軽四駆 × 異世界疾風録   season2 〜今度は家族全員で異世界へ! ランエボ乗りの妻がジムニーで無双する件〜

タキ マサト

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第一章 家族で異世界へ

1話 黒い霧再び

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 峠の国道に二つの影があった。
 少年と少年の膝ほどの高さに満たない小さな体。

『寒い……白い世界……?』
 国道のカーブには雪が散らついていた。

『こっちじゃ』
 チョーローが杖を向ける。
『車に気をつけるんじゃよ』
 背後に轟音が響き、ケイは身をすくめた。
『ほっほっ。鉄の車じゃ……』
 反対側から地鳴りのような地響きが聞こえてきた。
 二つの光る目に睨まれる。
 ケイは反射的に腰の弓に手をかけた。
『小屋の軽トラより大きいが、同じじゃよ』

——生き物じゃない? これが鉄の車?

 轟音と共に、土を積んだダンプカーが通り過ぎた。
 排気ガスに顔をしかめ、ケイはその巨体を唖然として見送る。
『ここが父さんの世界……』
 振り返ると、見慣れない針葉樹がうっそうと茂っている。
 チョーローはガードレールを潜り抜けると、谷に降りていく。
 ケイは冷たく硬い薄い板の前に立ち止まった。
『……これは何?』
『ほれ、何もしやせん。乗り越えたら良い』
 振り返って声をかけるその表情は、どこか楽しげに見えた。
 経験したことのない肌を指す冷気。獣の匂いのしない森。

——冷たい……白い雨?
 手をかざすと手のひらでそれは小さな水たまりを作った。雪が散らつく中、サクッと足元で雪の塊が鳴る。
——これも冷たい……滑る……これは何?

『チョーロー! 待って!』
 ガードレールをひらりと飛び越えると慌ててチョーローを追う。
 崖のような谷を滑るように降りていく。
 前を行くチョーローの足取りは軽やかだった。

——十二年前、タサキが影で異界に帰ったとき、飛び散った祭壇の紋様のカケラも一緒に飲まれた……

 紋様が全部揃わねば、祭壇の復旧は叶わぬ……
 闇の制御はできない。

 この十二年、影を集めては異界を覗き、ようやく探し当てた……

『ここだったはず……』
 しばらくして杖が、薮の中を指した。
 斜面にできた平らな地面に薮が茂っていた。
 ケイが身をかがめて手を伸ばすが届かない。
 地面に這いつくばり腕を伸ばす。やがてケイの手が冷たく硬い石板に触れた。
 土に半ば埋もれたそれを引き抜き土を払うと、紋様が現れた。
 ケイがその紋様の文字を読み解こうとしたとき、土で汚れた紋様が光り輝き始める。

『これだけ、影を溜め込んでいれば、帰れるぞ……』
 チョーローが安堵の息をついたとき、光が爆ぜた。
 二人の視界を光が奪う。
 ペキッ、石板が割れる音が響く。
『……!』
 次の瞬間、ケイの体が弾け飛ぶように倒れた。
 左手の甲に、まばゆい紋様が刻まれていく。

『な、なんという影の量……制御出来ん……』
 チョーローは詠唱を唱え始めるが、その影の圧力にかざした手が弾かれそうになる。

『手が痛い……』
 ケイは左手背を押さえうずくまった。押さえた右手から光がこぼれる。
 そして割れた石板の裂け目から、制御を失った黒い影が洪水のように溢れ出していった。
 影は、チョーローを、ケイを飲み込み、さらに止まることなく膨れ上がった。

 それは黒い霧となって、国道へ向かって山肌を這い上がっていった。



  *



 ジムニーは年末の国道の町外れを走っていた。

「……降ってきたな……これは吹雪くかもしれない」
 男は凍える手に息を吹きかけながらつぶやいた。

 セルフスタンドで給油を終え、これから峠越えだった。
 ちらりと新しい相棒を見つめる。
「前の丸っこいジムニーも良かったけど、こっちもいいなあ」
 角ばったデザインのジムニーに顔がにやけてしまう。
 雪がちらつく中、愛おしむようにエンジンをかけた。

「もー! ジムニーって乗り降りしにくいっ!」
 トイレから戻ってきた娘の碧が、後部座席で頬を膨らませる。
 早いものでもう来年小学五年だった。
「わんわんわん!」
 後部座席でゴールデンレトリバーが吠えた。
「ほら、リーも嫌だってー!」
 ジムニーは年末の買い出しを終えて、雪のちらつく国道の登りに入っていた。

 中古の軽自動車で我慢し続け、半年前ようやく納車されたジムニーだった。

「今度はハイブリッドのSUVにしようって言ったじゃない」
 助手席で妻の未来が不満な顔をして横目で睨む。

「未来こそ、ランエボから乗り換えたら?」
「だめ! ランエボは私の魂!」
「魂!?」
 こだわりの強さは未来も同等だった。付き合い出した頃に買ったランサーエボリューションをいまだに大切に乗っていた。
「やっぱ、ランエボの方が良かったな」
 碧が後ろでぼそっとつぶやいた。
 峠で育ったと豪語する未来のランエボで年末の帰省をすることを必死に止めたのだった。

 十二年前、異世界から帰った後に付き合い出した大学の同期。
 一年が経った頃、妊娠が発覚しデキ婚となった次第だが、

——その時は知らなかった……

 おとなしそうに見えて、実は峠で名を馳せた走り屋だったとは……
 結婚するまで夢にも思わなかった。

 ふてくされている妻を横目に、ため息をつく。

「そんな怒ってばかりだと、ひいじいちゃんが悲しむぞ」
 山に一人で住む祖父の家で年末年始を過ごす予定だった。
 九十近い祖父は年齢に似合わず今も山を歩き回り、消防団員をこき使っていた。

