地味悪役令嬢、破滅回避のために全力で透明になります

黒瀬ユカ

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“破滅の種子を追放せよ”  
その言葉が、もはやただの噂ではなく、“空気”として学院を包んでいた。

数日前の神託の余波は収まるどころか、逆に膨張していた。誰もが言葉にしないまま、無言で周囲を値踏みし、目立つ者を避け、目立たぬ者を疑い始めていた。

その日、アニカは廊下の掲示板前で立ち止まった。そこに貼られた一枚の紙が、目に留まったからだ。

《目立たず、話さず、どこにでもいて、どこにもいない者…それこそが“種子”ではないか》

名前はない。けれど、そこに書かれている特徴は、あまりに明確だった。

誰もが読めば思い浮かべるであろう、“地味で目立たぬ令嬢”。

アニカ=フォン=ヴァレンティナ。

「……わたくしは、見えていないはずでしたのに」

声に出したつもりはなかったが、唇から漏れた囁きに、自分自身が一番驚いた。

(見えぬ者であることが、いまや“悪”になっている)

教室でも、食堂でも、寮の廊下でも、視線は逸らされる。時折、わざとらしく声を潜めながら囁かれる。

「……あの子じゃない?」「神託ってそういう意味でしょ」

“知らない”はずの人々が、“確信”しているような態度を取る理不尽さに、アニカは何も言えなかった。

記録室。

落ち着ける場所を探して迷い込んだその地下の一角で、アニカは思いがけず再会する。

「……おや。お会いするのは初めて、というわけでもないような気がしますが、初めてですね」

無骨な眼鏡と淡々とした口調が特徴の青年。記録室の書記官、ハインツ・ローベン。

彼は帳簿を捲る手を止めずに言った。

「あなたの記録、王立学院在籍名簿の上では“極めて不鮮明”です。授業出席率、交友記録、魔力量。どれも定義不可能に近い。これは……珍しいことですよ」

「……わたくし、なるべく目立たぬようにしておりましたので」

「目立たぬように、ですか。それはおそらく、正しかった。しかし“誰の目にも映らない”ということは、“誰の記憶にも残らない”ということと、紙一重なのです」

ハインツは、書架の上から一冊の資料を取り出す。

「見えない存在は、記録に残らない。記録にない者は、“疑いの余地がある”とされる。皮肉ですね。完璧に隠れたはずのあなたは、今やその完璧さゆえに最も目立つ存在になっている」

アニカは言葉を失った。

それはまるで、自分の魔法の“行き止まり”を突きつけられたかのようだった。

「……隠れることは、逃げではなかったはずなのに」

「逃げではありません。ただ、今の学院の空気が、それを“逃げ”と呼ぶようになっただけです」

誰かに断罪される前に、空気が断罪を始める。それが、王立エーデル学院の“聖女信仰”の恐ろしさだった。

アニカは深く息を吸い、魔力を静かに整える。

見えぬままでは、いずれ“存在しない”とみなされる。  
けれど見えすぎれば、“断罪対象”になる。

ならば、どこに立てば、生き残れるのだろうか。

その答えを探すために、彼女は再び透明の術式を起動させた。  
まだ、沈黙の盾を捨てるには早すぎる。
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