刀剣遊戯

飼育係

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2nd game

P.M. 18:25

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「高級ホテルと聞いていましたが、これはこれは……」


 関市某所のホテルを前にして隆一は大きなため息をついた。


「しょっっっっぼいですねえ~」

「都内の最上級ホテルと比べたらそりゃそうだろうさ」


 これでも市内では高級なほうだと天漢はぶっきらぼうに応える。


「よくもまあ恥ずかしげもなくホテル名を掲げられますね。私がオーナーなら恥ずかしすぎて卒倒しちゃいますヨ」

「外見だけで判断するなよ。有名グループの系列ホテルなだけあって内装やサービスは悪くないぞ。とりあえず全部屋にWi―Fiが通っているから俺は文句ない。つうかホテルの前で大声で悪口を言うなよ。ホテルの従業員さんたちに失礼だろ」


 ――これはコれは、私としたことが礼儀がなっていませんでした。
 隆一は謝罪の言葉と共に大げさに頭を下げてから、チェックインのためにロビーへと向かった。


「さっきフロントで尋ねてきたけど、上杉議員は301号室に滞在中だとさ」

「プライバシーもへったくれもありませんね。いくら握らせたんですか?」


 チェックインを済ませた二人は、セルフカフェで無料のコーヒーを飲みながら雑談を続けていた。
 隆一と天漢は隆一が中学生の頃からのつき合いで、歳こそ離れていたが親友と呼んで差し支えない間柄だった。親は利害関係のみで結ばれているビジネスパートナーだったが、二人は嗜虐で繋がる同志である。闇サイト『刀剣遊戯』の立ち上げもネットに強く政界にコネのある天漢の助力があればこそで、そういう意味では彼は一連の惨劇における、もう一人の黒幕であると言えるかもしれない。


「そろそろ飯食いにいかね? ここのレストランは安くて美味いぜ」

「別に構いませんが……そんなにゆっくりしててイイんですか? 第二のゲーム <狩猟> は、早い者勝ちですよ」

「問題ナッシング。だってさ、上杉の居場所を知ってるのはこの俺だけなんだぜ?」


 無料より安いものはないと言わんばかりに天漢はカップに入ったコーヒーをがぶ飲みし、空になる度に次のコーヒーを注いでくる。


「ゆびきりさんやちるちるさんはともかく、コクホウさんは地元の名士ですヨ。誰かから上杉さんの居場所を聞いてイてもおかしくないノでは?」

「まあ解散総選挙が近いから地盤固めのために地元に戻ってきているという情報ぐらいは握ってるかもな。でも普通は自宅に戻ってきてるって考えるだろ?」

「確かに。そういやなンで自宅があるにも関わらずホテルに泊まってるんですかネ」

「ああ、それはコレだよコレ」


 天漢は十杯目のコーヒーを飲みながら、カップを持った手の小指をピンと立てた。


「清廉潔癖な上杉議員は昔から愛人を数多く囲っていらっしゃってな。それがつい最近、嫁さんにバレて修羅場っちゃってさ。怖くて自宅に戻れないんだなこれが」

「あラら、鉄心なのに豆腐メンタルなんデスね」

「まあバラしたのは俺なんだけどな」

「うへぇ、それは酷いですゥ」


 言って二人は腹を抱えて大爆笑した。


「週刊誌にはまだリークしていないから、上杉議員がここに居るって知ってるのはあいつの秘書と、探偵を雇って情報を得てる俺ぐらいだろうな」

「と、いうこトは、このゲームは最初からあなたの勝ち確だったという訳ですカ」

「まあね。何か問題ある?」

「全然まったく問題ありまセーん。自分で出したお題が自分に有利なのは当たり前の話ですし、それは四者合意済みのことデスから」


 隆一はゆっくりと立ち上がると大きくひとつ背伸びをする。


「では脛かじりさんのおっしゃる通り、夕食でも食べながらのんびり旅行気分を楽しみますか。先ほどはしょぼいホテルなんて言っちゃいマしたけど、中に入ってみるとなかなか綺麗で居心地がいいですからネ」

