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第3話 歩み寄り
しおりを挟む「そう言えばさ、このあたり詳しいの?」
俺がそう切り出したのは、荷解きがひと段落してリビングで休憩を取ろうとした時だった。
俺よりも早く荷物が届き、ひと段落が着いただろう彼女はリビングでテレビを眺めていた。
「いや、私もこっちには縁が無いから」
「おれは買い物がてらその辺見て回るつもりだけど一緒に来る?」
彼女は少しの間逡巡した後、「行く」と告げた。
俺は基本的に自分が住む周辺の地理を把握していたい人間だ。学校が始まるのが約一ヵ月後なのにも関わらず早めにこちらにやってきた理由がそれだ。
ある程度自分の足で歩いて、どこになにがあるということが分かるようにする。それを含めての今日の予定だったのだが、もう周囲は暗くなり始めている。
周囲の景色を覚えるためにもなるべく明るいうちの方がいいのだけれど、夜ご飯は必要だ。どのみち買い物には行かなければならない。
それは彼女とて同じだろう。こんな知らない土地で一人で買い物に行くのは色々な意味で危ない。
「準備できたけどいける?」
「大丈夫」
この家に来る際にチラッと周囲はみてきたが、夕方になり周囲が暗くなればさすがにわかりにくい。
「さて、どっちにいこうか」
家の前の道路右に行くか、左にいくか。
「せーので指差そうぜ」
「わかった」
「せーのっ!」
俺は左。彼女は右。
「ちなみに何でそっち?」
「なんとなく」
「そっか」
俺が左を指した理由とさして違いは無い。レディーファーストで行こう。
「じゃあ、そっちにいこう」
後々になってこの時の俺のこの選択は間違っていたのだと気付く。この女に対してはレディーファーストという言葉を使っちゃいけない……と。
そんなことに気付くわけも無い俺は彼女の意見を尊重し、そのまま右側の道へと進んでいく。
二十分ほど歩けば大きな通り沿いに出ることができた。その通りの先のほうに目的としていた大きなスーパーなどが並ぶように建っていた。
これで食いっぱぐれることがない。
ふと隣を見てみれば安堵の表情を浮かべていた。自分が言った手前不安だったのだろう。
「じゃあ、各々買い物してそうだな、三十分後に入り口に集まろうか」
「わかった」
そういって一時解散となる。
俺はとりあえず生鮮食品などの売り場へと向かう。
今時意外でもないだろうが俺は料理をするほうだ。むしろ好きだともいえる。
これは家族柄仕方が無かったからという理由もあるが、主に中学生以後料理をする機会が増えたからである。もともと母さんの料理を見て真似していたというのが功を奏した。
父さんは仕事のため帰ってくるのが遅い。そのため必然的に俺が料理を担当することとなったのである。最初こそ簡単なものしかできなかったが徐々に慣れてきた頃から少し凝った物などに挑戦するにつれて意外と料理って楽しいなというふうに変化していったのである。
父さんから「絆も大変なのにありがとう」と感謝された時には涙が出そうになった。
その習慣が今になっても変わっていないというわけだ。
「今日は豚肉が安いな」
それに気付いたことで今日の夕飯は豚のしょうが焼きになった。
当面必要になりそうな米に、後は付け合せにポテトサラダかな……? などと考えながら材料を揃えた頃には三十分が立とうとしていた。急いで会計を済ませ店を出る。
「ごめん! 待たせた!」
「いいよ、時間は過ぎてないから」
どうやら時間内には戻ってこれたようだ。それにしてもやけに袋小さいな……。
家に着くまで行きほどの時間はかからなかった。行きは色々なものを探しながら歩いていたこともあって少し時間がかかったのだろう。帰りは半分ほどの時間だった。
茉莉はそのままリビングへと向かい買って来た物をレンジの中に入れ温めていた。
まぁ今日は引越しとかあって疲れただろうしな……。
それが三日目を越えた頃にはなんとなくいやな予感はしていた。
四日目、やはりそれは続き、俺は耐えに耐えかねてついこう言ってしまった。
「さすがに栄養やばくないか?」
漫画とかでよく見る一人暮らしの典型的なやつ。
「とはいっても、美味しいよ? お弁当」
ここ数日俺が見てきたのはスーパーで買った弁当にから揚げなどの惣菜だ。
毎日同じ物を食べてるわけではないにしろ、それにしたって同じお弁当だ。
「や、そうなのかもしれないけど……」
同じ家に住む俺としては、見るに耐えない。
かくなる上は……。
「ほら、これ食べろ」
俺は今日作った大根の煮物を分ける。
じーっと俺を眺め、それを口にする。瞬間目が輝きだした。
「おいしい、手作りの煮物なんていつ振りだろ……」
「そんなに食べてないのかよ」
本当に心配になるなおい。
「家では料理どうしてたんだ?」
「お母さんが早く帰ってこれるときはお母さんが作ってくれたけど、遅い日はお弁当買って食べてた」
よくあるパターンだ、俺も実際最初はそれに近かったから分かる。
はあ……ったくしょうがないな……。
「あー、もう分かったよ、俺が明日から茉莉の分も作るよ」
「いや、悪いよ」
「その食生活を見てるのも忍びないしな、それによく言うだろ? 一人分を作るのも二人分作るのも大差ないって」
「作ったこと無いからわかんないよ」
「それに、家じゃ俺が父さんの分も含めて作ってたからそんなに今までと変わらないし」
「うんー……」
ただなんとなく思ったんだ。彼女の今の姿はあったかもしれない自分なんだって。どういうわけか境遇が少し似ている。
だから、見ていられなかった。ただそれだけ。
劇的に変わった環境の中でも、今までと変わらない生活を送りたかったという俺のエゴなのだ。
「いいんだよ、黙って食べとけ」
「ありがとう」
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