 このところこの地方で災害が増えていた。
 熊の被害の急増。
 新たな感染症も流行している。
 原因不明の電波障害も頻発。
 もし何かあって連絡が取れなくなったら……
 いいしれぬ不安が高まり、眉間に皺が寄る。

「いい加減、町に呼んだらどうなの?」
 保健師として町の保健所に勤める未来も、同じ心配をしていた。
 町外れに建てた家には、年寄り一人は住まわせる部屋はあった。

「おじいちゃんなら、同居は大歓迎よ」と言ってくれる未来には感謝しかなかった。

「でも、本人がなあ……」
 それを頑なに拒んでいるのが、祖父だった。
「元気なうちは先祖代々の山を守らなければならん」
 それが口癖だった。

「圭一からも、もっと強く言ってよ」
 隣で首を振る様子を見て、未来はため息をついた。

「まったく。誰かさんと一緒よね。車もせめてノマドにしよ?」
 ジムニー・ノマド……
 それはダメだ。またも首を振る。

「ジムニーはな、軽四駆だからいいんだ。タフで小回り利いて燃費も悪くない。それに構造がシンプルだから、壊れても治せた。最高の相棒なんだぞ」

 あの冒険はジムニーでなければ確実に死んでいた。
 転移後の山道、他の車なら確実に横転かパンクで走行不能になっていた。大型四駆では狭い木々の間は抜けられず、ランエボでは渡河もできず、燃費の悪い車ならガス欠で立ち往生していただろう。

「何度もジムニーに助けられたんだ、パパは」
 現実世界に帰るための巌窟寺院までは到底、辿り着けなかった。
 ふとリューシャの面影が頭にちらついた。今は何をしているのだろう。

 今でも時々夢に見る。会いたいと思う反面、そんな事を考えている自分に罪悪感を抱く。でも、もうあの世界に行くことはない……多分。

 懐かしむ目をしてダッシュボードの上を見る。
 そこにには、小さな座布団が貼り付けてあった。
 未来と碧の冷たい視線も、それを捉える。

 小人が乗る席だ。

 碧が唇を突き出した。
「またその話? 小人とドラゴンモンキーの話でしょ? そんなのいるわけないもん」
 チョーローに聞いた小人を呼び出す方法は何度か試してみたが、一度も小人を呼び出せたことはなかった。碧が小さい頃は目を輝かせて小人の話をしてくれとせがまれたものだった。
 祖父は「きっと忙しいんじゃろ」と笑っていた。

「小人はね、いるよ。碧だったら、いつかきっと会えるよ」
 妻と娘が深いため息をついた。

「……」

 会話が途切れ静まり返る車内で、大きなあくびが出る。
 あくびをかみ殺すたびに、鼻の奥に古紙の埃が詰まったような感覚がする。役所の年末は、次年度の予算の精査や議会答弁用の資料作りで、連日残業だったのだ。

「……また、あの夢? 昨日もうなされてたわよ」
 そう未来に言われて昨晩の夢をまざまざと思い出した。

 竜猿に追われる夢。

 ルーが潰され、知らない少年がつかまり、リューシャに手を伸ばすが届かない。そしてジムニーが押し潰され、深い闇に落ちる夢だった。

 激しい喘鳴と脂汗を流しながら目が覚めた。隣に寝ていた未来が起き上がって心配そうに見ていた。未来を思わず抱きしめると次第に落ち着いてきたのだった。
 頭を振る。
 久しぶりにあんな夢を見たから、リューシャのことを思い出したんだろうと自分を納得させようとした。

「昨日の夜はありがとう。久しぶりに見たものだから……」
 未来がため息をついた。
「大丈夫よ。そんな夢物語みたいなことはもう起こらないから」

 国道は、ところどころ雪が残る山の中に入っていた。

「温泉楽しみなのよね。着いたら暗くならないうちに行ってこようよ」
 車内の空気が悪くなったのを察した未来が気を取り直して提案した。
「……いいね。じいちゃんも来るかな?」
 温泉かそれも悪くない、あったまって疲れを取ってじいちゃん家で熱燗でも飲むか。
 気分を切り替える。
「あとさあパパ? ひいじいちゃん家ついたらさ、ソリ遊びもしようよ?」
 後部座席で碧も機嫌を直して続けて希望を出した。

 もう少しであの因縁の国道のカーブに差し掛かるところだった。

「おう。今年は雪が少ないけどな、明日やろうか」
「やった! リーも一緒にやろうね」
「わんわんわん!」
 碧の笑い声が後部座席に戻ってきた時、

「ちょっと、あれ何? 火事?」
 未来が、前方の下り坂で黒い霧が渦を巻いているのを見て、田崎に聞いた。

「……う、嘘だろ?!」
 田崎の背筋が凍った。
 慌ててブレーキを踏み込む足がこわばっていた。
 後部座席の碧とリーの息遣いが、やけに近く感じられる。

——この十二年、何事もなかった。
 あれから幾度も通った道だ。
 すっかり忘れていた。
 あの十二年前も年末だった。

——頼む! 家族だけは、巻き込まないでくれ!

 願いも虚しく黒い霧は、減速したジムニーにまとわりついていく。
 車内に底冷えのする空気が流れ込んできた。
 車の下半分を埋めた黒いモヤは、下半身を完全に覆い隠していく。

「な、なになに?!」
 未来はシートを掴み悲鳴を上げ、碧はリーにしがみつきリーは低く唸った。

——まさか! またあの世界に?

「勘弁してくれッー!!」

 叫びもむなしく黒い霧は瞬く間に広がり、ジムニーはその中に飲み込まれていった。

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