【完結】「ラヴェラルタ辺境伯令嬢は病弱」ってことにしておいてください

平田加津実

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第10章 舞踏会の長い夜

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 魔力の行き先を見失った椅子からは、今も強力な魔力が発せられている。
 これは、この世界にあってはならぬものだ。

「もう、これで終わりにしよう。四百年前の苦い過去の記憶も、今まで引きずった因縁も」

 マルティーヌが決意を込めて言うと、ヴィルジールが頷いた。

「ああ。生まれ変わった俺たちに課せられた使命も、これで果たせる」

 かつての仲間の生まれ変わりであるアロイスとロランも、同時に頷いた。

 椅子を壊したところで過去の記憶は消えない。
 この椅子に召喚された魔獣も『死の森』で生き続ける。

 それでも。
 すべての元凶を自分たちの手で破壊することによって、一つの結末を迎えることはできるのだ。

 勇者ベレニスと、魔王の生まれ変わりは視線を交わした。

「はっ!」

 二人は剣を振り上げた。

「やあぁぁぁっ!」

 椅子から注ぎ込まれた魔力と、二人分の全ての魔力と物理的な力を、細い刃の一点に集中させて背もたれに打ち付ける。

 鈍い音が響く。

 二人の手から全身へと凄まじい衝撃が伝わり、途方も無い規模の魔力が相殺される。
 目の奥に激しい火花が散ったと思った瞬間、視界が闇に落ちた。

 気がつけば、二人は剣を硬く握ったまま、後方に弾き飛ばされていた。

「う……くっ。椅子は、どうなったっ!」

 マルティーヌが慌てて体を起こして、椅子の状態を確認する。
 しかし、大きな背もたれをこちらに向けた椅子には、何の変化も見られなかった。

 それは、なおも立ちはだかる巨大な壁に見えた。

「くそっ、だめか。ヴィル、もう一度いこう!」

 もう一度と言ったものの、二発目は無理だと本当は分かっていた。

 だからって、このまま敗れ去るわけにはいかない!
 負けるものか!

 ふらつく体で立ちあがろうとすると、ヴィルジールが止めた。

「いや、充分だ。見てみろ」

 彼が背もたれの上部を指差した。

 剣を叩きつけた箇所から小さな欠片がぱらぱらと落ちると、そこから縦に大きく亀裂が走った。
 細かなひび割れが左右に網の目のように広がっていき、椅子全体を覆い尽くす。
 ぎらりと、その内部が赤く輝いた。

「危ない! 爆発するぞっ!」
「伏せろっ!」

 ヴィルジールがマルティーヌを腕の中に閉じ込める。
 マルティーヌが残った魔力を振り絞り、彼と自分自身に強化術を施した。

 アロイスとロランは拘束しているアダラールの前に出て盾になった。

「くそっ! 間に合えっ!」

 セレスタンが全力で聖結界を放つ。
 椅子に覆い被さるように、半球状の結界が出現した。

 その直後。

 激しい爆発が起きたが、その音は強力な結界に阻まれて聞こえなかった。
 透明な反球状の結界の内側が、焼けた鉄のような眩いオレンジ色に染まる。

 無数の石の欠片が凄まじい勢いで壁にぶつかっているが、結界の外に飛び出すことはなかった。
 全くの無音の中、立ちこめた黒煙で結界内が闇に落ち、その後ゆっくりと透明に戻っていく。

 その場に残っていたのは、崩れ落ちた石の欠片の山だった。

「もう大丈夫そうだな」

 セレスタンが、内部の魔力の消失を確認した後、結界を解いた。
 結界のふちに溜まっていた石の欠片が乾いた音を立てて崩れ、円形に広がった。
 誰もが一瞬身構えたが、小石の山からは一切の魔力を感じ取れない。

 安堵のどよめきが起きた。

「ああ……ようやく、終わった……のか?」

 ヴィルジールがマルティーヌを腕に収めたまま振り返る。
 彼の大きな体に阻まれて、マルティーヌからは椅子の様子は見えないが、もう、身が凍りつくような強烈な魔力は微塵も感じられない。

「うん、そうだね。全て終わった」
「あぁ……。君のおかげだ」

 ヴィルジールが万感の思いで両腕に力を込めた。

「本当に、長かったね」

 マルティーヌも彼の背中に回した手に力を込めた。

 きっかけは、国境の街道で巨躯魔狼に襲われていた彼を助けたことだった。
 彼と出会って約半年。
 短いようでとてつもなく濃い日々の後、こんな決着を迎えるとは思ってもいなかった。

 ベレニスの記憶からは約四百年。
 ヴィルジールの持つ魔王の記憶にはさらに数百年が追加される。
 その途方もない長い間、古代の魔道具が人々を弄んできた。
 彼と自分、ベレニスや彼女と同じ時代を生きた者たち、きっとヴァロフ王までもが椅子の犠牲者だった。

 ようやく。
 ようやく、椅子の呪縛から解放されたのだ。

「君が阻止してくれなければ、俺は新たな魔王となっていただろう。本当に感謝している」
「感謝なんていらないよ。俺らはきっと、そのために同じ時代に生まれたんだ。勇者が魔王を倒すためじゃなくて、この連鎖を断ち切るために」
「ありがとう。……そう考えたら、俺も救われる」

 そう呟くと、彼はマルティーヌの肩に額を預けた。

「ヴィルがそんなに素直だなんて、気持ち悪いな」

 ちょっと茶化しながら彼の背中をばしばし叩くと、彼はわずかに顔を赤くしながら「うるさい」と腕を解いた。
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