獣人辺境伯と精霊に祝福された王女

緋田鞠

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***

「お嬢ちゃん、こんな所で寝ちゃダメだよ」
 柔らかな声と共に、優しく肩を揺すられているのを、シャーロットは夢現に感じた。
 シャーロットの体を案じてくれているようだから、大丈夫です、と返事をしたいのだが、余程疲れているのか、朦朧として口が開かない。
「あれ!随分と熱いじゃないか!お嬢ちゃん、あんた、熱があるよ」
 慌てたような声に、あぁ、だから、こんなに頭がふわふわするのか…と、何処か冷静な頭の一部で思う。
 やらねばならぬ公務もなく、少しでも異変を感じれば、一日中、ベッドの住人でいても良かったシャーロットは、十年以上、発熱した事がなかった。
 慣れない環境、心的負荷の掛かる状況に、とうとう、体が耐えかねたのだと思われる。
 もしくは、昼間に飲まされたと思しい薬の副作用か。
 人族用ならまだしも、獣人族用ならば、どのような作用を齎すか判らない。
 だが、そんな事など知る由もない通りすがりの人物――声は、壮年の女性に聞こえる――には、道に行き倒れているように見えるだろう事も、シャーロットは理解していた。
「…ぃ、…ぶ」
「え?」
「だ…ょうぶ、です、から…」
 何とか、大丈夫、と、声を絞り出すと、シャーロットを案じていた声に、憤りの色が滲む。
「何言ってんだい!全然大丈夫じゃないよ!あぁもう、判ったから寝てな!」
 ふわり。
 高熱によるものとは異なる浮遊感に抱かれ、シャーロットの意識は、再び、暗闇に塗り潰されていった。



 ウトウトしては、時折ぼんやりと覚醒する。
 何か味のする液体を口に流し込まれ、噎せながら嚥下する。
 そんな生活を、何日続けただろうか。
 シャーロットは、噎せ返るような濃い緑の気配に、意識を取り戻した。
 重い瞼をゆっくりと開けると、見知らぬベッドに横になっている事に気が付く。
 洗濯を重ねて薄くなっているものの、清潔な白いシーツとガーゼのブランケット。
 ブランケットの隙間から覗く手は、ハンスの食事で少し肉がついて来ていた筈なのに、また、骨に皮が貼りついているかのような細さに戻ってしまっている。
 シャーロットは、頭を動かさないまま、視線だけで周囲を確認した。
 シャーロットがいるのは、丸太を組んで建てられた建物の中らしい。
 天井も壁も、丁寧に皮を剥かれた丸太を組み上げてあるようだ。
 窓には白いレースのカーテンが掛けられ、窓辺にシャーロットの知らない赤い花を飾った一輪挿しが置いてある。
「ここは…」
 記憶が、飛んでいる。
 カティア達とピクニックに行った先で、恐らく睡眠薬を盛られ、アテムとの隧道の前で放置された。
 何とか領主館に戻ろうと、街道沿いを歩いている途中で…。
「おや、目が覚めたのかい」
 聞き覚えのある声に、シャーロットは声の主に目を遣った。
 壮年の女性、と思ったのは間違いではなかったようで、五十になるかならないかの年齢に見える女性が、コップを乗せたトレイを持って立っている。
 白髪交じりの髪をうなじで丸め、スカーフで縛っている女性の頭には、大きな円状の灰色の耳が生えていた。
「あの…体調を崩した所をお世話になったようで…有難うございます、助かりました」
 思ったよりもしっかりとしたシャーロットの挨拶に驚いたのか、女性は目を軽く見張った。
「いいんだよ、あたしは薬師だからね、体調悪いもんは皆、お客だから」
 くすし。
 聞き慣れない言葉に、一瞬、変換に戸惑い、薬を作る仕事か、と思い出す。
「大変、心苦しいのですが…現金の手持ちがなくて」
 申し訳ないと同時に情けなくて、シャーロットが眉を顰めると、女性は慌てたように手を振った。
「あぁ、ごめんよ、誤解させたね。何、元気になったら、ちょっと手伝ってくれればいいさ。あんたみたいな子供から金を取る程、困っちゃいないからね」
