刀剣遊戯

飼育係

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1st game

P.M. 16:30

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 しかし小剣が、隆二の脳天を串刺しにすることはなかった。
 万力が如き力でギヨームの腕を押さえる者がいたからだ。


「……」


 それは女性を乗せた台車を運んできた黒服だった。

 ――仲間じゃないのか?
 終始無言でサングラスをかけているため感情が読みとれないが、どうやら非道を見かねて隆二を助けてくれたらしい。


「鎖に繋がれた飼い犬風情が。私の邪魔をするなよ」

 ギヨームが殺気の籠もった眼で睨みつけるが黒服は微動だにしない。返答代わりに掴んだ腕をさらに締め付ける。


「はーい終了。ルール違反につきそこまででーす」


 ちょうどその時、一触即発の空気を吹き飛ばすかのように底抜けに明るい声が聞こえてきた。その声に隆二は聞き覚えがある。


「はいはいはいはい、決闘だったら他の人と余所でやってねえ。ダメダメ、マジになっちゃ駄目ようギヨーム君。これはあくまで、お遊戯なんだから」


 腰まで伸ばした美しい黒髪が印象的な小柄な女性――神無月が満面の笑顔を浮かべて隆二の前に現れたのだ。


「それともギヨーム君は、私たち全員を敵に回してまで遊びたいのかなあ?」


 しかしその眼は決して笑ってはいない。
 無月の視線による恫喝に怯むように、ギヨームは血濡れの剣を手放した。


「本気なわけがない。訓練用の剣を使っている時点でそれはわかるだろう」


 遊びだよ、ただの遊び――その割には面白くなさげにギヨームは吐き捨てた。彼が剣を捨てると同時に黒服の男は掴んでいた腕を離す。


「怖い思いをさせちゃってごめんなさいね隆二。今すぐ縄を解いてあげるから」

「もう何がなにやら……俺にはさっぱりだ。なあ無月、知ってることがあれば教えてくれよ」

「んーそうねえ、一通り終わったからそろそろネタばらししちゃおうかしら。友重さぁーん!」


 無月に呼ばれると撮影用カメラを持った男と共に友重が牢の中に入ってくる。口元に子供っぽい無邪気な笑みを浮かべながら、その肩にはプラカードを担いでいた。
 プラカードには無月の筆跡でデカデカとこう書かれていた。
 ――『ドッキリ大成功』と。


「にゃきにゃきにゃーん! ドッキリだいせいこぉーっ!」


 一瞬、言葉の意味が分からず思考停止状態に陥った。


「私プロデュースの仰天サプライズ。なかなか刺激的だったでしょ?」

「は……」


 あっけにとられたまま隆二はその場で硬直する。
 しばらく茫然自失としていたものの、どうにか無月の言葉を理解した隆二は、


「はああああああああああああああああああああああああああああああ?」


 とりあえず騙された怒りを目の前の無月にぶつけることにした。


「俺を驚かせるためだけに、こんな監獄を用意したのか?」

「廃棄した刑務所をお父様に頼んで撤去せず残しておいただけよ。今回の件に限らず、使い所は色々とあるわ」

「俺、こんなところに縛りつけられて、実際に刺されたんだけど!」

「そ……それはごめんなさいねえ。絶対に隆二に怪我させちゃ駄目って念を押しておいたんだけど、あのアホ自分のこと、とってもお偉い貴族様だって思い込んでるから人の言うことを聞きゃしないのよ」

「てっきり夢だとばっかり思ってたけど、もしかしたら刃物販売店や鍛錬場での出来事も……」

「もちろんぜんぶ事実よ。その時もこのカメラとプラカードを使ったんだけどね」


 ――ぜんぶやらせだったのか。
 無月が殺した店員も、自分が殺したと思い込んでいた優太も、先ほど台車に縛りつけられていた女性も、すべてがドッキリのために事前に用意された役者だったという事実に隆二は愕然とする。


「いくらなんでもやりすぎだ」


 開いた口が塞がらないとはまさにこのことだ。確かに小学生の頃から血を忌避していた隆二にとって本物と偽物の血の区別などつくはずがない。騙そうと思えばいくらでも騙したい放題だろう。
 そのことを面白がってこのような企画を立案するのは無月らしいといえばらしいのだが、何事にも限度というものがある。


