シャッターチャンス ― 何回桜を ―

冴月練

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シャッターチャンス ― 何回桜を ―

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「あと、何回桜を見れるだろうか?」
 じいちゃんと、早世したおじちゃんが生前毎年言っていた言葉だ。
 私、高坂美桜こうさかみおは、まさか自分がこの歳で言うことになるとは思わなかった。

「あと、何回桜を見れるだろう?」
 そうつぶやくと、私は指で矩形を作る。最も美しい構図を探して。



* * *



 体調不良を感じて、病院に行った。
 予想外に検査を受けさせられた。会計で金額を言われて青くなった。「自分は不幸だ」と思った。
 甘かった――。現実はずっと厳しかった。

 検査の結果を聞きに行くと、医者がシリアスな顔をして待っていた。嫌な予感が足元から這い上がってきた。
「余命数年」と言われた。「はあ」とうなずいただけだった。
 そんな有様でも、「家族には言わないで欲しい」という言葉は出た。成人してたから、その願いは受け入れられた。



 病院を出た。
 何だか現実感が無かった。頭に霞がかかっているようだった。
 ふと、近くにプラネタリウムがあることを思い出した。気分が変わるかと思い、行ってみた。

 チケットを買い、席に座った。
 小学生の団体がいて、はしゃいでいた。私は、それを薄膜の向こうから見ているように感じた。
 上映が始まった。有名なアニメとコラボしていたようだ。子供たちの喜ぶ声、笑い声が聞こえた。――どこか遠くから。
 私には、何が面白いのかわからなかった。

 気分転換に豪華なイタリアンを食べた。
 前に食べた時は感動するほど美味しかったのに、今日は味がしなかった。



 病院に行けば病気が治る。
 医者は病気を治す仕事だ。

 そう思っていた。
 でも、違った。
 検査のためにいくつかの病院を訪れた。
 私よりも若い人が、病と闘っていた。
 それでも、笑っていた。

 医者にできることは、できることをするだけだ。治る、治らないは、また別の問題。
 それを少しずつ理解した。
 私は――あの人達のように笑えるようになるだろうか?



 何もする気が起きなかった。
 どうせもうすぐ死ぬのに、何を頑張れば良いのだろう?
 家と病院を往復する日々。あとは、ベッドに横になったり、スマホやパソコンで無意味にネットにつながったりしていた。

 家族や友人から、ときおり心配するメッセージや着信があった。ほとんどを無視した。
 やがて、友人だった人達からは、連絡がこなくなった。



 ある日、スマホでSNSを見ていると、風景写真が表示された。
 どこかの桜の木だった。幻想的で、この世のものとは思えなかった。
 どうやら、カメラで撮影しただけではなく、それを加工しているようだ。レタッチというらしい。
 私も、こんな写真を作ってみたいと思った。



 久しぶりに実家に顔を出した。
 母が心配そうな顔をしていた。私は無理矢理笑う。心が痛む。用事だけ済ませて、さっさと帰ろうと思った。

 おじちゃん、母の兄は、写真を趣味にしていた。カメラなどの機材と本は、実家に保管してあった。それを譲ってもらえないかと母に頼んだ。
 母は困惑していたが、使う人はいないからと了承してくれた。
 全部を持ち帰るのは無理だったので、宅配便を頼んだ。

 宅配便の集荷が来るまで、母とお茶を飲んだ。
 いつかは病気のことを両親に言わなくてはならない。でも、私はそれを保留した。
 私の作り笑いは、母を欺くことができただろうか?
 集荷が終わると、理由を付けて実家を後にした。
 母は私をずっと見送っていた。



 数日後の午前中。宅配便が届いた。
 中身を確認した。壊れているものは無さそうだった。
 おじちゃんはマニュアルも全部取っておいてくれたから、使い方も大丈夫だろう。
 充電している間に、基本的な使い方を確認した。難しいことは、少しずつ覚えよう。

