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ジネットの自称婚約者(3)
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リヴィエ王国には四人の王子がおり、それぞれが軍隊を率いているが、要請がない限りは相互不可侵が徹底されている。
ギュスターヴは第二王子であるマクシミリアンの筆頭騎士だ。
ジュールにすら詳細を伝えなかった王太子が、彼にこの問題に関わることを許さないのは当然だ。
おそらく、マクシミリアンもそうだろう。
しかし、捕らえられたのが彼の恋人ならば、ある程度は目を瞑るべきか。
彼がここにいること自体、両殿下の配慮なのかもしれない。
そう考えて、ジュールは少し譲歩する。
「……我々の邪魔だけはするな」
ギュスターヴは、微かに笑うと、ジュールの肩にぽんと手を置いた。
「恩にきる。お前に迷惑をかけるようなことはしないさ。ところで、どうしてお前が、彼女と一緒にいるのだ」
「ああ。クライトマンとセナンクール家は、仕事柄、親しい関係だからな。レナエルが王都に行く用事があるというから、俺が同行することになった」
ジュールはもっともらしく答えたが、この状況では、明らかに不自然な説明だった。
しかしギュスターヴも心得ているのか、ふっと笑うだけで、これ以上探りを入れてくることはなかった。
「そうか。お前が一緒なら安心だ。私にとっては、彼女も大切な女性だ。王都にしっかり送り届けてくれ」
「ああ」
ギュスターヴはレナエルに向き直ると、右手でそっと頬に触れてきた。
レナエルはぎょっとするが、彼の方は全く気にせず、甘い微笑を浮かべた顔を近づけてきた。
「ここで貴女にお会いできて、本当によかった。これですぐに、ジネットの捜索に向かえます。貴女の大事な姉上は、必ず私がお救いしますから、どうぞ安心してお任せください」
「……」
レナエルは無言のまま彼の手首を掴むと、頬に貼り付いている手を、無理やり引きはがした。
顔には一応、引きつってはいたが笑顔を浮かべておいた。
「貴女は本当に、おもしろい方だ。ジネットと見た目はそっくりでも、中身は真逆なのですね」
興味深そうに琥珀色の瞳を輝かせるギュスターヴに、ジュールが芦毛の手綱を押し付けた。
早くここを立ち去れという意味だ。
ギュスターヴは苦笑しながらそれを受け取ると、ひらりと馬に飛び乗った。
「どうか吉報をお待ちください。レナ」
さりげなく愛称を呼んで、片手を上げて去っていく彼の後ろ姿を、レナエルは猛烈な疲労感に襲われながら見送った。
「あんな人だったんだ……。ジジが嫌がるのもよく分かる」
どれだけあからさまな態度であしらっても、彼は全く堪えない。
ひたすら甘ったるい言葉と態度で迫ってきて、うんざりした。
正直、一発お見舞いしたいくらいだった……というか、するところだった。
あんな男に口説かれるなんて、どれだけ鬱陶しいだろう。
思わず寒気がして、腕をさする。
「おまえの姉が、やつの恋人だったとはな」
未だに信じられないといったジュールの言葉に、レナエルはまだ腕をさすりながら、顔をしかめた。
「違うわよ! あの人が勝手にそう言っているだけ。セナンクールの上客だから、無下に断れなくて困ってるんだから」
「そうか。しかし、おまえたちが貴族の出だとは思わなかった」
「はぁ? まさか、ただの庶民よ」
「ただの庶民に、子爵のギュスが求婚するはずがないだろう?」
彼の疑問は当然だった。
しかし、姉妹の雇い主であるセナンクール男爵は、以前より「貴族と結婚したいなら養女にしても良い」と言ってくれている。
よほどの大物貴族でない限り、婚姻に支障はないのだ。
姉妹を思ってのことではあるが、男爵がこんなこと言い出しさえしなければと、レナエルは深い溜め息をついた。
「なるほど。……いや、それでは、男爵に恩ができるだけだから意味がない」
「どういうこと?」
「ルコント家はいくつもの爵位と領地を持つ大貴族だ。だが、次男のギュスは、子爵位と僅かな領地しか継げなかった。だから、強い後ろ盾になってくれる有力貴族の令嬢との婚姻を、ずっと望んでいたんだ。セナンクール男爵なら後ろ盾として申し分ないが、養女と結婚したのでは、それは望めないからな」
「それほど、ジジのことが好きなんでしょ?」
「だったら、愛人にすればいい。貴族にはよくある話だ」
「あ……い、じん? ジジを愛人にするっていうの! 冗談じゃないわ!」
たった一人の大事な姉を、愛人にすればいいだなんて、あまりにもひどい!
