【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

文字の大きさ
71 / 216
第5章 魔王の目

(5)

しおりを挟む
「マルティーヌ嬢……いや、マルク副団長と呼ぶべきか?」
「マルティーヌにございます」

 毅然と名乗ると、セレスタンを押しのけるようにして一歩前に出た。
 すっと背筋を伸ばして相手をまっすぐに見つめる。

「そうか。マルティーヌ嬢、貴女のおかげで命拾いをしたよ。礼を言う」
「もったいないお言葉でございます」

 礼を言ったにしては、高圧的で冷え冷えとした声色だった。
 マルティーヌはどす黒い魔鳥の返り血を浴びた空色のドレスの裾をつまんで、自分にできる限りの優雅な礼をとる。

「これでいろいろと合点がいった。貴女に助けられたのはこれで、二度目だね?」

 一度目が何を指すかは分かるが、自供したくはない。
 マルティーヌは顔を伏せたまま、肯定も否定もせずに唇を結ぶ。

「あの街道で巨躯魔狼から我々を救ったのも、貴女だったのだろう?」

 しかし、そう単刀直入に聞かれては、答えないわけにはいかなかった。

「…………はい。そうでございます」
「なぜそれを、今まで隠していた。私が彼女を探していたことは知っていただろう」
「それ……は」

 厳密に言えば、あの娘が自分であることを隠したかった訳ではない。
 桁外れの戦闘能力を持つ娘が、勇者ベレニスと関連づけて考えられることを避けたかったのだ。
 助けた相手が王子であったからなおさらだ。

 しかし、適当な言い訳を見つけられず返答に困っていると、父親がすっと前に出た。

「恐れながら殿下、娘のマルティーヌは魔力も戦闘能力もずば抜けて高く、我が騎士団に……いえ、この国を魔獣の脅威から守るために必要な得難い人材でございます。しかしながら、貴族令嬢が魔獣討伐をしていることを知られれば、娘の将来に障ります。ですから……」
「それが露見しないよう、巨躯魔狼を倒した娘について口をつぐんだのか。マルクという少年を仕立て上げたのも同じ理由か」
「左様にございます」

 グラシアンは胸に右手を当てて頭を下げた。

 さすが、お父さま!

 騎士や魔術師として優秀で、見目も良い二人の息子ですら、魔獣討伐に携わっているために、社交界では肩身の狭い思いをしているのだ。
 それが娘であれば、どんな誹りを受けるか分からない。
 だから娘の能力を隠したかった……という理由は、完璧なように思える。

 マルティーヌや兄たちは少しほっととしながら、同じように礼をとって王子の反応を待った。

 しかし、王子はくいと顎を上げると目を細め、居丈高に言う。

「それはおかしな話だな。娘の将来を憂うのなら、病弱だなどと言って引きこもらせず、社交界に出せば良かったのではないか」

 彼は、マルティーヌが病弱でないことを知っているのだ。
 娘のためというのなら、社交界に引っ張り出して顔を売り、より良い嫁ぎ先を探すべきだ。
 それは貴族の娘として生まれた者の責務でもある。

「そ……それは、娘は人見知りが激しくて……」

 もはや『病弱』という言い訳ができず、グラシアンは口ごもる。

「人見知りねぇ。果たして、本当にそれが理由なのだろうか。貴殿らは、まだ何かを隠しているように見える」
「えっ? ……まさか、そんなめっそうもございません」

 グラシアンが膝をついて頭を下げると、ヴィルジールは「そうか」とつぶやき、この面々でいちばん与し易いと判断したマルティーヌに視線を向けた。

「どうなのだ、マルティーヌ嬢。君は私に、他にも何かを隠していまいか」
「か、隠し事なんて……これ以上、ありません、わ」

「君は病弱ではない。そうだな?」
「はい」
「君は、街道で私を助けた娘のことを知らないと言った。それは嘘だな?」
「……はい」
「素性も性別も偽り、騎士団の副団長を務めていた。そうだな?」
「はい。でも……それは、騎士団の多くの者に対しても、偽っていたことです」
「他には?」

「ご、ござい……ません」

 声が震える。

 他に隠していることはただ一つ。
 それがいちばん重要で、王族には決して知られてはならないことだ。

「君は嘘と虚構でできている。何を信じて良いか分からない!」

 彼はきっぱりと言い放つと、ゆっくりと腕を組んだ。

「では、こうしよう。私はマルティーヌ嬢に二度も命を救われた。その多大な貢献に対し、ドゥラメトリア王国から何かしらの褒賞を与えよう」

 それはつまり、ラヴェラルタ辺境伯の娘が、巨躯魔狼と『魔王の目』を一人で倒し、第四王子を救ったという事実が、王国に知られるということに他ならない。
 その後、マルティーヌが王家に取り込まれる可能性を考えると、むしろ懲罰ではないだろうか。

「待って、待って! やめて! わたしはそんなものいらない!」

 先日のお茶会で、王家に近づく危険性を警告してくれた彼なのに、どうしてそんなことを言い出すのか。
 辺境伯ごときに欺かれ、それほどご立腹だということか。

「王子の命を救ったのだから、遠慮は無用だ。報奨金でも、勲章でも、爵位でも領土でも、何でも望むがいい」

 彼の言葉からは、命を救われた感謝の気持ちなど一切感じられなかった。
 並べ立てられた金も名誉も、王族らしい傲慢さからくる脅しでしかない。

「そんなもの……」

 激しい怒りに、握りしめた両手がわなわなと震えた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令息、前世の記憶により悪評が嵩んで死ぬことを悟り教会に出家しに行った結果、最強の聖騎士になり伝説になる

