3 / 45
1 二万年はやいぜ? は?
3
しおりを挟む
急かされながらも朝食を終えた。結局皿洗いは、妹がやってくれる。
働いているわけでもなく、学校に通っているでもない。なのに、家事すらまともにできない。情けないやら申し訳ないやら、そういった感情を飛天は露にしない。
「サンキュ」
素直に謝るには、プライドが高すぎた。家族に対してすら、いや、家族だからこそ、飛天は今までの自分と変わらないのだと見せたかった。
とはいえ、朝食後に行くべき場所もなく、やりたいこともない。スマートフォンを手にしているものの、インターネットでニュースサイトを見ることすら、いまだに嫌悪感が募る飛天は、ただ握っているだけだった。同じ理由で、SNSの類も一切やっていない。ゲームアプリにも興味がない。
飛天がテレビを見るのも嫌だということを知っているので、最初から電源は切られている。妹の水仕事の音だけが聞こえる中、ソファに座った飛天は、そのまま眠気に身を任せて、目を閉じた。
「お兄ちゃん。携帯、鳴ってるよ」
言われて、掌の中で振動していることに気がついた。珍しい。
「……次郎?」
表示されているのが幼なじみの名前だったので、飛天は思い切り眉根を寄せた。
金村次郎もまた、今も昔も、飛天のことを特別扱いしない存在だった。
小さい頃からぽっちゃりした体型で、運動も勉強も苦手だが、とにかく性根が優しい。喧嘩のときでも、身体に見合ったのんびり口調に毒気を抜かれて、飛天は何に対して怒っていたのか忘れてしまうのが、常であった。
彼との主なやり取りは、メールだった。以前は忙しい飛天のことを慮おもんばかって。今は他人とのやり取りを好まず、次郎とも「ある理由」から距離を置こうとしている飛天のことを知っているから。
そんな男が電話をかけてくる。しかもすぐに切らない。何か緊急性のある用事だろうか。咄嗟にそんな事情は思い浮かばない。
しぶとく鳴り続けるコール音に覚悟を決めて、飛天は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
飛天の定型文に対して、次郎はよほど焦っているのか、「ひーくん、明日暇? 暇だよね?」と、勢い込んでいる。
いや落ち着け。冷静になって話してくれないと、そっちの事情がわからない。
暇なのは否定しないけれど。
『ちょっとバイト先の人手が足りなくなっちゃって、困ってるんだ』
なるべく動ける人を探している。飛天ならば問題ない。何せ、百発百中でバク転を美しく決めることができる男だ。
『とにかく、本当に困ってるんだよ。バイト代は弾むって、上の人間も言ってるんだ。助けてほしい』
声がくぐもって聞こえるのは、まさか電話をしながら最敬礼でもしているせいか。いや、そんなはずはないだろう。ただ、顔周りの肉が邪魔をしているだけだ。
「でも」
なるべく外を出歩くのは避けたい。その気持ちも次郎はよく理解している。
『大丈夫。顔は出ないから!』
動けて顔を出さないバイト、とはいったいなんだろう。そもそも次郎は、どんな仕事をしているんだったか。聞いた覚えはあるが、流していた。
「なあ、次郎。そのバイト先って……」
皆まで言わせず、スマートフォンは飛天の手から奪い取られた。他でもない、妹の手によって。
すっかり身支度を整えた水魚は、
「じろーちゃん? お兄ちゃんは私が間違いなく現場に向かわせるから、住所と集合時間、教えて?」
サラサラとペンを走らせて、勝手に通話を切った。
「おい、水魚。俺、まだ行くって決めてな……」
「少しは稼いできなさいよ、このごく潰し」
にっこり笑顔に青筋を器用に浮かべている。経験上、この顔の妹に逆らってもロクなことにはならない。勝てないどころか、さらに厳しい条件を押しつけられて惨敗するのは目に見えている。
飛天は水魚の手からメモを、恭しく受け取った。
働いているわけでもなく、学校に通っているでもない。なのに、家事すらまともにできない。情けないやら申し訳ないやら、そういった感情を飛天は露にしない。
「サンキュ」
素直に謝るには、プライドが高すぎた。家族に対してすら、いや、家族だからこそ、飛天は今までの自分と変わらないのだと見せたかった。
とはいえ、朝食後に行くべき場所もなく、やりたいこともない。スマートフォンを手にしているものの、インターネットでニュースサイトを見ることすら、いまだに嫌悪感が募る飛天は、ただ握っているだけだった。同じ理由で、SNSの類も一切やっていない。ゲームアプリにも興味がない。
