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私は、姿勢を正して真っ直ぐアラベラ様を見つめた。
「アルフォンス様が、これまで頑張っていらした理由を話してくださいました」
「っそれは、」
アラベラ様は、ハッと息を飲んで、思わずと言った様子でユリシーズ様の手を握った。
信頼していらっしゃるのだな、と何処か羨ましくなりながら、言葉を続ける。
「アルフォンス様は、エメライン先王妃殿下に『王子らしくない』と言われないように、努めていらしたそうです。ご両親に甘える事、相談する事は『王子らしくない』、臣下の前で感情を見せる事は『王子らしくない』。常に、それこそ、ご家族の前でも『王子らしく』振る舞わねば、お母上の評判に傷をつける、ご両親に疎まれる、と言い聞かせられていたそうです。だからこそ、完璧な王子になるべく、努力を重ねられていた、と」
アラベラ様の顔が強張り、美しい目が吊り上がっていく。
「…他にもあるのかしら?」
「先王妃殿下は、ハーヴェイ殿下がご存命であれば、歴史に残る賢王になった、ハーヴェイ殿下に王子殿下がおありならば、素晴らしい王子になった、と、アルフォンス様に伝えていらしたそうです。その代わりにならねばならないのだから、完璧な王子にならなくては、と仰いました」
「…あのくそばばぁ…」
…ん?まさか、今の声ってアラベラ様…じゃないよね?
うっかり、私の心の声が出ちゃった…?
恐る恐る目を遣ると、アラベラ様にぎゅうぎゅう手を握られているユリシーズ様が、小声で、
「ちょっと力抜こうか?うん、判ってる、腹立つよね、でも、痛い」
と宥めているのが見えた。
「…みっともない話を聞かせてしまったわね、ミカエラさん…でも、アルフォンスは、わたくしには決して、この話をしてくれなかったでしょう。あの子は、わたくしと母の不仲に心を痛めているから…。ユージェニーは、女の子だからか達観するのが早くて、母の事は諦めてくれているのだけれど…アルフォンスは、まだ、期待しているのよね…。そう、だからなの…だから、あの子は王城に来てから、わたくしに抱き締めさせてもくれない、頬にキスもしてくれない、何でもない、って微笑んで拒絶するようになったの…。全ては、わたくしを母に認めさせる為に…」
アラベラ様は溜息を吐くと、ユリシーズ様を見て、
「話してもいいわよね?」
と言った。
「あぁ。勿論。ミカエラちゃんを守る為にも、大切な話だ」
アラベラ様は頷いて、一つ大きく息を吸い込む。
「ミカエラさんには、母とわたくしの間が上手く行っていなかった、と話したと思うのだけれど、現実は、そんな言葉では到底足りないものだったわ。母はね、わたくしを憎んでいたの。そして、ハーヴェイだけを溺愛していた。だからこそ、国外からも著名なお医者様を呼び寄せて、あの子の体を診て頂いていたし、生活の全てをあの子に捧げていた。でもね、ハーヴェイの意思を尊重していたわけじゃないの。…そうね、あの子の事を、本当に愛していたのかどうかも、わたくしにはよく判らないわ。母は、ハーヴェイがどれ程、王位継承権の返上を望んでも、それを認めなかった。王子の立場にいる子供だからこそ、ハーヴェイを愛していたのよ」
「…え?」
マスカネル王家唯一の王子でありながら、王位継承権を返上しようとするとは、生半可な覚悟ではないだろう。
それ程に、ハーヴェイ殿下のお体は、限界だったと言うのか。
「ハーヴェイは、優しい子だった。そう、体が健康であれば、本当に賢王になったかもしれない。けれど、半日も体を起こしていたら熱を出すから、勉強も儘ならなかったし、剣術や体術なんてもっての外。妃だったカタリナとも、どれ位、交流があったのか。あの子は、王太子ひいては国王の役割をよく理解していたから、自分には務めを果たす事が出来ない、と何度も母に訴えたけれど、母はそれを黙殺したの。公表はされていないけれど、ハーヴェイはね、最後の二年は、ベッドから起き上がる事すら儘ならなかったのよ。それなのに」