「……もういい。とりあえず縄を解いてくれ」

「あ~ん、そんなに落ち込まないで~っ! 私が悪かったからからさあ」


 怒り疲れてぐったりした隆二を慰めながら、無月はすぐに手足の戒めを解いた。


「ありがとう隆二、あなたのおかげで最高の誕生日になったわ」

「俺にとっては人生最悪の日だよ……」


 無月の連れてきた医療スタッフに治療を施されながら、感謝されているならまあいいかと思い初めている自分のお人好しぶりに我ながら呆れ果てていた。
 タチの悪いジョークではあるが本人に悪気はないだろうし報復なんて大人げないこともする気にもならない。いちおう実害は受けているので傷害罪で訴えられるのかもしれないが、もちろんそんなことをする気はない。仮にしたところで彼女を溺愛する警視総監の父親にもみ消されるのがオチに決まっていると自分で自分を納得させるほどだ。
 こういうのを「惚れた弱み」というのだろうか――自分でもよくわからない。


「どう? 肩は動く?」

「余裕。もうたいして痛くもない」

「神経は傷つけていないって言ってたけどホントだったのね。ぶっ殺して沈めてやろうかと思ったけど特別に許してあげるわ」


 無月が一瞥すると黒服に押さえられていたギヨームが肩をすくめる。先ほどまでの威勢とはうって変わって小さく縮こまっている彼の様子を見て、天漢はいい気味だと言わんばかりに声を押し殺して笑っていた。
 ウェブサイトを通じて知り合った友達という話だが、あまり仲は良くないというのが隆二の抱いた印象だった。


「こめんなさいね、あなたを傷つけるつもりなんてこれっぽっちもなかったのよ」

「もういいよ……実際に人が死んでないってだけでこっちとしては救われた気分だ。夢だったらもっと良かったんだけどね」

「え?」

「殺したと思ってた人たち、みんな役者だったんだろ? 迫真の演技だったからすっかり騙されちゃったよ」

「え?」


 ――『え?』ってなんだよ。
 それはこっちの台詞だと隆二は少し鼻白む。


「ちょっと言ってることの意味がわからないわ。なんで私が役者を雇わなきゃいけないのよ」

「役者じゃないなら何だってんだよ。まさかホントに殺したわけじゃあるまいに」

「冗談よしてよ。私はね、あなたを本気でドッキリさせようと思ってやったのよ。だから、その辺はきちんとやったに決まってるじゃない」

「……はあ?」

「だから、きちんと殺ったのよ。本物の人間。本物の血。本物の死でなければ、人の死に敏感なあなたは絶対に驚かない」

「お、おいおい。冗談はいい加減に――」


 言いかけて隆二は口を噤む。
 無月の眼は本気だった。大学サークルで、自分の部屋で、ホテルのベッドの中で、その真摯で真剣で眼差しを、隆二は何度も見た。こういう眼をしているときの彼女は決して嘘をつかない。
 信じ難くはあるが、それでも信じなければならない。あの惨劇はすべて事実であったと。


「無月の服に血が付いていないのは?」

「この日のために同じ服を何着も用意してあるわ。もちろんあなたのもね」

「友重さんも共犯なのか?」

「もちろん。実はあらかじめ打ち合わせしてた。ぜんぶ脚本通りよ」


 次に訊くべき言葉が見つからず、隆二はまるで酸欠の金魚のように口をぱくぱくと上下させた。


「……なんでそんなことをしたんだよぉ!」


 ようやく口から出た言葉は祈りに似ていた。
 もしかしたら何かの間違いではないかという淡い希望の響きがあった。


「だから、遊びよ。ただの遊戯。でも私は遊びでも、ううん遊びだからこそ手を抜きたくない」


 そう断言する無月の瞳には曇り一つない。
 純真無垢で天真爛漫な彼女の正体は血塗られた狂気の殺人鬼だというのか。
 いや、逆に純粋だからこそ殺すことに躊躇いがないのか。笑顔で昆虫を残酷な手段で虐殺する幼児のように。


