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<エピローグ>
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婚姻が成立してから、エディスは正式に東域騎士団から西域騎士団へと所属を変更した。
兵舎で暮らす事にジェレマイアが難色を示し(何しろ、兵舎には夫婦者の住まう部屋等ない)、ユーキタス本邸へと居を移している。
毎日、ポチで十分の兵営に通勤しているのだ。
王都のユーキタス邸で、夜会の度にエディスの世話をしてくれた侍女のサラとナナは、現在は本邸で、エディス付きとなっている。
同時に、騎士団の入団試験に合格すべく、エディスの指導を受けていた。
「素敵です…エディス様」
「本当に…お綺麗ですわ」
サラとナナに恍惚と褒められて、エディスは頬を染めた。
大分、ドレスを着て盛装する事に慣れたと思っていたけれど、今日は挙式当日。
今日のドレスは、これまで着たどれとも違う特別な物なのだから。
ケイトリンが張り切って見立てたエディスのドレスは、象牙色の、総レースのものだ。
白ドレスに良い思い出がないと知ったケイトリンは、落ち着いた温かみのある黄色がかった色を選んだ。
社交界デビューの時と同じく、デコルテをしっかりと出すドレスにエディスは気後れしたが、胸元を包み込み、お腹から太腿までの体のラインを露わにしたドレスは、エディス位、引き締まった体でなければ、着こなす事は難しい。
後ろにトレーンを長く引くものの、歩幅はいつもの半分以下しか取れない。
若いご令嬢の好むふんわりとしたドレスと真逆なデザインは、長身で、落ち着きのある年齢のエディスだから、似合うのだ。
サラ達の手入れでより艶が増した黒髪を高い位置で一つに結わうと、そこに、細かい刺繍を施したベールが被せられる。
ベールの刺繍は、エディス自身の手による。
挙式に関わる物は全て、騎士団の仕事で多忙な二人に代わり、ケイトリンが用意してくれたが、何か一つだけでも、と、エディス自身が望んで手掛けた物だった。
首元には、ジェレマイアに贈られた真珠の首飾り。
いつだったか、ジェレマイアの髪色は真珠のようだ、と言って以来、彼は真珠に拘っている。
勿論、留め具は彼の瞳と同じ、金だ。
コンコン
ノックに応えて、サラが扉を開くと、正装したジェレマイアが入室した。
「エディス…」
名を呼ぶなり言葉を失ったのは、覚悟していた以上にエディスのドレス姿に見惚れてしまったからだ。
初めて会った時から、エディスは特別な女性だった。
けれど、時間が経てば経つ程、想いがより深まっていく。
あれだけ、女性は煩わしいと思っていた筈なのに、エディスが愛おしくて仕方がない。
毎日、本邸から兵営まで通うのは時間が勿体ない、と主張するエディスを説き伏せたのは、幾ら隣室にジェレマイアがいたとしても、良からぬ事を考える輩が出て来ないとも限らない、と言う心配と共に、ジェレマイア自身が、傍にエディスがいたら、例え仕事場であっても手を出さない自信がなかったからだ。
誓約書の上で婚姻が成立しているにしても、万が一の事があってはドレスに困るから、式を挙げるまでは口づけすら禁止、と、母ケイトリンに厳しく言い渡されている。
柔らかな風貌でありながら、ケイトリンはティボルトよりもジェレマイアに厳しい。
「ジェレマイア…よくお似合いです」
特別な時にしか着ない白の礼装に、エディスが見惚れると、ジェレマイアが漸く、口を開いた。
「貴方こそ…母上の見立てを素直に称賛するのは少し悔しい気もするが、素晴らしい」
そのまま、差し伸べた手に、そっとエディスの手が重なる。
これから、公爵家の敷地にある小さな礼拝堂で、極身近な人々のみが参列する小さな式が執り行われる。
エディスの実家があるイエスタ領からウェルト領までは、馬車で二週間。
飛竜を騎獣に持つ父と兄弟は別として、彼等の配偶者達は往復するだけで一ヶ月掛かってしまうので、先日の、婚姻誓約書の署名に立ち会って貰った。
ラングリード家からは、代表して兄のアーサーが参列している。
参列したい兄弟達の仁義なき戦いの結果、容赦なく権利を奪い取ったと言うアーサーは、エディスが身支度を整えている間に、ジェレマイアに一つ、昔話をした。
「俺が、エディスの社交界デビューの夜会でエスコートを務めたのは、聞いているか?」
「えぇ、少しですが」
「あの日はな…父さんも俺達も、皆、浮かれてた。エディスが周囲からどんな目で見られるかなんて、想像もしてなかった。俺達にとって、エディスは母さん似で、家族思いで、綺麗な物が好きな、可愛い女の子だからな」
アーサーが、何処か遠くを見る目をした。
