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第六章 集結
48話 憤怒
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キキーッ!!
暗闇にタイヤの悲鳴が響き渡る。
次の瞬間、竜猿の咆哮がすべてをかき消した。
「……ッ!! ぶつかる!!」
ジムニーは半回転しながら派手に横滑りしていく。
磨かれた黒光りする石床の上を、タイヤが火花を散らして滑っていく。
ゴッ! 鈍い音と共に壁に運転席側のサイドミラーが触れて、ひしゃげた。
ギリギリだった。
「止まっ、た……」
未来はハンドブレーキを引いた手をゆっくりと上げた。
次いでギアをニュートラルに戻す。
踏んだままのブレーキから、ようやく力を抜いた。
息が、荒い。
ハンドルを握る手が、わずかに震えていた。
ジムニーのアイドリング音がドームに反響している。
ヘッドライトが暗闇を照らし出す。
田崎の目が慣れてくると、ぼんやりとドーム内の様相が見えてきた。
十二年前、竜猿によって壊された壁は修復されていた。
そこだけ煉瓦と土壁のような素材で埋められている。
中央の祭壇があった場所は、土台が抉られたような痕が残されていた。
——また、ここに来ることになるなんて……
十二年前のあの戦いの記憶がよぎる。
竜猿の咆哮。崩れ落ちる壁。濃厚な血の匂い。
そして、
——盲目の僧侶の最期。
田崎は身震いした。
「碧は、どこなの?」
未来は大きく息を吐いて、モーイに聞いた。
「今、向かってると思う……」
「今さっき、竜猿が吠えた?」
それに応えるように再び咆哮が響き、ドームが揺れた。
「碧とケイは必ず来る」
確信があった。
「未来、中で待ってて」
田崎は後部座席を乗り越え、バックドアから外に出た。
「リューシャ! 降りるぞ!」
長剣を手に取り、油断なく周囲を見回す。
助手席から降りてきたリューシャが小弓を構えて田崎に並んだ。
『タサキ……』
リューシャの紋様が赤く、強く、光り出している。
「リューシャ……?」
竜猿の咆哮は断続的に続き、ドームの空気を不気味に震わす。
甘ったるい香の匂いが立ち込めている。
——使い手がいる……?
「タサキ! リューシャ! 危ない!」
そのとき、車内のモーイが叫んだ。
「何ッ……?」
田崎が振り返ろうとした瞬間、暗闇から無数の黒い蛇が這い出した。
「くっ!」
蛇が田崎の足に巻きついた。
さらに二匹目の蛇が頭をもたげる。
剣を振ろうとした田崎の腕にまきつき、強烈な力で縛り上げていく。
『タサキ!』
リューシャも黒い蛇に全身を巻かれていた。
「リューシャ!」
振り解こうとするが、蛇の力は強い。
ぎりぎりと締め上げられる。
「くっそ……」
思考がぼんやりと霞んでくる。
手足が鉛のように重く、感覚が鈍くなっていく。
力を奪われているのではなかった。
生きる気力そのものが、奪われているような感覚に襲われる。
「きゃあ!」
「ミクッ!」
車内からも悲鳴が上がる。
ジムニーの車内にいた未来とモーイも、バックドアから忍び込んだ蛇に巻きつかれていた。
「……イリナ」
モーイは、黒い蛇が眠るイリナに狙いを定め、鎌首をもたげるのを見ていることしかできなかった。
蛇がイリナに巻きつこうとしたその刹那、リーがその頭に食らいついた。
「グルルル……」
「リー!」
しかし黒い蛇は噛み付かれたまま、リーに巻きついていく。
リーはぐったりと力が抜けていく。
「未来…… 碧……」
田崎の膝が崩れ落ちた。
視界がぼやける。
隣でリューシャが倒れる音が響く。
「リューシャ…… ケイ……」
まだ、意識はあった。
「みんなを守る……」
霞む視界で、田崎はドームの中央を睨みつける。
ドームの中央に、複数の小柄な影が見えた。
音もなく、気配もなく。
忍び寄るように祭壇の跡地まで進みよっている。
そして、低い呪言が静かに響き始めた。
使い手の足元にある紋様のカケラが妖しく光り出していく。
