短編集(2020~2024)

星来香文子

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誰にも話さないで(2024.3.14)/その他

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 ある日の早朝だった。
 最近始めた、朝の散歩をしていると、かおる先輩とばったり出会ったのだ。
 薫先輩は、俺が高校生の時の先輩で、大学は違ったけれど偶然にも就職先の会社の上司が薫先輩の彼氏だった。
 俺が転職してからは、会う機会が全くなくなっていたが、まさか、こんな場所で偶然出会うとは……

「この話、絶対に他の人には話さないで」

 薫先輩はどこか顔色が悪く、俺の顔を見てぎょっとし、さらにばつが悪そうな表情をしながらそう言った。

「この話って?」
「だから、その……私とここで会った話、よ。そもそも、私と会ったとか、私を見たとか、そういう話をしないで欲しいの」
「それは、別に構いませんが……————いったい、どうしてですか?」
「だから……それは————」

 その反応から、何かあると思うのは当然のこと。
 俺の知っている薫先輩は、いつも自信に満ち溢れた明るい性格の人で、けれどいつも頭は冷静沈着。
 なんでもできるスーパーウーマンという感じで、動揺のどの字も感じさせないような人だった。
 それが、今は目は泳いでいるし、なんだかずっと口をもごもごとさせている。
 見た目は変わっていないのに、なんだかまるで別人のようだ。

「見たら、わかるでしょう?」

 一体何を隠したがっているのか、俺は薫先輩の頭からつま先まで見回して見たが、全然わからなかった。
 見た目には、なんの違いもない。
 最後に会った時の……記憶の中にある薫先輩の姿と、なんの変化もないように思える。
 声や立ち姿、ファッションの系統、髪型はもしかしたら少し変わっているかもしれないが、ロングからショートになったとか、そういう急激な変化でない限り、俺にはわからない。

「いや、わからないから聞いているんですけど……」
「え……? なんで……?」
「なんでって、わからないですよ。最後に会ったのっていつでしたけ? 結婚したとか、お子さんが生まれたとか、そういう近況も聞いてませんし、どういう状況かも事情もわかりませんし」
「本当に、何もわからないの?」
「はい」

 なんだ?
 なんで、なんかわからない俺がおかしいみたいな感じになってるんだ?

「私たちが最後に会ったのは、五十年前なのよ?」
「それが、なにか?」

 それの何がおかしいというのだろうか。
 薫先輩は何一つ変わっていない。
 すぐに薫先輩だとわかった。
 相変わらず日焼けを全くしていない白い肌はシワひとつなく美しく、体型もモデル並みに綺麗だ。

「五十年も経ってるなんて、思えないくらい、薫先輩は何も変わっていませんね」
「だから、それを誰にも話さないでって言っているの!!」
「え?」
「え? じゃないわよ。おかしいでしょう!? どうして気づかないの!?」

 それってなんだ?
 なんのことだ?

「私が不老不死の化け物だって、話さないでって言っているの!!」
「…………え?」
「え? じゃなくて……っていうか、何よその反応。もっとこう、不老不死なんてありえないとか、なんの冗談ですかとか、そいう反応はしないわけ?」
「いやいや、だって、知ってますし」
「……え?」
「え? じゃなくて、薫先輩こそ、気づかないんですか?」
「何を?」
「最後に会ったのは五十年前だって自分で言ったじゃないですか。俺も、何も変わっていないはずですが……」

 薫先輩は、ポカンとした表情で俺を見つめている。
 次の言葉が出てこないようだ。

「薫先輩こそ、五十年も経っているのに俺が俺だとどうしてわかったんですか? 俺が何も変わっていないから……そうでしょう?」
「……そ、そうね。確かに!!」

 きっと、薫先輩は自分以外にも不老不死の人間がいるとは思っていなかったんだろう。
 俺は知っていたから、驚きもしなかったし、今更何を言っているのかと思った。

「こんな話、誰にも話しませんよ。話したところで、どうせ誰も信じてはくれませんからね」


 どうせ、あなたも信じないでしょう?


《終》


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