それは、国を次世代に引き継がなくてはならない王妃としての意思だったのだろうか。
だが、自分の体では果たせないと思っている役割を求められ続けたハーヴェイ殿下のお気持ちを思うと、何ともやるせないものがある。
「コーネリアス先王陛下は、その事について…?」
「父親として、息子を不憫に思う気持ちはあったでしょうね。王子の役目を果たせないとなれば、あの子の居場所がないのだから。でも、国を率いる立場として、ハーヴェイには王太子の荷が重すぎる事も理解していたから、何とか母を説得しようとしてはいたわ。けれど、母だけではなくメディセ公爵家の大反対にあって、危うく国が二分しそうになって、結局は、『時間に解決を任せる』消極的対応になってしまった」
メディセ公爵家は、ノーレイン公爵家が興るまでの長い間、筆頭公爵家として国を支えて来た由緒ある一族だ。
家門も多く、彼等が一斉に反旗を翻す事になったら、確かに国は分断されてしまうだろう。
ましてや、ボーディアンとの国境を巡る争いがあった中だ。
国内での不穏要素は可能な限り、排除したい筈だ。
「マスカネル王国の事を第一に考えていたのであれば、起きなかった問題でしょう。でも、母は王妃でありながら、メディセ公爵家の娘である事こそが第一義の人だった。ハーヴェイの妃に、カタリナを選んだのも同じ理由。いいえ、メディセ公爵家自体が、そう言う考えなのよ。彼等は、自分達こそ、マスカネルの真の支配者だと思っているの。近衛騎士団長も、メディセの傍系でね。彼の主は王ではなくメディセ公爵なものだから、ユリシーズの指示を聞かずに警備に穴を作って…事前に気づいた事で大事には至らなかったけれど、とんでもない背任行為だわ」
「そんな…」
王政を支える第一の臣と言う意識は、いつから失われてしまったのだろう。
彼等の家の興りもまた、王族からなのに。
「メディセ家は、血統に拘っているせいで、王族との結婚を繰り返している。そのせいで、血が濃くなり過ぎて、なかなか子を授からないし、生まれても弱い子が多いの。それに気づいていないと思えないのだけれど、母達は一門での婚姻と王家との繋がりに拘泥しているのよ。己の血に誇りを持ち、中央で政治により国を支えている自負のあるメディセ家にとって、北方でボーディアンの侵略から武力により国を守るキャンビル家は、田舎者の蛮族扱い。だから、キャンビル家の血を引くユリシーズと結婚したわたくしは出来損ないだし、ユリシーズの即位に、表向きはともかく、内心では大反対しているの」
全ての点が、繋がった気がした。
歴史学のスロース教授は、メディセ家がマスカネル王国の歴史において果たして来た役割を、そこまで念入りに教えなくても、と言う位に何度も繰り返し授業していた。
確かに歴史ある大きな家門だから、歴史のどの地点を切り取っても、名が挙がる家ではある。
それを踏まえても、刷り込むようにメディセ家の重要性を語っているな、と思ったら、そう言う事だったのか。
政治学のカンティーナ教授もそうだ。
メディセ公爵も、その家門の各家の当主も、マスカネル王宮の中枢で実権を握る立場だ。
だからこそ、彼等の名や功績が挙がるのは理解出来るのだけれど、他にも重要な家――それこそ、国防に重要なキャンビル辺境伯家もあるのに、さらっと触れただけなのは、つまり、そう言う事だ。
スロース教授もカンティーナ教授も、身元と言う点では、これ以上ない位に明らかな人達だ。