 自分の外見が子供に見えるのは判るが、成人して三年経つのに未成年扱いされるのは、やはり、人生経験が浅い事によるのだろう。
「お世話になっておきながら、自己紹介が遅くなりまして申し訳ありません。シャーロット・エイディアと申します」
 ベッドから上半身を起こして、シャーロットは可能な限り、丁寧に頭を下げる。
 対する女性は面食らうでもなく、頷いた。
「ご丁寧な挨拶をどうもね。あたしは、鼠族のマチルダだ」
 マチルダはそう言うと、手にしていたコップをシャーロットに差し出した。
「熱は下がったみたいだけど、まだ体調は万全じゃない筈だよ。これは、あたしが煎じた薬さ。飲んでおきな」
「…有難うございます」
 コップを受け取り、水のように透明でありながら、何処かとろみのある液体を口にする。
 甘味の底に苦味が残っているが、決して飲みにくいものではない。
 こくこくと喉を鳴らして飲み干して、体が乾いている事に気が付いた。
「…一人で旅をするんなら、も少し、警戒心ってもんをお持ちよ、とも思うんだけどねぇ…どうして、あんな所に一人でいたのか、聞いてもいいかい?」
「はい…」
 マチルダとは、実質、初めて言葉を交わすわけだが、高熱で倒れたシャーロットを親身になって世話してくれたのだ。
 害意があるとは思えず、シャーロットは口を開く。
「私は…王都で暮らしていたのですが、そこでお世話になっていた方のご縁で、ノーハンの方に嫁ぐ事になりました。無事にノーハンまで到着し、婚約者様のご自宅に伺ったのですが、婚約者様は…その、現在、カーシャに行ってらして。私達の婚約について、ご家族に報告する暇もなく出立されたようで、ご家族は、突然、訪問した私の事をお疑いに…」
 あぁ、と、マチルダが頷いた。
 今となればシャーロットも、「人族と獣人族の縁談」が、どれだけ獣人族の目に奇異に映るのかが判る。
「つまり?婚約者の家族は、人族の娘が婚約者だなんて、嘘八百言うんじゃない、って追い出した、と」
「おおむね、そのようなものです…」
 領主館の使用人全員が、シャーロットの事を疎んじていたとは思っていないが、それは、一部の使用人にしか、婚約の件が漏れていなかったからなのだろう、と思う。
 シャーロットが屋敷から追い出されて、少なくとも一晩以上経っている。
 まだ、領主館の捜索の手がシャーロットに届いていないと言う事は、カティア達が上手く言い訳をして事件性なしと判断されたからか、くれぐれも丁重にもてなすよう言われていたヘンリクもまた、シャーロットの不在を是としているからか。
「恋愛結婚…ってわけじゃあなさそうだね」
 ちら、とシャーロットを見て、そう言うのは、シャーロットが子供に見えるからだろう。
「仰る通り、恋愛結婚とは言えません。ですが、誠実に、お話を進めて頂いたと思っています。カーシャから必ず無事に戻るから、ノーハンで帰りを待っていて欲しい、と仰って下さいましたし」
 両手を腰に当てて、ふん、と、マチルダは鼻を鳴らした。
「でも、相手の家族はその言葉を信じてくれなかった」
「はい…」
「全く。信じないだけならまだしも、こんな子供を追い出すなんて、いい大人のする事じゃないよ。名前を教えてくれりゃ、直ぐに乗り込んでやるよ?」
 目を怒らせるマチルダに、シャーロットは苦笑する。
「お気持ちはとっても有難いです。ですが…婚約者様にご迷惑をお掛けしない為にも、お名前はご容赦を」
 やんわりと断るシャーロットに、マチルダは、へぇ、と言った。
「恋愛結婚でもないのに、婚約者を守るのかい?あんたは、追い出されたせいで、死に掛けたんだよ?もしも、あたしが偶然、あの道を通らなかったら、脅しじゃなく、そうなってたんだ」
そう言うと、マチルダは、シャーロットをどうやって見つけたか、話し出した。
