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2.こっちから願い下げよ!
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「ヴァレンチノ辺境伯の次女。予言の聖女というのはそなたか」
王座。
堂々とした佇まいでその椅子に腰かけた男の人が、わたしに声をかけた。
その男こそ、わたしの住むこのリイントロイア国の国王。アイゼン王だということは。
もちろん、わかってる。
見た目は想像していたよりも若く見える。
三十代くらい? まぁ、王様だから実際には五十代……くらいだと思うけど。
この世界に転生して、前の両親と比べるとやけに若々しい見た目の新しい父のもとで育ったのだけど。
もしかするとこの世界では歳の取り方というのが違うのかもしれない。
そんな若くて素敵な父ではあるのだけど。
単に司祭をしている今世の父のことを、アイゼン王は『ヴァレンチノ辺境伯』と呼んだ。
わたしの記憶が正しければ、街はずれの教会の司祭なんかにつける言葉ではないはず。
「はい。わたしがヴァレンタイン司祭の次女の、ミント・ヴァレンチノです。けれど――辺境伯っていうのは……」
「ああ、そうか。知らぬのもムリはないか。エイリアスは貴族らしからぬ男だったな。領内ではいまも畑などを耕してるのだろう」
――なんとなくしっくりときた。
礼拝にもろくに人が来ない教会の飾られた聖杯を磨いたところで、生活を切り盛りできるわけではない。
そんなことは、二度目の人生なのだ。十五のわたしにもわかるし。
だから畑を耕しているのかと思えば、ご近所さんやたまに来る信者に分け与える日々。
野菜を売って路銀にするような姿は見たことはなかった。
(まぁ、そもそもがヴァレンチノ領という堂々とした名前が地名についてるのを気にならなかったわけじゃないし?)
だから、総じてしっくりきた。
父は司祭という片手間な仕事をしながら、領主だったわけで。
わたしは、そうなると貴族の娘に転生したということになる。
「ええ。あの、父をご存知なのですか」
「知っておるとも。わしが王位につくまではよく朝まで酒を飲んで話をしたものよ。そなたの母のことも、あったしな」
王様のまえ、ということでわたしもそれなりに緊張していたのだけど、そうやって昔を思い出しながら語る温和な表情を見て少し気が楽になってきた。
母のことを多くは語らなかったのは、もうすでにわたしの二人目の母はこの世にいないからだ。
わたしをこの世界に生み落として、すぐに病気で亡くなったのだと聞いた。
綺麗な人だったと、今の父エイリアス・ヴァレンチノが珍しく酒を飲みながらに、そう口にしたことがある。
『お前は、母親に似たんだな』
二度目の人生、自分で言うのもあれなことだけど……とても美しい姿を与えられたのだ。
「王様、今日は昔話をしに呼んだわけじゃないでしょう」
脇に控えていた金髪の従者が口添えする。
顔を伏せたまま、膝をついた姿で。
静まり返る王宮のなか、その中性的な声はやけに響いた。
(綺麗な声……でも)
姿勢こそ礼儀を重んじた様子だが、言い方はむしろ王様に注意をしているような感じにもとれた。
(ちょっと、失礼なんじゃない……の?)
