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第10章 舞踏会の長い夜
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「うおわっ!」
鮮烈な色の中から素早く繰り出される拳を、相手は後方に飛びすさってかわした。
そして即座に剣を抜いて反撃のために身構える。
その身のこなしだけで、マルティーヌは相手が敵でないことを確信した。
「あ。なぁんだ、ロランか」
目の前にいたのは、自分と同じほどの身長の少年。
彼はマルティーヌの顔を見て、一瞬ほっとした顔を見せた後、猛然と抗議してきた。
「マルクっ! 何するんだよ、いきなりっ!」
長い髪と豪華なドレス姿であるにもかかわらず、怒りのあまりマルクにしか見えない。
マルティーヌもつられてマルクの口調になっている。
「いや、ラヴェラルタの仲間なら避けられる程度には手加減してたよ? 実際、避けられたじゃないか」
「だからって……。まじで殺されるかと思った。敵じゃなくて、ほんっと良かった」
ロランは胸をなでおろし、剣を腰に戻す。
「お前が速すぎて、仲間かどうか確認する暇がなかったんだよ。悪かったな。ところでリーヴィたちは? 一緒じゃないんだ?」
ロランが走ってきた方向は庭園からは真逆。
彼の後ろから仲間たちが続くかと思い、覗き込んでみたものの気配はなかった。
「俺は単独行動してるんだよ。団長はセレスとアロイス、ヴィルジール殿下……あと、サーヴァ殿下も一緒に動いている」
「ええっ、サーヴァ殿下も? うわぁ……」
なんて厄介なことに……。
この姿で鉢合わせたりでもしたら最悪だ。
言い訳のしようがない。
マルティーヌが頭を抱えた。
二人の会話にヴィルジールとサーヴァの名が出てきたことで、ジョエルの抱いていた毛布がも激しく動く。
「ねぇ。もしかして、ヴィルジールとお兄さまがいるの? そうなんでしょ? 下ろして」
「いいえ。お二人はここにはいらしゃいません」
「いいから、下ろして!」
「姫殿下、もうしばらくご辛抱ください。ここは危険ですから」
「早く下ろしなさいっ! そう言ってるでしょ!」
ジョエルが拒み続けると、最後は命令口調になる。
子どもとはいえ隣国皇女の命令には背き難く、ジョエルはレナータに問うような視線を向けた。
彼女は小さくため息をつき、肩をすくめた。
「下ろして差し上げてください」
「……そうですね」
幸い、近い周囲には人はいない。
何か大事が起きても、マルティーヌとロランがいれば、どうにでもなるだろうと思いながら、ジョエルは皇女を腕から下ろした。
「マルティーヌお姉さまっ!」
毛布を解かれた少女が駆け寄ってくると、マルティーヌは膝を折って腕を広げ、優しく彼女を迎えた。
「ええっ? 誰?」
舞踏会の場にいなかったロランは、この少女を知らなかった。
けれど、この国ではほとんど見かけない見事な黒髪と黒い瞳、異国風のドレスは、さっきまで一緒にいた皇子を思い起こさせた。
少女が近くに来たことで、マルティーヌの声色と口調が劇的に変わった。
「ルフィナ殿下。この者はラヴェラルタ騎士団の騎士で、ロランと申します」
皇女にロランを紹介した後、「こちらの方はザウレン皇国のルフィナ皇女殿下です」と少女の正体を明かす。
「えっ! ……ってことは、サーヴァ殿下の妹君……ですか?」
「そうですわ。何者かに攫われて、塔の上に監禁されていたところを救い出してきましたの」
「監禁? なんで、そんなことに……?」
ロランが眉をひそめた。
彼の頭の中では、今回の魔獣襲撃と隣国皇女の誘拐事件が全く繋がらなかった。
マルティーヌの腕の中にいる少女が、つんとした態度で言う。
「そこの……ロランと言ったわね。お兄さまはどこ? ヴィルジールも一緒なの?」
「お、お二人は、逃げた魔獣を追って城の外を見回りされています」
