【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第10章 舞踏会の長い夜

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 空中回廊を渡り、強力な聖結界をくぐり抜け、階段を降りて細い通路を抜けると、巨大なチェスラフ像の置かれた大聖堂の身廊に出た。

「あれ? この扉が城に繋がっていたんだ」

 マルティーヌが、出てきた扉を振り返って言う。

 以前、大聖堂を訪れた時、聖女や修道士がこの扉を使っていたことを憶えている。
 彼女らはここから頻繁に、大聖堂と城を行き来していたのだろう。

 避難してきた大勢の貴族は、聖者像とベレニス像を中心に集まっていた。
 その外側には、城の使用人と思われる人々が肩を寄せ合っており、広い聖堂内の奥から三分の二ほどが人で埋まっている状態だ。
 薄暗い明かりが揺れる中、修道女や修道士たちが毛布や温かい飲み物を配ったり、体調の悪い者たちを介抱したりしていた。

「誰か馬車を用意しろ! 私は帰る! こんな場所にいられるか」
「ええい! 場所を空けろ! 私を誰だと思っておる」

 不安そうな囁き声とすすり泣きの中に、時折、怒号が飛んでいる。
 身勝手で浅はかな醜い貴族の姿がそこかしこに見られ、マルティーヌは吐き気を覚えた。

「ああ、もう。舞踏会のときといい今といい、貴族って本当にどうかしてる」
「マルティーヌ嬢も、なかなかのご身分の貴族なんですけどね」
「あんな奴らと一緒にしないでほしいわ」

 マルティーヌとジョエルはひそひそと話しながら、集団から少し離れた長椅子に落ち着いた。
 外から出入りができる大聖堂の正面扉に近い場所は、皆不安を感じるらしく、周囲の椅子には誰もいない。
 誰もが自分のことで精一杯で、ラヴェラルタの令嬢と第四王子の側近が一緒にいても気づく様子はなかった。

 マルティーヌはふうと一息つくと、辺りを見回した。
 建物全体をすっぽりと包み込む半球状の巨大な聖結界は、以前来た時と比べて、体感的には二倍以上の強度がある。
 空中回廊で繋がれた城の庭園には、魔法陣から生み出されるおぞましい魔力の塊が存在し、恐ろしい魔獣が何体も出現しているのに、ここからは何一つ感じ取れない。

「ねぇ、ここからジョエルの標的視術は使える?」
「ええと……どうでしょう」

 しばらく視線を彷徨わせたジョエルは「あぁ……」と落胆の声を上げた。

「やっぱり、視えないよね?」
「ええ、ぐるりと真っ白な壁に囲まれているようで、外の様子が全く視えません」
「でも、結界内に限れば視えるでしょ? 大聖堂の中に王太子が隠れているってことはない?」
「あっ! なるほど、そうですね」

 聖結界内から外が視えないなら、逆もしかり。
 教会内に王太子が潜んでいたのなら、外からは視えなくても不思議はない。

 しかし、ジョエルは三度周囲を見回した後、「いらっしゃいません」と無念そうに言う。

「えっ? ここにもいないの?」
「ええ。私の視力が間違っていなければ」
「……そっか。本当にどこに行っちゃったんだろう」

 マルティーヌは聖者像付近に集まる人々に目を向けた。

 そこには紺色の修道服を身につけた男女が甲斐甲斐しく貴族の世話をしているが、灰色の修道服は見つけられない。
 けれど、この非常事態だからこそ、人々の心のよりどころとなる聖女は近くにいるに違いない。

「じゃあさ、聖女さまは近くにいないかな?」
「聖女さまですか……」

 ジョエルはまた、目を細めて周囲を見回した。
 一周回って見つけられなかったのか、もう一周しようとする。
 マルティーヌは彼の動きに不安を感じた。

「えっ? まさか、こんな大変な状況なのにここにいないの?」
「そのようです。城の方に行かれているのかもしれません」
「だったら、ジェラルドっていう名前の修道士はどう?」
「彼のことをご存知なのですか。えぇと……」

 しかし、ジョエルは彼の姿も見つけることができなかった。

「どうして二人ともいないんだろう」
「彼は聖女さまの補佐ですから、一緒に行動されているのでしょう」
「あー、もう。だったらここに来る前に視てもらえばよかった。てっきり、大聖堂にいるんだと思ってた。あー、失敗した」

 マルティーヌはがっくりと肩を落とした。

 大聖堂に来たのは、聖女に会うことが目的だった。
 彼女はアロイスと会った時に、「恐ろしい災厄が起きた時には、ベレニスのように立ち上がって欲しい」と言ったのだという。

 それってきっと、今の状況を指しているよね。
 彼女は必ず、何かを知っているはず。
 もしかすると、魔獣に対応するために城に向かったのかもしれない。

 マルティーヌはさっき出てきた扉を見た。

「城に戻ることはできるかな?」
「いや、さすがに、すぐは難しいのではないでしょうか。せっかく安全な場所に避難したのに、ご令嬢が危険な城に戻るのは不自然でしょうし」
「えーっ!」

 ここにいても、できることは何もない。
 みんな必死に戦ってるのに……。

「最悪、強行突破しようか」
「人の目がありすぎますよ」

 二人でひそひそ話していると、その扉が音を立てて開いた。
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