「だが、夜会での思い掛けない反応に、エディスはショックを受けてな。そのまま、気を失った。失神した振りの令嬢達とは違う。本当に倒れた。抱き上げて吃驚したよ。普段からエディスを抱える事はあったが、いつもの一・五倍はあっただろう。尋常じゃない重さのドレスを着ていたんだと、その時、初めて気が付いた。緊張と、ショックと、ドレスの重さと、色んな要素が重なって倒れたんだ。流石に周囲は気まずそうにしていたが、誰も謝罪はしなかった」
その時、その場にいられれば。
ジェレマイアは、唇を噛んだ。
エディスは、ジェレマイアの三つ上。
ジェレマイアが、エディスの社交界デビューに立ち会う事は、不可能だ。
それでも、そう思ってしまう。
もし、その場にいられれば、エディスを悲しませる事など、なかったのに。
「家に連れ帰って意識を取り戻してからも、取り乱して泣いていた。父さんも、後悔していた。何度、新しくドレスを仕立てよう、今度はこんな色はどうだ?と尋ねても、頑なに首を振るばかりでな。余程深く傷ついたのだろうに、一言も文句を言う事なく、己の内に溜め込んで…それでいながら、令嬢の義務を果たそうと、見合いに挑戦しては、また傷つくんだ」
アーサーが、口惜しそうに背を丸めた。
何分、巨体なので、それでも威圧感は全く減じない。
「最初のうちは、俺達も高を括っていた。俺とイネスの縁談が決まったんだから、あの子の相手が見つからないわけがない、ってな。なのに、全然、決まらない。あの子が心優しく傷つきやすい繊細な娘だと、俺達家族は知っている。けれど、周囲には伝わらなかった。それが、悔しくてな…少しでも、正しいエディスを知らせようと、皆が口々に褒めていたら、逆効果になって、更に縁遠くなってしまった」
伝わる深い後悔。
「だが、今となっては、それで良かったのだと思う」
「え?」
「ジェレマイア、お前にエディスを任せる事が出来るからな。一、二年前だったら、父さんも話を持っていく事はなかっただろう」
そう言われて、ジェレマイアは自身を省みた。
副団長に就任して、漸く一年。
それまでのジェレマイアは、少しでも力をつけるべく躍起になっていた、ただの青二才だ。
「そうですね…俺を選んでくれた事に、感謝します。そして、安心してエディスを任せて頂けるよう、精進します。勿論、エディスには、たくさん助けて貰うと思いますが」
何しろ、彼女に背中を任せたのだから。
騎士にとって、最も信頼を置ける者と言う証として。
「あとな。父さんがエディスにお前の名を教えなかったのには、父さんなりの理由がある」
「それは、」
「エディスは、自分よりも弱い相手を無意識に守ろうとする。見合い相手はいずれも、エディスよりも弱い男だった。エディスが相手と真剣に向き合おうとすればする程、その気迫に、相手は飲まれて負ける。最初のうちは父さんも、エディスよりも弱かろうが、大事にさえしてくれればいい、と思ってたんだがな。どんな男と引き合わせても、エディス自身に向き合おうとせず、任せられる奴がいない。結果として、無意味にあの子を傷つけただけだった。ところが、エディスより強い男なんて、そうそういやしないんだ。ましてや、独身はな」
アーサーは、小さく首を振った。
「今回、西域に来た事で、父さんはお前が成長した事を知った。今のお前なら、エディスと肩を並べて生きていける、と確信したんだ。だから、ティボルト団長に婚約を持ちかけた。…だが、エディスは、過去の経験から婚約破棄以外の選択肢を考えられなくなっていた。そのエディスに、先入観なしでお前と言う男を見せて、自分自身で選ばせたかったのさ」
すれ違っていた。
けれど、すれ違っていなかった。
互いの気持ちはずっと、互いに向いていた。
「エディスを、幸せにしてくれ。そして、お前も幸せになれ」
「はい」
アーサーとの会話を思い出しながら、エディスをエスコートすると、心の奥底から温かな気持ちが湧き上がった。
同じ目線で、共に生きる。
それは、簡単なようで難しい。
叶えられる相手と出会えた事に、感謝する。
「ここに、ジェレマイア・ユーキタスとエディス・ラングリードが婚姻を結んだ事を認めます」
ティボルト、ケイトリンのユーキタス公爵夫妻と、ラングリード家代表のアーサー、国王の代理人、そして、少数の親族と言う僅かな顔ぶれの前で、司祭が厳かに宣言した。
「誓いの口づけを」
互いに向き合うと、エディスがそっと膝を折って頭を垂れる。
見事な刺繍の施されたエディスのベールを、ジェレマイアは、かつて感じた事のない緊張と共に上げた。
エディスの緋色の瞳が潤んでいると思うのは、気のせいではない筈だ。
「愛してる、エディス」
ジェレマイアが、そう告げる。
「私も、あの、すき、です」
エディスもまた、詰まりながら、勇気を振るって小さく応えた。
後僅かで、唇が触れる、と言う時。
カンカンカン!
