高嶺のガワオタ

葉咲透織

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4 さあ、ショータイムだ……!?

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 体力には自信があった。それこそ五年くらい前は、地獄のようなダンスレッスンにも耐えてきたし、先輩たちのバックで笑顔で踊り続けることもできた。

 だが、アクションの練習とは違う筋肉を使っているのか、それとも単純に身体が鈍っているのか。

「よーし。本日は終了!」

 と、高岩が声を張った瞬間に、飛天はやはり、へなへなと座り込んでしまうのだった。

 なんだこの先輩オッサン、化け物かなんかなのか……。

 へばっている飛天とは対照的に、高岩はまだまだ動かしたりないとばかりに、大きな鏡に向かってシャドウボクシングを始める。

 どう若く見積もっても三十代後半の彼に、二十五歳の飛天が負けるわけにはいかない。悔しい思いを抱えながら立ち上がろうとすると、足がもつれる。

 転倒しそうになった飛天を支えたのは、様子を見に来た次郎だった。

「大丈夫、ひーくん」

「ひーくんは、やめろ」

 息を乱しながら文句を言う飛天に、次郎は全く悪いと思っていない顔で、「ごめんごめん」と謝る。

 気を抜くと、すぐに子供の頃の呼び名が出てくる幼なじみのせいで、飛天はたまに、高岩にまで「ひーくん」とからかわれる始末である。

「はい。練習お疲れ様」

「ああ、サンキュ」

 手渡されたペットボトルをありがたく受け取った。

 湿気のこもった梅雨時期の練習場は、まるで蒸し風呂だ。動いている間は気がつかなかったが、飛天は随分と渇いていたらしい。

「途中から見てたんだけどさ、随分と動けるようになったんじゃない?」

 次郎はそこでいったん、言葉を切った。横目で高岩の様子を窺う。彼が汗を拭きながら、次にやってきた青年と話をしているのを確認し、小声で言った。

「さすが、元アイドル」

「やめてくれよ……」

 飛天は次郎の顔に、使用済みのタオルを押しつけた。

 五年前まで飛天は、男性アイドル専門の芸能事務所に所属していた。整った顔立ちで、運動神経もよかった飛天を事務所のオーディションに応募したのは、叔母だった。

 おっとりした母親と違い、嫁ぎ先が関西だったせいか、押しの強い叔母は、「ひーくんならいける! 目指せ、トップアイドル!」と、面接の日に突然やってきて、訳がわからないでいる飛天をさらっていった。

 それが小学校六年生のときだ。そこから二十歳になるギリギリまでの、約八年間。飛天は部活に所属することもなく、高校も選択の余地なく、芸能コースのある学校に進学した。ただひたすらにアイドル街道を歩んでいた。

 毎日ダンス漬けで、来たるデビューを夢見てボーカルレッスンも欠かさない。

 何よりも面白かったのが、演技レッスンだ。最初は照れて小さくまとまっていたが、だんだん吹っ切れるようになってからは、一番向いていると思った。

 最初は叔母に放り込まれただけの芸能界だったが、目立つことが嫌いではなかった飛天には、向いていた。

 けれど。

「……結局デビューできなかったんだから、卵のまま、腐っちまったんだよ」

 事務所には、多数の少年たちが所属していた。デビューできるのは実力と、何よりも運を備えた一握りだけ。

 飛天は国民的アイドルとも称される人気グループのコンサートで、バックダンサーを務めた。歌番組出演のときに、踊ったこともある。

 認知度はそこそこだったと思う。ファンレターもしょっちゅう事務所に届いた。返事を出すことはなかったけれど、今でも大切に箱に入れてしまってある。読み返すことは、めっきりなくなってしまったけれど。

 ある日社長に呼び出された五人で、グループを結成することを伝えられた。デビューへ一歩近づいたと確信した飛天だったが、結局その夢は、叶うことはなかった。

「俺はおまけだったんだから」

 ユニットとしての人気は上々、固定ファンもついていた。いつか五人でデビューすることを夢見て、飛天たちはどんな曲がいいか、レッスンの度に話し合っていた。前向きだった。

 けれど、飛天がデビューすることはなかった。蓋を開けてみれば――そう、飛天は直接告げられたわけではない。テレビのニュースで初めて知ったのだ。

 自分と最年長のもう一人を除いた三人が、デビューするのだと。

 そこで奮起できなかったのは、飛天の心が弱かったせいだ。事実、もう一人は今もなお、事務所に所属している。かつての仲間の後ろで踊っている。

 ぽっきりと心が折れてしまった飛天は、その後すぐに事務所を辞めた。それでも芸能の仕事は続けたいと思っていた。飛天が選んだのは、役者の道だった。

 事務所の先輩たちの中には、歌手ではなく役者として世間にその名を知られている人もいた。彼らに倣わず、事務所自体を辞めたのは、ちっぽけな意地でしかなかった。

 事務所の名前がなくても、俺は絶対に売れてやる。そう決意して、新しい芸能事務所の門を叩いた。

 もっとも、その俳優業すら現在は、諸事情により休業中である。無職からフリーターにランクアップはしたものの、胸を張ってかつてのファンの前に姿を現すことはできない。

 そして、穏便にこの会社でのアルバイト生活を続けたい飛天としては、何としても自分が、元アイドルの役者崩れであることは、秘密にしなければいけない。

 その辺の事情は、次郎もよく心得ているので、それ以上アイドル時代の話を振ってくることはなかった。

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