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どうして
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ふわふわと暖かい母のぬくもり。暖かい日差しに鼻をくんくんとぬくもりから顔を覗かせれば、まだ少し冷たい風に煽られまた、胸元に潜り込む。
そんな事を繰り返し、いつの間にかシャギの周りでは他の兄弟達のじゃれあう声や地面を蹴り走り回る足音が始終していた。
「おい、シャギは何故お前から離れないんだ?」
シャギの頭を優しく舐めながら母は、見下ろす厳しい表情の父に
「何故でしょうね?困ったわね」
そう答えた母の声に寂しさが漂っていた。
母の寂しそうな声がほんの少し気になっていた。だから、シャギは母から離れ森を散歩したり他の兄弟達と供に狩の練習に着いて行ったりもした。でも、やはり他の兄弟達みたいに森を走り回るのは苦手で、いつも一人森に取り残されていた。
「また、一人になっちゃった・・・」
ぼそりとつぶやき、その場に座りこんでしまった。
「何故、お前は兄弟達を追わないんだ?」
そんなシャギの背中越しにあの厳しい声が響いてきた。
「何故、お前は兄弟達と狩をしないのだ?」
声の主を見上げ、拗ねたようにいった。
「だって、面白くないんだもん。」
「面白くないだと?」
厳しさの中にも優しさがあった声に初めて鋭さが加わり、シャギは尻尾を丸め後ずさりした。
暫くシャギを見据えていたが、怯える姿に目を伏せ何も言葉を発することなく背を向け森に消えて行った。
シャギは、父の力強い走りに大きなため息を零し地面に伏せた。
『なんであんなに綺麗なんだろう』
『なんで僕だけ父さんに似なかったんだろう』
『なんで・・・』
心のつぶやきは父に言った言葉とは違う思いでいっぱいだった。面白くないから走らないのではなかった。父のように兄弟達のように走りたかった。でも、シャギの足はどこか変な感じだった。走ると体が片側に傾き転びそうになるのだった。
今も伏せたまま前足を伸ばすとやはり右と左では届く枯葉が違うのだ。
左側だけ微妙に変な感じに曲がった膝、伸ばそうとしても右足のように伸びないし、曲がらない。
ほんの少し頑張っただけで、無理なんだと諦め、隠れ場所の大きな木の洞にトボトボと向かった。
大きな木は風を受け、軽やかに音楽を奏でてくれる。この音色は心を穏やかにする。
陽が暮れ肌寒さを覚えたシャギは、
「お母さんのところに帰らなきゃ」
母の元は穏やかで居心地の良いものだった筈が今は、周りの視線が冷たく特に憧れでもある父が僕を幽霊のように扱う事が辛かった。
こっそりと帰るつもりだったのに、その日は群れの皆がシャギの帰りを待っていた。
おずおずと母の側に隠れると、父は
「隠れていないで出てきなさい。」
僕が小さい頃の時のような父の優しい言葉に母の隣に出て行くと
「シャギ、お前は狩が何故必要なのかわかるか?」
昼の父との会話が思い出された。
「狩は楽しいから・・・」
「楽しいから狩をするというのだな。では、お前は楽しくないからしないということか?」
「そうだよ!」
シャギは、もう自棄になっていた。
父は大きく息を吐き
「シャギ、お前を群れから追放する。一人で生きるが良い。」
群れの皆に聞こえるように言い渡した。
皆の視線がシャギを見る。
母が背を押す。群れを出るようにと。
群れを出て、行くところなどどこにもない。当てもなく森を彷徨う。大きな木が見えた。いつもの隠れ場所に来てしまった。
『誰も僕の事なんて解らない。クヨクヨしてたって仕方ないさ!もう、怒られる事も蔑みの視線の中で暮らさなくて良いんだから!』
「僕は、一人だって大丈夫さ!」
誰に向かってでもなく、ただ森に叫んだ。その声は森の中に響き、こだまし、まるでシャギを励ましているようだった。
木の洞に身体を丸め、眠った。目が覚めたときはもう辺りは真っ暗だった。今夜の月は雲に隠され、ほんの少し顔を出しても森を照らすほどにはなかった。
『お母さん、お腹が空いた・・・』
『お父さん、狩は生きるためにするんだって、僕も解っているよ。解っているんだよ。』
いつもは母に小さな声で囁くだけで、お腹を満たす事が出来た。でも、今日からは僕自身で餌をとらなければいけない。
真っ暗な空を見上げ、声に出せない思いを叫ぶ。
ガサッ!