聞き馴染みのある警鐘が鳴る。
団長であるティボルトと、副団長であるジェレマイアの二人ともが兵営を離れており、団長代理として指揮する人物もいない為に、臨時で仕込んでおいた風魔法が作動したのだ。
「…行くぞ!」
「はい!」
ジェレマイアは一瞬、天を仰いだが、即座に騎士の顔となり、エディスに声を掛けた。
「待って!着替えの手伝いはさせて!破かないで!」
悲鳴を上げるケイトリンの言葉に従って、もどかしく騎士服に着替えると、颯爽と騎獣を引き出して跨る。
その間、五分。
ティボルトとアーサーもまた騎獣に跨るのを確認する事なく、空へ駆け出した。
「エディス!」
「はい!」
「続きは、後で、な」
ジェレマイアは、エディスの顔を見ずにそう言い放った。
その耳が、赤い。
「…はい」
照れくさそうに返すエディスに、ジェレマイアは笑みを深くする。
「背中は任せたぞ!」
「はい!」
貴方の隣に、必ず帰ろう。
貴方の背中は、私が守ろう。
――貴方と共に、生きていこう――。
END
兵舎で暮らす事にジェレマイアが難色を示し(何しろ、兵舎には夫婦者の住まう部屋等ない)、ユーキタス本邸へと居を移している。
毎日、ポチで十分の兵営に通勤しているのだ。
王都のユーキタス邸で、夜会の度にエディスの世話をしてくれた侍女のサラとナナは、現在は本邸で、エディス付きとなっている。
同時に、騎士団の入団試験に合格すべく、エディスの指導を受けていた。
「素敵です…エディス様」
「本当に…お綺麗ですわ」
サラとナナに恍惚と褒められて、エディスは頬を染めた。
大分、ドレスを着て盛装する事に慣れたと思っていたけれど、今日は挙式当日。
今日のドレスは、これまで着たどれとも違う特別な物なのだから。
ケイトリンが張り切って見立てたエディスのドレスは、象牙色の、総レースのものだ。
白ドレスに良い思い出がないと知ったケイトリンは、落ち着いた温かみのある黄色がかった色を選んだ。
社交界デビューの時と同じく、デコルテをしっかりと出すドレスにエディスは気後れしたが、胸元を包み込み、お腹から太腿までの体のラインを露わにしたドレスは、エディス位、引き締まった体でなければ、着こなす事は難しい。
後ろにトレーンを長く引くものの、歩幅はいつもの半分以下しか取れない。
若いご令嬢の好むふんわりとしたドレスと真逆なデザインは、長身で、落ち着きのある年齢のエディスだから、似合うのだ。
サラ達の手入れでより艶が増した黒髪を高い位置で一つに結わうと、そこに、細かい刺繍を施したベールが被せられる。
ベールの刺繍は、エディス自身の手による。
挙式に関わる物は全て、騎士団の仕事で多忙な二人に代わり、ケイトリンが用意してくれたが、何か一つだけでも、と、エディス自身が望んで手掛けた物だった。
首元には、ジェレマイアに贈られた真珠の首飾り。
いつだったか、ジェレマイアの髪色は真珠のようだ、と言って以来、彼は真珠に拘っている。
勿論、留め具は彼の瞳と同じ、金だ。
コンコン
ノックに応えて、サラが扉を開くと、正装したジェレマイアが入室した。
「エディス…」
名を呼ぶなり言葉を失ったのは、覚悟していた以上にエディスのドレス姿に見惚れてしまったからだ。
初めて会った時から、エディスは特別な女性だった。
けれど、時間が経てば経つ程、想いがより深まっていく。
あれだけ、女性は煩わしいと思っていた筈なのに、エディスが愛おしくて仕方がない。
毎日、本邸から兵営まで通うのは時間が勿体ない、と主張するエディスを説き伏せたのは、幾ら隣室にジェレマイアがいたとしても、良からぬ事を考える輩が出て来ないとも限らない、と言う心配と共に、ジェレマイア自身が、傍にエディスがいたら、例え仕事場であっても手を出さない自信がなかったからだ。