 レトルト食品で昼食を済ませた。
 今日は天気が良い。何かを撮影しに出かけることにした。
 病院以外の用事で、積極的に出かけようと思ったのは、久しぶりだ。



 お寺、鳥、猫、空。
 良さそうなものをパシャパシャと撮影した。
 春まではもう少しある。花があまり無いのが残念だった。

 美桜みお
 私の名前だ。桜がきれいに咲いている日に生まれたから美桜。安直だと思うが、気に入っている。
 桜が咲くまでに、カメラとレタッチソフトの扱いに慣れよう。
 目標ができた。少し楽しくなった。



 帰宅してパソコンを立ち上げた。
 カメラのデータをパソコンに移した。ちゃんと撮影できていたことにほっとした。
 レタッチソフトは有名どころを選んだ。情報が多いし。これで機材はそろった。

 お寺の写真でレタッチの練習をした。設定を変えたら、空がきれいな青空になって感動した。嬉しくなって、いろいろなパラメータをいじった。
 夜までそんなことをしていた。

 翌日、昨日レタッチした写真を確認した。
「空、青過ぎない?」
 昨日は感じなかった違和感をあちこちに見つけた。やり過ぎは良くないと理解した。程良いバランスが大切だ。



 その日からは、撮影とレタッチを繰り返した。
 少しずつ、作品の違和感が減っていった。上達しているのが嬉しかった。

 ある朝スマホで天気を確認すると、桜の開花予想が出ていた。
 私のところまで来るのは、もう少し先だ。
 おじちゃんが残した機材も、使えるものが増えた。
 私は桜が咲くのが楽しみで、笑った。



 私の住む町でも桜のつぼみがほころび始めた。
 いそいそと撮影に出かけた。あちこちの桜の木を回り、撮影してきた。
 帰宅するとパソコンに向かい、レタッチに励んだ。できあがりには満足したが、桜がまだ開いていないのが不満だった。
 私は、桜の満開を待ち焦がれた。



 現実は厳しかった。
 桜の開花が進み、わくわくしていたら、暴風雨がやってきた。

 アパートの窓から吹き荒れる風を見ていた。
「桜が全部散っちゃったらどうしよう……」
 不安だった。
 ふと、じいちゃんとおじちゃんが危篤に陥った日を思い出した。
 私はあの日と同じように祈った。あの日の祈りは――届かなかったけど。



 晴れた!
 夜明けとともに目が覚めた。
 冷蔵庫の中の物で適当に朝食を済ませると、撮影の準備を大急ぎでした。
 頭の中には理想的な撮影ルートが描かれていた。

 町で一番きれいな桜並木に到着した。わずかにピンクを含む白い花が頭上を覆い、視界の先へと続く。時間が早いから、私以外に人はいなかった。
 道の端に撮影機材を入れた鞄を置くと、撮影ポイントを探した。
 指で矩形を作り、最も美しい構図を探した。
 ポイントを決め、カメラを構えた。――シャッターを切る。

 撮影したい桜はまだまだあった。
 次の場所へと足早に向かった。



 夕方。
 ベンチに座り、ペットボトルのお茶で喉の渇きを潤した。
 撮りたい写真は撮れた。
「あと、何回桜を見れるかな……」
 つぶやくと、フッと笑った。



 夜はパソコンでレタッチにいそしんだ。
 満足できる作品もあれば、微妙だと思う作品もあった。
 でも、それでいい。
 レタッチはやり直すことができるし、桜はまた撮りに行ける。
 パソコンを切った。

「カメラを残してくれたおじちゃんに感謝だわ」
 おじちゃんの機材の値段を調べたことがある。青くなった。



「あと、何回桜を見れるだろうか?」
 じいちゃんと、早世したおじちゃんが生前毎年言っていた言葉だ。
 毎年というか、お見舞いに行くたびに言っていた。――私を見ながら。

 電源の切れたディスプレイに私が写っていた。
「ああ……」
 その意味を――理解した。
 私は微笑んだ。

(了)
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