好きって言えないっ!~呼び出したのは悪魔みたいな妖精でした~

葉咲透織

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16 逃げられない

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 山中生の主張にエントリーされてしまった。

 協力者の紗菜は、あきらめた顔で「こうなったら、覚悟決めな」と言った。普通の恋なら、私だって頑張る。でも、この恋をなくしてしまうかもしれないと思うと、なんとしてもエントリーを取り消させてもらわなければ。

 私はひとりで生徒会室の前にやってきていた。

 ドアを叩いて、中に入る。

 たかが中学の文化祭、しかしされど中学の文化祭だ。年に一度、うちの学校にも生徒会というものが存在するのだということを示すように、テキパキと動いている。

「あのう……」
「もう暗幕はありませーん!」

 私が要件を告げる前に、役員の女子生徒が悲鳴を上げた。申請数よりも多く必要になったクラスが複数あったのか、嫌そうな顔をしている。

「暗幕は関係なくて、その、山中生の主張の企画のことで」

 段ボール箱を運んでいた彼女は、「その件は、会長に聞いて! 会長~、お客さーん!」と言い放ち、部屋をドタバタと出て行った。まるで戦場である。

 会長は、三年生の男子だ。自ら率先してパンフレットの作成や入場ゲートの装飾など、手を動かしているのに好感がもてる。

「あの、先輩」
「うん?」

 ペンキを持ったまま顔を上げた彼の眼鏡が、思いっきりずれた。隣の副会長が、彼の手から刷毛をさっと取り上げる。頼りがいがあってみんなを引っ張っていくリーダーというよりは、ちょっと抜けているから周りが支えてあげなくちゃ、っていう気持ちになる人のようだ。

 立ち上がった会長に、私は「山中生の主張」の件で来たと告げる。クラスと名前を続けると、会長はパッと明るい顔になった。

「あ~、君か。同じクラスの児玉さんから聞いてるよ!」

 嫌な予感に、口を閉ざす。ここで児玉さんの名前が出てくるなんて。

「やっぱりこういう企画って、好きな人への告白が一番盛り上がるからさあ。小坂さんの出番はトリにしておいたからね! うまくいくことを願ってるよ」

 悪意ゼロ、善意のかたまり以外のなにものでもない笑顔に、私は辞退したいと言い出すことができなかった。ここで私がやめたいですと言ったら、ステージの進行にも支障が出る。新たな登壇者を募っても、なかなか現れるものではない。

 私は適当に用事をごまかして、そそくさと生徒会室を出た。

「どうしよう……」

 扉の前からしばらく動かず、溜息をついていると、声をかけられた。癇に障る、嫌な声。

「あら~。小坂さんだぁ。生徒会室に用事あったの?」

 なんでこのタイミングで現れるのか。生徒会長に根回しをされていた件もあって、ついついじと目でにらんでしまう。

 私の視線の意味を、彼女は正確に読み取る。

「だって、やっぱり告白って盛り上がるじゃない? 会長さん、すごく困ってたし」
「だからって……!」
「いいじゃない。俊のことが好きなんでしょ?」
「す……!」

 好きだ、とこの往来で宣言することははばかられる。文化祭前の放課後、廊下には多くの生徒がいる。児玉さんという美少女と一緒にいる(なんなら揉めている)と、私にまで注目が集まってしまって、困る。

「それとも、ここまでお膳立てしても言えない理由でもあるのかしら?」

 児玉さんが、何かを言ったわけじゃない。

 でも、その声のトーンに、表情に含みがある。すべてを知っているのだという顔で、私を見る。

「理由って?」

 身体が震えないようにするのに精一杯で、声はどうしても不安に揺れてしまう。

 児玉さんは笑った。意地が悪いのに、それすらも魅力に落とし込んでしまう美少女は、きゃらきゃらと声を上げる。

「やっだ~。理由を知ってるのは、私じゃなくてそっちでしょう? ね? 小坂さん」

 彼女は生徒会室に用事があるというわけではなかった。そのままスルーして、たまたま出くわした男子に、高い声で話しかける。

 私はその姿を目の端に入れておくのも嫌になって、廊下を走った。先生に注意されても、止まれない。

 どうしてあの子は、あんなに意地悪なんだろう。私なんて取るに足らない人間、無視してくれればいいのに。俊くんの幼なじみだからって、なんであんなに距離が近いの? 他の男の子にもベタベタしているのに、それじゃ満足できないの?

 胸の中のもやもやが、涙になって噴出する。目があまり見えない状態で、突き進んでいたものだから、曲がり角で誰かにぶつかってしまう。

「す、すいません!」

 慌てて頭を下げて、涙をごしごしと袖で拭った。

「いや、こっちもぼーっとしてたし……って、小坂さん?」

 ああ、私って本当に、なんてタイミングが悪いんだろう!

「俊、くん……」

 泣いていたってバレたくない。ぎゅっと一度目を閉じて、それから顔を上げてにっこり笑う。

「ほんとにごめんね。私、急いでるから」

 彼の横をすり抜けようとしたところで、「待って!」と、手を取られる。

 紗菜や優美と手を繋ぐことは、中学二年になった今でも、たまにあること。

 でも、彼女たちとは全然違う、男の子の手。硬くて、大きいけど、優しい。

 驚きに動きを止めると、彼は「その、生徒会の企画のことなんだけど……」と、言いにくそうに切り出した。

「うん」

 話をするまでは逃がさないとばかりに、手首を握られっぱなしだ。ドキドキが指先から彼の心臓に繋がって、好きの気持ちが届いてしまっているかもしれない。

「本当に、告白するの? その、好きな人に」

 緊張した面持ちに、私は今にも吐き出しそうになる。

 好きなのは、あなたです、って。

 妖精の言ったとおり、俊くんが私のことを好きでいてくれるのなら、色よい返事をくれるに違いない。でも、今の私は呪われているから。

 自ら好きと言ってもダメ。

 期限を越えてしまってもダメ。

 俊くんから告白してくれるのを待つだけの私は、今ここで何も言うことができない。

「しなきゃダメな雰囲気」
「そんな」

 絶句する俊くん。彼の顔が神妙なものになっていく。

「それって……」

 誰? 

 唇が動く前に、「あ、いたいた!」と、彼を呼ぶ声に、手首が解放される。

「副部長~。文化祭前の練習についてなんですけど」
「わかった、すぐ行く!」

 俊くんは、私と目を合わせずにその場を離れた。

 私は彼の触れた手首を握る。ドキドキ、バクバクと脈打っている。

 好き。

 好きなのに、どうして私は、その言葉を奪われたままでいるんだろう。
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