【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第9章 王都に張り巡らされた策略

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 控えめだが、ひどく焦りが感じられるある叩き方だ。

「どうした」

 当主が声をかけると「ヴィルジール殿下がお見えになられています」との返答がある。

「ええっ!」
「どうして急に?」

 室内がざわついたが、当主は落ち着いた様子で指示を出す。

「では、応接室にお通ししてくれ」
「いえ。お時間があまりないそうでして、すでにこちらにいらしています。このまま書斎にお通ししてもよろしいでしょうか」

「……分かった。お通ししてくれ」

 そのやり取りで、室内にいた全員が慌てて席を立った。
 扉の前に詰めかけると、それぞれが礼をとって、扉が開くのを待ち構える。

 すぐに「急に訪問して申し訳ない」と、第四王子が側近のジョエルを伴って書斎に入ってきた。
 型通りの挨拶をしようとするラヴェラルタ家の者たちを、ヴィルジールが「時間がないし、挨拶など今さらだろう」と制止する。
 そこでマルティーヌも顔を上げた。

 今日の彼はお忍びなのか、全体的に控えめな雰囲気の装いだ。
 けれど、手にしていた大きな花束は、少しずつ色味が違う大輪のピンク薔薇が集められており、この部屋のあちこちに飾られた花や、花瓶が追いつかずそのまま放置されていたどんな花束よりも、豪華で洗練されていた。

「ああ、マルティーヌ嬢。甘く上品なチョコレート色のドレスに、君の白い肌が映えてとても似合っているよ。お菓子の国の妖精かと、思わず目を疑ってしまったほどだ」

 ヴィルジールは、アロイスには絶対言えないような言葉をさらりと言うと、マルティーヌの手を取って唇を寄せる。

「え……あの、なん……で?」

 時間がないんじゃなかったの?
 挨拶など今さらだって言ったくせに、どうしてこれだけは残すのよ!
 これこそ、時間の無駄~!

 そう思うが、何も言えない。

「先日は、私の目の前で急に倒れられたから本当に驚きました。あなたの熱にうなされた苦しそうな顔が思い出されて、夜も眠れぬほどに心配していたのですよ。もう、具合は良いのでしょうか?」

 彼はきらきらした笑みを浮かべながら、優雅な所作で花束を手渡してきた。
 マルティーヌは久しぶりに浴びる圧倒的な王子様感に、じりじりと後ずさる。

「あ……ありがとう存じま……す? こ、この間は、殿下に助けていただいたおかげ? で、事なきを得ましたこと、か、感謝に絶えま……せ、ん?」

 不意打ちだったせいで心の準備が全くなかったことと、彼の救難方法にはいろいろ思うところがあったせいで、うまく言葉が出てこない。
 途中が何箇所も疑問形になってしまい、非常に失礼な言葉遣いになってしまう。

「ふ……はっ。思っていることと台詞が全く一致していないようだな。今日は、王太子妃のお茶会で振舞われていたお菓子を王城の職人に作らせたんだ。食べ損ねたことが、さぞ心残りだったろうと思ってね。これで機嫌を直してくれないかい」

 口調をくずしたヴィルジールが後ろを振り向くと、大きな籠を抱えたジョエルが前に進み出てくる。
 そして、上にかけられていた布を取って中身を見せてくれた。

「うわぁ! すごい。王城のお茶会ってこんなにいろんなお菓子が用意されるの?」

 クリームやチョコレート、果物で飾り付けられた小さなケーキ。
 黄金色のパイに、クリームがたっぷり詰まったタルト。
 様々な形に焼かれた焼き菓子。
 小さなグラスに入ったキラキラ輝くジュレ。
 他にもたくさんの美しいお菓子がぎっしり詰められていて夢のよう。

「これなら、今つまんで食べられるだろう。少々お行儀が悪くても私は気にしないよ」

 ヴィルジールが片目を瞑って言うと、籠の中から優しい色合いのギモーヴが入った容器を選び出し、「これ、好きだったよね」と手渡してくれた。
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