けれど、彼等の主義主張が何処に立つかで、アルフォンス様に与えられる教育は全く変わって来る。
「…私の言葉でお話していいんですよね?」
念の為、ユリシーズ様に確認すると、鷹揚に頷いてくださる。
ならば、言わせて貰おうじゃないか。
「何ですか、王妃の冠を戴いていたにも関わらず、先王妃殿下は、マスカネルを滅ぼすおつもりなんですか?そもそも、何でそんな王妃の資質に欠けた人が王室に入ったんですか!」
「その通りだ」
次第に激昂する私の言葉を、ユリシーズ様は、静かに受け止めた。
「私達の誰も生まれていない時代の事だから、伝聞だけどね。メディセ家は一門の総力を挙げて、伯父上の婚約者候補になりそうなご令嬢達に圧力を掛けたらしいよ。残念ながら、当時、メディセ家の勢いに対抗出来る家はなかった。年回りのいい公爵令嬢がいるのだから、王太子の婚約者に決まるのは当然、と言う筋道を作ったのさ。正に、絵に描いたような政略結婚だけれど、王家側から拒否する事は出来なかった。それこそ、メディセ家の反乱を防ぐ為に」
「そんな…それでは、主従が逆転しています」
「あぁ、そうだ。だからこそ、私達はこの歪なバランスを正そうと考えている」
ユリシーズ様は、そう言うと、アラベラ様の顔を見て頷いた。
「既に、アルフォンスの婚約者候補として、メディセ一門のご令嬢が数人、挙げられている。だが、アルフォンスが、己の目で相手の資質を見極められる年齢になるまで、誰とも婚約は結ばない。ただ、婚約を結ぶ時期について言及してしまうと、それこそメディセ一門が手を回して、自分達以外の家のご令嬢達の縁談を取り持ってしまうからね。表向きは、婚約者候補を検討中、とのらりくらりと時間をやり過ごすつもりだ。単純なパワーバランスの点だけで言うと、あの一門からは選ばないで欲しいが、それこそ政治的判断になってしまうから、難しいね」
一つ、溜息を吐いて言葉を継ぐ。
「政略結婚か恋愛結婚か、が重要なんじゃない。大切なのは、その後の向き合い方だ。あの子には、言葉を交わし、相手の気持ちを聞き、互いの考えを擦り合わせたいと思えるお相手を見つけて欲しいんだよ」
アラベラ様が頷いて、私の顔を見た。
「これまでのアルフォンスならば、『王太子の配偶者として、政治的に相応しい相手』と言う目でしか、お相手を見る事が出来なかったでしょうね。でも、ミカエラさんのお陰で、あの子は、本当に見なければいけないものに目を向けて行く事が出来るでしょう。メディセ家にとって、それは『余計な事』。これから、貴方の存在感が増すにつれて、より一層、排除しようとする者、懐柔しようとする者が増加する事が懸念されるわ。勿論、わたくし達もミカエラさんの安全には厳重な注意を払うけれど、ミカエラさんご自身にも、くれぐれも気を付けて頂きたいの。一人で無理をせず、ダリウスやわたくし達を頼ってね」
ユリシーズ様達との面会後、私は王城での勤務に、ダリウス様は王宮内にある近衛騎士団の練兵場に向かう事になった。
応接間を出て、途中まで並んで歩く。
「帰りの馬車は、王城の馬車溜まりで待っている」
「はい、有難うございます」
「ミカエラ」
「はい」
足を止めたダリウス様に合わせて、私もまた、立ち止まった。
「アルフォンスを頼んだ」
言葉と共に、人差し指の背で、軽く頬を撫でられて瞠目する。
「承知、致し、ました」
閊えながらも、何とか定型文を絞り出した。
周辺には、贈り物らしき箱を抱えた侍女、忙しなく行き交う文官他、王城の使用人達がいた。
彼等は、何も見ていない振りをして、城内の出来事を全てを見ている。
この行動は、『ノーレイン家が後見についている、と言う事をこれみよがしに知らしめる』行為の一環だ、と判っていても、不意を突かれて頬が赤くなるのは避けられない。