「なっ、値段もお手頃だしなかなかいいホテルだろ? とうぜん飯も美味いぜ」


 天漢もお菓子のたっぷり詰まった紙袋を掴み隆一に続く。
 公衆の面前で危険な会話を繰り広げながらも、誰も気にも留めないほど地味で平凡な外見をした二人の狂人がこれから犯す凶行により、後日このホテルは数ヶ月間にも及ぶ休業を強いられることとなる。


「飯も美味いしサービスも抜群。私、気に入りマした。なかなかいいホテルですネ」

「あっさり手のひらを返しやがったな。まあいいけど」


 ホテル内のレストランで腹を満たした二人は、あらかじめ買収していたホテルマンから借りたスーツで身を包み、上杉の居る301号室を目指した。


「すいませーん、先ほど連絡をいただいた者です。シーツの取り替えに参りましたのでドアを開けてください」


 301号室はエレベーターを降りてすぐの場所にあった。天漢はドアの前で大声を張り上げた。


「合い鍵ももらってマすし、インターホンで本人の滞在も確認してるのに、なんでわざわざ身元を偽るんですかネ?」

「ホテルの者だと思って油断してるところをザックリ殺るほうが楽しいだろ。上杉議員だってきっとそのほうが嬉しいさ。これは俺なりのルームサービスだよ」


 ――そんなものですかネえ。
 天漢の言葉に隆一は小首を傾げる。


「入りたまえ。鍵は開いている」


 部屋の奥から上杉の声が聞こえた。
 ノブを回すと確かに鍵もチェーンもかかっていない。不用心もいいところだと隆一は呆れ果てる。これでは殺されても文句は言えまい。


「それでは失礼しまーっす」


 ホテルマンらしからぬ態度で天漢と隆二は室内へと侵入した。


「呼びつけてしまってすまないね。飲んでいたビールをシーツにこぼしてしまったんだ」


 部屋の中は真っ暗だった。おかげで上杉の姿は見えないが、声がする以上そこに居るのは間違いない。


「すまないが電気をつけてくれないかな。ちょっと落ち込んでいたところでね。暗闇の中だと落ちつくんだよ」


 ――おやオや、不倫程度でこの有様とはナイーブなことで。
 部屋の構造はすでに把握済み。隆二は電源に手を伸ばすとスイッチをオンにした。
 照明に光が灯り室内の様子が明らかになった瞬間、二人は目を見開き驚愕する。


