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異世界到着

田舎モン

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 レイラは混乱していた。

 ルルにブレードウルフを狩れる力は無い。それはレイラも良く知っている。だとすれば、このアマタと言う男が1人で狩ったとでも言うのか……

 ルルと2人で?
 いや、そうだとしても……

 ブレードウルフの素材の持ち込み自体は、決して珍しい事では無い。中級冒険者が3人も居れば、さほど難しくは無いだろう。
 あくまで、対1匹であれば、だ。

 袋から出て来た牙は18本。つまり、持ち込まれたブレードウルフは9匹。

 このアマタと言う男が、例えどれほどの実力者だとしても、この数は異常だとしか言えなかった。

「アマタって言ったわね? あなた、どうやってこの数のブレードウルフを倒したの??」

 カウンターに身を乗り出したレイラは、質問攻めにしたい気持ちを抑え込み、敢えてゆっくりとアマタに問いかける。

「どうやってって……普通に戦ってだけど?」
「ギャハハっ! バカかテメーは!!」

 振り返ると、先程アマタにヤジを飛ばした男が、席から立ち上がり、再びアマタに絡み始める。

「俺らでもブレードウルフを倒すのには、骨が折れるんだぜ??」

 男はニヤニヤした笑みを浮かべている。
 俺たち程の実力者でも苦労する相手を、冒険者でも無いお前“ごとき”に、倒せる訳無いだろう。
 言葉にしなくても伝わる程の、傲慢さと見下しが、その笑みには込められている。

「どこか別の街で素材でも買ってきたのか? それをギルドに出せば、ランクアップは出来るもんな??」

 クッ、と悔しそうに唇を噛むルルの頭に、ポンポンと手を置き、アマタはニコッと笑いかける。
 
「例えそうだとしても……」

 アマタは表情を真顔に戻すと、レイラの方に向き直る。

「素材は素材だ、問題無いだろ??」
「え、ええ。もちろんよ。」
「じゃあ頼むよ。」

 レイラはカウンターの奥に居る、成り行きを傍観していた別の職員に声をかけ、手分けして素材を運んで行く。

「おい! このインチキ野郎!!」

 ヤジを飛ばしていた冒険者が、アマタに詰め寄る。

「どんな手ぇ使ったか知らねーけどよ。」

 自分の事を無視し続ける駆け出し野郎に、男は我慢出来なかった。

「テメーみたいな甘ちゃんにやっていける世界じゃねーんだよ! このインチキ野郎! テメーみたいな奴は、この先モンスターに殺されて終わるだけだろうよ!! とっとと田舎に帰んな!!」

「ご忠告ありがとう。」

 捲し立てる男に対して、アマタは静かに言葉を返す。

 それが男には気に食わなかった。まるで自分がバカにされている、そんな気分になり、頭に血をのぼらせる。
 
 それに加えて、全く相手にされない男を見て、周りの冒険者たちがクスクスと笑い出したのだ。

 それが更に男を逆上させた。

「テメーこの野郎!!」

 男に胸倉を掴まれたアマタは、内心、ただただ、難しいなぁ、と思っていた。

 これまでも、こう言う類の人間は居た。プライドが高く、思い通りにならないと、すぐに喚き、突っかかってくる。
 しかも大抵このパターンの人間は、自分より劣っていると感じた相手には、何故か強気になる。

 かつてのアマタなら、有無を言わさず、1発ぶん殴って黙らせた後、ボコボコにして、2度と自分に向かってこないようにして終わりだった。

 しかし、アマタは新しい世界に来た。せっかく新しい人生を始めたのだ。かつてと同じでは無く、違うやり方を試してみよう、そう思ったのだ。

 アマタは、男に、極めて冷静に、落ち着いて、声をかけた。しかも、こちらを気遣ってくれてありがとう、そんな感謝の気持ちまで伝えた。
 
(難しいなぁ。)
 
 アマタとしては、最大限、相手を立てたつもりであり、これで波風も立たず、無事終わる予定だった。

 でも、今自分は胸倉を掴まれている。どうやら今回は間違ったようだ。
 
「何か知らんけど、怒らせたんならごめんな。」

 アマタは、先程と変わらず、静かに男に言葉を掛ける。

「だから、もう離してもらえるかな??」

 胸倉を掴む男の手首を持つと、グッと力を込める。

「ぐぇっ!」

 自分の手首を襲った予想外の痛みに、思わず変な声を上げ、男は手を離した。

「て、テメー……」

 男は手首をさすりながら、アマタを睨み付ける。

(な、何なんだ、コイツは??)