彼は、目の前の少女がヴィルジールの婚約者だということも知らない。
だから、なぜ彼女がこの国の王子を呼び捨てにし、これほど気にするのか疑問に思う。
「じゃあ、わたしをお兄さまと彼のいる場所に連れて行きなさい」
「いや、そ、それは……」
彼女は幼いながらも権力者だ。
人に命ずることに慣れた者特有の威圧感に、ロランはたじたじになる。
かといって、そんな危険な場所に皇女を連れて行くことはできない。
「ルフィナ殿下。サーヴァ殿下は今、魔獣と戦っていらっしゃいますから、安全な場所でお戻りをお待ちしましょう」
髪を撫でながらマルティーヌが言い聞かせると、ルフィナは瞳を輝かせながら言う。
「じゃあ、マルティーヌお姉さまも一緒にいてくれる? お姉さまが一緒なら安心だわ」
「それは……」
「ね、いいでしょ?」
無邪気な威圧に、今度はマルティーヌが口ごもった。
どうしよう。
皇女をパメラに預けたら、すぐに城内に出たいのに……。
ロランも、マルティーヌには戦力として復帰してもらいたかった。
先ほどの庭園での死闘も、彼女一人いるだけでもっと楽に戦えたはずなのだ。
だからなんとしても、この小さな権力者を遠ざけようとする。
「あのっ、庭園にはサーヴァ殿下の側近の方々が全員残っているんで、彼らと一緒にいた方がいいんじゃないですか」
その説明に、侍女がほっとした顔をする。
「では、ゲラーシー様やキリル様も庭園に?」
「名前までは分かんないですけど、サーヴァ殿下は側近全員を庭園の護衛として残して、単身で我々の団長に同行されたんですよ」
「では、姫さまの護衛は彼らにお任せすることにいたします」
レナータがきっぱりと言い切った。
ルフィナは「えーっ?」と不満そうな顔を見せたが、それ以上ごねることはなかった。
サーヴァの側近は腕の立つ者ばかりだ。
皇女である自身の護衛は、自国の者に任せるべきだということは、ルフィナも本当は分かっていた。
マルティーヌは、皇女から離れられることにほっとする。
しかし、別の問題があることに気づいた。
鮮烈な色の中から素早く繰り出される拳を、相手は後方に飛びすさってかわした。
そして即座に剣を抜いて反撃のために身構える。
その身のこなしだけで、マルティーヌは相手が敵でないことを確信した。
「あ。なぁんだ、ロランか」
目の前にいたのは、自分と同じほどの身長の少年。
彼はマルティーヌの顔を見て、一瞬ほっとした顔を見せた後、猛然と抗議してきた。
「マルクっ! 何するんだよ、いきなりっ!」
長い髪と豪華なドレス姿であるにもかかわらず、怒りのあまりマルクにしか見えない。
マルティーヌもつられてマルクの口調になっている。
「いや、ラヴェラルタの仲間なら避けられる程度には手加減してたよ? 実際、避けられたじゃないか」
「だからって……。まじで殺されるかと思った。敵じゃなくて、ほんっと良かった」
ロランは胸をなでおろし、剣を腰に戻す。
「お前が速すぎて、仲間かどうか確認する暇がなかったんだよ。悪かったな。ところでリーヴィたちは? 一緒じゃないんだ?」
ロランが走ってきた方向は庭園からは真逆。
彼の後ろから仲間たちが続くかと思い、覗き込んでみたものの気配はなかった。
「俺は単独行動してるんだよ。団長はセレスとアロイス、ヴィルジール殿下……あと、サーヴァ殿下も一緒に動いている」
「ええっ、サーヴァ殿下も? うわぁ……」
なんて厄介なことに……。
この姿で鉢合わせたりでもしたら最悪だ。
言い訳のしようがない。
マルティーヌが頭を抱えた。
二人の会話にヴィルジールとサーヴァの名が出てきたことで、ジョエルの抱いていた毛布がも激しく動く。
「ねぇ。もしかして、ヴィルジールとお兄さまがいるの? そうなんでしょ? 下ろして」
「いいえ。お二人はここにはいらしゃいません」
「いいから、下ろして!」
「姫殿下、もうしばらくご辛抱ください。ここは危険ですから」