呪言の声量が増していく。
その場にいる月の民全員の唱和が加わり、不協和音がドームを満たす。
紋様が怪しく明滅しながら、カケラから浮かび上がる。
『依代は揃った…… 血に塗れた紋様を、今こそ取り込む時……』
使い手が口を歪め、鈴を鳴らした。
その背後に、五体の大きな影が立ち上がった。
鬼猿だった。
五匹の鬼猿が、ゆっくりと田崎たちに近づいてくる。
「碧…… ケイ……」
カケラから解き放たれた紋様が、淡い光の尾を引いて飛び込んでくる。
そして、田崎の左手の甲が熱を帯びた。
「ぐあッ…… ああ……」
紋様が田崎の左手に焼き付いていく。
紋様が赤黒く脈打ち始める。
「くっ…… これは…… 分かる……」
田崎は、かつて感じたことのある激しい感情がよみがえった。
理由は分からない。
だが、この熱さは知っている。
「きゃ……」
未来の小さな悲鳴が上がる。未来の手にも、紋様が刻まれようとしていた。
「この…… 感じ……」
——憤怒…… の、紋様……
理不尽なものへの、大切なものを奪おうとする者への、純粋な怒りが湧き上がってきた。
——あの時と、同じだ……
黒い蛇によって体は拘束され、動かない。
ただ、怒りだけが、田崎の心を支配していた。
霞む視界に鬼猿の足が入る。
田崎が歯を食いしばり見上げようとした時、入り口の門で光が輝いた。
『グアッ! グアッ!』
それは、金色に輝く竜猿だった。
碧の光を受け、全身の鱗を煌めかせながら、ドーム内に飛び込んでくる。
そしてそのまま、鬼猿の一体を吹き飛ばして着地した。
その背中に二人の子ども。
『……絶望も来たか。絶望の影があれば、あの化け物など、造作もない……』
使い手は鈴を鳴らす。その目は紋様と同じ色に染まっていた。
憎悪の紋様から漆黒の影が湧き出していく。
「パパー! ママー!」
碧の声がドームに響き渡る。
「碧ッ!」
田崎が持てる力の限りを尽くして叫び返す。
憤怒の紋様が一瞬、光を帯びたような気がした。
『アオ、降りて!』
ケイが碧を竜猿の首から引き離す。
『ハネピー! オムカさん! 頼みます』
羽ピーは首を下げ、ケイと碧を床に下ろした。
『ハネピー! 行くよ! あの古竜猿を巌窟寺院から遠ざけないとね』
羽ピーは一瞬、碧を振り返った。
碧と目が合う。
「羽ピー……」
『グアッ……』
「帰って来て……」
羽ピーはオムカを乗せて、再び外へと飛び立った。
「パパは……?」
碧は田崎の姿を探して振り返った。
「きゃあっ!!」
碧は、田崎の目の前に立つ巨大な鬼猿の姿に硬直した。
「碧っ! 逃げろ!」
鬼猿の棍棒が振り上げられる。
「碧ー!!」
「パパッ!! 嫌あーッ!!」
その叫びとともに、碧の体から光が爆発した。
一瞬にして田崎を縛っていた黒い蛇が、光の中に霧散して消えた。
鬼猿が光の洪水を浴び、うめき声を残して崩れ落ちる。
その光は、ドーム全体を白一色の世界に染め上げた。
「碧……」
未来がつぶやいた。
解けた拘束に気がつくと、震える手でドアを開け、外へ飛び出す。
振り返る。
光の中に小さな碧の姿があった。
「碧!」
「ママ!」
未来は転がるように駆け寄った。
碧をぎゅっと抱きしめる。
「碧! 碧! 良かった……」
「ママ……」
「碧!」
立ち上がった田崎も二人のもとに駆け寄った。
「パパ」
三人は強く抱き合った。泥と汗と獣の臭い、そして確かな温もり。
「良かった…… 本当に良かった……」
未来と碧の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
一方、リューシャもケイを抱きしめていた。
『母さん』
『ケイ……』
リューシャはゆっくりと立ち上がった。
まだその紋様は激しく脈打っていた。
やがて碧の光が収束していった。
『……まだ、何も終わってない』
暗闇の向こうで使い手の紋様が不気味に光った。
チリーン…… 鈴の音が静かに鳴る。
その背後で、光で崩れ落ちたはずの鬼猿が、より濃い闇を纏って再び立ち上がる。
ジムニーはまだ静かにエンジン音を発していた。