「君は狂っている」


 希望を持つなど無駄だった。
 無月が自分とは決定的に違う人種であるということを悟った隆二は、絶望と共にその言葉を吐き捨てた。


「そうね。私は狂ってる」


 隆二の言葉を、しかし無月はあっさり肯定する。その顔には微笑みすら浮かんでいる。


「私は狂ってる。友重さんも狂ってる。後ろの連中も言うまでもなく、ね。
 でもね、本当の本当に狂ってるのは私たちじゃない――あなた自身よ」

「世迷い言はよせ。俺はこの件を警察に通報する。こんな大それた事をしたらいくら君のお父さんが警視総監だからってもみ消せない。君たちは法に裁かれるべきだ」

「う~ん、それはどうかしら?」


 無月はポーチバッグから一振りの短刀ドスを取り出した。それを見た隆二は顔色を変える。


「あなたの証言を果たして警察は信じるのかしら。ねえ、ヤクザの息子の隆二くん?」


 それは成人祝いに父親から無理やり渡された短刀だった。アパートの部屋の奥に隠しておいたはずのそれが、どういうわけか今、無月の手中にある。


「……それがどうした。親父の職業なんて関係ない。俺は堅気の人間としてまっとうに生きている」

「それなら、どうしてその手は短刀を握っているのかしら」


 隆二は無月の言葉を無視してそのまま彼女から短刀を奪い取る。


「俺のものを返してもらっただけだ。それにこんな危険なものをこれ以上君に持たせたままにはしておけない」

「それは私を心配してのこと? それとも私がこれで、また人を殺すと考えてのこと?」

「両方だ。俺はこれ以上君に罪を重ねて欲しくはない」

「そう……。でも、だったらその短刀、抜く必要はないわよね?」


 奪い取った短刀の鞘を引き抜く隆二を見て、無月がどこか嬉しげに言う。


「自衛のためだよ。こんな殺人鬼の巣窟に素手でいられるか」

「ふぅん。でもあなた、まるで慈しむようにその刃を見てる」


 抜き身になった短刀を、隆二は誰に向けるでもなく無言で見つめる。
 露わになった鋭利な刀身――その美しい刃に映った自分の顔は、自分でも吐き気を催すほどに醜く歪んでいた。



「れでぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいい」



 隆二は奇声を発しながら、懐から不気味な道化師の面を取り出しそれを被る。



「すええええええええええええんど、じぇんとるめん! 私、司会進行を務めます管理人マスクドピエロと申します! この度は『刀剣遊戯』にご参加いただき誠にありがとうございましタ!」



 その場でくるりと一回前転すると大きく両手を広げて、まるで気でも狂れたかのように元気よく声を張り上げた。


「おはよう、隆一」


 無月は隆二の突然の変化に驚く素振りも見せず、うっとりとした面もちで隆二だった男の傍に寄り添った。


「怪我させちゃってごめんなさいね。ちるちるには手を出すなって何度も念を押したんだけど」

「ゲームの進行にトラブルはツきもの。私の代わりに司会進行、ご苦労さまデス」


 隆一と呼ばれた男が頭を撫でてやると、無月はまるで猫のように喉を鳴らした。


「ダメダメ、ぜんぜん駄目だよ管理人さん」


 そんな彼らの間に、今まで事態を静観していた友重がすっかり白けきった顔で割って入る。


「いったいナニが駄目なんです?」

「もう身元は割れちゃってるから。今さら顔を隠してももう遅いよ。そういうのは正体のわかってない時にかぶらなきゃ」


 隆一は顎に手を置きしばらく無言で熟考すると、


「……そんなものデスかねえ?」


 と、首を直角に傾げた。


「それと日本最悪の闇サイトの管理人なんだから、もっとこうミステリアスな雰囲気を醸し出さなきゃ。段取りが悪いよ段取りが。あとマスクドピエロって名前もダサい。もうちょっと格好のいい、中学生が憧れを抱くような名前を考えないと」

「手厳シいですねコクホウさん。人間国宝に選ばれただけのことはありマす」


 隆一は嘆息すると大きく天を仰ぐ。


「いいからそれ、もう外しなさい。今さら顔を隠されても滑稽なだけだ」

「はァ……せっかく昨晩夜なべして作ったんですけどネえ……」


 隆一は渋々といった感じに手作りのピエロの仮面を放り捨てると、抜き身の短刀を再び鞘へと戻して腰に結わえた。


「誰かさんのせいで興が削がれてシまいましたが、それではこれより採点に移りマす」

「ちょっと待った。事情がいまいち飲み込めん。説明を要求する」


 待ったをかけたのはハンドルネーム『ちるちる』ことギヨーム五世。
 新島たかしという本名はあるが当然ソウルネームが優先される。


「……ちるちるさんッてどこまでご存じでしたっケ?」

「関で刀剣遊戯を開催するから自費で来いってことと、桐崎隆二という男に恐怖を与えろというお題だけだよ。君が主催者ということは、今までのあれは演技だったのか?」


 隆一は無月と顔を見合わせると、何がおかしいのか二人してケラケラと笑う。


「いえいえ、あれは決して演技などではございませンよ。彼、隆二くんは私の主人格ですから」

「またおかしなことを。要するに君は二重人格だって言いたいの?」


 ――その通りデございます。
 隆一は頭を深々と下げて恭しくお辞儀をしてみせた。


「もっとも身体の主導権はこちらにあり、彼自身は私の存在すらろくに知らナいのですから、私のほうが主人格と言っても差し支えないカもしれませんね。デスがまあ、そこは生んでくれた者を立てるということデ」

「二重人格とはファンタジーだけの話ではなかったのか。だったら最初からそちらの人格で来たまえ。危うく殺してしまうところだったじゃないか」

「すいませェん、てっきりちるちるさんも知っているトばかり思っていまシた。あっ、でもルール違反は覆りませんヨ。手を出しちゃ駄目とはちゃんと伝えてあったンですから」


 隆一の指摘にちるちるはバツが悪そうにちっと舌打ちする。
 それを見た彼はまたおかしそうにくつくつと笑った。


「ご存じの通り、刀剣遊戯は参加者自身が提案した『お題』を順番にこなスことで進行していマす。昨今頻発している主催者が参加者に一方的にゲームを強要するような身勝手で卑しい真似は一切いたシません。みんなで作り、みんなで楽シむ。極めて平等で公平で民主主義的かつ平和的な楽しい楽しいお遊戯デス。
 記念すべき最初のお題はゆびきりさん提案のゲーム、その名も <恐怖フィアー> ! 刃物を用いテどれだけ人に恐怖を与えるかを競っていただきマした」


 そこで無月が隆一の前に出て、隆一の会話を継ぐ。


「現代社会において人を殺す手段は数多あり、日進月歩で進化を続けているわ。今や刃物を用いるのは非効率的で時代遅れだと言っても過言じゃない。でも、それでもなお、刃物は人にとってもっとも強い恐怖を抱かせる獲物なのよ。身近にあるからこそ、生活から切り離せない存在であるからこそ、それを自らに向けられたときに人は本能的に恐れおののく。その威力を誰よりもよく知っているのは家畜や魚ではなく調理している人間側なのだから。
 人を殺したいだけなら軍人にでもなればいい。無抵抗なのがお好みなら通り魔にでもなればいい。私はね、芸術家になりたいの。殺す殺さないに拘らず、刃物を用いて人々から上手に恐怖を引き出すことに生涯を捧げたいの。そんな私の美学を皆に知ってもらいたくて、今回はこのようなお題を用意させてもらったわ」


 ――素晴らシい!
 隆一は快哉を叫び、万雷の拍手を無月に送る。


「獲物を選んで殺す以上、譲れないポリシーがあッて然るべき! まったくもってその通りデス! そんなゆびきりさんの信念に応えルべく、今回は私も身体を張らせてもらいマした。もっとも一番堪えたノは何も知らない審査員の隆二くんでしょうけどネ。
 それでは、第一の遊戯 <恐怖> の結果を、これより発表したいと思いマす!」


 ――どるるるるるるるる。
 おそらくドラムロールを意識しているであろう奇声を放ちながら、隆一は黒服から渡された白い造花を無月に捧げた。


「おめでとうござイます。 <恐怖> の勝利者はゆびきりさんに決まりマした!」


 スポットライトが無月に当たり、どこからともなくファンファーレが鳴り響いた。
 天漢と友重が申し訳程度に拍手をし、ギヨームは未だに煮え切らないような態度で顔をしかめる。
 一方勝者である無月は、捧げられた造花を大事に受け取ると、頬を赤らめながらそれを胸元に差した。


「決め手は審査員である隆二くんのトラウマである包丁を利用したことでシた。巧みな話術で情報を引き出し、公衆の面前で躊躇うことなく暴行に移る判断の良さは実に天晴れ。さすがは恐怖の伝道師、文句なしの勝利デス」

「ありがとう隆一。あなたからの誕生日プレゼント、大事にするね」

「いエ、それは単にポイントを示すものなので事が済めば捨ててもらッて構いませんよ。すべての遊戯が終わり、その造花を一番多く持っていた者が優勝デス」


 隆一はポケットから一枚の黒塗りのカードを取り出すと、皆に見えるよう高々と掲げる。


「じゃじゃーん、今回の景品はこの『殺人許可証マーダーライセンス』デス。このゲームのスポンサーである桐崎組から、博打の借金で首が回らなくなりタコ部屋に放り込まれた社会の屑どもを丸ごとプレゼント! 殺りたい放題し放題、死体の処理などのアフターケアもバッチリ。皆さん振るってご参加くだサい!」


 ――刀剣遊戯。
 それは関東地方に拠点を持ち、中部地方に進出を始めた日本最大の暴力団である桐崎組組長の一人息子――桐崎隆二の第二人格『隆一』が、自らの足やコネを使って日本中からかき集めた選りすぐりの狂人たちが集う狂気の宴。今まで国内で開催されることのなかった悲劇の幕が、とうとうこの日の出ずる国の中心で上がる。

 今宵、関市の夜が血で染まる。
 善良なる市民たちの眠れぬ一夜はこうして始まったのだ。
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