「早く下ろしなさいっ! そう言ってるでしょ!」
ジョエルが拒み続けると、最後は命令口調になる。
子どもとはいえ隣国皇女の命令には背き難く、ジョエルはレナータに問うような視線を向けた。
彼女は小さくため息をつき、肩をすくめた。
「下ろして差し上げてください」
「……そうですね」
幸い、近い周囲には人はいない。
何か大事が起きても、マルティーヌとロランがいれば、どうにでもなるだろうと思いながら、ジョエルは皇女を腕から下ろした。
「マルティーヌお姉さまっ!」
毛布を解かれた少女が駆け寄ってくると、マルティーヌは膝を折って腕を広げ、優しく彼女を迎えた。
「ええっ? 誰?」
舞踏会の場にいなかったロランは、この少女を知らなかった。
けれど、この国ではほとんど見かけない見事な黒髪と黒い瞳、異国風のドレスは、さっきまで一緒にいた皇子を思い起こさせた。
少女が近くに来たことで、マルティーヌの声色と口調が劇的に変わった。
「ルフィナ殿下。この者はラヴェラルタ騎士団の騎士で、ロランと申します」
皇女にロランを紹介した後、「こちらの方はザウレン皇国のルフィナ皇女殿下です」と少女の正体を明かす。
「えっ! ……ってことは、サーヴァ殿下の妹君……ですか?」
「そうですわ。何者かに攫われて、塔の上に監禁されていたところを救い出してきましたの」
「監禁? なんで、そんなことに……?」
ロランが眉をひそめた。
彼の頭の中では、今回の魔獣襲撃と隣国皇女の誘拐事件が全く繋がらなかった。
マルティーヌの腕の中にいる少女が、つんとした態度で言う。
「そこの……ロランと言ったわね。お兄さまはどこ? ヴィルジールも一緒なの?」
「お、お二人は、逃げた魔獣を追って城の外を見回りされています」
彼は、目の前の少女がヴィルジールの婚約者だということも知らない。
だから、なぜ彼女がこの国の王子を呼び捨てにし、これほど気にするのか疑問に思う。
「じゃあ、わたしをお兄さまと彼のいる場所に連れて行きなさい」
「いや、そ、それは……」
彼女は幼いながらも権力者だ。
人に命ずることに慣れた者特有の威圧感に、ロランはたじたじになる。
かといって、そんな危険な場所に皇女を連れて行くことはできない。
「ルフィナ殿下。サーヴァ殿下は今、魔獣と戦っていらっしゃいますから、安全な場所でお戻りをお待ちしましょう」
髪を撫でながらマルティーヌが言い聞かせると、ルフィナは瞳を輝かせながら言う。
「じゃあ、マルティーヌお姉さまも一緒にいてくれる? お姉さまが一緒なら安心だわ」
「それは……」
「ね、いいでしょ?」
無邪気な威圧に、今度はマルティーヌが口ごもった。
どうしよう。
皇女をパメラに預けたら、すぐに城内に出たいのに……。
ロランも、マルティーヌには戦力として復帰してもらいたかった。
先ほどの庭園での死闘も、彼女一人いるだけでもっと楽に戦えたはずなのだ。
だからなんとしても、この小さな権力者を遠ざけようとする。
「あのっ、庭園にはサーヴァ殿下の側近の方々が全員残っているんで、彼らと一緒にいた方がいいんじゃないですか」
その説明に、侍女がほっとした顔をする。
「では、ゲラーシー様やキリル様も庭園に?」
「名前までは分かんないですけど、サーヴァ殿下は側近全員を庭園の護衛として残して、単身で我々の団長に同行されたんですよ」
「では、姫さまの護衛は彼らにお任せすることにいたします」
レナータがきっぱりと言い切った。
ルフィナは「えーっ?」と不満そうな顔を見せたが、それ以上ごねることはなかった。
サーヴァの側近は腕の立つ者ばかりだ。
皇女である自身の護衛は、自国の者に任せるべきだということは、ルフィナも本当は分かっていた。
マルティーヌは、皇女から離れられることにほっとする。
しかし、別の問題があることに気づいた。
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