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23 レイナールの魔法
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帝国には、過去、白金の王族が送り込まれていた。レイナールは、帝国にもヴァイスブルムの伝承が残っていることに賭け、皇帝に手紙を送った。
帝国の歴史について、遠く離れたヴァイスブルム出身のレイナールが知ることは多くなかった。だが、他国に縁づくとその国を不幸に陥れるという迷信は、王族とともに渡った侍女や侍従たちの裏工作によるものだというジョシュアの推測が合っていれば、おそらく何かが起きたに違いない。決して帝国が他国に漏らさない歴史がある。
レイナールはそこを突いた。皇帝は占い師に依存していることから、迷信や言い伝えのようなことには過敏になっているのは間違いない。
できる限り遠回りをしていたジョシュアたち一行よりも早く、ヴァンが帝国に届けたレイナールからの書状は、狙ったとおりの結果を産んだ。
『……ジョシュア・グェインが、万が一貴国で命を落とした場合、私は彼が亡くなった土地に移り住み、御霊の弔いに残りの人生を捧げるつもりでおります。つきましては、貴国の神殿の……』
シュニー家の封蝋と、レイナールが切り落とした白金の髪。その場に居合わせたヴァン曰く、皇帝は青い顔をして、「ひぃ!」と、髪を投げ出したと言う。
まあ確かに、手紙だけならまだしも、長い髪は不気味だろうけれど。
ジョシュアの部屋で酒を酌み交わしながら、レイナールは見たこともない皇帝が、ブルブルと震えて怯える光景を想像して笑った。
「レイナール。何か楽しいことがあったか?」
食事をしながら、レイナールが取った奇策を聞き出したジョシュアも、唖然としていた。食べるために開けた口から、思わず肉を落としてしまったほどだ。
ヴァンが皇帝に謁見をして翌日、ジョシュアがボルカノ王の宣戦布告文を読み上げようとしたところで、皇帝は「いいから早く帰ってくれ!」と、手振りつきで追い出しにかかった。まともに話をしたのは占い師の男の方だったが、
『そちらの国、先日まで他国と戦争してましたよね? うちと戦争する体力なんて残ってませんよね?』
と、ボルカノの事情を突貫で調べた様子だった。占い師というからうさんくさく感じるが、彼は普通に有能な部下なのかもしれないと、ジョシュアは語った。
占い師と一緒に、ボルカノ王への対処法をあれこれ協議し、さらには「絶対にあれをこちらに入国させないでくれ」と懇願され、宝石やら装飾品やらを渡されたのだった。
ボルカノ王は、そもそも本気で戦争をしたかったわけではなく、ジョシュアが死ねばいいと思っていただけだから、実際に開戦したところで、勝利はありえない。ただただ消耗するだけだ。
作戦成功の報が届くと同時に、アルバートと連名で、王宮に手紙を出した。宰相は、後始末について本気で悩んでいた。戦争がなくなり、さらに貢ぎ物を王家に献上する旨を伝えたので、彼らはグェイン家に大きな借りを作った。
「いえ。ジョシュア様が無事にお帰りになったのが、嬉しいのです」
残りを飲み干して、杯を置く。ジョシュアの手を握り、胸に頭を押しつけて甘える。そうすると、彼の心音がはっきりと伝わってきて、レイナールは安心する。
いくら触れ合っても足りなかった。ジョシュアが生きていることを実感したいという気持ちが勝つ。
ジョシュアは器をテーブルに置き、レイナールのうなじを撫でた。毛先を摘まみ、何やら不満そうに息を吐く。
「……短い髪は、お嫌いですか?」
レイナール自身は、特にこだわりがあって伸ばしていたわけではない。白金の髪はヴァイスブルムでは信仰の対象であったから、切るのが躊躇われただけの話だ。
けれど、ジョシュアがもしも、長い髪の方が好きだと言うのなら、再び肩を過ぎるくらいまで伸ばすのも、やぶさかではない。
レイナールの目に、ジョシュアはふと笑んだ。優しい、とも違う。楽しそう、とも違う。唇が曲がったのを見て、なんだかちょっと嫌らしいと思ってしまう。そう感じた自分の方がが嫌らしい存在に感じて、レイナールは頬を染め、視線を下に落とした。
「俺は……」
ジョシュアはレイナールの首筋に、柔らかく噛みついた。
「っ」
久しぶりの刺激に、レイナールは息を詰めた。おとぎ話の吸血鬼のように、ちゅう、と吸われて力が抜けていく。
「キスがしやすくなるから、短いのもいいと思う」
そのままベッドに横たえられて、レイナールは感慨を持って、ジョシュアを見つめる。
本当に、また会えてよかった。
「ジョシュア様」
「うん?」
前髪を優しく掻き分けた指を掴み、口づける。
別れのときに、ジョシュアは「幸せになれ」と言った。
「私の幸せには、ジョシュア様が必要です……」
だから二度と、いなくならないで。
唇に込めた願いを聞き入れた彼は、ぐっと顔を近づけてまっすぐに見つめてくる。
「だったらお前も、他の国に行くなんて二度と言うな」