ふ、とダリウス様は微笑むと、踵を返して去って行った。
「アルフォンス様が、これまで頑張っていらした理由を話してくださいました」
「っそれは、」
アラベラ様は、ハッと息を飲んで、思わずと言った様子でユリシーズ様の手を握った。
信頼していらっしゃるのだな、と何処か羨ましくなりながら、言葉を続ける。
「アルフォンス様は、エメライン先王妃殿下に『王子らしくない』と言われないように、努めていらしたそうです。ご両親に甘える事、相談する事は『王子らしくない』、臣下の前で感情を見せる事は『王子らしくない』。常に、それこそ、ご家族の前でも『王子らしく』振る舞わねば、お母上の評判に傷をつける、ご両親に疎まれる、と言い聞かせられていたそうです。だからこそ、完璧な王子になるべく、努力を重ねられていた、と」
アラベラ様の顔が強張り、美しい目が吊り上がっていく。
「…他にもあるのかしら?」
「先王妃殿下は、ハーヴェイ殿下がご存命であれば、歴史に残る賢王になった、ハーヴェイ殿下に王子殿下がおありならば、素晴らしい王子になった、と、アルフォンス様に伝えていらしたそうです。その代わりにならねばならないのだから、完璧な王子にならなくては、と仰いました」
「…あのくそばばぁ…」
…ん?まさか、今の声ってアラベラ様…じゃないよね?
うっかり、私の心の声が出ちゃった…?
恐る恐る目を遣ると、アラベラ様にぎゅうぎゅう手を握られているユリシーズ様が、小声で、
「ちょっと力抜こうか?うん、判ってる、腹立つよね、でも、痛い」
と宥めているのが見えた。
「…みっともない話を聞かせてしまったわね、ミカエラさん…でも、アルフォンスは、わたくしには決して、この話をしてくれなかったでしょう。あの子は、わたくしと母の不仲に心を痛めているから…。ユージェニーは、女の子だからか達観するのが早くて、母の事は諦めてくれているのだけれど…アルフォンスは、まだ、期待しているのよね…。そう、だからなの…だから、あの子は王城に来てから、わたくしに抱き締めさせてもくれない、頬にキスもしてくれない、何でもない、って微笑んで拒絶するようになったの…。全ては、わたくしを母に認めさせる為に…」
アラベラ様は溜息を吐くと、ユリシーズ様を見て、
「話してもいいわよね?」
と言った。
「あぁ。勿論。ミカエラちゃんを守る為にも、大切な話だ」
アラベラ様は頷いて、一つ大きく息を吸い込む。
「ミカエラさんには、母とわたくしの間が上手く行っていなかった、と話したと思うのだけれど、現実は、そんな言葉では到底足りないものだったわ。母はね、わたくしを憎んでいたの。そして、ハーヴェイだけを溺愛していた。だからこそ、国外からも著名なお医者様を呼び寄せて、あの子の体を診て頂いていたし、生活の全てをあの子に捧げていた。でもね、ハーヴェイの意思を尊重していたわけじゃないの。…そうね、あの子の事を、本当に愛していたのかどうかも、わたくしにはよく判らないわ。母は、ハーヴェイがどれ程、王位継承権の返上を望んでも、それを認めなかった。王子の立場にいる子供だからこそ、ハーヴェイを愛していたのよ」
「…え?」
マスカネル王家唯一の王子でありながら、王位継承権を返上しようとするとは、生半可な覚悟ではないだろう。
それ程に、ハーヴェイ殿下のお体は、限界だったと言うのか。
「ハーヴェイは、優しい子だった。そう、体が健康であれば、本当に賢王になったかもしれない。けれど、半日も体を起こしていたら熱を出すから、勉強も儘ならなかったし、剣術や体術なんてもっての外。妃だったカタリナとも、どれ位、交流があったのか。あの子は、王太子ひいては国王の役割をよく理解していたから、自分には務めを果たす事が出来ない、と何度も母に訴えたけれど、母はそれを黙殺したの。公表はされていないけれど、ハーヴェイはね、最後の二年は、ベッドから起き上がる事すら儘ならなかったのよ。それなのに」
