高嶺のガワオタ

葉咲透織

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6 はじめての喧嘩(バトル)

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「品川!」

 大声で怒鳴られて、ハッとした。高岩ではない、別の若い先輩と組み手の練習をしている最中に、考え事をしてしまった。飛天の頬に、相手の手刀が決まる。

 鋭い痛みに、蹲った。

「ぼーっとしてんじゃねぇよ! だからお前をショーには出せねぇんだ!」

 高岩は飛天の怪我を一切心配せずに、不注意を責めた。ほら、やはり彼も、自分を助けてはくれない。飛天が何かを思い悩んでいることには薄々気づいているのに、「相談に乗るぞ」の一言もない。

 飛天は練習の邪魔になると思い、隅に移動して座り込んだ。すぐに目の前に出された水のペットボトルに、顔を上げる。

「次郎」

 裏方だから、ここにいるはずがない次郎が、微笑んでいた。ありがたく受け取って、頬に当てる。患部がひんやりとして、痛みが徐々に和らいでいくような気がした。

「……情けないよなあ、俺」

 次郎の顔を見ずに、飛天は零した。

 芸能界から転落して、ニートになった飛天から、親ですら距離を置いた。変わらなかったのは、二人だけ。

 兄に「しっかりしなさい!」と、喝を入れる水魚と、「特撮オタクなんか嫌いだ」と、飛天が喚いても、ただ受け止めてくれた次郎。

 まさしく飴と鞭。だが、飛天がニートに戻ったら、きっと彼らも愛想を尽かすのだろう。

「いいや。昔から、飛天は格好良かったよ」

 水魚と同じことを言う次郎に、目をやる。彼はただ、微笑んでいる。ふんわりした頬は、どこかの寺で見た仏像に似ている。

「どこが」

 少なくとも、今の自分は格好いいとは程遠い。飛天は自虐して笑う。

「飛天は、僕が声優を目指したきっかけって、知らないよね」

 確かに聞いたことはない。けれど、彼はもともとオタクだ。好きなアニメやゲーム、特撮番組に携わりたいがゆえの選択に違いない。

 そう口にすると、「それもあるけど」と彼は微笑む。

「僕ね、本当はアイドルになりたいと思ったんだ」

「アイドル?」

 いや、お前その体型で……と、口に出さなかった。言葉にせずとも伝わる。次郎は自分の腹の肉を掴んだ。

「小学校の学芸会。もう飛天は事務所のレッスンに通い始めてたよね? 僕たち六年生はダンスを発表した」

 運動音痴の次郎は、この時もダンサーではなかった。先生の隣でビデオを回す記録係だった。

「他の子と、ぜんっぜん違ったんだ! 笑顔がキラキラして、動きもぴしっと決まってて」 

 記録係のくせに、飛天ばかり映っている品川家のホームビデオを撮影してしまったのだと、苦笑する。先生に叱られたよ、とも。

「僕もああなりたいって、飛天の姿に憧れたんだ。同じアイドルになったら、僕もキラキラできるかなあってさ。歌はそこそこ自信あったし」

 アイドルになりたいという夢は、すぐに打ち破れた。ぽそっと呟いた言葉を親に「あんたみたいなデブがなれるわけない」と嘲笑された。落ち込むよりも、「確かにそうだな」と納得した次郎は、別の道を模索する。

「じゃあ、声優になろうと思った。ビッグタイトルのアニメ映画って、ゲスト声優にアイドルとか俳優を使うでしょ? 飛天と僕が並んでアフレコをする……そしたら君が、僕のことを『すげぇじゃん』って認めてくれるんじゃないかな、って」

 今はまだ、声優として稼いだ金よりも、バイトを掛け持ちした給料の方が多いけど、と笑う。

「すまん」

 飛天は、アイドルも役者も辞めてしまった。

「今はこんなんで」

 自分を卑下した飛天を、次郎の柔らかい声が包む。

「今だって、僕は君をすごいと思ってるんだ。着ぐるみで風船配ってるだろ? 子供たちはみんな、君を見て笑顔になってる」

 飛天が着ぐるみに入ると、子供たちの列が絶えない。写真を撮ったり、喋れないながらもコミュニケーションを取る。そうした触れ合いは、暑苦しい着ぐるみ着用時の、一種の清涼剤だった。

「それって、ファンサの一種じゃない?」

 ファンサービス。アイドル時代は、ステージから投げキッスしたり、ウィンクしたり、歯が浮きそうなセリフのリクエストに応えることだった。

 アイドルとして笑顔を振りまき歌い踊ること。

 着ぐるみに入って子供たちを楽しませること。

 そして、ヒーローの中の人になって、ショーを完成させること。

 違うようで、実質は同じことだと次郎は説く。

「飛天は、そうやって誰かを楽しませようとすることが、できる人だよ。自信持って」

「……サンキュ」

 認めてくれる人間がいて、飛天の心は軽くなる。

 目の前の観客を楽しませること。それがすべてのエンターテインメントの基本だ。初めて受けたレッスンで教わったことじゃないか。すっかり忘れていた。

 映像作品でも同じことだ。ジャッジするのは監督ではない。観客だ。映理に演技指導をするのなら、まだ見ぬギャラリーに向けてを意識すべきだったのだ。

「馬鹿だなぁ、俺……こんな簡単なことも、忘れるなんて」

 飛天は次郎に、洗いざらい喋っていた。自分の傲慢さが原因で、映理と喧嘩中なのだと。

「中野っていう奴が俺を出演者に選ばなかったこともムカついたし、彼女が俺より中野の指示に従うのも腹が立った。ガキかよ、俺は」

 ひーくんが水魚ちゃん以外の女の子と喧嘩するのは珍しいね……と、うんうん頷きながら聞いていた次郎が、初めて反応を見せた。

「待って。中野?」

「そう。知ってんのか? 日本総合芸術大学のなんとかってサークルの、中野太陽って奴」

 次郎は「中野……」と呟き、渋い顔をしている。飛天は眉根を寄せて、「おい……」と次郎に声をかけた。いったい何が気にかかるというのか。

「飛天。東丸さんが、危ないかもしれない」

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