レナエルがくってかかると、彼はうんざりした様子で手をひらひらと振った。
「うるさい。わめくな。愛人にする様子ではないから、不思議だと言っているんだ。やつが、色恋沙汰で将来を棒に振るようなことをするとは思えないが……まさか、それほど本気なのか?」
「きっとそうよ。でも、どんなに本気でも、あの人、ジジとは結婚できないけどね」
レナエルはふくれっ面で断言した。
万が一のことがあっても、自分がこの縁談をぶちこわすつもりだった。
「ねぇ、今のこと、ジジに報告していい?」
「今、ここでか? いや、宿に入ってからにしてくれ。先を急いだ方がいい」
彼は空を見上げてあっさり拒否すると、さっさと愛馬に跨がった。
ギュスターヴは第二王子であるマクシミリアンの筆頭騎士だ。
ジュールにすら詳細を伝えなかった王太子が、彼にこの問題に関わることを許さないのは当然だ。
おそらく、マクシミリアンもそうだろう。
しかし、捕らえられたのが彼の恋人ならば、ある程度は目を瞑るべきか。
彼がここにいること自体、両殿下の配慮なのかもしれない。
そう考えて、ジュールは少し譲歩する。
「……我々の邪魔だけはするな」
ギュスターヴは、微かに笑うと、ジュールの肩にぽんと手を置いた。
「恩にきる。お前に迷惑をかけるようなことはしないさ。ところで、どうしてお前が、彼女と一緒にいるのだ」
「ああ。クライトマンとセナンクール家は、仕事柄、親しい関係だからな。レナエルが王都に行く用事があるというから、俺が同行することになった」
ジュールはもっともらしく答えたが、この状況では、明らかに不自然な説明だった。
しかしギュスターヴも心得ているのか、ふっと笑うだけで、これ以上探りを入れてくることはなかった。
「そうか。お前が一緒なら安心だ。私にとっては、彼女も大切な女性だ。王都にしっかり送り届けてくれ」
「ああ」
ギュスターヴはレナエルに向き直ると、右手でそっと頬に触れてきた。
レナエルはぎょっとするが、彼の方は全く気にせず、甘い微笑を浮かべた顔を近づけてきた。
「ここで貴女にお会いできて、本当によかった。これですぐに、ジネットの捜索に向かえます。貴女の大事な姉上は、必ず私がお救いしますから、どうぞ安心してお任せください」
「……」
レナエルは無言のまま彼の手首を掴むと、頬に貼り付いている手を、無理やり引きはがした。
顔には一応、引きつってはいたが笑顔を浮かべておいた。
「貴女は本当に、おもしろい方だ。ジネットと見た目はそっくりでも、中身は真逆なのですね」
興味深そうに琥珀色の瞳を輝かせるギュスターヴに、ジュールが芦毛の手綱を押し付けた。
早くここを立ち去れという意味だ。
ギュスターヴは苦笑しながらそれを受け取ると、ひらりと馬に飛び乗った。
「どうか吉報をお待ちください。レナ」
さりげなく愛称を呼んで、片手を上げて去っていく彼の後ろ姿を、レナエルは猛烈な疲労感に襲われながら見送った。
「あんな人だったんだ……。ジジが嫌がるのもよく分かる」
どれだけあからさまな態度であしらっても、彼は全く堪えない。
ひたすら甘ったるい言葉と態度で迫ってきて、うんざりした。
正直、一発お見舞いしたいくらいだった……というか、するところだった。
あんな男に口説かれるなんて、どれだけ鬱陶しいだろう。
思わず寒気がして、腕をさする。
「おまえの姉が、やつの恋人だったとはな」
未だに信じられないといったジュールの言葉に、レナエルはまだ腕をさすりながら、顔をしかめた。
「違うわよ! あの人が勝手にそう言っているだけ。セナンクールの上客だから、無下に断れなくて困ってるんだから」
「そうか。しかし、おまえたちが貴族の出だとは思わなかった」
「はぁ? まさか、ただの庶民よ」
「ただの庶民に、子爵のギュスが求婚するはずがないだろう?」
彼の疑問は当然だった。
しかし、姉妹の雇い主であるセナンクール男爵は、以前より「貴族と結婚したいなら養女にしても良い」と言ってくれている。
よほどの大物貴族でない限り、婚姻に支障はないのだ。
姉妹を思ってのことではあるが、男爵がこんなこと言い出しさえしなければと、レナエルは深い溜め息をついた。
「なるほど。……いや、それでは、男爵に恩ができるだけだから意味がない」
「どういうこと?」
「ルコント家はいくつもの爵位と領地を持つ大貴族だ。だが、次男のギュスは、子爵位と僅かな領地しか継げなかった。だから、強い後ろ盾になってくれる有力貴族の令嬢との婚姻を、ずっと望んでいたんだ。セナンクール男爵なら後ろ盾として申し分ないが、養女と結婚したのでは、それは望めないからな」
「それほど、ジジのことが好きなんでしょ?」
「だったら、愛人にすればいい。貴族にはよくある話だ」
「あ……い、じん? ジジを愛人にするっていうの! 冗談じゃないわ!」
たった一人の大事な姉を、愛人にすればいいだなんて、あまりにもひどい!
レナエルがくってかかると、彼はうんざりした様子で手をひらひらと振った。
「うるさい。わめくな。愛人にする様子ではないから、不思議だと言っているんだ。やつが、色恋沙汰で将来を棒に振るようなことをするとは思えないが……まさか、それほど本気なのか?」
「きっとそうよ。でも、どんなに本気でも、あの人、ジジとは結婚できないけどね」
レナエルはふくれっ面で断言した。
万が一のことがあっても、自分がこの縁談をぶちこわすつもりだった。
「ねぇ、今のこと、ジジに報告していい?」
「今、ここでか? いや、宿に入ってからにしてくれ。先を急いだ方がいい」
彼は空を見上げてあっさり拒否すると、さっさと愛馬に跨がった。
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