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だが、自分の体では果たせないと思っている役割を求められ続けたハーヴェイ殿下のお気持ちを思うと、何ともやるせないものがある。
「コーネリアス先王陛下は、その事について…?」
「父親として、息子を不憫に思う気持ちはあったでしょうね。王子の役目を果たせないとなれば、あの子の居場所がないのだから。でも、国を率いる立場として、ハーヴェイには王太子の荷が重すぎる事も理解していたから、何とか母を説得しようとしてはいたわ。けれど、母だけではなくメディセ公爵家の大反対にあって、危うく国が二分しそうになって、結局は、『時間に解決を任せる』消極的対応になってしまった」
メディセ公爵家は、ノーレイン公爵家が興るまでの長い間、筆頭公爵家として国を支えて来た由緒ある一族だ。
家門も多く、彼等が一斉に反旗を翻す事になったら、確かに国は分断されてしまうだろう。
ましてや、ボーディアンとの国境を巡る争いがあった中だ。
国内での不穏要素は可能な限り、排除したい筈だ。
「マスカネル王国の事を第一に考えていたのであれば、起きなかった問題でしょう。でも、母は王妃でありながら、メディセ公爵家の娘である事こそが第一義の人だった。ハーヴェイの妃に、カタリナを選んだのも同じ理由。いいえ、メディセ公爵家自体が、そう言う考えなのよ。彼等は、自分達こそ、マスカネルの真の支配者だと思っているの。近衛騎士団長も、メディセの傍系でね。彼の主は王ではなくメディセ公爵なものだから、ユリシーズの指示を聞かずに警備に穴を作って…事前に気づいた事で大事には至らなかったけれど、とんでもない背任行為だわ」
「そんな…」
王政を支える第一の臣と言う意識は、いつから失われてしまったのだろう。
彼等の家の興りもまた、王族からなのに。
「メディセ家は、血統に拘っているせいで、王族との結婚を繰り返している。そのせいで、血が濃くなり過ぎて、なかなか子を授からないし、生まれても弱い子が多いの。それに気づいていないと思えないのだけれど、母達は一門での婚姻と王家との繋がりに拘泥しているのよ。己の血に誇りを持ち、中央で政治により国を支えている自負のあるメディセ家にとって、北方でボーディアンの侵略から武力により国を守るキャンビル家は、田舎者の蛮族扱い。だから、キャンビル家の血を引くユリシーズと結婚したわたくしは出来損ないだし、ユリシーズの即位に、表向きはともかく、内心では大反対しているの」
全ての点が、繋がった気がした。
歴史学のスロース教授は、メディセ家がマスカネル王国の歴史において果たして来た役割を、そこまで念入りに教えなくても、と言う位に何度も繰り返し授業していた。
確かに歴史ある大きな家門だから、歴史のどの地点を切り取っても、名が挙がる家ではある。
それを踏まえても、刷り込むようにメディセ家の重要性を語っているな、と思ったら、そう言う事だったのか。
政治学のカンティーナ教授もそうだ。
メディセ公爵も、その家門の各家の当主も、マスカネル王宮の中枢で実権を握る立場だ。
だからこそ、彼等の名や功績が挙がるのは理解出来るのだけれど、他にも重要な家――それこそ、国防に重要なキャンビル辺境伯家もあるのに、さらっと触れただけなのは、つまり、そう言う事だ。
スロース教授もカンティーナ教授も、身元と言う点では、これ以上ない位に明らかな人達だ。
けれど、彼等の主義主張が何処に立つかで、アルフォンス様に与えられる教育は全く変わって来る。
「…私の言葉でお話していいんですよね?」
