獣人少女は幸せな明日を夢見る

豆茶

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第三章 シイナの知らない世界

18話

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「俺は、弱い、です。だから、力をつけたくて、それで……」
 あの日ジェイクはニュートンだけでなくナナやニカからも護れていた。二人の女性の腕の間からシイナが連れ去られていくのを見ていることしかできなかった。それが悔しかった。どうして自分には力がないのかと恨んだ。
 シイナの一番近くにいたわけではないけれど、手を伸ばせば触れられる位置にはいた。それなのにジェイクは大人たちに護られるばかりでシイナを護ることができなかった。
 それにジェイクはこの国の偏見がここまで酷いとは知らなかった。あの日の人々の視線は当事者でもないのに心を突き刺し、傷をつけていった。悪意のない害意ほど厄介なものはないとジェイクは思った。
 その中心にいたシイナがどれほどの心労を負ったのかと思うと、何もできなかった自分が情けなかった。
 子供だから、所詮使用人見習いだから、そんな言葉で励まされたくなかった。もうジェイクは12歳なのだ。何もできない子供ではいられない。
 そうジェイクは思ったからここにきた。
「俺に剣を、教えてください。護りたい人が、いるんです。護らなきゃいけない人がいるんです!」
「……」
 レインは試すようにジェイクを頭からじっくりと舐め回すように見る。ジェイクはさらに鋭くなったレインの瞳から視線を逸らさないようにじっと見つめた。
「なんでお前がやらなきゃいけないんだ?」
「え?」
「物事にはやるべき人とやらなくてもいい人がいる。俺たちは大人で、仕事だからここの屋敷の人たちを護る必要がある。だけど、お前はどうだ?お前がそれをしなければいけない理由がどこにある?」
「そ、それは……」
「いいじゃないか、任せてしまえば。わざわざ辛い訓練に耐えてまで剣を握る必要はないだろう。護り方だってただ剣を振り回すことだけじゃない。」
「……」
「それなのに、なんでお前が剣を持って護らなきゃいけないんだ?」
 レインが意地悪く言葉を重ねてくる。ジェイクは言葉に詰まってしまい何も言えなかった。
 確かにジェイクの身分は使用人見習いであって騎士でも兵士でもない。使用人見習いであれば痛い思いをすることも怖い思いをすることもないだろう。
 だけど、そうじゃない。そういうことじゃないんだ、と言葉にならない声が心の底から込み上げてくる。
「大切な人を護りたいと思うのに、理由が必要、なんですか?」
 蚊の鳴くような薄い声でジェイクは反論する。レインは目を細めて前屈みになる。
「必要だろう?理由は。どんな人間だってやる気を出すためにはそれなりの理由が必要だ。それに、いいか。戦場で死んでいく奴の大半は何も考えてないクズ達だ。志も願いも、理由も持たない奴らは何も成せずに死んでいく。お前もそうなりたいのか?」
「いやだ……!でもっ!」
 大仰に手を振りレインは語る。ジェイクはその言葉を否定するように首を横に振る。
「それでも、俺はあの子を護りたい。あの子がなんの心配もなく毎日を過ごせるように、笑っていられるように」
「……」
「俺の動機は弱いかもしれないです。でも、護りたい気持ちは嘘じゃない。他の人に任せて後悔するくらいなら自分の手で護って後悔をしたい!」
 勢いよく立ち上がったせいで小さな丸椅子がころんと床を転がる。レインはその椅子に一瞬目を向ける。
「うーん、すごーく甘く見積もって80点!ギリギリってとこかなぁ」
 間延びした声が二人の張り詰めた空気の中に落とされる。はっとレインから顔を上げて横を見るといつの間にか戻ってきていたのかカインが立っていた。
「せっかく自分の手で護るんだ、最後まで護り通す意思を強く持たなきゃ、な?」
 カインはぽすっとジェイクの頭に手を乗せたと思ったらくしゃくしゃっと髪の毛をかき乱した。ジェイクは突然のことに「うわっ」と声を上げる。
「こんな軟弱な奴、どうせすぐ根を上げるよ」
 レインが先ほどまでの怖い雰囲気を霧散させて、いつものようにどうでも良さそうな感じに呟く。
「それならそれで諦めがつくだろう?この年頃の子供はなんでもやってみないと気が済まないものだよ」
 朗らかに笑いながらジェイクの頭を撫で続ける。最初はされるがままだったがだんだん鬱陶しくなりジェイクはその手を振り払った。
「なんなんだよ……一体」
 二人だけで会話が進み置いてけぼりになっているジェイクは不愉快そうに口を尖らせた。
「ほらガキだ。こんなことですぐに腹を立てる」
 レインが呆れたように言う。その言いぐさにむかっときたがレインの言う通りだと思い直し、椅子を元に戻して座った。
 ちょこんと座ったジェイクは二人の顔を交互に見る。
「実はね、俺たち、ニュートンさんに頼まれてたんだよね」
「俺は了承した覚えはない」
 カインがネタばらしをするように両手を広げた。その言葉にジェイクは呆然とする。どうしてニュートンがジェイクが来るより前にジェイクがここに来ることやその目的を知っていたのだろうか。
 ジェイクは最近、屋敷内でしか過ごせないシイナのために一緒に過ごしていた。はやる気持ちを抑えながら、今じゃないと心に言い聞かせて今日やっとここまで来ることができた。
(それなのに、どうして……)
 ジェイクの困惑が手に取るようにわかるのかカインはくすくすと子供のように笑った。
「ここで騎士や兵士として務める人たちは大なり小なり後悔を抱えてる。もちろん、ニュートンさんだって例外じゃない」
「……」
「ニュートンさんはこの間の件で君が思い詰めるのではないかと心配してたよ。だって君はシイナ様の1番の友達だから」
「!」
「生半可な答えを出すようなら追い出してやるつもりだったのに」
 カインの話を驚きながら聞いているとレインがふんっと鼻を鳴らしながら呟いた。その言葉はまるでジェイクを認めているようだった。
 ジェイクはそのことに気がついて目を見開く。そしてはっとするようにカインに顔を向ける。
「ジェイク、君はこれから使用人見習い兼騎士見習いだ」
 カインがジェイクに手を差し伸べる。その手は、ここからは対等だという証だった。
 ジェイクは唾を一度飲み込むとその手をしっかりと握った。今ならどんなことでもできるような気がした。
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