後ろの木の茂みからだ。身体をゆっくりと地に伏せ様子を伺う。
ガサッ!ガサガサッ!
身を翻したシャギの目の前を白いウサギが横切った。
アッという間に森に消えていくウサギ。
失敗した。あんな小さなウサギさえ狩ることが出来ない。
それから毎晩、何度も狩に挑んだ。しかし、すべて失敗に終わっていた。
『何故、僕には出来ないんだろう。僕の足は出来損ないだから、捨てられたんだ』
転んで擦りむいた足を引きずりながら、寝床である洞に帰った。
身体を丸め、外をぼんやり眺めていたシャギは
「お腹空いたよ」と、声を漏らしていた。
空腹でクラクラする体を起こし、喉の渇きを癒しに川に向かった。
水だけでは空腹はおさまらない。
ガサガサ、水を飲む僕の後ろ、何かいる。気づいていないフリで音に匂いに神経を傾ける。
頭の中に草むらに潜むウサギが見えた。こちらの様子を伺っているのか、それとも怖くて動けないのか。
ピチャピチャと水の飲む音だけが緊張の中に響く。
『動いた』
頭の中のウサギはそっと背中を向けた。
『今だ』僕は地面を蹴った。
ウサギは、右に左に方向を変え逃げる。僕は必死で追った。左足に体重がかかり過ぎたと思った瞬間体は転がる様に左に傾き転げていく。
失敗した、また、ダメだった。
もう、動けない。
意識が遠のいて行くのがわかる。このまま、楽になりたい。
微かな血肉の匂い、母さんありがとう。夢の中の事だと思った。
だが、飢えた体は意思とは関係なく体を動かす。本能のままに。
母さんの匂いが近くに残っている。
与えられた獲物は満腹になるには少ない。その少なさが母の思い、励ましだと思う。自分の力で、諦めるなと。
じっとしていても前に進めない。でも、どうすれば良いのか、わからない。
「狼なのにこんな小さな私が捕まえられない。情けない子ね」
少し離れた木々の陰から聞こえる声。
「誰?僕を笑うのは?」
「あら、貴方には匂い嗅ぎ分ける力も無いの?私が誰なのか言わないとダメなんて」
可哀想な子だとその声は言う。
匂い、気配、集中していく。目に見えるのではなく、感じる。この気配は
「昨日、追いかけたウサギ」
「うふふ、よく出来たじゃない。当たりよ。さぁ、今日も追いかけて来なさい。今のあなたじゃ私は捕まらないけどね」
「そんな事ない。捕まえてやる」
僕は、地面を蹴った。
「ほらほらこっちよ」
昨日よりゆっくり右に左に飛ぶ、走る。
左に方向を変える度、転ぶ。
「貴方馬鹿ね。左の足が悪いなら、体重をかけないように工夫しなさい」
煩いと怒鳴りながら追いかけるが、追いつけない。
「左足に体重をかけないで跳ね上げ方向を変えてごらん」
僕は、その言葉に従うように走った。
僕は、ウサギを追いかけて森を走り回った。何度も転び、起き上がる僕も待つウサギ、繰り返され後、少しという所で、ウサギは速度を上げた。
そして、走り去りながらまた明日ねと消えて行った。
シャギは、何故ウサギが僕を構うのかわからなかった。
あまりにも僕が情けないから揶揄って遊んでいるのだろうか?