「あの晩は、妙に精霊がざわついていてね。そんな日は、薬効成分の強い薬草が、手に入る事が多いのさ。だから、真夜中だってのに、あたしは、薬草摘みに出た。そしたら…道に倒れてるあんたを見つけた。然程、月の光は強くなかったが、あんたの周りだけ…妙に明るくてね、目についたのさ」
 精霊が、シャーロットを守ってくれていたのだろうか、と、シャーロットはぼんやりと思う。
「驚いて声を掛けたら、高熱が出てるのに、大丈夫、だなんて言うから、思わず連れ帰っちまったけど…いやぁ、そんな事情なら、やっぱりあたしが連れて来て正解だったね」
 家出娘なら、家族が見つける可能性もあったんだけど、と付け加えられて、シャーロットは、やはり、領主館は捜索していないのか、と落胆した。
 シャーロットなりに、領主館の使用人達と距離を詰めて来たつもりだった。
 カティア達がどう言い訳したとしても、一人位は、何かおかしい、シャーロットの話を聞いて事実確認すべきだ、と考えてくれないかと、期待していた。
「あんたがうちに来て、今日で五日だ。随分と、体が参っていたんだねぇ」
 シャーロットは、俯く。
 五日…そんなにも、長く。
「あの。カーシャからは、まだ皆さん、お戻りにならないのでしょうか…」
「あぁ…うちは、あたしの職業柄もあって、鼠族の集落に住んでるわけじゃなくてね。あんたが起きれるようになったら、家の周りを見てみりゃいいけど、ぽつんと一軒だけで住んでるんだ。だから、どうしても情報は遅れがちではあるんだが…カーシャから領兵が戻ったって話は聞かないねぇ」 
 やはり、と頷く。
 もしも。
 ヴィンセントがカーシャから戻っているのだとしたら、シャーロットを探していないわけがない。
 まだ、彼が帰宅出来ていないのならば、迎えがないのは当然の事だ。
 だから、自分はまだ、ノーハンで彼の帰りを待っていていいのだ。
 例え、領主館の使用人達がどんな理由を述べようと、きっと彼は、シャーロットの言葉を聞いてくれる。
 根拠など、ない。
 ただそう、信じている。
「そう、なのですね…」
「婚約者が、心配かい?」
「はい…とても、お強いと伺ってはいますが…怪我は誰でもするものでしょうし」
「…迎えに来ると、信じてるんだね」
「はい。そう、仰いましたから」
 きっとマチルダには、シャーロットの言葉は、世間知らず故の幼い信頼に見えているだろう、と判っていながら、シャーロットは頷いた。
 長い年月を掛けて築かれたカーラへの信頼とは異なる、ヴィンセントへの絶対的な信頼を、どう説明すればいいものか、シャーロットにも判らないからだ。
「…そうかい」
 マチルダは、気遣わし気な視線でシャーロットを見たが、一転して、表情を明るくした。
「ま、何はともあれ、意識を取り戻して良かったよ。あれだけの高熱で寝込めば、誰だって体力がなくなるもんだし、数日はしっかり療養するといい。なぁに、心配しなさんな、元気になったら、使った分の薬草摘みを手伝って貰うからね」
「!はい」
 シャーロットに気を遣わせまいとするマチルダの言葉に、有難く頷く。
 取り敢えず、横になっときな、と言われて、シャーロットがベッドに体を沈めた時。
「ばぁちゃん、ただいま!」
 玄関から呼び掛けているのだろうか。
 大きな声に、シャーロットはびくりと肩を竦めた。
「あぁ、そうか。今日で学校はしまいかね」
 マチルダは、独り言のように呟くと、申し訳なさそうにシャーロットの顔を見る。
「すまないね、うるさくて。うちのバカ孫が帰って来たみたいだ」
「お孫さんと、暮らしてらっしゃるのですか?」
「いや、今日で春季の学校がしまいなんだよ。うちは集落から離れてるから、学校がある間は、あたしの妹の家に居候してるんだが、休みになると帰ってくるんだ」
 学校。
 シャーロットにとっては、それも名前のみで、実態のよく判らない場所だ。
「ばぁちゃん?いねぇのか?」
 マチルダを呼ぶ声が、次第に近づいて来て、シャーロットは思わず、ブランケットに身を潜める。
「ばぁちゃん!ぶっ倒れてんのか?!」
