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ジネットの自称婚約者(4)
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重い雲が一層低く垂れこめてきて、夕暮れにはまだ早いというのに、辺りはかなり薄暗くなっていた。
ジュールはこうなることを予想していたのだろう。
早いペースで馬を進めてきたおかげで、雨粒が落ちる前に、王都の一つ手前の町に到着した。
市場町として知られるこの町は様々な商店が軒を連ね、昼間は活気に溢れているが、今日は早めに店じまいをした店舗も多く、少し寂しげだった。
二人は町の中央近くにある宿を取った。
夕食には少し時間が早かったため、しばらく部屋で休むことにする。
ジュールはいつものように、部屋の中を念入りに調べている。
彼と同じ部屋に宿泊することに慣れたレナエルは、彼に言われるまでもなく、窓際でない方のベッドに座った。
「ジジと話していい?」
「ああ、彼女のことだから、新しい手がかりを掴んでいるかもしれんな」
点検を終えたジュールは、いつものように、窓際のベッドに腰掛けた。
今日の午後、ギュスターヴと別れてしばらく後に、ジネットから呼びかけがあったのだが、先を急ぐジュールは姉と話すことを許してはくれなかった。
姉は、大きな屋敷に到着したことを手短に報告してくれただけだったから、早く詳しい話を聞きたかった。
『ジジ、ジジ? 今話せる?』
何度か呼びかけたが、なかなか返事がない。
『ジジ、どうしたの? 何かあったの?』
『ん……、レナ?』
不安になって強く呼びかけると、ようやく寝ぼけたような声が返ってきた。
『無事なの?』
『ごめんね。久しぶりのベッドだったから、つい、お昼寝しちゃった。びっくりするくらい大きくて豪華な、ふかふかのベッドなのよ。まるでお姫様にでもなった気分』
『なぁーんだ。びっくりした』
姉のあくびまじりの返事に、胸を撫で下ろす。
『ジジ、今、どこにいるの?』
『分からないわ。この部屋まで、目隠しされて来たんだもの。かなり大きなお屋敷の、三階にいるってことだけは分かるけど……』
ジネットのいる部屋は、誘拐した娘を監禁するにはあまりにも豪華だという。
えんじ色の絨毯が敷き詰められた広い部屋の奥には、薔薇の花模様が浮かび上がる生地で取り囲んだ天蓋付きの大きなベッド。
チェストや鏡台などの家具はすべて白で統一されており、優美な曲線の造形の所々に、繊細な金の細工が施されている。
一般に流通している家具と一線を画す仕事ぶりからして、おそらく特注品だと思われた。
クローゼットの中には、真新しい豪華なドレスがずらりと並んでいた。
帽子や靴の箱も高く積まれている。
チェストの上には、薔薇のレリーフが彫り込まれた楕円形の白い宝石箱が置かれていて、中には真珠のネックレスと、揃いの指輪が入っていた。
『わたしを懐柔しようっていう魂胆かしら? ドレスや靴のサイズまでぴったりだから、気味悪いったらないわ。この部屋は明らかに、わたしのために特別に用意されたものよ』
『でも、それだけ高級品が溢れているのなら、ジジの知識で、手がかりがつかめるんじゃない?』
ジネットの頭の中には、セナンクール家で扱う商品は全て入っているし、他の商家で扱っているものでも、かなり目が利く。
馬や武器に関してはレナエルの方が詳しいが、それ以外の商品分野では、リヴィエ王国一の知識量だと、本人もレナエルも思っていた。
だから、購入ルートから敵が割り出せないかと考えた。
しかし、姉は深い溜め息をついた。
『それが、ダメなのよ。うちの店で扱っている商品は、何一つ置いてないの。産地や工房を推測することはできるけど、いまひとつ確信が持てなくて……。わたしがどんな人間なのか、しっかり把握していて、購入ルートが特定できるようなものは置いてないんだわ』
『ジジが分からないようじゃ、お手上げね……』
『もう、ほんと悔しくって! ……でもね、一つだけ、気付いたことがあるの。今、わたしがいる部屋の窓から、ラバーナムの花が見えるのよ』
『ラバーナムって、あの黄色の? それがどうしたの?』
明るい黄色の小さな花が金色の鎖のように連なるこの花は、初夏には王都でもあちこちで目にすることができる。
セナンクール家の庭にもアーチが仕立ててあるくらい、この国ではありふれた花だ。
『ふふふ。ラバーナムは王都じゃ、とっくに散っちゃったのに、ここでは今が満開なのよ。ってことは、ここは王都より気温が低い場所なのよ。三日半の移動距離を考えると、北のオクタヴィアン辺境伯領あたりか、東の山岳地帯に近い場所だと思うわ。暖かい南や、海に近い西側の地方はあり得ない!』
姉が断言した言葉をジュールに伝えると、彼は納得したように大きく頷いた。
ここ数日のやり取りで、彼はジネットの頭脳を信頼するようになっていた。
「大きな屋敷と言えるような建物は、そう多くはない。高級品を買いあされる人物となれば、さらに候補は絞られる。地域が絞られたのだから、しらみつぶしに探しても、たいしたことはないだろう。明後日には王都に到着するから、すぐに捜査を手配しよう」