疲れた、洞に帰ろう。今の僕の寝床だから。
走り出そうとした時、何か気配を感じ、身を潜めた。
あれは、何だ。大きなネズミの様な猫の様な生き物。じりじりと近づく。僕の中で何かが行けと叫ぶ。
僕は獲物を咥えていた。
空腹を少し満たし、眠った。初めて成功した狩り、どうやって追いかけ、捕らえたのかよく覚えていない。頭ではなく体が動いていた。
次の日もその次の日もウサギは僕の前に現れ、揶揄い追いかけっこが始まった。僕の走りは格段と早く、鋭さを増していく。
でも、まだウサギの方が一枚も二枚も上手。
そして、初めてウサギの体を微かに爪が擦ったような気がして意識が緩み、僕の体は勢いに乗ったまま転がり木に激突していた。
「まだまだね。可愛い子。早く私を捕まえてごらん」
「何故、僕を揶揄うの?」
「揶揄う…?揶揄ってなんかいないわ。ひとりぼっちの可愛い子。私と同じ」
「僕は可愛くなんかない。父さんに捨てられた、出来損ないの醜い子だ」
もう、僕はウサギを捕まえようとは思わなかった。
「出来損ないなんかじゃないわよ。ちょっとだけ、未熟なだけよ」
「嘘だ」
「さっきは危なかったもの、貴方の爪が当たったわ、血が滲んでる」
「あっ、ごめん。痛い?ごめんね。舐めようか?」
何故そんな事を言ったのかわからない。でも、癒したいと思ってしまった。
「あら、可笑しな子。私は貴方の獲物よ。傷を治してどうするの?優しい子」
「でも……」
「大丈夫よ、これぐらい。もう、お家に帰りなさい」
ウサギが走り去って行くのがわかった。
その夜以降ウサギは現れなかった。
僕は、一人で狩りもできるようになっていた。
風の力を借り、匂いを嗅ぎ分け、自分の匂い気配を消す。
木々のざわめきを利用し、獲物に近づく。
そして、一人体を丸め休む時、ウサギの事を思い出す。
僕の事を可愛い子という優しい声音を。今の自分がいるのはウサギのおかげだと思う。
どうしてるだろう、あの時傷は治っただろうか?
狩る者、狩られる者のはずなのに僕はウサギを獲物としてではなく、もっとみじかな母の様な温もりを感じていた。会いたいな、こんなに狩りも上手くなったよと自慢したい。そして、褒めて欲しかった。
そんな事をシャギが考えていた頃、ウサギも遠くで上手く走れるようになったかしら?一人でも狩りができるようになったかしら?と思っていた。
ウサギは、シャギの群れに自分の子供たちを殺され、悲しくてたまらなかった。そんな時、大きな木の洞で蹲り泣きながら母を求めるシャギを見つけた。
子供を無くした母の思いが、母を求めるシャギの悲しさとシンクロしたのかもしれない。ウサギはこのままだとこの子は死んでしまう。助けてあげなければと思ってしまった。もし、この子に捕まってもいいと、この子の生きる糧になるのならと。
そして、二人の追いかけっこが始まった。
そして、最後の日ウサギの体に傷を作ったシャギから優しい労わりの言葉に、このままでは駄目だと優しすぎるシャギ。私を獲物として捕らえ食らうぐらいの強さがなければ。
シャギの体も顔付きも、もう子供のものではなかった。左足は奇形を補うように力強い筋肉に覆われ、矢のように早く風のように滑らかに獲物を感じ、追い、捕らえる。
鋭い視線は竦ませるほど鋭く、唸る声は低く地を這う。
成長したシャギだったが、ひとりぼっちのままだった。
ある寒い雪の降る夜。シャギは獲物の気配を求めていた。
そして、真っ白の雪中に獲物を見つけ駆け出した。疎らになった木々、を抜け、その先に広がる真っ白の平地。追いつき押さえ込み爪を立てる。白い雪が血に染まり獲物を見たシャギは固まった。
「何をしているの?早く息の根を、私を喰らいなさい。それが、貴方が生きていかなければいけない道。躊躇していては生きていけないのよ。私を貴方の血に肉に生きる糧にしなさい」
シャギは泣きながらウサギを生きる糧にした。それが、ウサギの望み、僕が生きる為の試練。
どうしてこんなに悲しいのだろう。
いつかこの悲しみは消えるだろうか。記憶が薄れ、ウサギの事も忘れ、本能のままに生きるとしても、その心の片隅に悲しみと感謝があり続けていると信じたい。