飛天がテレビを見るのも嫌だということを知っているので、最初から電源は切られている。妹の水仕事の音だけが聞こえる中、ソファに座った飛天は、そのまま眠気に身を任せて、目を閉じた。
「お兄ちゃん。携帯、鳴ってるよ」
言われて、掌の中で振動していることに気がついた。珍しい。
「……次郎?」
表示されているのが幼なじみの名前だったので、飛天は思い切り眉根を寄せた。
金村次郎もまた、今も昔も、飛天のことを特別扱いしない存在だった。
小さい頃からぽっちゃりした体型で、運動も勉強も苦手だが、とにかく性根が優しい。喧嘩のときでも、身体に見合ったのんびり口調に毒気を抜かれて、飛天は何に対して怒っていたのか忘れてしまうのが、常であった。
彼との主なやり取りは、メールだった。以前は忙しい飛天のことを慮おもんばかって。今は他人とのやり取りを好まず、次郎とも「ある理由」から距離を置こうとしている飛天のことを知っているから。
そんな男が電話をかけてくる。しかもすぐに切らない。何か緊急性のある用事だろうか。咄嗟にそんな事情は思い浮かばない。
しぶとく鳴り続けるコール音に覚悟を決めて、飛天は通話ボタンを押した。
「もしもし?」
飛天の定型文に対して、次郎はよほど焦っているのか、「ひーくん、明日暇? 暇だよね?」と、勢い込んでいる。
いや落ち着け。冷静になって話してくれないと、そっちの事情がわからない。
暇なのは否定しないけれど。
『ちょっとバイト先の人手が足りなくなっちゃって、困ってるんだ』
なるべく動ける人を探している。飛天ならば問題ない。何せ、百発百中でバク転を美しく決めることができる男だ。
『とにかく、本当に困ってるんだよ。バイト代は弾むって、上の人間も言ってるんだ。助けてほしい』
声がくぐもって聞こえるのは、まさか電話をしながら最敬礼でもしているせいか。いや、そんなはずはないだろう。ただ、顔周りの肉が邪魔をしているだけだ。
「でも」
なるべく外を出歩くのは避けたい。その気持ちも次郎はよく理解している。
『大丈夫。顔は出ないから!』
動けて顔を出さないバイト、とはいったいなんだろう。そもそも次郎は、どんな仕事をしているんだったか。聞いた覚えはあるが、流していた。
「なあ、次郎。そのバイト先って……」
皆まで言わせず、スマートフォンは飛天の手から奪い取られた。他でもない、妹の手によって。
すっかり身支度を整えた水魚は、
「じろーちゃん? お兄ちゃんは私が間違いなく現場に向かわせるから、住所と集合時間、教えて?」
サラサラとペンを走らせて、勝手に通話を切った。
「おい、水魚。俺、まだ行くって決めてな……」
「少しは稼いできなさいよ、このごく潰し」
にっこり笑顔に青筋を器用に浮かべている。経験上、この顔の妹に逆らってもロクなことにはならない。勝てないどころか、さらに厳しい条件を押しつけられて惨敗するのは目に見えている。
飛天は水魚の手からメモを、恭しく受け取った。
0
あなたにおすすめの小説
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
罪悪と愛情
暦海
恋愛
地元の家電メーカー・天の香具山に勤務する20代後半の男性・古城真織は幼い頃に両親を亡くし、それ以降は父方の祖父母に預けられ日々を過ごしてきた。
だけど、祖父母は両親の残した遺産を目当てに真織を引き取ったに過ぎず、真織のことは最低限の衣食を与えるだけでそれ以外は基本的に放置。祖父母が自身を疎ましく思っていることを知っていた真織は、高校卒業と共に就職し祖父母の元を離れる。業務上などの必要なやり取り以外では基本的に人と関わらないので友人のような存在もいない真織だったが、どうしてかそんな彼に積極的に接する後輩が一人。その後輩とは、頗る優秀かつ息を呑むほどの美少女である降宮蒔乃で――
ハチミツ色の絵の具に溺れたい
桃本もも
青春
大学生になったばかりの梅若佐保には、ひとつだけ悔やんでも悔やみきれないことがあった。
高校で唯一仲良くしていた美術部の後輩、茜谷まほろが事故に遭うきっかけを作ってしまったことだ。
まほろは一命を取りとめたものの、意識不明がつづいている。
まほろがいない、無味乾燥な日々。
そんな佐保のもとに、入院しているはずのまほろが現れる。
「あたし、やりたいことがあって、先輩のところに来たんです」
意識だけの存在になったまほろとの、不思議なふたり暮らしがはじまる――
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる