフードであることに気がついたアルベリヒが咄嗟に護るように腕の中にシイナを引き込み、そしてニュートンが剣を抜きその人の腕を切り落とそうとした。
 しかしニュートンの剣はその人に辿り着く前に同じくフードを被った大男によって弾かれた。
「くっ!」
 忌々しそうにニュートンが顔を歪める。
 何が起きてるのかわからなかったシイナは、周りの景色がゆっくりと動いているように見えていた。変わりゆく風景の中でその人の空色の瞳だけが変わらずシイナを見ていた。
 その人はさらにシイナの腕を引きながらフードを取ろうと一歩踏み出す。その手をアルベリヒが跳ね除ける前に、その人の手がフードに触れた。
 ぱさりと落ちたフードの下から柔らかい毛並みをした獣人族らしい二つの耳と、三つ編みにしてもらった金色の髪が揺らめいた。
「貴様っ!!」
 普段怒った姿を見せることのないアルベリヒが眉を顰めてその人を捕らえようとする。しかしその手は痩せ細った人によって止められた。
 依然その人はシイナの腕をキツく掴んでいた。まるで力加減を忘れたかのような掴み方にシイナは痛そうに顔を歪めた。
「見つけた……」
 その人の声は周囲の人々のざわめきの向こうに消えていった。
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