ジネットの推測に沿ったジュールの返答を伝える。
姉は『お願いするわ』と言ったものの、声は冴えない。
ジュールはこうなることを予想していたのだろう。
早いペースで馬を進めてきたおかげで、雨粒が落ちる前に、王都の一つ手前の町に到着した。
市場町として知られるこの町は様々な商店が軒を連ね、昼間は活気に溢れているが、今日は早めに店じまいをした店舗も多く、少し寂しげだった。
二人は町の中央近くにある宿を取った。
夕食には少し時間が早かったため、しばらく部屋で休むことにする。
ジュールはいつものように、部屋の中を念入りに調べている。
彼と同じ部屋に宿泊することに慣れたレナエルは、彼に言われるまでもなく、窓際でない方のベッドに座った。
「ジジと話していい?」
「ああ、彼女のことだから、新しい手がかりを掴んでいるかもしれんな」
点検を終えたジュールは、いつものように、窓際のベッドに腰掛けた。
今日の午後、ギュスターヴと別れてしばらく後に、ジネットから呼びかけがあったのだが、先を急ぐジュールは姉と話すことを許してはくれなかった。
姉は、大きな屋敷に到着したことを手短に報告してくれただけだったから、早く詳しい話を聞きたかった。
『ジジ、ジジ? 今話せる?』
何度か呼びかけたが、なかなか返事がない。
『ジジ、どうしたの? 何かあったの?』
『ん……、レナ?』
不安になって強く呼びかけると、ようやく寝ぼけたような声が返ってきた。
『無事なの?』
『ごめんね。久しぶりのベッドだったから、つい、お昼寝しちゃった。びっくりするくらい大きくて豪華な、ふかふかのベッドなのよ。まるでお姫様にでもなった気分』
『なぁーんだ。びっくりした』
姉のあくびまじりの返事に、胸を撫で下ろす。
『ジジ、今、どこにいるの?』
『分からないわ。この部屋まで、目隠しされて来たんだもの。かなり大きなお屋敷の、三階にいるってことだけは分かるけど……』
ジネットのいる部屋は、誘拐した娘を監禁するにはあまりにも豪華だという。
えんじ色の絨毯が敷き詰められた広い部屋の奥には、薔薇の花模様が浮かび上がる生地で取り囲んだ天蓋付きの大きなベッド。
チェストや鏡台などの家具はすべて白で統一されており、優美な曲線の造形の所々に、繊細な金の細工が施されている。
一般に流通している家具と一線を画す仕事ぶりからして、おそらく特注品だと思われた。
クローゼットの中には、真新しい豪華なドレスがずらりと並んでいた。
帽子や靴の箱も高く積まれている。
チェストの上には、薔薇のレリーフが彫り込まれた楕円形の白い宝石箱が置かれていて、中には真珠のネックレスと、揃いの指輪が入っていた。
『わたしを懐柔しようっていう魂胆かしら? ドレスや靴のサイズまでぴったりだから、気味悪いったらないわ。この部屋は明らかに、わたしのために特別に用意されたものよ』
『でも、それだけ高級品が溢れているのなら、ジジの知識で、手がかりがつかめるんじゃない?』
ジネットの頭の中には、セナンクール家で扱う商品は全て入っているし、他の商家で扱っているものでも、かなり目が利く。
馬や武器に関してはレナエルの方が詳しいが、それ以外の商品分野では、リヴィエ王国一の知識量だと、本人もレナエルも思っていた。
だから、購入ルートから敵が割り出せないかと考えた。
しかし、姉は深い溜め息をついた。
『それが、ダメなのよ。うちの店で扱っている商品は、何一つ置いてないの。産地や工房を推測することはできるけど、いまひとつ確信が持てなくて……。わたしがどんな人間なのか、しっかり把握していて、購入ルートが特定できるようなものは置いてないんだわ』
『ジジが分からないようじゃ、お手上げね……』
『もう、ほんと悔しくって! ……でもね、一つだけ、気付いたことがあるの。今、わたしがいる部屋の窓から、ラバーナムの花が見えるのよ』
『ラバーナムって、あの黄色の? それがどうしたの?』
明るい黄色の小さな花が金色の鎖のように連なるこの花は、初夏には王都でもあちこちで目にすることができる。
セナンクール家の庭にもアーチが仕立ててあるくらい、この国ではありふれた花だ。
『ふふふ。ラバーナムは王都じゃ、とっくに散っちゃったのに、ここでは今が満開なのよ。ってことは、ここは王都より気温が低い場所なのよ。三日半の移動距離を考えると、北のオクタヴィアン辺境伯領あたりか、東の山岳地帯に近い場所だと思うわ。暖かい南や、海に近い西側の地方はあり得ない!』
姉が断言した言葉をジュールに伝えると、彼は納得したように大きく頷いた。
ここ数日のやり取りで、彼はジネットの頭脳を信頼するようになっていた。
「大きな屋敷と言えるような建物は、そう多くはない。高級品を買いあされる人物となれば、さらに候補は絞られる。地域が絞られたのだから、しらみつぶしに探しても、たいしたことはないだろう。明後日には王都に到着するから、すぐに捜査を手配しよう」
ジネットの推測に沿ったジュールの返答を伝える。
姉は『お願いするわ』と言ったものの、声は冴えない。
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