誓約書の上で婚姻が成立しているにしても、万が一の事があってはドレスに困るから、式を挙げるまでは口づけすら禁止、と、母ケイトリンに厳しく言い渡されている。
柔らかな風貌でありながら、ケイトリンはティボルトよりもジェレマイアに厳しい。
「ジェレマイア…よくお似合いです」
特別な時にしか着ない白の礼装に、エディスが見惚れると、ジェレマイアが漸く、口を開いた。
「貴方こそ…母上の見立てを素直に称賛するのは少し悔しい気もするが、素晴らしい」
そのまま、差し伸べた手に、そっとエディスの手が重なる。
これから、公爵家の敷地にある小さな礼拝堂で、極身近な人々のみが参列する小さな式が執り行われる。
エディスの実家があるイエスタ領からウェルト領までは、馬車で二週間。
飛竜を騎獣に持つ父と兄弟は別として、彼等の配偶者達は往復するだけで一ヶ月掛かってしまうので、先日の、婚姻誓約書の署名に立ち会って貰った。
ラングリード家からは、代表して兄のアーサーが参列している。
参列したい兄弟達の仁義なき戦いの結果、容赦なく権利を奪い取ったと言うアーサーは、エディスが身支度を整えている間に、ジェレマイアに一つ、昔話をした。
「俺が、エディスの社交界デビューの夜会でエスコートを務めたのは、聞いているか?」
「えぇ、少しですが」
「あの日はな…父さんも俺達も、皆、浮かれてた。エディスが周囲からどんな目で見られるかなんて、想像もしてなかった。俺達にとって、エディスは母さん似で、家族思いで、綺麗な物が好きな、可愛い女の子だからな」
アーサーが、何処か遠くを見る目をした。
「だが、夜会での思い掛けない反応に、エディスはショックを受けてな。そのまま、気を失った。失神した振りの令嬢達とは違う。本当に倒れた。抱き上げて吃驚したよ。普段からエディスを抱える事はあったが、いつもの一・五倍はあっただろう。尋常じゃない重さのドレスを着ていたんだと、その時、初めて気が付いた。緊張と、ショックと、ドレスの重さと、色んな要素が重なって倒れたんだ。流石に周囲は気まずそうにしていたが、誰も謝罪はしなかった」
その時、その場にいられれば。
ジェレマイアは、唇を噛んだ。
エディスは、ジェレマイアの三つ上。
ジェレマイアが、エディスの社交界デビューに立ち会う事は、不可能だ。
それでも、そう思ってしまう。
もし、その場にいられれば、エディスを悲しませる事など、なかったのに。
「家に連れ帰って意識を取り戻してからも、取り乱して泣いていた。父さんも、後悔していた。何度、新しくドレスを仕立てよう、今度はこんな色はどうだ?と尋ねても、頑なに首を振るばかりでな。余程深く傷ついたのだろうに、一言も文句を言う事なく、己の内に溜め込んで…それでいながら、令嬢の義務を果たそうと、見合いに挑戦しては、また傷つくんだ」
アーサーが、口惜しそうに背を丸めた。
何分、巨体なので、それでも威圧感は全く減じない。
「最初のうちは、俺達も高を括っていた。俺とイネスの縁談が決まったんだから、あの子の相手が見つからないわけがない、ってな。なのに、全然、決まらない。あの子が心優しく傷つきやすい繊細な娘だと、俺達家族は知っている。けれど、周囲には伝わらなかった。それが、悔しくてな…少しでも、正しいエディスを知らせようと、皆が口々に褒めていたら、逆効果になって、更に縁遠くなってしまった」
伝わる深い後悔。
「だが、今となっては、それで良かったのだと思う」
「え?」
「ジェレマイア、お前にエディスを任せる事が出来るからな。一、二年前だったら、父さんも話を持っていく事はなかっただろう」
そう言われて、ジェレマイアは自身を省みた。
副団長に就任して、漸く一年。
それまでのジェレマイアは、少しでも力をつけるべく躍起になっていた、ただの青二才だ。