「では、じっくりお話でもしようかね、天漢くん。横の彼は君のお友達かい?」


 ベッドに腰掛けていた精悍な身体つきの中年男性は上杉鉄心だ。何度も写真を確認したのでそれは間違いない。
 問題はその手に握られている無骨で粗暴な鉄の塊にある。


「どこで情報を得たのか知りませんが悪い冗談ですよ鉄心さん。俺たちがここに来ることを見越してモデルガンで脅そうだなんて」

「それは悪かった。まさか冗談だと思っているなんてな」


 天漢の言葉を受けて上杉は鉄の塊を上空に向けてトリガーを引く。

 ――ぱん!
 乾いた破裂音が室内に響き、ホテルの天井に黒点が穿たれた。


「失礼。これでもサイレンサーがついているのだがね」


 上杉の握っている鉄塊は拳銃だった。密輸品と思われる中国製のトカレフだ。


「さてと……これで冗談ではないということが理解できたようだね。天漢くん、君には色々と訊きたいことがある」


 天井に向いた銃口が今度は天漢に向けられる。
 それを見た天漢は慌てて両手をあげた。


「探偵を使って私の周辺を嗅ぎ回っていたようだが……私が売女を囲っていることを家内にリークしたのは君だね?」

「いやぁ~ちょっとしたお茶目ですよ。親父の政敵にかる~くイタズラしたかっただけ。その程度のことで実銃持ち出してまで怒らんでもいいじゃないですか」

「他には?」

「は?」

「雇った探偵は一人だけではあるまい。そいつらの名前すべてと君が私の副業についてどこまでの情報を握っているかが知りたい」

「いや……雇った探偵は一人だけですし、副業って何ですか?」


 上杉に睨まれ滝のような油汗を流しながら、天漢は震え声で疑問を投げかけた。


「まさか本当に知らんのか?」

「何の話だかさっぱりわかりませんけど、どうも虎の尾を踏んじゃったみたいですね」


 その通りだ――鉄心は天漢を嘲笑った。


「はっ、血眼になって探してもネズミ一匹しか捕まらなかったからおかしいとは思ってたんだ。そうかそうか、間抜けな政治家のドラ息子のただの道楽だったということか」

「あの……俺の雇った探偵さん、もしかして……」

「ああ、とっくの昔に湖の底だよ」


 ここに来て天漢はようやく気付く。ちょっと女癖が悪いだけの清廉潔癖な政治家だとばかり思っていた上杉が、実は自分以上に深い闇を抱えていたという事実に。そして狩るつもりだった生命に逆に狩られようとしている抜き差しならない現状に。


「私はね、副業で武器の密輸をやってるんだ。銃はもちろんのこと違法な刀剣類など多岐に渡ってね。これが案外需要があってけっこう儲けさせてもらってるよ。お得意さんは主にヤクザだけどね」


 銃口をこちらに向けたまま、上杉は懐からタバコを取り出し火をつける。


「鉄心さんって確か銃刀法の規制を強化しようって立ち位置でしたよね。それがなんでまた自分の首を絞めるようなことをしてるんですか」

「馬鹿かおまえ。法で規制されているからこそ価値があるし俺も利益を独占できるんだよ。おまえの親父は俺の同類だが、ぶくぶく太って脳みそにまで脂肪がついているせいか刃物の規制緩和を声を大にして叫ぶ。そんなことをしなくともこの国の裏側は物騒なもので溢れかえっているというのにな」


 心底小馬鹿にしたような物言いに、天漢はぎりりと奥歯を噛みしめる。
 自分のことはどう言われようが構わない。しかし親を悪く言われることだけは我慢ならなかった。


「親父は、デブで脳天気で、成人式の日には全員にサバイバルナイフを配ろうなんて言い出すほどの刃物馬鹿だけど……あんたなんかと一緒にされちゃこっちはいい迷惑だ」

「同感だ。気が合うじゃないか」


 上杉は慣れた手つきで拳銃のトリガーを引く。
 気配に気付いて身を捻ったのが功を奏し、心臓を狙った弾丸は天漢の肩口を貫くだけで済んだ。


「これ以上ビジネスも知らんガキの相手をするのは面倒だ。心配するな、おまえの親父もすぐに後を追わせてやるからな」


 しかしそれでも肩の骨は砕けちり身体は麻痺して自由を失った。
 たまらず膝を突いた天漢に止めを刺すべく上杉は再び銃口を持ち上げる。


「くっ……」


 そんな二人の間に割り込んできたのは、ジャッジということで今まで静観を決め込んでいた隆一だった。
 しかめっ面で、まるで天漢の盾になるかのように上杉の前に悠然と立ち塞がる。


「なんだ邪魔する気か? 大人しくしているなら、おまえだけは生かしておいてやろうと思っていたんだがな」


 上杉は心にもないことを言った。


「くくっ……」


 そんな上杉の上辺だけの慈悲の言葉を無視して隆一は、これ以上は我慢ならないと言わんばかりに己が感情を爆発させる。



「くひゃっははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははははは」



 あっけに取られた上杉は数度の威嚇射撃を行うが、それすらも無視して隆一は腹を抱えて笑い続けた。


「銃刀法規制堅持派の議員が武器の仲買人とか、そんなアホな話ドラマの中だけかと思ってましタ! 愉快愉快、事実は小説より奇なりとはまさにコのこと! 鉄なのは心ではなく面の皮ですかネ? 私、ぞんぶんに笑わせてもらいまシた」