そんな事を繰り返し、いつの間にかシャギの周りでは他の兄弟達のじゃれあう声や地面を蹴り走り回る足音が始終していた。
「おい、シャギは何故お前から離れないんだ?」
シャギの頭を優しく舐めながら母は、見下ろす厳しい表情の父に
「何故でしょうね?困ったわね」
そう答えた母の声に寂しさが漂っていた。
母の寂しそうな声がほんの少し気になっていた。だから、シャギは母から離れ森を散歩したり他の兄弟達と供に狩の練習に着いて行ったりもした。でも、やはり他の兄弟達みたいに森を走り回るのは苦手で、いつも一人森に取り残されていた。
「また、一人になっちゃった・・・」
ぼそりとつぶやき、その場に座りこんでしまった。
「何故、お前は兄弟達を追わないんだ?」
そんなシャギの背中越しにあの厳しい声が響いてきた。
「何故、お前は兄弟達と狩をしないのだ?」
声の主を見上げ、拗ねたようにいった。
「だって、面白くないんだもん。」
「面白くないだと?」
厳しさの中にも優しさがあった声に初めて鋭さが加わり、シャギは尻尾を丸め後ずさりした。
暫くシャギを見据えていたが、怯える姿に目を伏せ何も言葉を発することなく背を向け森に消えて行った。
シャギは、父の力強い走りに大きなため息を零し地面に伏せた。
『なんであんなに綺麗なんだろう』
『なんで僕だけ父さんに似なかったんだろう』
『なんで・・・』
心のつぶやきは父に言った言葉とは違う思いでいっぱいだった。面白くないから走らないのではなかった。父のように兄弟達のように走りたかった。でも、シャギの足はどこか変な感じだった。走ると体が片側に傾き転びそうになるのだった。
今も伏せたまま前足を伸ばすとやはり右と左では届く枯葉が違うのだ。
左側だけ微妙に変な感じに曲がった膝、伸ばそうとしても右足のように伸びないし、曲がらない。
ほんの少し頑張っただけで、無理なんだと諦め、隠れ場所の大きな木の洞にトボトボと向かった。
大きな木は風を受け、軽やかに音楽を奏でてくれる。この音色は心を穏やかにする。
陽が暮れ肌寒さを覚えたシャギは、
「お母さんのところに帰らなきゃ」
母の元は穏やかで居心地の良いものだった筈が今は、周りの視線が冷たく特に憧れでもある父が僕を幽霊のように扱う事が辛かった。
こっそりと帰るつもりだったのに、その日は群れの皆がシャギの帰りを待っていた。
おずおずと母の側に隠れると、父は
「隠れていないで出てきなさい。」
僕が小さい頃の時のような父の優しい言葉に母の隣に出て行くと
「シャギ、お前は狩が何故必要なのかわかるか?」
昼の父との会話が思い出された。
「狩は楽しいから・・・」
「楽しいから狩をするというのだな。では、お前は楽しくないからしないということか?」
「そうだよ!」
シャギは、もう自棄になっていた。
父は大きく息を吐き
「シャギ、お前を群れから追放する。一人で生きるが良い。」
群れの皆に聞こえるように言い渡した。
皆の視線がシャギを見る。
母が背を押す。群れを出るようにと。
群れを出て、行くところなどどこにもない。当てもなく森を彷徨う。大きな木が見えた。いつもの隠れ場所に来てしまった。
『誰も僕の事なんて解らない。クヨクヨしてたって仕方ないさ!もう、怒られる事も蔑みの視線の中で暮らさなくて良いんだから!』
「僕は、一人だって大丈夫さ!」
誰に向かってでもなく、ただ森に叫んだ。その声は森の中に響き、こだまし、まるでシャギを励ましているようだった。
木の洞に身体を丸め、眠った。目が覚めたときはもう辺りは真っ暗だった。今夜の月は雲に隠され、ほんの少し顔を出しても森を照らすほどにはなかった。
『お母さん、お腹が空いた・・・』
『お父さん、狩は生きるためにするんだって、僕も解っているよ。解っているんだよ。』
いつもは母に小さな声で囁くだけで、お腹を満たす事が出来た。でも、今日からは僕自身で餌をとらなければいけない。
真っ暗な空を見上げ、声に出せない思いを叫ぶ。
ガサッ!