「そうですね…俺を選んでくれた事に、感謝します。そして、安心してエディスを任せて頂けるよう、精進します。勿論、エディスには、たくさん助けて貰うと思いますが」
何しろ、彼女に背中を任せたのだから。
騎士にとって、最も信頼を置ける者と言う証として。
「あとな。父さんがエディスにお前の名を教えなかったのには、父さんなりの理由がある」
「それは、」
「エディスは、自分よりも弱い相手を無意識に守ろうとする。見合い相手はいずれも、エディスよりも弱い男だった。エディスが相手と真剣に向き合おうとすればする程、その気迫に、相手は飲まれて負ける。最初のうちは父さんも、エディスよりも弱かろうが、大事にさえしてくれればいい、と思ってたんだがな。どんな男と引き合わせても、エディス自身に向き合おうとせず、任せられる奴がいない。結果として、無意味にあの子を傷つけただけだった。ところが、エディスより強い男なんて、そうそういやしないんだ。ましてや、独身はな」
アーサーは、小さく首を振った。
「今回、西域に来た事で、父さんはお前が成長した事を知った。今のお前なら、エディスと肩を並べて生きていける、と確信したんだ。だから、ティボルト団長に婚約を持ちかけた。…だが、エディスは、過去の経験から婚約破棄以外の選択肢を考えられなくなっていた。そのエディスに、先入観なしでお前と言う男を見せて、自分自身で選ばせたかったのさ」
すれ違っていた。
けれど、すれ違っていなかった。
互いの気持ちはずっと、互いに向いていた。
「エディスを、幸せにしてくれ。そして、お前も幸せになれ」
「はい」
アーサーとの会話を思い出しながら、エディスをエスコートすると、心の奥底から温かな気持ちが湧き上がった。
同じ目線で、共に生きる。
それは、簡単なようで難しい。
叶えられる相手と出会えた事に、感謝する。
「ここに、ジェレマイア・ユーキタスとエディス・ラングリードが婚姻を結んだ事を認めます」
ティボルト、ケイトリンのユーキタス公爵夫妻と、ラングリード家代表のアーサー、国王の代理人、そして、少数の親族と言う僅かな顔ぶれの前で、司祭が厳かに宣言した。
「誓いの口づけを」
互いに向き合うと、エディスがそっと膝を折って頭を垂れる。
見事な刺繍の施されたエディスのベールを、ジェレマイアは、かつて感じた事のない緊張と共に上げた。
エディスの緋色の瞳が潤んでいると思うのは、気のせいではない筈だ。
「愛してる、エディス」
ジェレマイアが、そう告げる。
「私も、あの、すき、です」
エディスもまた、詰まりながら、勇気を振るって小さく応えた。
後僅かで、唇が触れる、と言う時。
カンカンカン!
聞き馴染みのある警鐘が鳴る。
団長であるティボルトと、副団長であるジェレマイアの二人ともが兵営を離れており、団長代理として指揮する人物もいない為に、臨時で仕込んでおいた風魔法が作動したのだ。
「…行くぞ!」
「はい!」
ジェレマイアは一瞬、天を仰いだが、即座に騎士の顔となり、エディスに声を掛けた。
「待って!着替えの手伝いはさせて!破かないで!」
悲鳴を上げるケイトリンの言葉に従って、もどかしく騎士服に着替えると、颯爽と騎獣を引き出して跨る。
その間、五分。
ティボルトとアーサーもまた騎獣に跨るのを確認する事なく、空へ駆け出した。
「エディス!」
「はい!」
「続きは、後で、な」
ジェレマイアは、エディスの顔を見ずにそう言い放った。
その耳が、赤い。
「…はい」
照れくさそうに返すエディスに、ジェレマイアは笑みを深くする。
「背中は任せたぞ!」
「はい!」
貴方の隣に、必ず帰ろう。
貴方の背中は、私が守ろう。
――貴方と共に、生きていこう――。
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