【完結】見習い魔術師サーナと連鎖のクロス

平田加津実

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第三章 白魔術師の仕事と明かされる真実

君といると沙亜名は、いつもあんな風に笑うのかね

 その日、隆弘が帰宅したのは深夜を回った時間だった。
 住宅街はしんと静まり返っており、家々の窓に灯る明かりもまばらだ。
 自宅も、玄関の小さな明かりがついているだけで、リビングも二階の娘の部屋の窓も暗く、寝静まっているように見えた。

 隆弘はなるべく物音を立てないように家に入ると、廊下の明かりをつけずに、手探りでリビングに向かった。
 部屋の明かりをつけようとして、隣の和室に続く襖の隙間から、細く光が漏れていることに気づいた。

「レオンス君、起きているのかい?」

 リビングに電気をつけ、襖の奥に小さく呼びかけてみると、返事が聞こえた。
 すぐに襖が開き、鴨居をくぐるようにして長身の青年が顔をのぞかせる。

 部屋の机の上にはノートパソコンが立ち上げられており、本が何冊も広げられていた。
 コーヒーの香りが漂っており、何か作業をしていたようだった。

「隆弘サン、お帰りなさい。今日も、遅かったデスネ」
「こんな時間に悪いが、少し、話せるかね」
「はい。昼間のコト……デスネ?」
「ああ」

 隆弘はキッチンに向かうと、冷蔵庫から缶ビールを取り出した。

「君もどうだい?」
「いえ。ボク、コノ国では、まだ、未成年ですカラ。それに、ビールはあまり、好きジャなくて」

 レオンスはそう笑うと、自室から飲みかけのコーヒーを取って来て、リビングのソファーに腰掛けた。
 戻ってきた隆弘が、いつも座る一人掛けのソファーに腰を下ろすと、ビールをあおって一息ついた。

『……それで、屋上には何があったのかね』

 隆弘が英語で切り出した。
 レオンスの日本語は驚くほど上達していたが、それでも、複雑な内容の時は英語の方が話しやすい。
 答えるレオンスも、もちろん英語だ。

『魔法円がありました。それと、悪魔が召喚された時にできる空間の歪み』
『なるほど』

 隆弘は、娘の元に例のクロスがもたらされてから、西洋魔術について調べ始めた。
 《カントルーヴを名乗る者》について聞かされた後は、さらに熱が入り、日本国内で手に入る書物や、インターネット等を漁った。
 レオンスからも、差し障りのない範囲で話を聞き、彼の持っていた書物もひととおり目を通していたから、話の理解が早い。

『おそらく、悪魔を呼び寄せようとしたのは、飛び降り自殺したとされる学生でしょう。けれども、彼の死因は飛び降りたせいではありません。彼の命は、あの屋上で奪われています』
『屋上で亡くなり、その後で、落とされたということか。しかし、そんなことが、なぜ、分かるんだ』

 隆弘の疑問に、レオンスがふっと笑った。

『サーナは、屋上にものすごい恐怖の念が留まっていると表現していましたよ』
『そうか……そうだな。あのには分かることだな』

 隆弘は大きく息をついた。

 沙亜名は幼い頃、ときどき、同様のことを無邪気に口にしては、周囲の人々に気味悪がられていた。
 最近は、そんな話をしなくなっていたが、力が消えた訳ではないことは分かっている。

『彼は自殺ではありません。彼の命を奪った者は、悪魔と考えて間違いないでしょう。おそらく彼は召喚に成功したものの、恐ろしくなってしまった。そして、悪魔から逃げようと魔法円を出てしまい、悪魔に襲われ魂を奪われた。よくある話です』

 レオンスが言葉を切り、マグカップを手に取ると中身を飲み干した。
 空になったカップを両手で包むように握ると、カップの底をじっと見つめる。

『問題は、召喚者である彼が魂を奪われてしまったために、立ち去りの許可の呪文が唱えられなかったことです。この呪文が唱えられなければ、悪魔は人界に野放しにされます。自主的に魔界に戻っていれば良いのですが、魔法円の痕跡を消して人の目を欺こうとしていることを考えると、人界に留まっている可能性が高い』

 隆弘の胸に不安がよぎった。

 初めてレオンスらが接触して来た日に、理由は明かされないまま《カントルーヴを名乗る者》は悪魔に狙われやすいと聞かされた。
 だから、愛娘を守るために、一族きっての魔術師であるレオンスを側に置くようにと説得され、今に至るのだ。

『……もしかして、沙亜名の身に危険が?』

 レオンスの視線が、カップの底からゆっくりと隆弘に向いた。

『可能性がないとは言えません。《カントルーヴを名乗る者》は、自分の身を守るためにも、悪魔を退けるための術を身につけます。だけど、サーナはまだ、修行を始めたばかり。本当は、きちんと段階を踏んで教えたかったのですが、もう、そうも言っていられませんね。なるべく早く、いちばん重要な術を彼女に教えます』

『娘は本当に大丈夫なのか?』

『俺がついています。今回のことは一族の者たちにも報告しました。早急に、サーナを陰で守る体制を取るとのことです。だから、心配はいりません』
『そうは言っても……』

 レオンスだけでなく、魔術師一族が動くということは、かなり深刻な事態なのではないだろうか。

『それに、彼女が授けられたクロスには、彼女の持つ能力を高めるだけでなく、外から能力を感じ取れなくする力があります。彼女がクロスを身につけている限り、たとえすれ違ったとしても、悪魔は沙亜名の存在に気づきません。ですから、あまり深刻にならないで下さい』

 レオンスは隆弘を安心させるように軽く笑みをうかべたが、その目は笑えていなかった。
 よく知らないことからくる隆弘の漠然とした不安より、知り尽くしているからこその不安の方が、より強いのだ。
 それを感じ取った隆弘が奥歯を噛み、空になった缶を握りつぶした。

『この話は、沙亜名には?』
『しました。あまり、怖がらせてもいけないので、全部ではありませんが。あと……隆弘さんには話せないことも、少し話しました』
『そうか』

 隆弘は両ひじをガラステーブル置くと、額を押さえて大きく息を吐き出した。
 父親であっても、娘が背負わされたものに関われないことに、やり切れなさを感じていた。

『どうして……』
『どうして、サーナなんだ』

 同じ言葉をほぼ同時に口にしたレオンスに、隆弘が驚いて顔を上げた。
 レオンスは手にしたマグカップの底を見つめながら、半ばつぶやくように言葉を続ける。

『俺が《カントルーヴを名乗る者》に選ばれていれば、何の問題もなかったのに。どうして俺じゃ……』

 長身を折り曲げて俯くレオンスの横顔に、赤褐色の髪がはらりとかかった。
 彼の様子をじっと見つめていた隆弘は、昼間の彼と娘の様子を思い起こしていた。

 娘との血の繋がりを証明する同じ色の瞳を持つこの青年は、娘を守り、魔術を教えるためにこの家に来た。
 しかし、それだけではない繋がりを娘との間に築きつつあるのを、今日、まざまざと見せつけられた。

『レオンス君。君といると沙亜名は、いつもあんな風に笑うのかね』
『え?』

 沈黙を破った思いがけない問いかけに、レオンスが面食らったように顔を上げた。

『いや……、いい』

 つぶれたビールの缶を手に立ち上がると、娘と同じ、色の薄いグレーの瞳が自分を追うように見上げてきた。
 澄んだその瞳の奥に、強い決意が見える。

 彼ならば、娘を託してもいい。
 そう思える。

『沙亜名を……、娘を、頼むよ』

 隆弘はレオンスの肩に軽く手を置いて微かに笑うと、キッチンに向かった。
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