「何だい、うるさいね。そんなに何度もバカでっかい声で呼ばなくても聞こえるよ。人を年寄り扱いするんじゃないよ」
「ばぁちゃん…」
 ホッとしたように肩の力を抜いたのは、黒い癖毛によく日焼けした肌を持つ長身の少年だった。
 随分と体格がいいのに「少年」だと思ったのは、彼の頬にまだ柔らかさがあり、長い手足を持て余した様子が、成長の途上故に見えるからだ。
 黒髪に紛れるように、黒い小さな円状の耳が生えている。
 太く凛々しい眉に、榛色の瞳、高い鼻梁、少し厚めの唇。
 粗野な口調ながら、その容姿は何処か品がある。
 彼は、マチルダを見た後、ベッドに横になるシャーロットに気づいて、目を見開いた。
「人間…?!」
「は…初めまして…」
 シャーロットも、気づいている。
 獣人族は、「人族」と「人間」と言う言葉を使い分けている。
 人族と言う言葉は、種族に対して使うもの。
 人間と言う言葉は、人族を蔑んで使うもの。
 無意識にしろ、彼は人族に好意を持っていないのだ。
「え…あれ…ばぁちゃん、何で…」
「何でも何もないよ。道のど真ん中で高熱出して引っ繰り返ってたら、誰だって連れて帰るだろ?寝覚めが悪いのは、やだからね」
 気まずそうなマチルダと、彼女を気遣うような少年に、シャーロットは、人族に忌避感があるのは、マチルダの方なのだと理解する。
 彼女は、人族に好意的ではないのに、シャーロットを助けてくれたと言う事だろう。
「ほら、挨拶しな。お前の声がでっかいせいで、怖がってるだろ」
「え、あ、ごめん。俺は、熊族のウィルヘルムだ」
 マチルダに促されるまま、ウィルヘルムは戸惑うように、シャーロットの顔を見る。
「シャーロット・エイディアと申します。マチルダさんには、行き倒れている所を助けて頂きました」
 シャーロットが、体を起こして頭を下げると、その体の薄さと細さを見て、ウィルヘルムは眉を顰めた。
「…何で、あんたみたいな子供が、一人でノーハンにいるんだ…?」
「それは…」
 どう説明すべきか戸惑うと、マチルダが代わってくれる。
「この子の婚約者が、ノーハンにいるんだとさ。王都から会いに来たのに、相手が領兵でカーシャに行ってるもんだから、会えなかったらしい」
「領兵?!」
 ウィルヘルムの瞳が輝いた。
「本当か!」
 ウィルヘルムの警戒心が解かれた様子を見て、マチルダはシャーロットが飲み終えたコップを手に、掛けていた椅子から腰を上げる。
「あたしは、幾つか薬を作ってくるから、ウィル、あんた、この子の話し相手をしてやんな。疲れたら、遠慮せずに寝るんだよ?」
 最後の言葉はシャーロットに向けて、マチルダが部屋を去ると、ウィルヘルムは、先程までマチルダが座っていた椅子に腰掛けて、ずい、とシャーロットに身を乗り出した。
「領兵って言ったら、エリートじゃねぇか。すげぇな、あんたの婚約者」
「…そう、なのですか?」
「そうだよ!獣人族は誰でも、人族より体力も筋力も上だけどさ、別に戦闘力が凄いってわけじゃない。その中で領兵は、訓練された戦闘のプロなんだ。領兵になるのは、獣人族の男にとっちゃ、夢なんだぜ」
「ウィルヘルムさんも、領兵になりたいのですか?」
「ウィルでいいよ。ウィルヘルム、って何か大層な名前だろ。そうだな、俺も成人したら、領兵になりたい。ノーハンを守ってる、って、実感出来るだろ」
 特に、ナランとの諍いが頻繁に起こっているからこそ、軍事力に憧れるのだろう、と、シャーロットは思う。
「中でも、領主様の近習は超強いんだぜ。特に、狼族のロビンさんと、河馬族のジェラルドさん!」
「!」
 知っている名を聞いて、シャーロットの喉から思わず声が漏れた。
 だが、興奮しているウィルヘルムは気づかず、話を進める。
「まぁ、結局、領主様が一番強いんだけどさ。…今度会ったら、手合わせしてくんねぇかなぁ」
 領主様、とは、勿論、ヴィンセントの事だ。
 ヴィンセントはやはり、強いのだ、と、シャーロットは安心する。