後ろの木の茂みからだ。身体をゆっくりと地に伏せ様子を伺う。
ガサッ!ガサガサッ!
身を翻したシャギの目の前を白いウサギが横切った。
アッという間に森に消えていくウサギ。
失敗した。あんな小さなウサギさえ狩ることが出来ない。
それから毎晩、何度も狩に挑んだ。しかし、すべて失敗に終わっていた。
『何故、僕には出来ないんだろう。僕の足は出来損ないだから、捨てられたんだ』
転んで擦りむいた足を引きずりながら、寝床である洞に帰った。
身体を丸め、外をぼんやり眺めていたシャギは
「お腹空いたよ」と、声を漏らしていた。
空腹でクラクラする体を起こし、喉の渇きを癒しに川に向かった。
水だけでは空腹はおさまらない。
ガサガサ、水を飲む僕の後ろ、何かいる。気づいていないフリで音に匂いに神経を傾ける。
頭の中に草むらに潜むウサギが見えた。こちらの様子を伺っているのか、それとも怖くて動けないのか。
ピチャピチャと水の飲む音だけが緊張の中に響く。
『動いた』
頭の中のウサギはそっと背中を向けた。
『今だ』僕は地面を蹴った。
ウサギは、右に左に方向を変え逃げる。僕は必死で追った。左足に体重がかかり過ぎたと思った瞬間体は転がる様に左に傾き転げていく。
失敗した、また、ダメだった。
もう、動けない。
意識が遠のいて行くのがわかる。このまま、楽になりたい。
微かな血肉の匂い、母さんありがとう。夢の中の事だと思った。
だが、飢えた体は意思とは関係なく体を動かす。本能のままに。
母さんの匂いが近くに残っている。
与えられた獲物は満腹になるには少ない。その少なさが母の思い、励ましだと思う。自分の力で、諦めるなと。
じっとしていても前に進めない。でも、どうすれば良いのか、わからない。
「狼なのにこんな小さな私が捕まえられない。情けない子ね」
少し離れた木々の陰から聞こえる声。
「誰?僕を笑うのは?」
「あら、貴方には匂い嗅ぎ分ける力も無いの?私が誰なのか言わないとダメなんて」
可哀想な子だとその声は言う。
匂い、気配、集中していく。目に見えるのではなく、感じる。この気配は
「昨日、追いかけたウサギ」
「うふふ、よく出来たじゃない。当たりよ。さぁ、今日も追いかけて来なさい。今のあなたじゃ私は捕まらないけどね」
「そんな事ない。捕まえてやる」
僕は、地面を蹴った。
「ほらほらこっちよ」
昨日よりゆっくり右に左に飛ぶ、走る。
左に方向を変える度、転ぶ。
「貴方馬鹿ね。左の足が悪いなら、体重をかけないように工夫しなさい」
煩いと怒鳴りながら追いかけるが、追いつけない。
「左足に体重をかけないで跳ね上げ方向を変えてごらん」
僕は、その言葉に従うように走った。
僕は、ウサギを追いかけて森を走り回った。何度も転び、起き上がる僕も待つウサギ、繰り返され後、少しという所で、ウサギは速度を上げた。
そして、走り去りながらまた明日ねと消えて行った。
シャギは、何故ウサギが僕を構うのかわからなかった。
あまりにも僕が情けないから揶揄って遊んでいるのだろうか?