念の為、ユリシーズ様に確認すると、鷹揚に頷いてくださる。
ならば、言わせて貰おうじゃないか。
「何ですか、王妃の冠を戴いていたにも関わらず、先王妃殿下は、マスカネルを滅ぼすおつもりなんですか?そもそも、何でそんな王妃の資質に欠けた人が王室に入ったんですか!」
「その通りだ」
次第に激昂する私の言葉を、ユリシーズ様は、静かに受け止めた。
「私達の誰も生まれていない時代の事だから、伝聞だけどね。メディセ家は一門の総力を挙げて、伯父上の婚約者候補になりそうなご令嬢達に圧力を掛けたらしいよ。残念ながら、当時、メディセ家の勢いに対抗出来る家はなかった。年回りのいい公爵令嬢がいるのだから、王太子の婚約者に決まるのは当然、と言う筋道を作ったのさ。正に、絵に描いたような政略結婚だけれど、王家側から拒否する事は出来なかった。それこそ、メディセ家の反乱を防ぐ為に」
「そんな…それでは、主従が逆転しています」
「あぁ、そうだ。だからこそ、私達はこの歪なバランスを正そうと考えている」
ユリシーズ様は、そう言うと、アラベラ様の顔を見て頷いた。
「既に、アルフォンスの婚約者候補として、メディセ一門のご令嬢が数人、挙げられている。だが、アルフォンスが、己の目で相手の資質を見極められる年齢になるまで、誰とも婚約は結ばない。ただ、婚約を結ぶ時期について言及してしまうと、それこそメディセ一門が手を回して、自分達以外の家のご令嬢達の縁談を取り持ってしまうからね。表向きは、婚約者候補を検討中、とのらりくらりと時間をやり過ごすつもりだ。単純なパワーバランスの点だけで言うと、あの一門からは選ばないで欲しいが、それこそ政治的判断になってしまうから、難しいね」
一つ、溜息を吐いて言葉を継ぐ。
「政略結婚か恋愛結婚か、が重要なんじゃない。大切なのは、その後の向き合い方だ。あの子には、言葉を交わし、相手の気持ちを聞き、互いの考えを擦り合わせたいと思えるお相手を見つけて欲しいんだよ」
アラベラ様が頷いて、私の顔を見た。
「これまでのアルフォンスならば、『王太子の配偶者として、政治的に相応しい相手』と言う目でしか、お相手を見る事が出来なかったでしょうね。でも、ミカエラさんのお陰で、あの子は、本当に見なければいけないものに目を向けて行く事が出来るでしょう。メディセ家にとって、それは『余計な事』。これから、貴方の存在感が増すにつれて、より一層、排除しようとする者、懐柔しようとする者が増加する事が懸念されるわ。勿論、わたくし達もミカエラさんの安全には厳重な注意を払うけれど、ミカエラさんご自身にも、くれぐれも気を付けて頂きたいの。一人で無理をせず、ダリウスやわたくし達を頼ってね」
ユリシーズ様達との面会後、私は王城での勤務に、ダリウス様は王宮内にある近衛騎士団の練兵場に向かう事になった。
応接間を出て、途中まで並んで歩く。
「帰りの馬車は、王城の馬車溜まりで待っている」
「はい、有難うございます」
「ミカエラ」
「はい」
足を止めたダリウス様に合わせて、私もまた、立ち止まった。
「アルフォンスを頼んだ」
言葉と共に、人差し指の背で、軽く頬を撫でられて瞠目する。
「承知、致し、ました」
閊えながらも、何とか定型文を絞り出した。
周辺には、贈り物らしき箱を抱えた侍女、忙しなく行き交う文官他、王城の使用人達がいた。
彼等は、何も見ていない振りをして、城内の出来事を全てを見ている。
この行動は、『ノーレイン家が後見についている、と言う事をこれみよがしに知らしめる』行為の一環だ、と判っていても、不意を突かれて頬が赤くなるのは避けられない。
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