 男の額に汗が浮かぶ。

 手首を掴んだ恐ろしく強い力。
 そしてこの冷静さ。
 今までに対峙した事の無いタイプの人間である事は間違い無い。

 もう辞めておけ。そう本能が告げている。
だが、男のプライドは、その声を完全に遮断した。

「あ、あんまり調子に乗んじゃねーぞ??」

 内心焦りつつ、しかし動揺したことを周囲に悟らせないように、男はアマタに言葉を吐き捨てる。

「おいおい、もう良いだろ? な??」

 うんざりするアマタ。

「ルルぅ! 良かったなぁ!!」

 きっとアマタには敵わないであろう。だがここで引く訳にはいかない。
 パニックに陥っていた男は、あろう事か、ルルに向かって、声を荒げ始める。

「独りぼっちだったお前にも、念願のお仲間が出来てよ!!」

 下卑た笑みで顔を歪ませながら、男は捲し立てる。

「大した魔法も使えないもんだから、誰にもパーティ組んで貰えなかったもんなぁ!」

 ルルをターゲットにする事で、少し調子を取り戻したのか、男はヒートアップする。

「とんでもねぇ田舎モンでも、相手にしてくれる奴が居て良かったじゃねぇか! 精々がっかりされないようにがんばるんだな!!」

 田舎モンという言葉でアマタを揶揄する事で、こんな奴にビビってねぇよ、と、周りにアピールもする。

 先程は悔しそうに俯くだけであったルルが、男を睨み付ける。

 心無い言葉なら、この街に来て、幾度と無く浴びせられて来た。
 最初は反抗の態度を示していたルルであったが、自分でも己の魔法の才能の無さを感じるにつれ、我慢する事を覚えた。
 我慢を繰り返す内に、悔しいという思いも感じなくなっていた。

 人間は、自分の感情を抑え続けると、心が少しずつ麻痺していく。
 ジワジワと進行し、徐々に蝕み、いつしか、本当の自分の気持ちを感じる事が出来なくなる。
 今日だって、もし1人であれば、いつも通り口元だけで笑い、終わらせたかも知れない。

 それでも、ルルは湧き上がってくる怒りを感じていた。

 この街に来て以来、初めてだった。

 自分を助けてくれた人は。
 優しくしてくれた人は。
 ただ微笑んでくれた人は。

 アマタが初めてだった。

 自分が何か言われる事よりも、アマタのことを田舎モンと嘲る、この男が許せなかった。

 ギリっと歯を食い縛り、ルルは男を睨み付けた。
 
「あん? 何だその面?? テメー、味方が出来たからって、調子こいてんじゃねぇぞ?? この役立たずの弱小魔法使……ぐぁっ!?」
 
 更にヒートアップする男は、己の暴言を言い終わる事は出来なかった。
 
「うるせーぞ? テメー……」

 男の頭の位置が、グンと上に上がる。
 胸倉を掴んだアマタが、そのまま思い切り持ち上げたのだ。

「ぐぇっ……がっ……ぉご……」

 アマタの腕をペチペチと叩き、何とか逃れようとするが、もがけばもがくほど、首が絞まっていく。

「テメーよ……いつまでもガタガタうるせーんだよ……なぁ?? テメーよ。」
「……っっ……」

 自分の胸倉を掴むアマタの拳を、何とか外そうと必死な男は、最早声を出す事も出来なかった。

 「チッ……」

 つまらなさそうに舌打ちすると、アマタはそのまま、腕を振り下げる。

「っぐぁ。」

 思い切り床に背中から叩きつけられた男は、蛙が潰れた様な声を発した。そして床に倒れたまま、ヒューヒュー音を立てながら呼吸をしている。

 バッシャァァァン!!

「っぶ……ぁばぁ……」

 追い討ちをかけるように、男の上に大量の水が降り注ぐ。

 アマタがかけた追い討ちであった。

「今後何かあるならよ、俺の所に来い。」

 男を見下ろし、アマタは冷たい声を出す。

「1人でも……何人でも……構わねえからよ……」

 男に向けて放った言葉、ではあるが、それはギルドに居る、全ての冒険者に向けたものでもあった。

「な、何? どうしたの??」

 騒ぎを察し、慌てて走って来たレイラの声だけが、沈黙のギルド内に響き渡った。
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