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1.だから、わたしは嘘をつく。

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――悪魔の子が来たぞ~、にげろにげろ~。うわ、やっぱいつ見てもきもちわりー

 小学生のときの記憶になるんだけど。
 クラスの男子から投げつけられた言葉だったが……同じ言葉をひそひそと口にする近所のおばさんや、親戚……。
 なにより両親からも同様の言葉を暗に告げられたことがある。

 その結果で成長したわたしが、伸び伸びと、すこやかに。育つわけもなく。
 正確はひん曲がってしまったと自分でも思ってる。

 鈴木紗季という人格はそんなねじ曲がったもので出来ている。

 小・中・高とろくに友達といえる友達がいた記憶もなくて。
 でも、それを寂しいとも思わなくなっていた。

――やっぱりねじ曲がってる。

 ただ読書が趣味というだけで他の人よりも伸びた偏差値を武器に、住み慣れた田舎の町を出ることにした。
 無利子の奨学金制度に助けられたというのもあるし。
 両親にとっても悪くはない交換条件に出したことで、わずかばかりの仕送りをもらっての一人暮らしだった。

「……で、大学に入っても、ぼっちなんだよねー」

 一人、寂しくつぶやいてみる。
 流行りの感染症の影響もあって、新入生歓迎会もなし。飲み会はオンライン。
 ついていけるような話題ももってなければ、ぼっちにもなるってわけで。
 
 挙句の果てには、その流行りの感染症とおもわれるものにかかってしまって寝込む有様。
 
「自分には効かないんだもんなー。この能力」

 わたしには、ひとつ生まれつきの特異体質がある。
 それはゲームやアニメで見かける治癒能力というものだ。
 そう、わたしはヒーラーなんだ。
 
 そうアニメみたいに、ヒーラーの子がちやほやされるなんてことは現実にはなくて。
 しかも、自分の怪我にも病気にもまるで効かない。

 だからって見知らぬ他人に使おうものなら、良くも悪くも目立ってしまう。
 小学校のときは、わたしもまっすぐに育ってた最中だったから。
 いろんな人にも動物にも使ってあげた。
 
 あまり使いすぎるとあとになって疲れがきて、熱をだすというデメリットがあることを知ったのはそのころ。
 そしてなにより、特別な力をもった人を疎む存在が出てくるということを知ったのもそのときだった。

 わたしは気味がられるようになった。
 それが頂点に達したのは、バスの落石事故の現場に乗り合わせたときだった。


――偶然、唯一助かったわたしが、乗客12人すべての命を蘇らせたときだった。

 そう、わたしの能力はある意味で天元突破していた。
 回復なんてものじゃなくて、蘇生もできたのだ。

「その結果……、まぁ、話題になったし神の子とも呼ばれたけど。結局ついたあだ名は悪魔の子」

 流行りが過ぎれば、マスメディアは去っていった。
 残ったのは陰険ないじめと、両親・親族の冷たい目。

 親族の危篤があれば呼ばれ、間に合わなければ責められた。
 そして、わたしは自身の体力の限界とともに、その力を使うことをやめた。

 結果、最後には人殺しと呼ばれることになった。

「……なんで、わたしは半生を思い返してるんだろ、ね」

 薄れゆく意識。
 じつは、さっきから息がくるしいんだよね。
 さっき自問自答した答えとして、わかりやすいものがある。

「走馬灯だわ……これ」

 まさかやっと田舎から抜け出したところであっさり18歳で死ぬことになるなんて。
 ……浅い呼吸じゃ、ため息もできないじゃない。

――いちかばちか、だけど。

 首から下げた十字架のネックレスを鉛のように重たい腕でもち、そっと口元に添える。
 そうやって。口づけをして祈った。
 今思えばそれは、誰に対しての祈りなのだろう。

 わからないけど。たぶん神様とか。そういうの。

 まぁ、自分には効かないけど。

「やっぱむりだー……眠くなってきた」

 声に出したけど、声は正直出ていなかった。
 かすれた声。
 呼吸が、止まりそう。

――わかっちゃうんだよね。命が零れ落ちていくの。

 その砂をひとつずつ掬い上げるイメージが蘇生。
 でもわたしはわたしを蘇生できない。

 それなら、最後に祈ってみる。神様に。

 願わくば、来世はこんな要らない能力なんてなくて――。
 みんなに(じゃなくていいや)だれかに愛される、普通の子として生きてみたいです。

       ***

「聖女、ミント・ヴァレンチノ様。どうぞこちらへ――」

 わたしは白いドレスに身を包み、赤いカーペットの上を歩いている。
 ミント・ヴァレンチノ……。
 いまのわたしの……鈴木紗季の第二の名前。
 そして、悪魔の子と呼ばれたわたしのいまの肩書は聖女。

 ここではわたしを疎む者はいなくて。
 それどころか、わたしを求めて王宮からは馬車がだされた。

――でも、わかってる。

 その理由、わたしを求めるわけ。

 すべては、前世から引き継いだ悪しきチート能力を期待してのものだ。
 だから、わたしは嘘をつく。

「……えっと、あの。こんなところにお呼ばれされても……なんにもお国のためにできませんし。――そもそも、わたし聖女なんかじゃないです。だから出来るだけ早く教会に帰してください」

 二度目の人生。
 絶対に治癒能力を使わないで乗り切ってやる……!

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