「おお。そうだったな、ミント。そなた予言のことは知っておるな」
予言……。
父エイリアスから聞かされているから知っている。
『ヴァレンチノの教会に生まれる第二の少女を聖女とするべし。』
その言葉の通り、わたしは物心ついてからは聖女となるべく教育を受けた。
教育といっても本来なら聖水の製造や、回復魔法の習得。といった基本的な魔法応用学の勉強らしいのだけど……。わたしは生まれながらにして(というのも違うね。)
生まれる前から、すべてできていたのだから。
苦労はなかったし。
なにより、魔法というものがある世界において、わたしは普通でいられることが喜びだった。
――ただ一つ、蘇生という魔法を使えることを除いては。わたしはやっと普通になれた。
首元に手を当てる。……十字架のついたチョーカー。
巻きついた黒いベルトが軽く締め付ける感覚があった。まるで少しずつ締め付けられていくような。
呼吸がほそくなっていくような。
その息苦しさを拭い去るように、わたしは王の御前で嘘をついた。
「はい、存じています。でも……このようなことを言うのは、はばかれるのですが……わたしに特別な力はありません。聖女など。できないと――思います」
「なら、いいんじゃないですか? お帰りいただければ、それで」
そう口にしたのは先ほどの声の綺麗な従者の男だった。
いや、従者だと思っていたのは、たぶんわたしだけだ。
伏せた顔をあげたその男は端正な顔立ちで、歳はわたしと同じくらいかな。
美形だけど、似ていた。
アイゼン王と、瓜二つだった。
「クライン! 失礼ではないか。せっかく、聖女となるべき……お前の将来の妻となるべき女子が遠くから来てくれているというのに」
納得したことがある。
このクラインと呼ばれた『失礼な男』は、この国の王子。アイゼン王の息子……ということ。
(聞いたことある……たしかクライン王子といえば――)
第一位王位継承順位にあたる……第1王子だ。
そして、納得したくないこともあって……。
「あの、妻って……?」
「貴族の娘かどうかはしらないが田舎娘が口を挟むな! ……それに、心配しなくても。俺は誰とも結婚なんかする気はない。ましてや聖女などという奇怪な魔法使いなんかと」
「――よさぬか! クライン」
確かに第1王子という立場から見れば、わたしは田舎娘ですけど。
それに、言われなくても聖女なんてやるつもりもないですけどっ。
――ああ、だめだ。我慢しないと! 今回ばっかりは普通に生きるんだから。
「なんで俺がこんな見た目だけの女と……結婚しなきゃならねーんだよ」
「……それはわたしの台詞よっ! なに勝手につれてきて聖女だの妻だのって。どんなに見た目が良くたって貴方みたいなわがままで失礼な男。こっちから願い下げよ!」
……言っちゃった。
王座。
堂々とした佇まいでその椅子に腰かけた男の人が、わたしに声をかけた。
その男こそ、わたしの住むこのリイントロイア国の国王。アイゼン王だということは。
もちろん、わかってる。
見た目は想像していたよりも若く見える。
三十代くらい? まぁ、王様だから実際には五十代……くらいだと思うけど。
この世界に転生して、前の両親と比べるとやけに若々しい見た目の新しい父のもとで育ったのだけど。
もしかするとこの世界では歳の取り方というのが違うのかもしれない。
そんな若くて素敵な父ではあるのだけど。
単に司祭をしている今世の父のことを、アイゼン王は『ヴァレンチノ辺境伯』と呼んだ。
わたしの記憶が正しければ、街はずれの教会の司祭なんかにつける言葉ではないはず。
「はい。わたしがヴァレンタイン司祭の次女の、ミント・ヴァレンチノです。けれど――辺境伯っていうのは……」
「ああ、そうか。知らぬのもムリはないか。エイリアスは貴族らしからぬ男だったな。領内ではいまも畑などを耕してるのだろう」
――なんとなくしっくりときた。
礼拝にもろくに人が来ない教会の飾られた聖杯を磨いたところで、生活を切り盛りできるわけではない。
そんなことは、二度目の人生なのだ。十五のわたしにもわかるし。
だから畑を耕しているのかと思えば、ご近所さんやたまに来る信者に分け与える日々。
野菜を売って路銀にするような姿は見たことはなかった。
(まぁ、そもそもがヴァレンチノ領という堂々とした名前が地名についてるのを気にならなかったわけじゃないし?)
