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第一章

第四話

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 彼女たちは洗濯を干す際に使った道具をあらかた片付け終わるとオフィーリアを近くの木陰の下へ連れていってくれた。そしてオフィーリアが座るところに洗いたてと思われるハンカチを敷いてくれた。

 オフィーリアは自分だけこんな良い扱いを受けて少しだけ申し訳なく思ったが、三人が何も気にした様子もなくオフィーリアが座るのを待っていたため、大人しく座った。

「お嬢様とこうやってお話しするのは初めてなので、少しドキドキしますね。」

 キララが少しだけ頬を赤らめながらはにかむ。その言葉にアイラもフェルトも同意するように頷く。

「私たち、実はちょうどお嬢様のお話をしていんですよ。」
「そうなの?」

 フェルトの言葉にオフィーリアは目を丸くさせる。フェルトの言葉に続いてアイラが口を開く。

「はい。お嬢様があの日、お倒れになってから今日までずっと療養されていて、心配だと言う話をしていたんです。…その、本当にお身体の方はもう大丈夫なのですか?」

 その言葉にオフィーリアは小さく頷く。すると三人はほっとした様子を見せた。

「お嬢様がお倒れになった日は、本当に上から下まで蜂の巣を突いたような騒ぎになりましたから。ご体調が戻られたようで何よりでございます。」

 フェルトが優しい笑みを見せる。オフィーリアは自分が倒れた時のことを覚えていなかった。そのため、一体どうしてオフィーリアが倒れ、その後どんな騒ぎになったのかも知らなかった。

「私、倒れた時のことをあまり覚えていないのだけれど、どんな状況だったかみんなは知っているの?」

 オフィーリアが尋ねると三人はお互いの顔を見合わせた。

「私たちは直接その場にいたわけではないのですが、たしか、シス様の剣術の稽古が終わるのを待っていた時のことだと聞いています。」

「お嬢様がテラスでシス様の稽古をご覧になっているときに突然意識を失われたとか。」

「その場に居合わせたシス様が大変取り乱したご様子で助けを求めたとも聞いております。」

 アイラ、キララ、フェルトの順で当時のことを思い起こす。オフィーリアは少しだけ顔を俯かせた。

「そう。……お兄様が。」

 オフィーリアの記憶の中のシスは、何事にも冷静沈着で取り乱す様子なんて想像もつかなかった。シスはいつだってガルシア家の当主として完璧であり、オフィーリア以上に冷たい人だった。

(……いや、違うわ。)

 ふと凝り固まった思考を溶かす。シスは何も最初から冷酷な人間だったわけではないはずだ。オフィーリアだって、何も知らずに笑って走り回っていた時期があったように、シスにだって優しく、温かい手をオフィーリアに差し伸べてくれた時があったはずだ。

 あの牢獄の中で夢見た、幸せなひとときのように。

(そうだ……そうだわ。どうして私はこんな大事なことに気が付かなかったのかしら。)

 シスも父も初めからお互いに無関心だったわけではない。リリーの存在が大きかったのは確かだが、それだけで彼らの優しさが一瞬で消えるわけではないはずだ。だが、それなら一体いつからオフィーリアたちは元々持ち合わせていたはずの思いやりや家族への情を捨て去ってしまったのか。

 今はまだリリーが生きている。私たちの、オフィーリアの家族はまだバラバラにならずに此処にある。

「お嬢様?」

 キララの声にはっと顔を上げる。心配そうにオフィーリアを見る三人の顔があった。

「あ…ごめんなさい。少し考え事をしてしまったわ。」

 オフィーリアが眉を下げると三人は慌てた様子で手を振った。

「そんな!あ、謝らないでください!」

 キララが泣きそうな声を出す。

「そうですよ。お嬢様のご体調に配慮できなかった私たちが悪いのですから…!」

 アイラが言うとフェルトが同意するように頭を縦に振る。

 彼女たちには悪いと思ったが、三者三様に慌てているところを見ると何だかおかしくなってきて、オフィーリアは少しだけ笑ってしまった。色んな考えが浮かんでは消えてを繰り返していたが、今だけはそれが気にならなくなっていた。

 やがてその笑いは抑えきれなくなり、オフィーリアはお腹を抱え、体を前に倒しながら声を上げて笑った。

 こんな風に笑ったのはいつ以来だっただろうか。笑うとこんなにも気持ちが楽になることを、オフィーリアはもうずっと忘れていた。

 声を上げて笑うオフィーリアを三人は呆然と見ていた。

「ふふ…。ごめ、んなさい。何だが……おかしくて……。」

 感情をコントロールできず、笑いを抑えられないことが恥ずかしくて両手で顔を隠す。しかしその手はキララによって握られてしまい、顔を隠すことはできなかった。

 オフィーリアは手を取られたことを不思議に思いキララを見つめる。キララは今にも泣き出しそうな顔をしていた。オフィーリアは驚き、笑いも引っ込んだ。

「……サラが。」
「?」
「サラが、心配しておりました。」
「え?」
「お嬢様が、お目覚めになってから…お嬢様が以前のように笑顔を見せることがなくなったと。何か、思い詰められてるご様子で、とても、とても心配だと……そう申しておりました。」

 キララの言葉をオフィーリアは噛み締めるように頭の中で反芻させる。

「サラが……そんなことを。」

 確かにオフィーリアがこの時代に戻り目が覚めてから、つまりオフィーリアが倒れたあの日以降、オフィーリアはずっと考え事をしていて周りを気にかける余裕なんてなかった。ましてや中身は大人で、滅多に感情を表に出すことなんてない人生を送っていた人間だ。それこそ周りを気にせず笑うなんて事は、ずっと遠い昔に忘れてしまったことの一つだ。

 オフィーリアにとって感情を表に出さない事は当然のことだった。しかし、この時代を生きる彼女たちには、本当の四歳の時のオフィーリアを見てきた彼女たちにとっては、当然のことではないのだ。

「サラはここにはおりませんが、お嬢様がまた笑顔を見せてくださったことをお伝えすれば、きっと安心するはずです。」

 ぎゅっとオフィーリアの小さな手を包み込みながらキララは笑顔を見せる。ほっとフェルトとアイラの方を見れば、二人ともキララと似たような表情を見せている。

 オフィーリアが気が付いていなかった事は此処にもあったようだ。

 今日一日で、オフィーリアは色んなことに気づき、知った。いや、正しくはきっと、ずっと知っていたはずだ。ただ、壁の中に閉じこもって、壁の外を見ようとしてこなかったうちに忘れてしまったのだろう。

「…ありがとう。教えてくれて。私、みんなにどれだけ心配をかけていたのか、全然考えれていなかったわ。」

 そう言って、花が綻ぶように頬を緩める。小さな子供が、それこそかつてのオフィーリアが見せていたであろう天真爛漫な笑顔には程遠かった。だが、それでも優しく暖かい、以前のオフィーリアだったら見せることのない笑顔を浮かべる。
 それを見た三人も、安心するように笑った。
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