「くうん」
ジムニーの中で、碧の光を受けたイリナが、長い眠りから目覚めようとしていた。
暗闇にタイヤの悲鳴が響き渡る。
次の瞬間、竜猿の咆哮がすべてをかき消した。
「……ッ!! ぶつかる!!」
ジムニーは半回転しながら派手に横滑りしていく。
磨かれた黒光りする石床の上を、タイヤが火花を散らして滑っていく。
ゴッ! 鈍い音と共に壁に運転席側のサイドミラーが触れて、ひしゃげた。
ギリギリだった。
「止まっ、た……」
未来はハンドブレーキを引いた手をゆっくりと上げた。
次いでギアをニュートラルに戻す。
踏んだままのブレーキから、ようやく力を抜いた。
息が、荒い。
ハンドルを握る手が、わずかに震えていた。
ジムニーのアイドリング音がドームに反響している。
ヘッドライトが暗闇を照らし出す。
田崎の目が慣れてくると、ぼんやりとドーム内の様相が見えてきた。
十二年前、竜猿によって壊された壁は修復されていた。
そこだけ煉瓦と土壁のような素材で埋められている。
中央の祭壇があった場所は、土台が抉られたような痕が残されていた。
——また、ここに来ることになるなんて……
十二年前のあの戦いの記憶がよぎる。
竜猿の咆哮。崩れ落ちる壁。濃厚な血の匂い。
そして、
——盲目の僧侶の最期。
田崎は身震いした。
「碧は、どこなの?」
未来は大きく息を吐いて、モーイに聞いた。
「今、向かってると思う……」
「今さっき、竜猿が吠えた?」
それに応えるように再び咆哮が響き、ドームが揺れた。
「碧とケイは必ず来る」
確信があった。
「未来、中で待ってて」
田崎は後部座席を乗り越え、バックドアから外に出た。
「リューシャ! 降りるぞ!」
長剣を手に取り、油断なく周囲を見回す。
助手席から降りてきたリューシャが小弓を構えて田崎に並んだ。
『タサキ……』
リューシャの紋様が赤く、強く、光り出している。
「リューシャ……?」
竜猿の咆哮は断続的に続き、ドームの空気を不気味に震わす。
甘ったるい香の匂いが立ち込めている。
——使い手がいる……?
「タサキ! リューシャ! 危ない!」
そのとき、車内のモーイが叫んだ。
「何ッ……?」
田崎が振り返ろうとした瞬間、暗闇から無数の黒い蛇が這い出した。
「くっ!」
蛇が田崎の足に巻きついた。
さらに二匹目の蛇が頭をもたげる。
剣を振ろうとした田崎の腕にまきつき、強烈な力で縛り上げていく。
『タサキ!』
リューシャも黒い蛇に全身を巻かれていた。
「リューシャ!」
振り解こうとするが、蛇の力は強い。
ぎりぎりと締め上げられる。
「くっそ……」
思考がぼんやりと霞んでくる。
手足が鉛のように重く、感覚が鈍くなっていく。
力を奪われているのではなかった。
生きる気力そのものが、奪われているような感覚に襲われる。
「きゃあ!」
「ミクッ!」
車内からも悲鳴が上がる。
ジムニーの車内にいた未来とモーイも、バックドアから忍び込んだ蛇に巻きつかれていた。
「……イリナ」
モーイは、黒い蛇が眠るイリナに狙いを定め、鎌首をもたげるのを見ていることしかできなかった。
蛇がイリナに巻きつこうとしたその刹那、リーがその頭に食らいついた。
「グルルル……」
「リー!」
しかし黒い蛇は噛み付かれたまま、リーに巻きついていく。
リーはぐったりと力が抜けていく。
「未来…… 碧……」
田崎の膝が崩れ落ちた。
視界がぼやける。
隣でリューシャが倒れる音が響く。
「リューシャ…… ケイ……」
まだ、意識はあった。
「みんなを守る……」
霞む視界で、田崎はドームの中央を睨みつける。
ドームの中央に、複数の小柄な影が見えた。
音もなく、気配もなく。
忍び寄るように祭壇の跡地まで進みよっている。
そして、低い呪言が静かに響き始めた。
使い手の足元にある紋様のカケラが妖しく光り出していく。
呪言の声量が増していく。
その場にいる月の民全員の唱和が加わり、不協和音がドームを満たす。
紋様が怪しく明滅しながら、カケラから浮かび上がる。