疲れた、洞に帰ろう。今の僕の寝床だから。
走り出そうとした時、何か気配を感じ、身を潜めた。
あれは、何だ。大きなネズミの様な猫の様な生き物。じりじりと近づく。僕の中で何かが行けと叫ぶ。
僕は獲物を咥えていた。
空腹を少し満たし、眠った。初めて成功した狩り、どうやって追いかけ、捕らえたのかよく覚えていない。頭ではなく体が動いていた。
次の日もその次の日もウサギは僕の前に現れ、揶揄い追いかけっこが始まった。僕の走りは格段と早く、鋭さを増していく。
でも、まだウサギの方が一枚も二枚も上手。
そして、初めてウサギの体を微かに爪が擦ったような気がして意識が緩み、僕の体は勢いに乗ったまま転がり木に激突していた。
「まだまだね。可愛い子。早く私を捕まえてごらん」
「何故、僕を揶揄うの?」
「揶揄う…?揶揄ってなんかいないわ。ひとりぼっちの可愛い子。私と同じ」
「僕は可愛くなんかない。父さんに捨てられた、出来損ないの醜い子だ」
もう、僕はウサギを捕まえようとは思わなかった。
「出来損ないなんかじゃないわよ。ちょっとだけ、未熟なだけよ」
「嘘だ」
「さっきは危なかったもの、貴方の爪が当たったわ、血が滲んでる」
「あっ、ごめん。痛い?ごめんね。舐めようか?」
何故そんな事を言ったのかわからない。でも、癒したいと思ってしまった。
「あら、可笑しな子。私は貴方の獲物よ。傷を治してどうするの?優しい子」
「でも……」
「大丈夫よ、これぐらい。もう、お家に帰りなさい」
ウサギが走り去って行くのがわかった。
その夜以降ウサギは現れなかった。
僕は、一人で狩りもできるようになっていた。
風の力を借り、匂いを嗅ぎ分け、自分の匂い気配を消す。
木々のざわめきを利用し、獲物に近づく。
そして、一人体を丸め休む時、ウサギの事を思い出す。
僕の事を可愛い子という優しい声音を。今の自分がいるのはウサギのおかげだと思う。
どうしてるだろう、あの時傷は治っただろうか?
狩る者、狩られる者のはずなのに僕はウサギを獲物としてではなく、もっとみじかな母の様な温もりを感じていた。会いたいな、こんなに狩りも上手くなったよと自慢したい。そして、褒めて欲しかった。
そんな事をシャギが考えていた頃、ウサギも遠くで上手く走れるようになったかしら?一人でも狩りができるようになったかしら?と思っていた。
ウサギは、シャギの群れに自分の子供たちを殺され、悲しくてたまらなかった。そんな時、大きな木の洞で蹲り泣きながら母を求めるシャギを見つけた。
子供を無くした母の思いが、母を求めるシャギの悲しさとシンクロしたのかもしれない。ウサギはこのままだとこの子は死んでしまう。助けてあげなければと思ってしまった。もし、この子に捕まってもいいと、この子の生きる糧になるのならと。
そして、二人の追いかけっこが始まった。
そして、最後の日ウサギの体に傷を作ったシャギから優しい労わりの言葉に、このままでは駄目だと優しすぎるシャギ。私を獲物として捕らえ食らうぐらいの強さがなければ。
シャギの体も顔付きも、もう子供のものではなかった。左足は奇形を補うように力強い筋肉に覆われ、矢のように早く風のように滑らかに獲物を感じ、追い、捕らえる。
鋭い視線は竦ませるほど鋭く、唸る声は低く地を這う。
成長したシャギだったが、ひとりぼっちのままだった。
ある寒い雪の降る夜。シャギは獲物の気配を求めていた。
そして、真っ白の雪中に獲物を見つけ駆け出した。疎らになった木々、を抜け、その先に広がる真っ白の平地。追いつき押さえ込み爪を立てる。白い雪が血に染まり獲物を見たシャギは固まった。
「何をしているの?早く息の根を、私を喰らいなさい。それが、貴方が生きていかなければいけない道。躊躇していては生きていけないのよ。私を貴方の血に肉に生きる糧にしなさい」
シャギは泣きながらウサギを生きる糧にした。それが、ウサギの望み、僕が生きる為の試練。
どうしてこんなに悲しいのだろう。
いつかこの悲しみは消えるだろうか。記憶が薄れ、ウサギの事も忘れ、本能のままに生きるとしても、その心の片隅に悲しみと感謝があり続けていると信じたい。
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