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オーシェル港の平和な日々(2)

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『あ、そうそう。忘れてた。近々、東国の商船が入るらしいのよ。何を仕入れて、何を注文するのか旦那様に確認してほしくて』
『あぁ、ダーフェン国の船ね。あの国の食器は人気があるから、今度は調度品も仕入れてはどうかと思うのだけど……』
『ああ、壷とか飾り皿とかだよね。前回は初めてだったから見送ったけど、確かにきれいな品をたくさん積んでたわ。目が飛び出るほど、高価だったけど』

 姉妹が働くセナンクール家は、もともと力のある貿易商であったが、ここ数年、急速に繁栄してきた。
 それは、馬で五日かかる王都と貿易港間を、瞬時に結んで連絡を取ることができる、二人の能力が大きく貢献していた。
 世間ではセナンクール男爵の、時流を読む能力がすぐれているからだと思われているが、実際には、情報伝達の速さで、他を出し抜いているのだ。
 また、若干十六歳ながら、仲間内から男爵の片腕とも呼ばれている聡明なジネットと、行動力のあるレナエルの、情報伝達以外の働きも大きい。

『そうねぇ。あの国の陶器なら、どんなに高くても買い手がつくと思うわ。でも、私じゃ決められないから、旦那様が戻られてから……あ、そうだ』
『なに?』
『あのね……』

 妹だけにしか聞こえないのだからそんな必要はないのに、ジネットは内緒話をするように声を潜めた。

『夕方、旦那様が戻られたら詳しいことが分かるはずだけど、最近、北の国が不穏な動きをしているらしいの。きっと、武器や防具類を大量に調達をするように指示されると思うわ。あと、保存できる食料とか……』
『じゃあ、今、入港している船の積み荷を確認しておくよ。ちょうど、スヴォル国の船が入ってるの。あの国の長剣と槍はいいよねー。すぐに全部、仮押さえしとくから、正式な指示が出たら、すぐに知らせて。そうだ、馬……きっと、軍馬も必要よね、ね!』
『レナったら、ずいぶん鼻息荒いわね』
『そりゃそうよ。こんな面白そうな仕事、久々だもん』

 近々、戦が起こるかもしれないことは気がかりだが、レナエルは大きな取引に関わることにやりがいを感じていた。
 それに、女ではあるが、武器や防具の類いは見ているだけでぞくぞくするし、無類の馬好きでもある。
 これほど、興奮する仕事はない。

『じゃあ、お茶も入ったし、また後でね』

 その言葉を最後に、姉の声は途切れた。

 そっと目を開くと、海と空の輝く青が、視界に飛び込んできた。
 手をかざして空を見上げると、太陽はほぼ真上から差していた。
 そろそろお昼だ。

「さてと……。早く戻って、根回しを始めなきゃ」

 レナエルはすっくと立ち上がると、はやる気持ちそのままに、灯台からの細い道を駆けていった。



 その日の夕方、ジネットの予想通り、戦に備えて武器類を大量に手配するようにとの指示が出された。
 オーシェルのセナンクール家で働く者たちは、その対応に追われ、仕事が一段落ついたときには、夜もとっぷりと更けていた。
 レナエルは自分の仕事を終えた後、愛馬の世話にも時間を取られ、屋敷の離れにある自分の部屋に戻ったのは、深夜近くになっていた。
 事前に姉から情報をもらっていなければ、もっと遅くなっただろう。

 部屋のカーテンの隙間から外をのぞいてみると、半分に満たない月が高く昇り、淡い光がうっすらと辺りを照らしていた。
 中庭の向こう側にある本館の灯りは既に消え、ひっそりと静まり返っている。
 離れに寝泊まりする他の使用人たちも、ほとんど眠ってしまっているようだ。

「あーあ。今日は遅くなっちゃった。ジジ、寝ちゃったかな?」

 レナエルはランプを消してベッドに潜り込むと、姉にそっと話しかけた。
 返事がなければ、今晩はあきらめるつもりだったが、すぐに返事が返ってきた。

『もぉ、遅いじゃない。ちょっと寝ちゃってたわ』
『ごめーん。今日はちょっと忙しかったんだもん。ルカの世話をしていたら、こんな時間になっちゃった』

 少々不機嫌そうな声の姉に、甘えるように言い訳する。
 こんなに遅い時間でも、相棒がちゃんと自分を待っていてくれたことが嬉しい。

『あんな指示が出されたら、そうよね。大変だったでしょ。お疲れさま』

 二人はベッドに入ってしばらくの間、おしゃべりをして過ごすことが日課になっていた。
 とりとめのない話をしているうちに、どちらからともなく眠りに落ちていく。
 そんなささやかな時間が幸せだった。

 この晩も、いつの間にか言葉が途絶え、二人は心地よい眠りについた。
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