 戦場を知らないシャーロットの素人考えだが、強ければ、怪我をする恐れも少ないのではないか。
「あんたの婚約者って人は、領兵の中で何をしてるんだ?」
 問われても、お話に上がった領主様です、と答えるわけにはいかない。
「あの…領兵としてお勤めとしか、知らなくて…」
「あ~、まぁ、そんなもんかもな。でも、婚約者に会いに来たのに、何でばぁちゃんちにいるんだ?」
「そう、ですね…」
 シャーロットは逡巡した後、マチルダにしたのと同じ話をする。
「私は、王都に住んでいました。両親が亡くなってからお世話になっていた方がいるのですが、その方を通じて引き合わされたのが、婚約者様です。一緒にノーハンに来る事になったものの、彼は道中でカーシャに呼び出されて、別行動を取る事になりました。どうにか、ノーハンのご自宅を訪問する事が出来たのですが、婚約者様は、王都で私と婚約を交わした後、ご自宅にお戻りになっていないので、ご家族の皆様は、突然、婚約者を名乗って現れた私の言葉をお疑いになって…滞在を許可して頂けなかったのです。王都に戻る当てもないですし、何よりも、婚約者様がノーハンで待っていて欲しい、と仰ったので、今後の身の振り方をどうすべきかと考えていた時に、疲れからか倒れてしまって。そこを、マチルダさんに保護して頂いたのです」
 最初はポカンとしていたウィルヘルムの眉間に、次第に深い溝が刻まれていく。
「何だそれ」
「あの、ノーハンに来るまで、獣人族と人族の結婚がどう思われているかも知らなくて」
「そうじゃなくてさ。嫁さんにするってんなら、ちゃんと守ってやんなきゃダメだろ?領兵だって言うから憧れたのに、何かガッカリだ」
「いいえ、婚約者様は、ご家族が私を受け入れるのは容易ではない、と仰いました。ただ、私がそれを実感出来ていなかったのです」
 もどかし気に、ウィルヘルムはガシガシと頭を掻くと、
「そういうんじゃなくて!」
と、声を大きくした。
「…俺さ。人族をちゃんと見るのは、あんたが初めてだ。で、驚いたんだけど…人族って皆、こんなに弱くて脆いのか?俺がちょっと力入れたら、あんたの腕なんて、ポキッと折れちまうじゃねぇか。そんな弱い人族を嫁さんにするんなら、仕事よりも、嫁さん守るのを優先にしないとダメだろ?それが男なんじゃねぇの?」
 真剣なウィルヘルムの言葉に、シャーロットは微笑む。
「ウィルさんは優しいのですね。でも…私も、多少なりとも、カーシャの状況は伺っています。私はマハトの民ですから、ナランに国境を侵されるのは怖いです。侵攻を食い止める為に、カーシャに向かわれた婚約者様の事を、誇りに思っています。カーシャを守る事は、ひいては私の身を守って下さっているのと同じですから」
 きっぱりとしたシャーロットの言葉に、ウィルヘルムは戸惑うような顔をした。
「あんたが、それでいいならいいんだけどさ…」
「実際には、体調を崩してマチルダさんのお世話になっているわけですから、婚約者様に再会したら、文句の一つも言わないといけないですけれどね」
 冗談めいた口調でシャーロットがそう付け加えると、ウィルヘルムの顔にも笑みが浮かぶ。
「そうだよ、言ってやんなよ。何なら、俺も加勢してやるからさ」
 一頻り、二人で笑い合った後、ふぅ、と溜息を吐くシャーロットを見て、ウィルヘルムは腰を上げた。
「長居しちまったな、すまねぇ。まだ、体調は完全じゃないんだろ。休んでくれよ。俺は、ばぁちゃんの手伝いしてくるからさ」
「はい…では、少し失礼します」
 シャーロットがブランケットに潜り込むと、静かにドアを閉める音と同時に、
「…おやすみ」
と、ウィルヘルムの小さな声がする。
 ノーハンでの道中、ヴィンセントと交わしていた就寝の挨拶を思い出して、シャーロットの目尻にうっすらと涙が浮かんだ。
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