強く掴まれた手首を、シーツに押しつけられる。強い瞳に射貫かれて、レイナールの呼吸と心音は、速度を上げていく。
「はい」
承諾の返事は、ジョシュアの唇によって、途中で飲み込まれた。
帝国の歴史について、遠く離れたヴァイスブルム出身のレイナールが知ることは多くなかった。だが、他国に縁づくとその国を不幸に陥れるという迷信は、王族とともに渡った侍女や侍従たちの裏工作によるものだというジョシュアの推測が合っていれば、おそらく何かが起きたに違いない。決して帝国が他国に漏らさない歴史がある。
レイナールはそこを突いた。皇帝は占い師に依存していることから、迷信や言い伝えのようなことには過敏になっているのは間違いない。
できる限り遠回りをしていたジョシュアたち一行よりも早く、ヴァンが帝国に届けたレイナールからの書状は、狙ったとおりの結果を産んだ。
『……ジョシュア・グェインが、万が一貴国で命を落とした場合、私は彼が亡くなった土地に移り住み、御霊の弔いに残りの人生を捧げるつもりでおります。つきましては、貴国の神殿の……』
シュニー家の封蝋と、レイナールが切り落とした白金の髪。その場に居合わせたヴァン曰く、皇帝は青い顔をして、「ひぃ!」と、髪を投げ出したと言う。
まあ確かに、手紙だけならまだしも、長い髪は不気味だろうけれど。
ジョシュアの部屋で酒を酌み交わしながら、レイナールは見たこともない皇帝が、ブルブルと震えて怯える光景を想像して笑った。
「レイナール。何か楽しいことがあったか?」
食事をしながら、レイナールが取った奇策を聞き出したジョシュアも、唖然としていた。食べるために開けた口から、思わず肉を落としてしまったほどだ。
ヴァンが皇帝に謁見をして翌日、ジョシュアがボルカノ王の宣戦布告文を読み上げようとしたところで、皇帝は「いいから早く帰ってくれ!」と、手振りつきで追い出しにかかった。まともに話をしたのは占い師の男の方だったが、
『そちらの国、先日まで他国と戦争してましたよね? うちと戦争する体力なんて残ってませんよね?』
と、ボルカノの事情を突貫で調べた様子だった。占い師というからうさんくさく感じるが、彼は普通に有能な部下なのかもしれないと、ジョシュアは語った。
占い師と一緒に、ボルカノ王への対処法をあれこれ協議し、さらには「絶対にあれをこちらに入国させないでくれ」と懇願され、宝石やら装飾品やらを渡されたのだった。
ボルカノ王は、そもそも本気で戦争をしたかったわけではなく、ジョシュアが死ねばいいと思っていただけだから、実際に開戦したところで、勝利はありえない。ただただ消耗するだけだ。
作戦成功の報が届くと同時に、アルバートと連名で、王宮に手紙を出した。宰相は、後始末について本気で悩んでいた。戦争がなくなり、さらに貢ぎ物を王家に献上する旨を伝えたので、彼らはグェイン家に大きな借りを作った。
「いえ。ジョシュア様が無事にお帰りになったのが、嬉しいのです」
残りを飲み干して、杯を置く。ジョシュアの手を握り、胸に頭を押しつけて甘える。そうすると、彼の心音がはっきりと伝わってきて、レイナールは安心する。
いくら触れ合っても足りなかった。ジョシュアが生きていることを実感したいという気持ちが勝つ。
ジョシュアは器をテーブルに置き、レイナールのうなじを撫でた。毛先を摘まみ、何やら不満そうに息を吐く。
「……短い髪は、お嫌いですか?」
レイナール自身は、特にこだわりがあって伸ばしていたわけではない。白金の髪はヴァイスブルムでは信仰の対象であったから、切るのが躊躇われただけの話だ。
けれど、ジョシュアがもしも、長い髪の方が好きだと言うのなら、再び肩を過ぎるくらいまで伸ばすのも、やぶさかではない。
レイナールの目に、ジョシュアはふと笑んだ。優しい、とも違う。楽しそう、とも違う。唇が曲がったのを見て、なんだかちょっと嫌らしいと思ってしまう。そう感じた自分の方がが嫌らしい存在に感じて、レイナールは頬を染め、視線を下に落とした。
「俺は……」
ジョシュアはレイナールの首筋に、柔らかく噛みついた。
「っ」
久しぶりの刺激に、レイナールは息を詰めた。おとぎ話の吸血鬼のように、ちゅう、と吸われて力が抜けていく。
「キスがしやすくなるから、短いのもいいと思う」
そのままベッドに横たえられて、レイナールは感慨を持って、ジョシュアを見つめる。
本当に、また会えてよかった。
「ジョシュア様」
「うん?」
前髪を優しく掻き分けた指を掴み、口づける。
別れのときに、ジョシュアは「幸せになれ」と言った。
「私の幸せには、ジョシュア様が必要です……」
だから二度と、いなくならないで。
唇に込めた願いを聞き入れた彼は、ぐっと顔を近づけてまっすぐに見つめてくる。
「だったらお前も、他の国に行くなんて二度と言うな」
強く掴まれた手首を、シーツに押しつけられる。強い瞳に射貫かれて、レイナールの呼吸と心音は、速度を上げていく。
「はい」
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