竜頭蛇
ファンタジー
ある日、前世の記憶を思い出したシド・カマッセイはこの世界がギャルゲー「ヒロイックキングダム」の世界であり、自分がギャルゲの悪役令息であると理解する。 評判が悪すぎて破滅する運命にあるが父親が毒親でシドの悪評を広げたり、関係を作ったものには危害を加えるので現状では何をやっても悪評に繋がるを悟り、家との関係を断って出家をすることを決意する。 身を寄せた教会で働くうちに評判が上がりすぎて、聖女や信者から崇められたり、女神から一目置かれ、やがて最強の聖騎士となり、伝説となる物語。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様の忘れ物

mizuno sei
ファンタジー
 仕事中に急死した三十二歳の独身OLが、前世の記憶を持ったまま異世界に転生した。  わりとお気楽で、ポジティブな主人公が、異世界で懸命に生きる中で巻き起こされる、笑いあり、涙あり(?)の珍騒動記。

ヒロインですが、舞台にも上がれなかったので田舎暮らしをします

未羊
ファンタジー
レイチェル・ウィルソンは公爵令嬢 十二歳の時に王都にある魔法学園の入学試験を受けたものの、なんと不合格になってしまう 好きなヒロインとの交流を進める恋愛ゲームのヒロインの一人なのに、なんとその舞台に上がれることもできずに退場となってしまったのだ 傷つきはしたものの、公爵の治める領地へと移り住むことになったことをきっかけに、レイチェルは前世の夢を叶えることを計画する 今日もレイチェルは、公爵領の片隅で畑を耕したり、お店をしたりと気ままに暮らすのだった

令和日本では五十代、異世界では十代、この二つの人生を生きていきます。

越路遼介
ファンタジー
篠永俊樹、五十四歳は三十年以上務めた消防士を早期退職し、日本一周の旅に出た。失敗の人生を振り返っていた彼は東尋坊で不思議な老爺と出会い、歳の離れた友人となる。老爺はその後に他界するも、俊樹に手紙を残してあった。老爺は言った。『儂はセイラシアという世界で魔王で、勇者に討たれたあと魔王の記憶を持ったまま日本に転生した』と。信じがたい思いを秘めつつ俊樹は手紙にあった通り、老爺の自宅物置の扉に合言葉と同時に開けると、そこには見たこともない大草原が広がっていた。

悪役顔のモブに転生しました。特に影響が無いようなので好きに生きます

竹桜
ファンタジー
 ある部屋の中で男が画面に向かいながら、ゲームをしていた。  そのゲームは主人公の勇者が魔王を倒し、ヒロインと結ばれるというものだ。  そして、ヒロインは4人いる。  ヒロイン達は聖女、剣士、武闘家、魔法使いだ。  エンドのルートしては六種類ある。  バットエンドを抜かすと、ハッピーエンドが五種類あり、ハッピーエンドの四種類、ヒロインの中の誰か1人と結ばれる。  残りのハッピーエンドはハーレムエンドである。  大好きなゲームの十回目のエンディングを迎えた主人公はお腹が空いたので、ご飯を食べようと思い、台所に行こうとして、足を滑らせ、頭を強く打ってしまった。  そして、主人公は不幸にも死んでしまった。    次に、主人公が目覚めると大好きなゲームの中に転生していた。  だが、主人公はゲームの中で名前しか出てこない悪役顔のモブに転生してしまった。  主人公は大好きなゲームの中に転生したことを心の底から喜んだ。  そして、折角転生したから、この世界を好きに生きようと考えた。  

不倫されて離婚した社畜OLが幼女転生して聖女になりましたが、王国が揉めてて大事にしてもらえないので好きに生きます

天田れおぽん
ファンタジー
 ブラック企業に勤める社畜OL沙羅(サラ)は、結婚したものの不倫されて離婚した。スッキリした気分で明るい未来に期待を馳せるも、公園から飛び出てきた子どもを助けたことで、弱っていた心臓が止まってしまい死亡。同情した女神が、黒髪黒目中肉中背バツイチの沙羅を、銀髪碧眼3歳児の聖女として異世界へと転生させてくれた。  ところが王国内で聖女の処遇で揉めていて、転生先は草原だった。  サラは女神がくれた山盛りてんこ盛りのスキルを使い、異世界で知り合ったモフモフたちと暮らし始める―――― ※第16話 あつまれ聖獣の森 6 が抜けていましたので2025/07/30に追加しました。

俺に王太子の側近なんて無理です!

クレハ
ファンタジー
5歳の時公爵家の家の庭にある木から落ちて前世の記憶を思い出した俺。 そう、ここは剣と魔法の世界! 友達の呪いを解くために悪魔召喚をしたりその友達の側近になったりして大忙し。 ハイスペックなちゃらんぽらんな人間を演じる俺の奮闘記、ここに開幕。

処理中です...