 ――デスが。
 隆一は突然笑うのをやめて上杉を見据える。


「あなたは武器を、刃物を、金儲けのタネとしか考えていない。刀剣遊戯の管理者としては実に不愉快デス」


 まるで泥沼のように濁りきった瞳の奥にあるのは漆黒の意志。一筋の光どころか殺意や悪意すらない。ただそこに人がいるから殺すという、日常的に死に触れ続けた末に気が狂れた者だけが持つ歪みきった精神。
 仮に同族殺しを『悪』と定義するならば、悪の化身――いや悪そのものといっていい存在がそこにいた。
 上杉の全身に怖気が走った。
 闇の世界の住民である上杉は、隆一の内に渦巻く巨大な悪の気配を敏感に感じ取っていた。


「小悪党のあなたに教えてあげましょうカね。悪とシての格の違いというものヲ」


 ――やらなければ殺られる。
 瞬時にそう判断した上杉は半ば恐怖に駆られて発砲した。
 しかし恐怖で震えた腕で放った弾丸は隆一に当たることはなく、ホテルの内壁に風穴を空けるだけ。その隙に隆一は悠々と短刀を引き抜き、それを上杉の腕めがけて投げつけた。


「――ッ!」


 利き腕に激痛が走り拳銃を落とす。
 すぐさまもう一方の腕で拳銃を拾い直そうとした、そのときだった。
 まず視界に入ったのは白い紙袋。それは天漢が肌身離さず持っていた『エネルギー摂取袋』であり、マシュマロ、クッキー、ポテチ、チョコ、ケーキ等といったお菓子がたくさん詰まっていた。
 お菓子だけでは身体に悪いということで、袋の中にはリンゴやオレンジといった果物も数多く入っていた。その中の一つにパイナップルがあるのだが、これが通常のものとは少々異なり鉄と火薬と殺意で出来ていて、ピンを抜くと爆発して人を殺すように出来ていた。
 すでにピンを抜かれた状態の手榴弾(パイナップル)が、一緒にぶちまけられた紙袋の中身を巻き添えにして、その魔性を解き放ったのだ。
 轟音が鳴り響き、荒れ狂う爆風が室内を無茶苦茶に攪拌する。

 天漢が上杉の鼻先に放り込んだ手榴弾の威力は凄まじく、ベッドを粉々に粉砕し窓ガラスを容易く吹き飛ばした。
 隆一は爆風の煽りで飛んできた様々な物体の破片から身を呈して天漢を護りながら、顔面を蒼白にして叫ぶ。


「殺るなら刃物を使って殺ッてくださいヨおおおおおオおおおおおおおおおッ!」


 ――これは『刀剣遊戯』なんですカラ! ちゃんとルールを守ってくだサい!
 隆一は肩を撃ち砕かれた衝撃で半死半生になっている天漢の襟首を容赦なく掴みあげて大きく揺さぶった。


「悪ぃ悪ぃ……こっちもちょっと余裕がなかったんだよ。でも心配すんな、人間っていうのはけっこう頑丈に出来てる。あの程度じゃすぐには死なねえよ。止めさえ刃物ならおまえも文句ねえだろ?」
「ルール違反ギリギリですケドね。いちおう納得しテおきますか」


 ――推奨はしませんガね。
 ふてくされた声で言って隆一はしぶしぶ襟首から手を離す。


「で、その上杉はどこ?」


 天漢が尋ねると隆一は眉をひそめる。


「窓の外に吹き飛んじゃいましたヨ。三階なんてたいシた高さではないとはいえ、普通に考えたら今頃死んでますがネ」
「だ……大丈夫。生きてるさ、きっと……」
「だとイイんですケドね」


 隆一は天漢の撃たれていないほうの肩を担ぐと、最早見る陰もなくなった301号室を後にした。


「つうか、俺が死にそう……」
「人間トいうのは頑丈にデキてるって言ったのはあなたでショう?」
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