だから、総じてしっくりきた。
父は司祭という片手間な仕事をしながら、領主だったわけで。
わたしは、そうなると貴族の娘に転生したということになる。
「ええ。あの、父をご存知なのですか」
「知っておるとも。わしが王位につくまではよく朝まで酒を飲んで話をしたものよ。そなたの母のことも、あったしな」
王様のまえ、ということでわたしもそれなりに緊張していたのだけど、そうやって昔を思い出しながら語る温和な表情を見て少し気が楽になってきた。
母のことを多くは語らなかったのは、もうすでにわたしの二人目の母はこの世にいないからだ。
わたしをこの世界に生み落として、すぐに病気で亡くなったのだと聞いた。
綺麗な人だったと、今の父エイリアス・ヴァレンチノが珍しく酒を飲みながらに、そう口にしたことがある。
『お前は、母親に似たんだな』
二度目の人生、自分で言うのもあれなことだけど……とても美しい姿を与えられたのだ。
「王様、今日は昔話をしに呼んだわけじゃないでしょう」
脇に控えていた金髪の従者が口添えする。
顔を伏せたまま、膝をついた姿で。
静まり返る王宮のなか、その中性的な声はやけに響いた。
(綺麗な声……でも)
姿勢こそ礼儀を重んじた様子だが、言い方はむしろ王様に注意をしているような感じにもとれた。
(ちょっと、失礼なんじゃない……の?)
「おお。そうだったな、ミント。そなた予言のことは知っておるな」
予言……。
父エイリアスから聞かされているから知っている。
『ヴァレンチノの教会に生まれる第二の少女を聖女とするべし。』
その言葉の通り、わたしは物心ついてからは聖女となるべく教育を受けた。
教育といっても本来なら聖水の製造や、回復魔法の習得。といった基本的な魔法応用学の勉強らしいのだけど……。わたしは生まれながらにして(というのも違うね。)
生まれる前から、すべてできていたのだから。
苦労はなかったし。
なにより、魔法というものがある世界において、わたしは普通でいられることが喜びだった。
――ただ一つ、蘇生という魔法を使えることを除いては。わたしはやっと普通になれた。
首元に手を当てる。……十字架のついたチョーカー。
巻きついた黒いベルトが軽く締め付ける感覚があった。まるで少しずつ締め付けられていくような。
呼吸がほそくなっていくような。
その息苦しさを拭い去るように、わたしは王の御前で嘘をついた。
「はい、存じています。でも……このようなことを言うのは、はばかれるのですが……わたしに特別な力はありません。聖女など。できないと――思います」
「なら、いいんじゃないですか? お帰りいただければ、それで」
そう口にしたのは先ほどの声の綺麗な従者の男だった。
いや、従者だと思っていたのは、たぶんわたしだけだ。
伏せた顔をあげたその男は端正な顔立ちで、歳はわたしと同じくらいかな。
美形だけど、似ていた。
アイゼン王と、瓜二つだった。
「クライン! 失礼ではないか。せっかく、聖女となるべき……お前の将来の妻となるべき女子が遠くから来てくれているというのに」
納得したことがある。
このクラインと呼ばれた『失礼な男』は、この国の王子。アイゼン王の息子……ということ。
(聞いたことある……たしかクライン王子といえば――)
第一位王位継承順位にあたる……第1王子だ。
そして、納得したくないこともあって……。
「あの、妻って……?」
「貴族の娘かどうかはしらないが田舎娘が口を挟むな! ……それに、心配しなくても。俺は誰とも結婚なんかする気はない。ましてや聖女などという奇怪な魔法使いなんかと」
「――よさぬか! クライン」
確かに第1王子という立場から見れば、わたしは田舎娘ですけど。
それに、言われなくても聖女なんてやるつもりもないですけどっ。
――ああ、だめだ。我慢しないと! 今回ばっかりは普通に生きるんだから。
「なんで俺がこんな見た目だけの女と……結婚しなきゃならねーんだよ」
「……それはわたしの台詞よっ! なに勝手につれてきて聖女だの妻だのって。どんなに見た目が良くたって貴方みたいなわがままで失礼な男。こっちから願い下げよ!」
……言っちゃった。
応援ありがとうございます!
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