『依代は揃った…… 血に塗れた紋様を、今こそ取り込む時……』
使い手が口を歪め、鈴を鳴らした。
その背後に、五体の大きな影が立ち上がった。
鬼猿だった。
五匹の鬼猿が、ゆっくりと田崎たちに近づいてくる。
「碧…… ケイ……」
カケラから解き放たれた紋様が、淡い光の尾を引いて飛び込んでくる。
そして、田崎の左手の甲が熱を帯びた。
「ぐあッ…… ああ……」
紋様が田崎の左手に焼き付いていく。
紋様が赤黒く脈打ち始める。
「くっ…… これは…… 分かる……」
田崎は、かつて感じたことのある激しい感情がよみがえった。
理由は分からない。
だが、この熱さは知っている。
「きゃ……」
未来の小さな悲鳴が上がる。未来の手にも、紋様が刻まれようとしていた。
「この…… 感じ……」
——憤怒…… の、紋様……
理不尽なものへの、大切なものを奪おうとする者への、純粋な怒りが湧き上がってきた。
——あの時と、同じだ……
黒い蛇によって体は拘束され、動かない。
ただ、怒りだけが、田崎の心を支配していた。
霞む視界に鬼猿の足が入る。
田崎が歯を食いしばり見上げようとした時、入り口の門で光が輝いた。
『グアッ! グアッ!』
それは、金色に輝く竜猿だった。
碧の光を受け、全身の鱗を煌めかせながら、ドーム内に飛び込んでくる。
そしてそのまま、鬼猿の一体を吹き飛ばして着地した。
その背中に二人の子ども。
『……絶望も来たか。絶望の影があれば、あの化け物など、造作もない……』
使い手は鈴を鳴らす。その目は紋様と同じ色に染まっていた。
憎悪の紋様から漆黒の影が湧き出していく。
「パパー! ママー!」
碧の声がドームに響き渡る。
「碧ッ!」
田崎が持てる力の限りを尽くして叫び返す。
憤怒の紋様が一瞬、光を帯びたような気がした。
『アオ、降りて!』
ケイが碧を竜猿の首から引き離す。
『ハネピー! オムカさん! 頼みます』
羽ピーは首を下げ、ケイと碧を床に下ろした。
『ハネピー! 行くよ! あの古竜猿を巌窟寺院から遠ざけないとね』
羽ピーは一瞬、碧を振り返った。
碧と目が合う。
「羽ピー……」
『グアッ……』
「帰って来て……」
羽ピーはオムカを乗せて、再び外へと飛び立った。
「パパは……?」
碧は田崎の姿を探して振り返った。
「きゃあっ!!」
碧は、田崎の目の前に立つ巨大な鬼猿の姿に硬直した。
「碧っ! 逃げろ!」
鬼猿の棍棒が振り上げられる。
「碧ー!!」
「パパッ!! 嫌あーッ!!」
その叫びとともに、碧の体から光が爆発した。
一瞬にして田崎を縛っていた黒い蛇が、光の中に霧散して消えた。
鬼猿が光の洪水を浴び、うめき声を残して崩れ落ちる。
その光は、ドーム全体を白一色の世界に染め上げた。
「碧……」
未来がつぶやいた。
解けた拘束に気がつくと、震える手でドアを開け、外へ飛び出す。
振り返る。
光の中に小さな碧の姿があった。
「碧!」
「ママ!」
未来は転がるように駆け寄った。
碧をぎゅっと抱きしめる。
「碧! 碧! 良かった……」
「ママ……」
「碧!」
立ち上がった田崎も二人のもとに駆け寄った。
「パパ」
三人は強く抱き合った。泥と汗と獣の臭い、そして確かな温もり。
「良かった…… 本当に良かった……」
未来と碧の顔は涙でぐしゃぐしゃになっている。
一方、リューシャもケイを抱きしめていた。
『母さん』
『ケイ……』
リューシャはゆっくりと立ち上がった。
まだその紋様は激しく脈打っていた。
やがて碧の光が収束していった。
『……まだ、何も終わってない』
暗闇の向こうで使い手の紋様が不気味に光った。
チリーン…… 鈴の音が静かに鳴る。
その背後で、光で崩れ落ちたはずの鬼猿が、より濃い闇を纏って再び立ち上がる。
ジムニーはまだ静かにエンジン音を発していた。
「くうん」
ジムニーの中で、碧の光を受けたイリナが、長い眠りから目覚めようとしていた。
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